軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユートピア? ディストピア?

「そ、そんなぁー……」

『close』の看板が出ている一軒の店の前でガックリと打ちひしがれているマリー。

ベーカーお勧めのケーキ屋さんが閉まっていたのだ。

朝からマリーが相当楽しみにしていたのを知っているだけに、かける言葉も見つからない。

「……ねえ、マーカス。やっぱりこの街、お休みの店が多過ぎない?」

私がマーカスの方を振り返ると、何故かマーカスも目に見えてションボリしている。

「せっかくダリアちゃんにお土産買って帰ろうと思ってたのに……」

おっふぅ! 聞かなかった事にしよう!

「あら、あなた? どうしたの?」

閉まっているケーキ屋の前で打ちひしがれているマリーを見て、優しそうなご婦人が声をかけてくれた。

「ケーキ屋さんが……閉まってるんですうぅー。朝からここのお店のタルトタタンを食べるのをすっごく楽しみにしてたから、残念で残念で、うぅ……」

「あらあら、それは残念だったわね。ここのご主人、今日は天気がいいからって彼女とピクニックに出掛けちゃったから……」

「「………………へ??」」

んん? 何も難しい事は言われて無いのに、言ってる意味を脳が理解できなかったぞ?

天気がいいからピクニック? 定休日とかじゃなくて??

「そうねぇ、タルトタタンではないけれど、美味しいアップルパイのお店ならこの先にあるわよ?」

婦人は親切にもそんな情報をくれた。

「アップルパイ!! 行きましょう、アナお嬢様! もう私は林檎の口です。それも生のフレッシュな林檎じゃなくて、火を入れてとろーりじんわりの林檎を食べない事には収まりません」

フンスと主張するマリーを見て笑いながら、私達は婦人にお礼を言って別れる。

教えて貰った道を歩いて数分、目的の方向からバターの良い香りがして来た。

「発見しました! 早く、早く、入りましょう!」

お店の前でピョンコピョンコ跳ねているマリーは、どこからどう見てもただの町娘だ。その正体が男爵家の令嬢で、伯爵夫人の専属侍女とは誰も思うまい。

さすがプロね、マリー! 侍女として完璧に主人の要望に応えているわ! ……て、素か?

お店の扉を開くと、バターだけでなく煮込んだ甘い林檎とシナモンの香りに包まれる。

ふわぁ……いい香りー!

そこはアップルパイの専門店で、ホールサイズではなく、1人サイズのパイを売っているお店だった。店内に飲食のスペースは無い。

私達は早速1人1個のアップルパイを買ってお店を出る。店番のおばあちゃんはニコニコと手を振ってくれた。

焼きたてのアップルパイを入れた紙袋からは、ホカホカとした温かさと良い香りが伝わって来る。

「折角だから、焼き立てのうちに頂きたいわ! マーカス、どこか座れる所はないかしら?」

「そうですね、近くに公園がありますので、そこに行きましょう」

案内されたのは広い芝生に噴水もある綺麗な公園で、あちこちにベンチや東屋も設置されていた。

私達はそこの東家の椅子に座る。

「では早速! いただきまーす!」

アップルパイを一口かじると、サクサクとしたパイの歯応えと共にバターの香りが口いっぱいに広がる。美味しい。

続けてかじると今度はフィリングが出て来て、熱々トローリとした林檎の甘さとシナモンの香りが最高だ。

んー! 美味しい!! ポカポカとした陽気に、美味しいアップルパイ、最高だね!

と、アップルパイを堪能していると、ふとベンチに置きっぱなしの荷物に気が付いた。

「マーカス、あれ、誰かの忘れ物かしら? どこかに届けた方がいいんじゃない?」

マーカスは私に言われてベンチを確認するとこう言った。

「ああ、あれは多分場所取りの為に荷物を置いているのですよ」

「ええ!? 取られないの?」

自分から離れた所に荷物を放置するなんてあり得ない。泥棒に持っていかれても文句を言えない行動だ。

「伯爵領は治安が良いですからね。生活に困る様な領民もいませんし、他人の物を取る理由がないんですよ」

「ええー? ちょっと無防備過ぎじゃないですか? そのままの感覚で王都に出たら身ぐるみ剥がされますよ」

アップルパイを食べ終えたマリーも驚きの声を上げる。

身ぐるみ剥がされるはさすがに大袈裟だけど、恐らく荷物は消えるだろう。

よく見れば、そのベンチだけでなく近くの東家にも放置された荷物がある。

呼び込みの声がしない街、閉まった店、放置された荷物、豊かな領民……。

きゃー、アハハ……と、公園で遊ぶ領民達の楽しそうな声が聞こえる。

子供はもちろん大人も結構な数いる。しかも働き盛りのはずの若者の数が多い。

これは……、見えて来たかも! 伯爵領の問題点!

「マーカス! 帰ったら確認したい事があるわ。時間は取れる?」

「はい、あの、お手柔らかに頼みます……」

この分だと、やっぱりマーカスも気付いてたか。

「ところで、マーカスさんは食べないんですか? アップルパイ」

マーカスが大事そうに抱えているアップルパイに気が付き、マリーが突っ込む。

マリーよ、あれはダリアへのお土産なんだよ。そっとしておいておあげ。

「邸に帰って、執務のあいまに頂こうと思いましてな。は、はは……」

「それもいいですね。そうだ! 私もう1個アップルパイ買って来てもいいですか?」

「ふふっ、よほど気に入ったのね。マリーも帰ってオヤツにするの?」

「ベーカーのお土産にするんです!」

マリーとベーカーは、歳が近いのと食べ物大好きという共通点があって仲が良い。

「何か美味しい物を見つけたら、ベーカーに伝えたり食べて貰ったりする様にしてるんです! そうするとベーカーが、少しアレンジした美味しい物にして、また出してくれるんですよ」

これこれマリー、ベーカーを不思議魔道具みたいに言うんじゃありません。