軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼等部体験会3

* * *

――――その日、第三王子、クラウス・フォン・リーフェンシュタールはとても機嫌が良かった。

「殿下、こちらの書類も目を通しておいて下さい」

「ああ、これが終わったら確認する。そこに置いておけ」

秘書官であるルッツはその理由を知っているため、こうしてそのやる気を余すことなく利用し、次々と仕事を回し、捌かせていた。

(朝は王女殿下のことが気になってたまらない様子でしたが……。いやはや、ディアナ嬢は女神のようですね。今日は仕事が 捗(はかど) ります)

朝から学園の幼等部へと向かったアイリスのことが心配だったクラウスは、午前中こそ仕事が手につかない様子だった。

それが激変したのは、赤いバッグを提げた、一羽の愛らしい鳩が執務室の窓から飛び込んで来た時から、しばらく後。

すぐにディアナの郵便配達鳩だと気付いたクラウスは、はじめアイリスに何事かあったのかと思って、手紙をひったくるようにして受け取り開いた。

そして、目を見開いた。

“おにいさまへ

いつもおしごと、おつかれさま

わたしのこともきにかけてくれて、ありがとう

これからもよろしく

おしごと、がんばってね

アイリス”

――――こんな内容の手紙を妹からもらって、クラウスが張り切らないわけがなかった。

『……ルッツ』

『はい?なんと書かれていたのですか?』

『朝の遅れを取り戻す。仕事を回してこい』

『は、はい!?承知致しました!?』

それからというもの、クラウスはものすごい集中力と速さで仕事を捌いていっている。

そのまま午後に入ってもクラウスの集中力は途切れることなく、執務机に山のように積まれていた書類達は、もうなだらかな丘状になっている。

ディアナとアイリス様々だとルッツは拝みたい気持ちになった。

ルッツがほくほくとしていると、一枚の書類を手に取ったクラウスがぴくりと眉を動かした。

そして口元に手をあて、黙ってしまう。

突然動きを止めたクラウスに気付いたルッツは、これは何事か起きたなと察知した。

「ルッツ」

「はい」

予想通り硬い声で名前を呼ばれ、ルッツは眉間に皺を寄せた。

無言でクラウスに渡された書類に目をやると、そこにはあるふたりの名前が記されていた。

「これは……っ!?で、殿下!?」

そのまま目を通していき、またよく知る人物の名前が出てきたかと思うと、その後に書かれた内容はとんでもないものだった。

「ふん、ふざけた話だろう?」

嫌悪でその秀麗な顔を歪めると、クラウスはどかりと椅子の背もたれによりかかった。

「どれだけ彼女を侮辱したら気が済むのか……」

ひゅうっ。

クラウスから漏れ出た魔力は、急速に室内の温度を低下させていく。

いつもならば抗議して止める場面だが、クラウスの怒りも尤もだと思ったルッツは、ただ黙って冷気に耐えた。

(あの方がいる限り、こんな馬鹿げた考えが通るわけはないでしょうが……。それにしても、あまりにも愚かすぎる)

クラウスほどではないにしろ、ルッツも反吐が出そうなくらいには嫌悪感を抱いていた。

しかしクラウスが手を付けられなくなった時に止めるのは自分の役目だからと、努めて冷静さを保っているのだ。

室内の空気が最悪の中、コンコンと軽いノック音がする。

扉の外の気配に気付いたクラウスは、さっと魔力を収めた。

「お兄様、ただいま戻りました」

ひょっこり扉から顔を出したのは、予想通りの人物、アイリスだった。

「おかえり。楽しかったか?」

「ええ、とっても」

先程までの歪んだ顔が嘘のように、クラウスは穏やかな笑みでアイリスを迎え入れる。

室内に入り、少し温度が低いことに気付いたアイリスは、ふるりと軽く身震いをした。

「お兄様、なにかあったの?」

「…………いや、大したことではない」

口ではそう言いながらもその笑みが不自然なことに気付いたアイリスは、ひとつ息をついてソファに座った。

侍女がお茶を淹れてアイリスの前に置くと、ありがとうと礼が返ってきた。

本当にアイリスは変わった。

クラウスとルッツはそれを実感しながら、カップに口をつけるアイリスのことを見つめる。

「ああそうだアイリス、今日は手紙をありがとう。とても嬉しかったよ。字を書くのが上手くなったな」

「……まぁね。幼等部での授業で書くことになったから、たまたまよ」

目線を逸らしながらすまして言うアイリスに笑いが零れそうになったが、クラウスは我慢した。

「そうか。それでも私は嬉しかったんだ、ありがとう」

頬を緩めてそう告げるクラウスに、アイリスは胸が温かくなっていくのが分かった。

嬉しいけれど、恥ずかしい。

そんな複雑な気持ちをアイリスが知ったのは、数ヶ月前。

ディアナが関わると、いつもそんな気持ちになる。

心が離れてしまったと思っていたクラウスとの関係も、ディアナが繋いでくれた。

けれど。

『……園のみんなのことも、最後まで応援してあげたかったなぁ……』

アイリスが僅かに聞こえた、ディアナの呟き。

あれは、なんのことを言っていたのか。

そして、その後のディアナの涙。

アイリスには手紙がもらえて嬉しかったからだと説明していたが、それは本当なのだろうか。

嘘だとしたら、あの涙の意味はなんなのか。

まだ経験値の少ない、幼いアイリスが頭を搾っていくら考えても、答えが分からなかった。

「……ね、お兄様」

けれど、クラウスならば、もしかしたら。

そんな一縷の望みを抱き、アイリスは今日の幼等部での出来事をクラウスとルッツに話した。

自分を救ってくれたディアナの悲しい顔をそのままにしておきたくない。

困っている時は力になりたい。

その一心で。