軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【コミカライズ配信開始記念特別SS】お忍びデートには向かないアナタ《後編》

「はいよお嬢さん、まいどあり!!」

「ありがとう、おじさんっ」

屋台のおじさんにお金を渡して、代わりに瓶に入った林檎のジュースを受け取る。

絞りたての林檎ジュース、美味しいんだよねー。嬉しいな!

街に着いて馬を預けた私と旦那様は、まず手始めに何か飲み物を買うことにしてこの屋台にやってきた。

『まずは私が買うところを見ていてくださいね!』そう言って、旦那様には2、3歩後ろで待っていてもらったのだが……。

「はぁー、随分シュッとしたお兄さんを連れてるねぇ。お嬢さんのいい人かい?」

「あ、えーっと……」

やはり旦那様の佇まいは人の目を引いてしまうらしく、屋台のおじさんにそう聞かれた。

一応夫婦設定で街を散策するつもりだったんだけど……。この感じだと、夫婦というより『どこかお金持ちの商家の旦那さんを案内している』とかの方が自然かもしれない。

そう思って私が口を開こうとしたその時ー、

「妻だ」

後ろに立っていた旦那様が、ひと言そういうとグイッと私の腰を引き寄せた。

ちょ、駄目ですよ、旦那様!

言動がそれっぽい! それっぽい!!

予想外の旦那様の行動に私がギョッとした表情を浮かべたからだろうか。

屋台のおじさんが、『…大丈夫?』と心配そうにアイコンタクトを送ってきた。

いかん、このままでは別の意味で旦那様が目立ってしまう。

私は慌ててコクコク頷き大丈夫アピールをする。

「あ、あはははー、そうなんです! 私たち新婚でー♡ もうやだアナタったら、ほーらこれ持って行きますよー!」

私は旦那様にジュースの入ったガラス瓶を二つとも押し付けると、背中を押すようにしてそそくさとその場を離れた。

屋台のおじさんは、何かが腑に落ちていなさそうな顔をして首を傾げていたけれど、さすがにあれだけじゃバレてないよね……?

(旦那様、あの言動はお貴族様っぽいです!)

(あれがか!?)

ヒソヒソ話しながら道を歩いていく私たちを、心なしか街の皆さんが見ているような気がする。

うーん、これ思ったより前途多難かもしれないぞ!?

◇ ◇ ◇

「うん、なるほど美味いな!」

『モッチモチー!』

あの後。色々街を見て回り、お目当ての串焼き肉と伯爵領の新名物になりつつあるモチモチドーナツを屋台でゲットした私たちは、それらを持っていつかの広場にやってきた。

東家(あずまや) の椅子に座って旦那様と精霊トリオと買ってきたものを食べていると、他の精霊たちもたくさんワラワラ寄ってくる。

「ごめんねみんな、今日はこっそり遊びに来てるの。今度クッキーを焼いておくから、伯爵邸に遊びに来てね」

『わかったー、アナー!』

『じゃあまたねー、ユージーン』

そう言いながら、精霊たちはまたキャッキャと広場で遊びはじめる。

「そういえば、変装していても精霊たちには関係ないのね」

『うん! 姿形が変わっても魔力は変わらないからね』

『精霊が人間を見分けるのに、あんまり見た目って関係ないかもー』

『僕たちみたいに人間と契約して長く一緒にいるようになると、見た目でも色々気付けるようになるけどね』

なるほど、そういうものなのか。

精霊トリオの話を聞きながらふと見ると、目の前で旦那様が串焼き肉に苦戦していて、ついクスリと笑ってしまった。

やはり串焼きにそのままかぶり付くという行為は、貴族には少し難しいらしい。

「ふふ、旦那様。口元に串焼き肉のソースが付いていますよ?」

串焼きで手が塞がった旦那様に代わってハンカチでそっと口元のソースを拭ってあげると、みるみるうちに旦那様が赤くなっていく。

うちの旦那様はいまだに乙女なのである。

そんな旦那様と、旦那様を揶揄ってヒューヒュー騒ぐ妖精トリオを見て笑っていた私は、ふと至近距離からの視線に気が付いた。

ハッとして横を見ると、いつの間にそこにいたのか、五歳くらいの男の子がジーッとこちらを見つめている。

「……はくしゃくさま?」

!!!! バレた!!??

どう誤魔化そうかと頭をフル回転させている私の隣で、椅子から立ち上がった旦那様はその男の子と目線を合わせてしゃがみ込んだ。

「私が伯爵に見えたのか?」

「うん! かっこいいから!!」

「ハハッ、それは光栄だな」

あ、もしかして変装がバレた訳ではなくて、この子にとって「カッコいい」=「伯爵様」なのかな?……それも凄い話だな!?

ひとり頭をひねる私をよそに、旦那様は自身が伯爵であることを否定も肯定もせずにその子と話を続ける。

「すまないが私が伯爵かどうかは秘密にさせてくれないか? 今、こっそり遊んでいるんだ」

「こっそり? 遊んでるの?」

「ああ」

男の子は少し考え込んだ後、パァッと顔を輝かせるとこう言った。

「いいよ、ひみつにしてあげる! かわりに一緒に遊ぼう!!」

えええええっ!?

どうしたものかと成り行きを見守っていたら、想定外のところに行き着いた。

「よし! 遊ぶか!」

旦那様までそんなことを言い出すものだから、結局その後私たちは、子供に混ざって散々追いかけっこをする羽目になった。

そしてーー。

「はぁー、疲れたぁー! でも楽しかったですね、旦那様!」

「ああ、そうだな」

子供たちが満足して親と一緒に帰っていった頃には、私も旦那様もクタクタだった。

あまりお行儀はよくないけれど、よく領民たちがしているように芝生に寝っ転がって空を見上げる。青かった空は少し茜色がかっていて、もうすぐ日が暮れるのだなぁと気が付いた。

楽しかった一日が終わっていくのは、どこか少し寂しい。

「……アナは」

隣に寝転んでいた旦那様が、少し真面目な声で言った。

「アナは、フェアファンビル公爵家に連れてこられる前は、こんな風に自由に暮らしていたのだろう? 今の暮らしは、息苦しくないか?」

私がお忍びで出かけたがったから、今の生活に不満があると思われてしまったのだろうか?

確かに、貴族の暮らしは何かと不便な事も多いとは思うけど、でも……。

「いいえ。私は今、サイッコーに幸せですよ。旦那様!」

大好きな旦那様と、大好きな伯爵家のみんなと。毎日楽しく暮らしている今の生活に、不満なんてあるはずがない。

「そうか」

私の答えを聞いて、そう微笑む旦那様があまりに幸せそうだから。

私までふわふわ嬉しいような、それなのにキュッと切ないような、何だか不思議な気持ちになってくる。

「さて、ではそろそろ私たちも帰ろうか。私たちの 邸(いえ) に」

そう言って立ち上がった旦那様は、優しく笑って私に手を差し出した。

「はい! 旦那様!」

私は元気に返事をすると、差し出された手をキュッと掴んで立ち上がる。

そうして掴んだ手を、今度は優しく繋ぎなおして。私と旦那様は、寄り添うように街の外へ向かって歩いていった。

きっとまた、お忍びデートしましょうね、旦那様!

ーーそして、それから後のハミルトン伯爵領では。

『様々な変装を駆使しては街に馴染みきる妻』と『どれだけ頑張っても無駄にキラキラしてしまう夫』という組み合わせの新婚夫婦が現れた場合、絶対に守るべき不文律ができたという。

そっと見守ること。

そして、万が一その夫婦に害を与えようとする人間が現れた場合、徹底的に排除すること。

そう、ハミルトン伯爵領の領民達は、自分たちの領主夫妻が大好きなのだ。