作品タイトル不明
短編3「アルドリックとリアーナとメイドの日」
ルーデンドルフ帝国、王太子の執務室。
アルドリックとカイルが執務に勤しんでいた。
「カイル、今日はメイドの日だ。
そこで……」
「駄目ですよ」
「まだ何も言ってない!」
「言わなくてもわかります。
リアーナ様にメイド服を着せて給餌してもらいたい……とか言うつもりでしょう?」
「給餌しなくてもいい。
リアーナがメイド服を着てるだけでもいい!」
「リアーナ様はメイドではなく、王宮魔導士のヒーラーです。
そんなことばっかり言ってると、そのうちセクハラで訴えられますよ」
「リアーナのメイド姿を見ないと仕事が手につかない……」
アルドリックがウジウジと、書類に「の」の字を書き出した。
「アホなこと言ってないで仕事してください」
カイルは、アルドリックの前に書類の山を置き、アルドリックを現実に引き戻した。
◆◆◆◆
――数時間――
「北部の村に出たコボルトの群れ討伐なんですが……」
「それは僕が行く」
「南部の森にオーガが住み着き、近隣の村を襲っています」
「それも僕が討伐に行く」
「東の関所にハーピィが現れ、旅人を襲っています」
「それも僕がやる」
「殿下、あなたはもうスペアだった第四王子だった頃とは違うんです。
少しは御身を大事になさってください」
「そうは言っても、この国で一番強いのは僕だ。
僕が隊を率いて討伐に行くのが一番早い」
「殿下は確かにこの国で一番強いかもしれません。
ですが、王太子は国の礎になるべき人間。
礎を失うことが、どれだけ国の損失につながるかお考えください」
「……」
「それに、殿下がモンスターを全て討伐してしまっては、後進の育成に影響がでます」
「分かった。
今回は騎士団に任せる」
「そうしてください。
それと顔色が悪いようですが、ちゃんと食事は召し上がられてますか?」
「……回復ポーションは飲んでる」
「それは食事ではありません。
ちゃんとバランスよく召し上がらないと、お体に触ります」
「お前は僕のお母さんか、乳母か」
「そう言われたくないのなら、自己管理してください」
「分かった。
後で食堂に行く」
「全く。
殿下はほっておくとご飯もろくに食べないんですから」
◆◆◆◆◆
――一方その頃――
非番のリアーナはゲルダの工房に来ていた。
「困ったね」
「ゲルダさんどうしたんですか?」
「新作のメイド服を作ったんだけど、モデルになってくれる子が体調崩してしまってね」
「それはお困りですね」
「マネキンだと、どうしてもイメージがわかなくてね。
リアーナが代わりに着てくれるかい?」
「私がですか?」
「リアーナは、モデルの子と身長も同じくらいだから、着れるはずだよ」
そんなこんなで、リアーナちゃんはクラシカルなメイド服を着ることになりました。
袖がふっくらとした黒のワンピース。
純白のエプロンとヘッドドレス。
白のタイツと黒の靴。
真紅のリボンが襟元を飾る。
髪は動きやすいように両サイドで三つ編みにした。
「うんうん。
私の見立て通りとっても似合ってるね」
「そうでしょうか?」
メイド服にそれを通したリアーナは少し恥ずかしそうだ。
「サイズはどうだい?」
「胸が少しきつくて、ウエストが少しゆるいです」
胸がきついと囁くように言ったあと、リアーナは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「リアーナはモデルの子より、スタイルがいいんだね。
ちょっと手直しするから待ってておくれ」
◆◆◆◆◆
――一方その頃、カイルは――
「殿下は放っておくと、何も召し上がらない。
食事の管理も従者の仕事。
職務外のことで煩わせて申し訳ないが、リアーナ様にご助力願おう。
リアーノ様が軽食をお届けすれば、殿下も召し上がるはず」
そんなわけでカイルは、リアーナを探して場内を歩き回っていた。
「今日はリアーナ様は非番。
お針子のゲルダさんのところにいると聞いたが……。
失礼します。
ゲルダさんカイルです」
そこでカイルは、メイド服を着たリアーナを目撃した。
彼女に、アルドリックの食事の給餌をお願いするのであった。
◆◆◆◆◆
――アルドリックサイド――
執務室のドアが四回、丁寧にノックされた。
「失礼します。
アドリック様、お食事お持ちしました」
カイルの声に、アルドリックは書類から顔を上げることなく答えた。
「カイルか、今は手が離せない。
食事なら後で取るから下げてくれ……」
「お仕事のおじゃまをして、申し訳ございません。
ではすぐに下げますね」
聞こえてきたのは帰るとは別の人物の声だった。
鈴を転がしたような美しい声に、アルドリックは顔を上げた。
それは彼が、一番聞きたいと思ってる声だった。
「リアーナ、来てくれたの!!
えっ……、その格好……?」
目の前には、髪をおさげにし、クラシカルなメイド服を着たリアーナがいた。
リアーナは食事が載ったワゴンを押していた。
その光景を見て、アルドリックは混乱した。
『リアーナ! どうしてここに!?
メイド服めちゃくちゃ可愛い!!
三つ編みもいい!!
白いタイツも似合ってる!!
僕がメイド服のリアーナを見たいと願ってたから、神様が願いを叶えてくれた!?
それともこれは僕の幻覚……?
幻覚なら触れないはず。
触れたら本物、触れなかったら幻……!』
今一度言おう。
アルドリックはめちゃくちゃ混乱していた。
「リアーナ……?」
アルドリックはリアーナに近づき、そっと彼女の肩に手をかけ抱き寄せた。
「アルドリック様……?」
『温かい! いい匂い! 髪の毛ふわふわ!
ちゃんと実態がある!
ということは本物!?』
「何、いきなりセクハラかましてるんですか」
カイルの鋭いツッコミが入り、アルドリックはようやく現実に戻ってきた。
「ごめん、いきなり……!」
「いえ……」
アルドリックはリアーナから手を離した。
心なしかリアーナの頬が赤いのを、アルドリックは見逃さなかった。
「色々聞きたいことあるんだけど……。
リアーナ、三つ編みが可愛い!
黒のワンピースも白のエプロンも似合ってる!」
「ありがとうございます。
ゲルダさんのお手製なんです」
リアーナは照れくさそうに、ワンピースの裾を広げて見せた。
天然な二人では、話が進まないとカイルは判断した。
「お針子のゲルダさんの新作のクラシカルなメイド服です。
モデルになる女性が休みだったため、急遽リアーナ様が着ていたようです。
せっかくですので、リアーナ様に殿下の差し入れを頼みました」
カイルが事の経緯を説明した。
「なるほど、そんなことが……。
はっ、ということは……!」
アルドリックが表情を引きつらせる。
「この超絶可愛いらしいリアーナの姿を、城中のみんなに見られてしまったのか!?
僕が見るのはいいけど、他の人が見るのはダメだ!!
特に男は駄目!!
奴らの記憶からリアーナを抹消する!!」
アルドリックは、どんな時でもアルドリックであった。
「殿下、心配するところはそこですか?」
「他にないだろう!」
呆れた表情をするカイルを、アルドリックがキッと見据える。
「カイル、リアーナの超絶可愛い国宝級のメイド服姿を衆目の目に晒した罪は重いぞ……!」
「アルドリック様、どうかカイル様を咎めないでください」
「リアーナ、僕は全然カイルを責めてないよ〜〜」
リアーナに話しかけられた途端、アルドリックはデレデレの笑顔に戻った。
「カイル様から聞きました。
アルドリック様がお食事を召し上がられていないと。
それで心配になって、食事の給餌を引き受けしたのです」
「リアーナ、優しい……!
カイル、グッジョブ!!」
アルドリックは満面の笑顔で、カイルに向かって親指を立てた。
「殿下、先ほどと言ってることが違いますよ……」
主の性格を把握しているカイルは、深いため息をついた。
「アルドリック様、お仕事がお忙しいのは分かりますが、軽食だけでも召し上がってください。
あなたがお倒れになっては、城の皆が心配します」
「城のみんながね……。
君は」
「はい?」
「リアーナは心配してくれないの?」
アルドリックはリアーナの手を取り、彼女の髪に指先で触れた。
真剣な表情で問われ、リアーナは胸がドキドキしていた。
「もちろん、私もアルドリック様のことが心配です」
「そっか、リアーナも心配してくれたんだね」
アルドリックは満面の笑顔でリアーナを抱き寄せた。
「カイルはもう下がっていいよ。
僕はリアーナに、『はい、あ〜〜ん』で食べさせてもらうから」
メイド服のリアーナを前にして、アルドリックはいつも以上に浮かれていた。
「本人の許可なく抱きしめるのも、『はい、あ〜〜ん』を強要すふのもセクハラですよ」
カイルは、今この二人を密室で二人きりにするのは危険だと判断した。
カイルに睨まれても、アルドリックはリアーナをなかなか手放そうとしなかった。
「おふざけは程々にして、さくさく食事を済ませてください。
今日中に目を通さなくてはならない書類が、まだこんなにあるんですから」
カイルは机の上の書類の山を指さし、ため息をついた。
「食事くらいゆっくり食べさせてくれてもいいだろ。
はい、あ〜〜んが駄目なら、リアーナを膝の上に乗せて食事したい」
「駄目です」
「……せめて、食事が終わるまでリアーナと一緒にいたい」
「まぁ、そのくらいでしたら……」
「というわけなんだけど、リアーナ、もう少し付き合ってくれる?」
アルドリックはようやくリアーナを自身の腕から解放した。
「はい、私は構いません」
アルドリックの温もりが体に残っていて、リアーナの頬はほのかに赤い。
アルドリックは、チューしたい!という欲望をギリギリの理性で抑え、リアーナをソファーにエスコートした。
リアーナとアルドリックは、応接用のソファーに並んで腰掛けた。
「今日のメニューは何?」
「ハムとチーズのサンドイッチと、野菜サラダと、コーンスープ、キッシュと、デザートに木苺のタルト。
飲み物はアールグレイです」
リアーナが説明し、カイルが食事をテーブルの上に並べた。
「沢山あるから、リアーナも食べていきなよ。
サンドイッチは好き?」
「好きです」
「野菜サラダは?」
「好きです」
「木苺のタルトは」
「それも好きです」
「くっ……!」
アルドリックが突然胸を押さえ苦しみ出した。
「アルドリック様、どうなさったのですか?」
「殿下、しっかりしてください」
リアーナとカイルが心配そうに声をかける。
「リアーナの『好き』が僕に向けてのものじゃないとわかっていても、至近距離で『好き』って言われると、心臓がバクバクする!!」
アルドリックはカイルにだけ聞こえるように、小声でささやいた。
「カイル様、アルドリック様はどうなさったのですか?
回復魔法をかけた方が……」
リアーナはおろおろしながらアルドリックを見つめている。
「リアーナ様、心配いりません。
いつも持病ですから。
ほっといても治ります」
カイルは心配していたのがバカバカしくなって、スンとした表情をしていた。
そんな感じに、ルーデンドルフ帝国でのメイドの日は、平和に過ぎていった。
◆◆◆◆◆
――数日後――
アルドリックは机に向かい、熱心に何かを書いていた。
『殿下が、仕事を真面目にこなしている(感動)』
風に揺られ、机の上にあった紙がカイルの足元に飛んできた。
カイルがその紙を拾う。
途端にカイルの表情が険しくなる。
「殿下、なんですかこれは!」
カイルがアルドリックに詰め寄る。
カイルが手にした紙には、「ヒーラーの夏の新制服」と書かれており、ミニスカメイド服を着たリアーナらしき長髪の少女が描かれていた。
「いや、ほら……もうすぐ夏だし。
ヒーラーのローブ暑そうだなって……」
カイルが机の上に目をやると、他にも同じような落書きの山が……。
……メイド服、学生服、体操服、踊り子の服、ウェディングドレスなどなど。
「リアーナには、どんな服も似合うなって……」
アンドリックは笑ってごまかそうとするが、カイルの額の青筋は増すばかりだった。
「全部、没収します!」
「酷い、カイル!
せっかく描いたのに!」
「リアーナ様に見せて、殿下がいかに変態か説くのと、暖炉で燃やすの、どちらがいいですか?」
カイルが主君に向けるそれは、ゴミを見るときのそれだった。
「…………燃やしてください(涙)」
こうして、せっかく描いたアルドリックの会心のデザイン案は灰と化したのであった。
――終わり――