軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57.山頂まで

途中、道外れで作業している者が遠くに見えた。地図を確認すると赤丸がついていた辺りである。素材を収集する業者かもしれない。

スレイは声を掛けようかと迷ったが、仕事の邪魔になるのは明白だったので遠慮した。もし挨拶など用があるなら素材ギルドに足を運んで伺うべきだろう。印象を悪くするのは得策とは言えない。

「もう少し遅い時期ならば、紅葉が拝めたかもしれませんね」

登頂を開始して二時間くらい経過した頃、エリアが周りの木々を見ながら呟いた。傍らにはロイドが常に付き添うように歩いている。

紅葉が姿を見せるのは一〇月中旬頃。今はまだ九月下旬で山の木々は青々しく、そこに夏の残り香が感じられた。

「また来ればいいよ。ここまで近いんだからさ」

「ヘンリー、それは気が早すぎるな。時間があれば考えるけど、俺の処が大忙しになってる可能性もあるだろ」

「そうだといいけどね。……ほら、スレイ、エリア、あの奇岩を見て。あれがルーンマウンテンで有名な、通称『アンドリュー八返り』だよ」

ヘンリーが立ち止まると山頂側を指さした。

山道上に巨大な岩同士が絶妙なバランスで重なりあい、トンネルになっているのが見えた。どうやら名所の一つらしい。

「今にも崩れそうな感じだが、あの岩の間を潜り抜けるのか。……『アンドリュー八返り』って珍妙な名前だな」

「三〇〇年前、アンドリューという名の英雄が、あの山道に横たわる崩れそうな奇岩にたじろいで、八回行ったり来たりして通り抜けを迷ったのが由来。本当ならあの形のまま、三〇〇年前から崩れそうな岩同士が固定されてるって事になるな」

それを耳にしたスレイは眉唾物の逸話だと思った。何よりアンドリューという英雄に聞き覚えがない。

「……たじろいだって八回も? 少し脇を通って迂回していけばいいんじゃないのか。それにアンドリューって奴が英雄だったなら、そんな恥となる事を他者に話すかな。聞いた事ない名前だけど」

「確かに。まあ伝承だからね。それはそれとして、あの岩は力学的なバランスからすると安定しているらしいよ。だからアンドリューみたいに心配しなくて大丈夫。さあ行こう」

ヘンリーはそう告げると、元気よく奇岩に向けて歩いていった。

「スレイさん、英雄アンドリューって実在人物ですよ。わたしの父様が知り合いだったらしいです」

ヘンリーを追って歩き出そうとしたスレイに、クラリッサが話しかけた。

だったらしい、というのもまた又聞きであり不確かなものだが彼女はエルフである。父親も当然エルフだろう。

エルフは長寿種で千年はゆうに生きるらしい。三〇〇年前の英雄と知り合いという事は十分にありえる話だった。

「クラリッサさんの父親は随分と長生きなんだな。……で、このアンドリューの逸話は本当なのか?」

「それはわかりませんが。……スレイさんが知らないのは無理ないですね。アンドリューはこの辺りで有名じゃないですから。ノースフィールド公爵領の英雄です」

エルフの故郷と言われる世界樹の森はノースフィールド公爵領の西側にある。クラリッサも世界樹の森の出身なのかもしれない。

そしてスレイはノースフィールド公爵領という言葉を耳にして、ふと金髪ドリルのお嬢様、フレデリカの顔を思い出した。あの事件の前後から会っていないが元気だろうか。

(……そういや、エリアがつい先日アトリエの見学をしたといっていたな)

今の仕事が一段落したらエリアのお礼がてら一度訪ねてみるべきだろうか。

同期かつ同業者との話は、何かインスピレーションを齎してくれるかもしれない。

「スレイさん、出発しましょう。ヘンリーさんが奇岩の前で待ってます」

エリアにローブの裾を掴まれると、物思いに浸っていたスレイは我に返った。

「……スレイさん、何か考え事ですか?」

「ああ、ちょっとな。……とりあえず登山に集中するか」

見上げるとヘンリーが奇岩を前に、片眼鏡に指をあてて興味深そうに目を凝らしていた。

楽しそうである。もしかすると、あの奇岩を見るのが彼の目的の一つだったのかもしれない。

奇岩『アンドリュー八返り』を潜り抜け、さらに二時間。

道中は何事もなく平穏で、山頂付近の広まった処まで到達した。

「ようやく山頂だね。あそこが天辺だけど。まあ、ここでも十分かな。ほら、良い眺めだろう」

ヘンリーに促されるようにスレイは麓を見下ろすと、ルーンサイド市街全体を俯瞰するように一望する事が出来た。

「おー……結構いいものだな。あの端が俺のアトリエで、あの辺が月の輪亭かな」

はるか眼下にある住家のアトリエと月の輪亭の二点を眺め、通いつめた日々の事をスレイは思い出し、エリアの方を見る。

「エリア、疲れてないか?」

「はい。程よい達成感ですね。……たまにはこうして動かないと、冒険者の頃に養ったものを失ってしまいそうです」

「そうだな。また一緒に来ようぜ。紅葉の時期でも。……皆、とりあえず昼休憩にしないか」

登山道についたのが八時前、そこから四時間かけて登ったと想定すると、今は一二時前である。

昼食を楽しみながら休憩するには良い時間だった。

「おーい、君たちは登山客か?」

突然声がした。

今登ってきたルーンサイドからの登山道からではなく、さらに奥からである。

「あれは……警備の方でしょうか? こんにちはー」

エリアがぽつりと呟きつつ、挨拶した。

スレイも彼女に倣うように視線を送り、頭をわずかに下げる。

目に映ったのは六人の男女である。その内の四名は統一された身なりで武装をしていた。

冒険者ではないだろう。エリアの呟き通り山を警備している団体かもしれない。

彼らの代表らしき男性が発した次の台詞は、挨拶の返事といった安穏としたものではなく、深刻さを伴うものだった。

「君たちはルーンサイドから来たのだろう。……来るまでの途中、男の子を見かけなかったか?」