作品タイトル不明
一騎打ち、竜殺しの鉄拳
ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!
蒼竜が自ら地に降りた衝撃で、第20階層の氷の大地が津波のように波打ち、砕け散った。
舞い上がる濃密な冷気の土煙。
その奥から、怒りで黄金の瞳を血走らせた蒼竜が、弾丸のような速度で突進してくる。
『死ネェェェッ、羽虫ィィィッ!!』
空を裂く巨大な爪の薙ぎ払い。
高層ビルすら一撃で両断するであろうその神撃に対し、俺は逃げずに正面から踏み込んだ。
「トラ子ッ!」
「演算完了! 対象の右爪、軌道予測から迎撃角を算出。……マスター、正面から受け止めるのは不可能です。
右斜め前へ踏み込み、某大手ディスカウントストアの袋で攻撃のベクトルを『逸らし』てください! ダメージは超速再生で相殺します!」
ステータスの向上という都合のいい奇跡は、この死地ではもう起こらない。
今の俺にあるのは、これまで積み上げてきたスペックと泥臭い戦術だけだ。
「オラァッ!!」
俺はトラ子の指示通り、致死の爪が迫るコンマ一秒の隙間に身体を滑り込ませた。
右手に持った魔法の黄色い袋を斜めに構え、蒼竜の爪の側面に叩きつける。
ギィィィィィィンッ!!
破壊不可の袋と蒼竜の爪が激突し、火花ならぬ魔力の閃光が散る。
完全に防ぎきれる威力ではない。
袋を盾にしても、凄まじい衝撃波が俺の身体を襲い、左肩の骨がギチギチと嫌な音を立てて砕けた。
「ぐっ……、あァッ!!」
「マスター! 左肩甲骨骨折!…ですが想定内です、【超速再生】発動します!」
砕けた骨と断裂した筋繊維が、スキルによって、わずか一呼吸の間にバキバキと音を立てて強制的に繋がり、元の形へと修復されていく。
『……チィッ! 何故死ナン!』
蒼竜が驚愕に一瞬動きを止める。
俺は再生したばかりの左腕を振りかぶり、痛みを怒りに変換してヤツの懐へとさらに深く潜り込んだ。
「俺が死ぬのは、寿命が来た時だけだ!」
全魔力を注ぎ込んだ【竜鱗装甲(極)】の左アッパーカット。
蒼竜の下顎を強烈に打ち上げる。
ヤツの巨体がわずかに浮き上がったが、蒼竜もすぐさま空中で体勢を立て直し、太い尻尾で俺の胴体を薙ぎ払ってきた。
――ドゴァッ!!
今度は躱しきれない。
俺の身体はボーリングのピンのように弾き飛ばされ、氷の壁に深々と叩きつけられた。
内臓が破裂し、血を吐き出す。
だが、壁から崩れ落ちる前に【超速再生】がすべてを治癒する。
「ハァッ……、ハァッ……! マスター、いけますか!?」
「心配すんなエク子……ッ。まだまだ、痛えうちに入らねえよ!」
俺は壁を蹴り、再び突撃する。
そこからは、文字通りの『死闘』だった。
蒼竜の圧倒的な質量と暴力が俺の身体を何度も砕き、そのたびに俺の【超速再生】が肉体を繋ぎ合わせる。
俺の拳と黄色い袋がヤツの無敵の鱗を叩き割り、蒼竜の牙と爪が俺の1980円のジャージを血と氷で染め上げていく。
技術も何もない。互いの存在を削り合う殴り合い。
『グルアァァァァァァァッ!!』
数十合の打ち合いの果て。
業を煮やした蒼竜が、俺の動きを止めるために、その巨大な顎を限界まで開き、俺の身体を頭から「丸呑み」にしようと噛み付いてきた。
「マスター! 直撃します!」
視界が、漆黒の絶望と蒼い牙に覆い尽くされる。
だが、俺は逃げなかった。
「おおおおおおおッ!!」
俺は両腕を天に向かって突き出し、蒼竜の上顎と下顎を、素手(と右手のドドンキの袋)でガッチリと受け止めた。
「…ッ!」
ダンプカー数十台分のプレス機に挟まれたような、絶望的な重圧。
俺の足元の氷の大地が、圧力に耐えきれずにすり鉢状に崩落していく。
俺の腕の筋肉が千切れ飛びそうになり、全身の血管から血が噴き出す。
『……愚カナ! ソノママ噛ミ砕イテクレルワァッ!』
蒼竜がさらに顎の力を強める。
ミシミシと、俺の肩の骨が再び砕け始めた。
「マスター! 耐えきれません、筋力値が負けています!」
「マスターぁぁぁッ!!」
AIたちの悲痛な叫び。
だが、俺の瞳はまだ死んでいない。
「……トラ子、エク子。俺は、ステータス(数字)だけで戦ってるわけじゃねえ」
俺は歯を食いしばり、口内に溜まった血を飲み込んだ。
「ここで……俺が潰れたら! 美桜は誰が助けるんだよッ!!」
リストラされ、首を括ろうとしたあの日。
すべてを諦めかけた俺を繋ぎ止めたのは、たった一人の妹の存在だった。
あのベッドで苦しむ美桜に比べれば、こんなトカゲの顎の重さなど、痛みのうちに入らん。
「オラァァァァァァァァァァァァァッ!!」
【超速再生】が、千切れる筋肉を回復させ、回復した端から再び全力で力を込める。
限界突破のその先。
俺の怒りと執念が、システムによって定められた筋力の限界値を、瞬間的に凌駕した。
――バキ、バキィィィィィンッ!!
『……ナッ、バカ、ナ……!?』
蒼竜の黄金の瞳が、信じられないものを見るように見開かれた。
俺の腕が、ヤツの巨大な顎を、内側から力任せに『押し広げた』のだ。
そして、俺の手を押し潰そうとしていた蒼竜の巨大な「左の牙」が、俺の理不尽な圧力に耐えきれず、根本からへし折られた。
『ギ、ギャアァァァァァァァッ!!?』
自身の牙を折られた激痛に、蒼竜が悲鳴を上げて顎を離し、巨体をのけぞらせる。
「今だッ、マスター! ヤツの胸郭が完全にガラ空き開です! 心臓部(コア) が丸見えです!」
トラ子の鋭いナビゲーションが、勝利への一直線の 軌道(ルート) を描き出す。
のけぞった蒼竜の胸元。
そこには、特級エリクサーの源である、淡く発光する巨大な心臓の鼓動が透けて見えていた。
「これで……、終わりだァァァァァァッ!!」
俺は血だらけの足を強く踏み込み、残されたすべての魔力と体力を、右手の『魔法の黄色いドドンキの袋』に集中させた。
妹の命を繋ぐための、最後の一撃。
脳筋による竜殺しの鉄拳が、蒼竜の心臓めがけて、一直線に放たれた。