軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27話「それから」最終話

リーゼロッテがルーデンドルフ帝国に渡って一年が過ぎた。

リーゼロッテはアルドリックの口利きで、王宮内で騎士の治療をする仕事に就いている。

時おり教会や冒険者ギルドを訪れ、冒険者や貧しい民にボランティアで治療魔法を施している。

心配性のアルドリックがリーゼロッテの護衛に女性騎士を十人つけたので、男ばかりの騎士団に行かせ、荒くれ者が多い冒険者ギルドに向かわせることが出来た。

リーゼロッテが驚いたのは、ルーデンドルフ帝国には聖女はおらず、結界を張っていないことだった。

ルーデンドルフ帝国で結界を張ると、モンスターは周辺の国に逃げる。ルーデンドルフ帝国は安全だが、その代わり隣国の魔物の被害が拡大する。両国の関係が悪化する原因になるので結界を張らないのだ。

そのかわり冒険者を数多く雇い魔物を間引き、スタンピードが起こらないように気を付け、町や村に魔物の被害が出ないように注意を払っていた。

森や荒野で多数のモンスターが目撃されたときは騎士団を派遣し、モンスターの退治に当たらせている。

魔物の遺体からは毛皮や爪や角などの素材が回収される。

それらの素材から防御力の高い防具や攻撃力の高い武器が作れるので、騎士団や冒険者の戦闘力が向上する。

質の良い武器や防具は、他国に輸出され高値で取引され国の経済を潤した。

ルーデンドルフ帝国は魔物と上手に共存していた。

リーゼロッテは週五日王宮で騎士団の治療にあたり、週に一度は教会や冒険者ギルドにおもむき貧しい人たちや冒険者の治療にあたり、残り一日はアトリエでのんびりと絵を描いて過ごしていた。

「リーゼロッテ、この絵のモチーフは?」

アルドリックは紅茶をすすりながら、リーゼロッテがキャンバスに向かう姿を眺めた。

キャンバスには神々しいまでに美しい青年が描かれている。

アルドリックはリーゼロッテを愛しているので、絵の具の独特の匂いも気にはならなかった。

愛する人の発する匂いさえも愛しい、アルドリックはキャンバスに向かうリーゼロッテの真剣な横顔をうっとりと眺めた。

しかしキャンバスに描かれているのが自分以外の男、それもかなりの美男子となると、リーゼロッテに好きな男が出来たのではないかと……一抹の不安がよぎる。

リーゼロッテが描くのは神や精霊のみで、人間は描かない、大丈夫だと思うが万が一ということもある。

ハラハラしながらアルドリックはリーゼロッテの返事を待った。

「この絵はヘイムダル神です」

「ヘイムダル神?」

【神】というワードが出てアルドリックは胸を撫で下ろした。

美形の騎士や年若い冒険者に心を奪われ、その姿を描いていたわけではないらしい。

「はい。ヘイムダル神はたいそう見目麗しい神様で、耳と目がとても良かったそうです」

「すごいね」

アルドリックは素直に感想を述べた。

「勇壮で凛々しく壮麗なところがアルドリック様に似ています」

「えっ……?」

リーゼロッテに褒められ、アルドリックは頬を赤くした。

「アルドリック様と再会したときこの絵を描きたいと思ったのです。ですが他の絵も急いで描き上げなくてはならなかったので、この絵を完成させるのが遅くなってしまいました」

リーゼロッテはハルシュタイン王国に置いてきた神や精霊の絵を、急いで描きあげねばならない、そんな感覚に囚われていた。

ルーデンドルフ帝国を訪れてからの二週間、リーゼロッテは絵を描くことに専念した。

ドワーフ、 靴職人の妖精(レプラコーン) 、 首だけの老人(知識の神ミーミル) 、 右腕のない男(軍事の神チュール) 、 八本足の馬(スレイプニル) 、 豊穣の神(フレイ神) 、海神ニョルズなどの絵をハイスピードで完成させた。

絵が描き上がりようやく人心地が付いたリーゼロッテは、翌週から治療の仕事に取りかかった。

リーゼロッテの描いた絵は、その絵を飾るのに相応しい場所に飾られた。

炎をまとったトカゲ(炎の精霊サラマンダー) の絵は炊事場に。

ドワーフの絵は鍛冶工房に。

靴職人の妖精(レプラコーン) の絵は靴屋のアトリエに。

首だけの老人(知識の神ミーミル) の絵は帝都の学園に。

右腕のない男(軍事の神チュール) は騎士の訓練場に。

八本足の馬(スレイプニル) は王宮の馬小屋に。

豊穣の神(フレイ神) は玉座の間に。

海神ニョルズの絵は、海の神を祀る神殿に。

「ヘイムダル神の絵を、アルドリック様のお部屋に飾っていただきたいのですが」

「私の部屋に、いいのかい?」

「はい、アルドリック様さえよろしければ」

「もちろんいいに決まっているよ!」

リーゼロッテの申し出にアルドリックは破顔した。

リーゼロッテが自分のために絵を描いてくれた。アルドリックにとってこんなに嬉しいことはない。

今までリーゼロッテの描いた絵は、神殿や訓練場や玉座の間などの人の出入りが多い場所に飾られ、個人の部屋に飾られたことはなかった。

リーゼロッテの絵が初めて個人の部屋に飾られるのだ、リーゼロッテに特別視されてる気分になりアルドリックは舞い上がった。

「私、この絵が完成したらアルドリック様に伝えようと思っていたことがあるんです」

リーゼロッテに真剣な目で見つめられ、アルドリックの胸は高鳴った。

「何かな?」

「一年前アルドリック様にプロポーズされたときは、私は自分の気持ちがよく分かりませんでした。アルドリック様が他の女性と仲睦まじくするのを想像するともやもやするのですが、その気持ちが何なのか上手く説明できなくて……」

アルドリックはドキドキしながらリーゼロッテの言葉の続きを待った。

「この一年アルドリック様のお側にいて自分の気持ちに当てはまる言葉をやっと見つけることができました」

アルドリックはゴクリとつばを飲み込んだ。どうか良い返事でありますように。

「私はアルドリック様と仲の良い女性に【嫉妬】していたみたいです。アルドリック様が他の女性と仲良くするところを想像して、その方に嫉妬するなんてバカみたいですね」

リーゼロッテが自嘲気味に笑う。

「アルドリック様のことを仲良しの幼なじみだと思っていましたが違ったみたいです。私アルドリック様のことを、その……男性としてお慕いしております」

リーゼロッテが頬をさくらんぼのように真紅に染める。

この一年ルーデンドルフ帝国で暮らし、リーゼロッテは気づいた。

影となり日向となりリーゼロッテに寄り添い、助けてくれるアルドリックの存在が日に日に大きくなっていくことに。その気持ちが恋だということに。

リーゼロッテの言葉を聞き、アルドリックが破顔した。

「嬉しいよ! リーゼロッテ!」

アルドリックはリーゼロッテに抱きついた。

「あの、アルドリック様、先程まで絵を描いてたので絵の具の匂いが……臭くないですか?」

リーゼロッテはへーウィットとミラとニクラス元公爵夫妻に、体や服に染み付いた絵の具の匂いを「臭い」と言われ顔をしかめられたことを思い出し胸を痛めた。

「リーゼロッテの匂いを臭いと感じたことなど一度もないよ!」

アルドリックは絵の具の匂いを含めてリーゼロッテの全てを愛していた。

アルドリックはひざまずき、リーゼロッテの手をとった。

「リーゼロッテが私の気持ちを受け入れて私を男として愛してくれる日が来たら、渡そうと思っていたものがあったんだ!」

アルドリックは紫水晶の指輪をリーゼロッテの指にはめた。アメジストはリーゼロッテの瞳と同じ色だ。

「愛してるリーゼロッテ、私と結婚していただけますか?」

リーゼロッテの顔がトマトのように赤く染まる。

一瞬の間のあとリーゼロッテが首を縦に振った。

「はい、喜んで」

頬を染めるリーゼロッテを、アルドリックが抱きしめその場でくるくると回った。

「絶対に絶対に幸せにするよ!」

「アルドリック様、目が回ってしまいます」

二人の楽しげな笑い声がアトリエに響いた。

◇◇◇◇◇

アルドリックの寝室にヘイムダル神の絵を飾ったとき、アルドリックの脳裏にハルシュタイン王国の現在の様子が浮かんだ。

彼にヘイムダル神の持つ遠視の能力が備わったのだ。

悪天候が続き農作物に壊滅的な打撃を受け不作が続いている。他国と貿易しようにも 大時化(おおしけ) が続き船を出すことも叶わない。

聖女が総出で結界を張っても王都とその周囲の村を守るのがやっと。ミラと呼ばれる最高聖女は痩せ衰え、髪には白髪が交じり、肌はカサカサで、目は虚ろで、目の下に大きなくまが出き、声は老婆のようにしわがれていた。時々血を吐いていたがそれでも休むことを許されず、ボロボロになりながら水晶に魔力を注いでいた。

モンスターの強力な亜種の発生とスタンピードが同時に起こり、結界のない地域を破壊した。剣をまともに振れないほど弱体化した騎士ではまるで相手にならず、騎士団はあっさりと壊滅。

国王と王太子は他国の王族から「アンドヴァラナウトの指輪の製作に掛かった費用を返せ!」と毎日届く請求書の山に精神を病み、借金取りから逃げ下町で浮浪者のような生活を送っている。

ミラと国王と王太子は「リーゼロッテさえいなくならなければ……」と口にし、天にリーゼロッテの帰還を願った。

脳裏に浮かぶ光景を、アルドリックは死ぬほど冷たい顔で眺めていた。

「自業自得ですよ、聖女であるリーゼロッテを追い出すからそんな目に遭うのです」

アルドリックが吐き捨てるように言った。

「リーゼロッテは我が国の民に慕われ楽しく暮らしています。なので今さら帰って来てほしいと泣きつかれても困りますね。リーゼロッテの価値を今ごろ認識しても遅いのですよ」

アルドリックはリーゼロッテをハルシュタイン王国に返す気など更々なかった。

国王がリーゼロッテの価値に気づき軟禁していたことにも、王太子がリーゼロッテを顧みず蔑み罵っていたことにも、リーゼロッテの父親がリーゼロッテの母親の死後王家にリーゼロッテを売り飛ばしたことにも、継母がリーゼロッテをゴミのように扱ったことにも、妹がリーゼロッテを罵倒したことにも、腸が煮えくり返るほど怒りを感じていた。

アルドリックは脳裏に浮かんだ映像を、見なかったことにした。

アルドリックはリーゼロッテから色よい返事がもらえたので、にこにこ笑いながら床に就いた。

その日アルドリックはある夢を見た。

ルーデンドルフ帝国が豊かな国として栄え、平穏が末永く続く夢を……。

◇◇◇◇◇

千年後のルーデンドルフ帝国。

天候は穏やかで農作物はすくすくと育ち、豊かな海からは海産物が取れ、武官は強く勇ましく、文官は優美で博識。

国民は平和に暮らせるのは聖王と名高いアルドリック皇帝とその正妃リーゼロッテ皇后のおかげだと深く感謝していた。

民衆はリーゼロッテの死後も彼女の描いた絵を大切に祀り、二人の墓に参る者は死後千年経っても絶えることはなかった。

アルドリックが見た夢の通りルーデンドルフ帝国は発展を遂げ、アルドリックは聖王として慕われ、正妃リーゼロッテは女神として崇拝された。

アルドリックとリーゼロッテは、死が二人を分かつまで末永く幸せに暮らした。

――終わり――