軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アップルタルトを君に【愛妻の日記念番外編】

「なぁマーカス、今日はやけにバラの花束を抱えた領民を見かけるのだが、何かあるのか?」

成婚記念パレードから早いものでもう三ヶ月程の月日がたつ。

アナは着々と伯爵領の改革を進め、私も負けじとマーカスと共に実際に領地を回っては経営について学ぶ日々を送っていた。

「今日ですか?……ああ、『愛妻の日』ですね!」

「あいさいの日?」

「貴族社会にはあまりない文化ですが、平民は好きなんですよ。日付の語呂合わせや何かの歴史的出来事にちなんで記念日を作るんです。で、今日は愛する妻、『愛妻の日』という訳です」

「愛する妻の日、だと……?」

私の脳裏にアナの笑顔が浮かぶ。

愛する妻! まさにアナの事ではないか!!

「緊急事態だ、マーカス! 私は何の準備もしていないぞ!?」

「大丈夫ですよ、ユージーン様。先程も申し上げた様にこれは平民の文化です。きっとアナスタシア奥様もご存知ないと

…………あ」

「「多分、知ってるわ」」

「すまない! バラの花束はまだあるか!?」

「は、伯爵様!??」

私はあの後すぐ街の花屋に駆け込んだ。

「申し訳ございません。今日はバラはお昼前には売り切れてしまって」

店主がこの世の終わりの様な顔をして詫びてくる。

なんという事だ。もうこれで三軒目だぞ。

私も店主に負けない位、この世の終わりの様な顔をして立ちすくんでいると、一人の領民に声をかけられた。

「どうしたんですか、伯爵様? まさか、アナスタシア奥様へのバラが無いんですかい?」

確か、この男はアナの顔見知りの領民だった気がする。

私がよく街に出る様になったからなのか、パレードの影響なのか、はたまたアナがお忍びで領民と仲良くしていたからなのか。はっきりとした原因は分からないが、最近すっかり領民との距離が近くなった。

不思議と悪い気はしない。

「恥ずかしながらそうなのだ。今日が『愛妻の日』というものだというのも、先程知ってな」

「そりゃ大変だ! よし、じゃあこの花束貰って下さいよ」

男はそう言うと、自分の抱えた花束を私に渡そうとする。

「いや、それは奥方の為に用意したものだろう? 流石に受け取るわけにはいかない」

「いやいや、そんな話聞いて何もしなかったんじゃ、その方が奥さんに怒られますよ! ウチの奥さん、アナスタシア奥様の大ファンなんで」

そうかもしれんが、受け取ったら今度は私がアナに怒られそうな気がする。

「じゃあ、私達の花束から一本ずつバラを抜いて新しい花束を作ったらどうですかね!?」

いつの間にやらワイワイ集まっていた領民達が『そりゃあいい!』と、次々に花束を差し出す。

領民達の優しさに胸が熱くなるが、何かそれも違う気がする。

「ありがとう、皆の気持ちは嬉しいが、やはりバラを貰うのは違う気がするのだ。心遣いに感謝する」

「あ! じゃあ伯爵様、アップルタルトはどうですか?」

一人の領民が『名案だ!』とばかりに声を上げる。

「アップルタルト?」

「はい、愛妻の日は、バラに見立てたスイーツを贈るのも喜ばれるんですよ。多分お店のタルトはもう売り切れてると思いますが、ベーカーなら店で売っているのと遜色ない物が作れるはずです!」

なるほど、アップルタルトか……。

急いで邸に戻ってベーカーに尋ねると、ベーカーはすぐに快諾してくれた。

良かった。これでアナに愛妻の日の贈り物が出来る。

アナの笑顔を思い浮かべながらホクホクと部屋へ戻りかけ、ふと足を止める。

「……ベーカー」

「どうしましたか? 伯爵様?」

「その、かえって邪魔になるだろうというのは重々承知なのだが、私にそのアップルタルトを作らせて貰えないだろうか?」

「伯爵様が、料理を!??」

仰け反る勢いで驚くベーカーを静かに見つめていると、私が気まぐれで言っている訳ではないと分かったのか、ベーカーは少し困った様に笑いながら言った。

「くれぐれも、怪我と火傷には気を付けて下さいね。危ない工程は私にお任せ下さい」

「ああ! すまない、感謝する」

ありがとうベーカー! 恩にきるぞ!

その後、ベーカーの尽力もあって、何とかバラ?に見えるアップルタルトが出来上がった。

見た目こそイマイチだが、ベーカーが手伝ってくれたお陰で味には自信がある。

夕食の時間。

ドキドキしながら食事をする私をよそに、アナは今日も楽しそうに私に色々な話を聞かせてくれた。楽しい。尊い。

そして、ついにやってきたデザートの出番。

恭しく目の前に置かれたアップルタルトを、アナが不思議そうに見る。

それはそうだ。どう 贔屓目(ひいきめ) に見たって伯爵家の食卓にのぼるクオリティの物ではない。

「こちら、伯爵様からでございます」

「旦那様から?」

キョトンとこちらを見るアナが可愛い。

「き、今日は『愛妻の日』なのだろう? その、愛する妻に、日頃の感謝を伝えたくてだな」

「愛妻の日……? ああ、確かに!」

良かった、やはりアナは愛妻の日を知っていたか。

「え? これまさか、旦那様が作って下さったんですか!?」

「ああ、あまり上手くなくて悪いがな」

アナは私が思っていた以上に驚いた様で、食い入る様にアップルタルトを見つめている。

頬が紅潮して、目が輝いているところを見ると、喜んでくれている……のか?

「…………」

「…………」

「食べないのか?」

「あの、勿体なくて」

「こんなものいくらでも作るから、食べてくれ」

私がそう言うと、ようやくアナは一口サイズに切ったタルトを口に運ぶ。

「! 美味しい! 美味しいです、旦那様!」

目を輝かせて嬉しそうに食べるアナを見て、心の底からホッとする。

「そうか。実は、恥ずかしながら私は今日まで愛妻の日という物を知らなくてな。今年はこんな物しか用意出来なかったが、来年からは抱えきれない程のバラの花束と、特別な贈り物をきちんと用意するからな」

私がそう言うと、アナはアップルタルトを食べる手を止めて、躊躇いがちにこう答えた。

「私、来年もこのアップルタルトがいいです……」

上目遣いで恥ずかしそうにそう言うアナがあまりに可愛くて。来年こそはもっと高価で素晴らしい物を贈りたいという私の気持ちは吹っ飛んでいった。

そして。

それから毎年、愛妻の日は私の手作りのアップルタルトを食べるのが、私達夫婦の恒例になったのだった。