軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

討伐の報酬、そして

闘技場に立ち込めていた土煙が晴れ、圧倒的な静寂が降り下りてから数分後。

Bランク教官の鬼島は、一度だけ短く息を吐き出すと、教官としての威厳を保ったよく通る声で研修の終了を宣言した。

「よし! 今日の実技はここまでだ! 不測の事態だったが、お前ら怪我がなくて何よりだ。解散ッ!!」

その声で、硬直していた新人たちが我に返る。

だが、彼らの視線は鬼島ではなく、ジャージを着た35歳の無職――俺に釘付けになっていた。

「あ、あのっ!」

背後から、遠慮がちな高い声がした。

振り返ると、先ほどオークに潰されかけていた小柄な少女が、杖を両手で強く握りしめながら立っていた。

大きな瞳には、まだ恐怖の涙が微かに滲んでいる。

「私、 水瀬(みなせ) しずくって言います。 回復術士(ヒーラー) 志望です。……あの、助けていただいて、本当にありがとうございました……っ、おじさん!」

(おじさん、おじさん、おじさん……)

その純真無垢な一言が、俺の肉体を貫通し、35歳のメンタルにクリティカルヒットした。

「……お、おう。怪我がなくてよかったよ。おじさ……いや、結城誠だ。よろしくな」

「はいっ! 結城さんですね! いつか恩返しができるように、私、立派なヒーラーになります!」

しずくが深々と頭を下げて去っていく。

いい子だ。裏社会のドロドロした思惑に塗れていた俺にとって、あの純粋な善意は眩しすぎた。

「……チッ」

すれ違いざまに、舌打ちの音が聞こえた。

オークの一撃で気絶し、先ほど目を覚ましたばかりのエリート剣士、レオだ。

彼は泥だらけになった特注のミスリルアーマーを震わせ、俺を鋭く睨みつけていた。

「か、勘違いするなよ、おっさん! 今回は鬼島教官が削ってくれてたから、たまたまアンタの攻撃でトドメが刺せただけだ! 次は絶対に俺が一番活躍してやるからな!!」

顔を真っ赤にして叫ぶと、レオは取り巻きたちを連れて逃げるように闘技場を去っていった。

俺の適当な言い訳を完全に信じ込んでいるらしい。素直というか、単純というか。

「マスター。あのアホの子、完全に噛ませ犬のテンプレ思考ですね」

「言うな、放っておいてやれ。若いってのはそういうもんだろ」

脳内のエク子をたしなめつつ、俺は一人で闘技場の隅に残っていた鬼島教官に近づいた。

「鬼島教官」

「……結城、だったな」

鬼島は動じることなく俺に向き直った。

その目は、先ほどまでの「素人の新人」を見る目ではなく、得体の知れない同業者を値踏みするような、鋭く真剣な眼差しに変わっていた。

「このオークの死体、どうするんですか?」

冒険者のルールとして、魔物を討伐した場合、その素材や 魔力核(コア) は『トドメを刺した者』の所有物となる。

鬼島は無言で頷くと、懐から解体用のナイフを取り出し、凄まじい手際でオークの胸部を切り裂いた。

中から現れたソフトボール大の鈍く光る石――『Cランクの魔石』を取り出し、俺に向かって無造作に放り投げる。

「受け取れ。トドメを刺したのはお前だ、当然お前のモンだ」

「え? いいんですか?」

「ああ。……それに、お前には助けられた。首輪の破損は完全な事故だが、新人を危険に晒したのは教官である俺の落ち度だ。

あのままなら、死人が出ていた」

鬼島は自身の非を真っ直ぐに認め、頭を下げた。

Bランクという高位でありながら、己のミスから逃げない堂々とした態度は、素直に尊敬できるものだった。

「機材トラブルの件は、俺が責任を持って上に報告する。……だが、お前が『Cランクを素手で一撃粉砕した』なんて報告書に書けば、ギルド本部がお前を放っておかなくなるぞ。目立ちたくないんだろ?」

「……ええ、まあ。色々と事情がありまして」

「だろうな。だから、表向きは『俺が弱らせたオークに、お前が偶然トドメを刺した』ってことにしておく。……この魔石は、俺の尻拭いをさせた詫びだ。取っておけ」

大人の配慮だった。

この『Cランクの魔石』なら、目立ちすぎず、かつ当面の生活費としては十分な額になるはずだ。

「……分かりました。お言葉に甘えます。ありがとうございます、教官」

「フン。せいぜい長生きしろよ、 新人(ルーキー) 」

鬼島がニヤリと口角を上げ、背を向けた。

俺は内心でガッツポーズを決め、魔石をドドンキの袋に放り込んだ。

これで今日の晩飯はもやし炒めから脱却できる。

1階の受付ロビー。

俺は「素材買取窓口」の列に並び、順番を待っていた。

「次の方、どうぞー」

カウンターから顔を出したのは、数時間前に俺の『適性検査』を担当した、あの銀縁眼鏡の受付嬢、雨宮さんだった。

彼女は俺の顔を見た瞬間、ビクッと肩を揺らした。

「ゆ、結城様!? も、もしかして、また何か機材を壊……いえ、何かのトラブルでしょうか!?」

「いやいや、違いますよ。今日は素材の買い取りをお願いしたくて」

俺がドドンキの袋からソフトボール大の『Cランク魔石』を取り出してカウンターに置くと、雨宮さんの表情が完全にフリーズした。

「……えっと。これ、アーマード・オークの魔石……ですよね? Cランク魔物の……」

「はい」

「結城様は、数時間前に登録されたばかりの『適性なし・Fランク』の新人冒険者様……ですよね?」

「はい」

雨宮さんは、魔石と俺の顔を三往復ほど見比べた後、こめかみを押さえて深呼吸をした。

「……あの、大変申し上げにくいのですが。Fランクの方がCランクの魔石を持ち込まれると、その……『不正入手(窃盗など)』を疑わざるを得ない規定になっておりまして……」

「あ、大丈夫です。これ、新人研修での働きを評価されて、鬼島教官から特別に譲ってもらったものなんで。教官に確認してもらっても構いませんよ」

俺が堂々と告げると、雨宮さんは「なるほど、鬼島さんから……」と心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。

「びっくりしました……結城様が素手でオークを殴り殺したのかと……」

「ハハハ、まさか。ただの無職ですよ」

「ふふっ、そうですよね。では、こちらの魔石、査定させていただきますね」

雨宮さんが魔石を鑑定機にかける。

ものの数十秒で、モニターに買取金額が表示された。

「純度も高く、状態は非常に良好です。買取金額は『30万円』となりますが、よろしいでしょうか?」

「さ、30万……!!」

俺の口から、感喜の悲鳴が漏れそうになった。

極貧生活からの、劇的生還が出来る金額である。

俺は高速で頷き、現金での受け取りを希望した。

分厚い封筒を受け取った時の、あのずっしりとした重み。

まどかの護衛で何千万という金を見てきたが、自分の力で手に入れたこの30万の重みは、また格別だった。

「ありがとうございます、雨宮さん! これで妹に美味いものを食わせてやれます!」

「えっ、妹さんがいらっしゃるんですか? ……なんだ、結城様って、すごく家族思いの優しい方なんですね」

雨宮さんが、初めて営業スマイルではない、柔らかな微笑みを向けてくれた。

俺は現金入りの封筒をドドンキの袋の奥深くにしまい込み、足取りも軽くギルドを後にした。

スーパーで特上の黒毛和牛を買って、美桜と一緒にすき焼きパーティだ。個室だから大丈夫だろう。

……その頃。

ギルド本部の最上階。限られた幹部しか入れない『中央モニタールーム』。

薄暗い部屋の中で、一人の白髪の老人が、巨大なスクリーンに映し出された映像を食い入るように見つめていた。

映像は、地下第三訓練室の監視カメラの録画データ。

アーマード・オークの抑制首輪が外れ、暴走した直後のシーンだ。

『……ったく。ギルドの備品はもっとマメにメンテナンスしとけよな』

スピーカーから、間延びした男の声が響く。

そして、ジャージ姿の男が持っていた『黄色いビニール袋』で、オークの顔面を軽く払うように叩いた、次の瞬間。

Cランク魔物の巨体が、コマのように回転して壁に激突する映像が、スローモーションで再生される。

「……信じられん」

白髪の老人――ギルドの最高責任者である『ギルドマスター』は、鋭い眼光で映像を一時停止した。

「魔力による身体強化の兆候はゼロ。純粋な『物理的質量』と『速度』のみであの巨体を吹き飛ばしたというのか。

しかも、寸前で威力を極限まで抑え込んでいる……鬼島め、教官の分際で私に隠し事をしおって」

ギルドマスターの背後に立つ、黒服の秘書が緊張した面持ちで報告書を読み上げた。

「本日の新規登録者、結城誠。35歳。適性検査の結果は『完全な適性なし』。魔力測定も反応ゼロ。初期ランクはFです」

「適性なしだと? ……馬鹿を言え。この動き、Aランク……いや、Sランクの特化型前衛ですら不可能だぞ」

ギルドマスターは、画面の中で黄色い袋を肩に担ぎ直している男の姿を、指を組んで見つめ直した。

「裏社会の暗殺者か、それともどこかの国の特務機関が送り込んできたバケモノか……。いずれにせよ、こんな規格外をFランクで野放しにしておくわけにはいかんな」

老人は、秘書に向かって短く命じた。

「……結城誠をマークしろ。奴が次にダンジョンに潜る時、腕利きの 調査員(ウォッチャー) をこっそり同行させろ。奴の『本当の力』の底を測るんだ」

美味しいすき焼きの肉を頬張りながら、俺が平和な日常を噛み締めていたその裏で。

新宿ギルド本部のトップは、すでに『ジャージを着たおじさん』の存在に目をつけ、静かに包囲網を敷き始めていたのだった。