軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お金持ちな伯爵家

次の日の朝、いつもより遅くまで寝てしまった私は控えめなノックの音で目を覚ました。

はっ! こんな状況下だというのにうっかり熟睡して寝坊してしまったわ!

やっぱりフカフカベッドは油断出来ないわね……!!

流石ハミルトン伯爵家。見る物使う物みんな最高級品に違いない。

私がベッドの中で夢見心地になっていると、再度遠慮がちなノックの音が聞こえた。

「奥様? お身体を清めるお湯などお持ちしましたが、お目覚めですか?」

そうだった。私はここの奥様で、しかも新婚ほやほやなんだった。

「ありがとう、起きたわ」

私はベッドに潜り込むと声だけで返事をした。

「入って頂戴」

失礼致します、と声がしてドアが開く。

声からして昨日カモミールティーの準備をしてくれた侍女だと思う。

短い時間ながらも彼女からは敵意は感じず、逆にこちらを気遣ってくれている様子だったのを思い出してホッとした。

昨日からずっと世話をしてくれている所を見ると、彼女が私の専属侍女になるのかもしれない。

「奥様、お身体はいかがですか?宜しければお身体を清めさせて頂きます」

おぉ、そうだった。お貴族様は自分の体も自分で拭きやしないんだった……。

一応公爵家で受けた教育の所為で貴族の様に振る舞う事に抵抗は無くなったのだが、今日はマズイ。色々とね、ほら、致してないのがバレちゃうから。

「ありがとう、でも今日は自分でするわ。その……恥ずかしいの。サイドテーブルの上に洗面器とタオルを置いておいてくれるかしら?」

侍女の戸惑う様子が気配で伝わってくるが、主人の言いつけに背く訳にもいかないのだろう。

洗面器とタオルをサイドテーブルに置いてくれた様だ。

「それでは奥様、私はドアの外で控えておりますので、何かございましたらすぐお呼び下さい」

そう言って少ししてからドアの閉まる音が聞こえた。

私はモソモソと顔を出す。

廊下で待ってくれてるのか、じゃあ手っ取り早く済ませちゃわないと!

見ると洗面器には湯気が出るほど温かいお湯が入っていて、冷めるのを防ぐために保温の魔石まで入っている。ふかふかベッドに驚いてる場合じゃなかった。ほんと金持ちだなこの家。

「だからこそ公爵家に目をつけられちゃったのよね、きっと。お気の毒ー……」

そんな独り言を言いながらも手早く身体を拭き、身支度を整えていく。

さっきの侍女が着替えも持って来てくれていたので、有り難くそれに着替えた。

シンプルだけれど所々に繊細な刺繍が入った可愛いワンピースで、肌触りが恐ろしくいい。

まさかこれは……し、シルク!??

東方の国でしか取れないという糸を使って織るシルクは信じられない位高価なはず。

それを惜しげもなく部屋着に使うとは、ハミルトン伯爵家! 恐るべし!!

「入っていいわ」

支度を整えて奥様モードで廊下に声をかけると、さっきの侍女が頭を下げて入って来た。

「おはようございます、奥様。お身体の具合はいかがですか?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

「旦那様が、奥様が宜しければ朝食をご一緒にとの事でしたが、いかが致しますか?」

ほう、ちゃんと朝食には誘う訳か。昨日の話の続きもしたいし丁度いい。

「ええ、是非ご一緒させて頂くわ」

私がニッコリとそう答えると、侍女も少しほっとした様だった。

「そうそう、昨日からあなたのお名前を聞くのを忘れていたの。教えて下さる?」

「あ、し、失礼致しました! 私、マリーと申します。奥様の身の回りのお世話をさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します!」

「いいのよ。私も聞くのを忘れていたの。よろしくね、マリー」

「はいっ! 一生懸命お仕えします!」

ペコッとお辞儀をしたマリーはまだ若い。多分私と同じ位?

本来であれば伯爵夫人付きになるにはまだ若すぎると思うのだけど、これは私を侮っているのか、はたまた年の近い者を……という好意的配慮なのかどちらだろう?

キラキラと栗色の瞳を輝かせて私を見ているマリー本人からは悪感情は一切感じない。

瞳と同じ栗色のふわふわした髪をお下げにした姿は可愛らしく、私の目には好ましく映った。

「では、奥様がよろしければさっそく食堂へご案内致します!」

「あら、今から? もしかしてもう旦那様はお待ちなのかしら?」

「あ、はい。もう食堂でお待ちです」

「そう、なら急がないといけないわね」

マリーに連れられて食堂へ向かうと、確かに旦那様は先に席に着き紅茶を飲みながら何かの書類を読んでいた。明るい陽が差し込み、髪がキラキラと輝いている。

無駄に絵になるな、この人。

「ああ、来たか」

「はい、おはようございます旦那様。お待たせしてしまって申し訳ございません」

「いや、大丈夫だ。それでは食事を始めよう」

旦那様がそう言うと、側に控えていた執事がサッと合図をする。

「お待たせ致しました奥様。さぁこちらへどうぞ」

昨日挨拶された執事(名前は確かセバスチャン)が、私を席に案内し、椅子をひいて座らせてくれた。セバスチャンは先々代の頃からずっと伯爵家に仕えているベテラン執事で、穏和な雰囲気のロマンスグレーだ。執事服が非常に良く似合う。

私がそれとなく使用人達や部屋の中の様子をうかがっている内に、あっと言う間に温かい料理が運ばれて来た。

焼き立てのパンに、美味しそうなスープ。新鮮な野菜のサラダにふわふわのオムレツ、こんがり焼いたベーコン、盛り合わせのチーズ……あれはヨーグルトかしら?

飲み物もジャムも何種類も用意されていて、朝からとても豪華だ。

ふわぁ……美味しそう!!

公爵家ではいつも一人で食事をしていたので、誰かと食卓を囲むのも随分と久しぶりだった。それも何だか少し嬉しい。

……例え相手が仏頂面の旦那様でも。

旦那様が静かに食前の祈りを捧げているのに気が付き、私もそっとそれに倣う。

お祈りが終わって目線を上げると旦那様と目があった。

「それでは頂こうか。皆は下がっていてくれ」

旦那様がそう言うと、使用人達はセバスチャンを筆頭に深く頭を下げ、そのまま退室して行った。

本来ならばそのまま残って給仕するはずの使用人達を下がらせたと言う事は、あまり聞かれたくない話をするのだろう。

私は少しの間黙って旦那様を見つめていたが、旦那様は気にせず食事を始めてしまったので、私も気にせずまずは食べる事にした。折角の料理が冷めちゃうと勿体無いもんね!

目の前のパンを一口サイズにちぎって口の中に入れる。

ふっわふわだぁー。

貴族が食べるパンって何でこうもふわふわなんだろうか?それに何だろう、公爵家で食べていた物より小麦の味が濃い気がする。バターもジャムも何も付けなくても十分美味しい。

それにこのスープ! 具そのものは入ってないのに野菜の甘味が出てて凄く美味しい。

それにオムレツもふわふわのトロトロだし、ベーコンも……!!

どの料理も美味しくて、温かくて、私は夢中になって食べてしまった。

「……空腹だったのか?」

恐らく私の食べっぷりがとても良すぎたのだろう。旦那様に真顔で聞かれた。

目の前の料理は既に全て空っぽだ。もしかして、残す前提の量だったのだろうか?

普通にペロッといってしまった。

私が何と答えていいものか少し戸惑っていると、旦那様の方が躊躇いがちに言葉を続けた。

「……おかわりいるか?」

ブッホォ!!

思わず堪え切れずに吹き出してしまった。うん分かった。この人実は絶対いい人だ。

「な、何がおかしいんだ!?」

「いえ、なんでもございません。……ありがとうございます、大丈夫です」

「そうか」

気が付けば旦那様も食事は終わっていたらしい。

食後のお茶を飲みながら話を切り出す。

「昨日のお話の続きなのですが、お考えはまとまりましたか?」

「ああ、私達が政略結婚で結ばれた夫婦なのは、皆が知る所なのだ。わざわざ仲睦まじい振りをする必要等はないだろう」

「では、必要最低限の務めは果たしている、というのが伝わればそれで宜しいのですね?」

「そうだ。お前は私に従順な妻であればそれでいい。ハミルトン伯爵夫人の名が辱められる事の無いよう、くれぐれもおかしなマネはしない様に」

「分かりました。それで、私にはどの程度の裁量を与えて頂けるのですか?」

「裁量?」

「そうです。通常女主人であるその家の夫人が家内の事は取り仕切る物ですよね? それに加えて、細々とした書類仕事や、最近では領地の内政の一部を担っている御夫人も増えていると聞いております」

「まさか、自分にもその様な事が出来るとでも思っているのか!?」

「出来ないとお思いですか?」

「当たり前だろう!! 貴族の務めというのは、平民が付け焼き刃の教育で身に付けた知識でどうにかなる様な物では無いのだ! 家内の取り仕切りと簡単に言うが、実際どんな事をしているか本当に分かっているのか? 計算が出来なければ出費の管理も出来ない。専門知識が無ければ書類をまともに読む事も出来ないだろう」

私は黙って旦那様の話を聞く。

「公爵家で2年学んだ位では、最低限のマナーを身に付けるので精一杯だったのだろう? 平民上がりが浮かれて調子に乗るなよ!?」

私は黙って旦那様の話を聞き続ける。

「まぁ図々しい平民上がりにしては、上手いこと上っ面は取り繕える様になっているみたいだがな。マナーや立ち居振る舞いは貴族令嬢に見えるし、2年でこれなら上出来だろう!」

最後微妙に褒めとるがな!!

思わずツッコミそうになったのをグッと堪えて、私はピシッと右手を挙げた。

「うっ……またそれか……何だ?」

「いくつか申し上げたい事はございますが、まず一つ。まさか旦那様、平民はみな学が無いとでもお思いですか?」

「当然そうだろう?」

怫然と答える旦那様に、私は今度は間髪を容れずにツッコんだ。

「古い!!」

「な!?」

「古いですわ、旦那様。一体いつの時代の話をなさってますの? 確かに一般市民は貴族の方々の様にご立派な学園に通える訳ではございません。しかし平民街にもきちんと学舎はあるのです。学問に力を入れておられる領主様が治める地では、高等教育まで受ける事が出来る学舎もあるのですよ?」

「む…………」

「私も16で公爵家に引き取られるまで、高等学舎に通っておりました。

……女官を目指していたのです」

「!!」

旦那様が驚きで目を見張る。

ああ、公爵家から私についてほんとに何も聞かされてないんだな。

「当然途中退学となりましたので、自分の学が足りていない事は自覚しておりますが、計算も出来ず書類仕事は何も分からない……と決めつけられるのは心外です」

「し、しかし……」

まぁ、旦那様が困惑するのも実は分かる。

平民から見れば伯爵様なんて雲の上の人、天上人だった。

……では、逆は?

そんな人間と突然結婚させられた挙句、家の事を取り仕切らせろとか言われてる訳である。

控え目に言って真平ごめんだろう。伯爵家の人達を困らせたい訳ではないのだが、しかし私もここで引く訳にはいかない。

……どうしたもんかなー。

正直この結婚には期待していなかったし、昨日の初夜で旦那様に暴言を吐かれた時はやっぱりな、と思った。

でも、話してみれば旦那様も根っから悪い人では無さそうだし、部屋や食事の様子を見るに使用人達も私にまともな扱いをしてくれそうだ。

愛だなんだと言う気はないが、昨日の提案通りビジネスパートナーとしてでも上手くやっていけるならその方がいいに決まっている。

ビジネスパートナー……そうだ!!

「旦那様!私に試用期間を下さいませ!!」