軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

知るとは、学ぶこと6

「お見事でしたね」

アイリス様の私室からの帰り道、馬車まで送りますよと申し出てくれたルッツ様から、そんな言葉をかけられた。

「あんな話をするつもりではなかったのですが、つい流れで」

「いえ、王女殿下の心にとても響いていたと思います」

褒めてくれているようだが、苦笑いしか返せない。

元々はシャボン玉で遊ぶことから始まったのに、なぜあんな話にまで発展したのか。

保育はその場に応じて変わるものだが……それにしても変わり過ぎだった。

でも、きちんと聞いてくれて、嬉しかったな。

言葉が届くということは、本当に嬉しいことだ。

その心を分かってもらえないことも、人と人との関わりの中では、ままあることだしね。

意識していなかったが、前世のあの出来事にこだわっているのかもしれない。

少しばかり私情が入っていた感が否めない。

「……ディアナ嬢、失礼ですがおいくつでしたっけ?」

「え?十七歳、ですけれど……」

今世だけでいうなら、と心の中で付け足す。

前世と合わせれば四十越えますとは、さすがに恐ろしくて言えない。

「そうですよねぇ。うーん」

首を傾げるルッツ様に、どうされましたと聞き返す。

「いえ、これまた失礼ですが、十七歳にしては随分と達観されていると申しますか。まるで酸いも甘いも経験してきた、社会に揉まれてきた方のようだなと思いまして。ワタクシめなどよりも随分と年上にすら感じます」

予想外すぎる発言に、ぶっ!と吹き出してしまった。

「なっ、なに、げほっ、言ってるんですか!?」

咳き込む私に、ルッツ様はカラカラと笑う。

「冗談ですよ。半分は本心ですが。それくらい、とても大切で、それでいてなかなか伝えるのが難しいことを、あなたは王女殿下にお伝えして下さったのですよ。感謝致します」

ジト目で睨むが、ルッツ様は表情を全く変えない。

「……それなら、良かったです。でも、あんな話になったのは本当に偶然なんですよ?それに、私にとってもアイリス様の言葉は救いでしたから。感謝なんていりません」

ふうっとため息をついて歩き続ける。

ルッツ様は私の歩く速さに合わせて、ゆっくり歩いて下さっている。

「……私、良かれと思ってやったことを全否定されたことがあって。ままならないことが多くて、ヤケになってしまったことがあるんです。あ、言葉がちょっと乱れてしまいましたね、すみません」

どうせ誰も知らない前世のことなのだ、少しくらい話しても良いだろう。

「ばかやろー!って叫んで、発散させて。さあ気持ちを切り替えて頑張ろう、って時に元に戻れなくなってしまって。後悔して、たくさん泣きました」

女神様の前でたくさん泣いてしまったことを思い出す。

今でも思う、残された家族や友人、園の子ども達、園長先生や同僚の先生達。

そして、ヨシ君のこと。

あんな風に別れて、私が死んじゃって。

傷付いたんじゃないかなって、今でも心残りだ。

お母様とはあんなことになってしまったけれど、ヨシ君はずっと頑張ってくれていたのに。

「……そういうのって、大小あれどわりと誰にでもあることじゃないですか。でも、これ、っていう大切な時に、アイリス様にはそんな思いをしてほしくないなぁって。あんなに優しい心を持っているんだから、きっと深く傷付くでしょうし」

ツンツンしているし、以前は我儘だったのかもしれないけれど、本当は繊細で優しい女の子なのだ。

「せっかく一歩踏み出したんだから、できることはしてあげたいんです。別に感謝されることじゃないです。私がやりたいって、それだけなんですから」

むしろそこまで望んでない!と拒否されないように、ちゃんとアイリス様の気持ちを考えてやらないとなぁと思っているくらいだ。

今日のことだって、私の望みを一方的に伝えてしまっただけじゃないかと考えたりもする。

どこまでが良くて、どこからがやり過ぎなのか。

アイリス様にとって、なにが良くて、なにが良くないことなのか。

それを見極めながらやらないと。

「……やはり、年齢詐欺ではないですか?」

「ちょっ……!ルッツ様、止めて下さい!」

まじまじと私の顔を至近距離から覗き込んできたルッツ様を、押しのける。

「全く……うら若き乙女に向かって、失礼じゃありませんか?」

「はは、すみません。随分と大人びた考えをお持ちなので、なかなかの逸材だなと思いまして。どうです?婚約破棄されたところですし、王家に嫁入りでもしてみませんか?」

「絶対嫌です。そんな面倒な地位に立ちたくありません」

ルッツ様の冗談に、ため息をついて答える。

この前は良い人だなと思ったのに、やっぱり悪戯好きな人だったのかしらと、ルッツ様の印象を改めるのであった。

* * *

「――――ですって。殿下、振られましたね」

「勝手になにを聞いているんだおまえは……」

ディアナを馬車まで送ったのち、ルッツはクラウスに今日のことを報告していた。

ちょっと行ってきますと言って出て行った秘書官がやっと戻って来たと思ったら、これだ。

机の上の膨大な量の書類に囲まれ、クラウスは頭を痛めながら眉を顰めた。

「まあそれは冗談、と言いたいところですが。王家に嫁入りと聞けば色めき立つご令嬢がほとんどだと思うのですがね。ディアナ嬢、本当に変わってますね」

「……その話はもう良い。それにしても、話を聞けば聞くほど、彼女のことが分からなくなっていくな。本当に十七歳ですかと思わず聞いてしまったおまえの気持ちがよく分かるよ」

あれからクラウスはディアナについて再度調べたが、特に変わったことは出て来なかった。

特別不審に思うことも、気になることも。

(いや、しいて言えば突然性格が変わったことが気になるといえば気になる。流行り病にかかり、生死をさまよう経験をしたがために改心したのだろうと、皆は思っているようだが……)

ルッツに聞いた、ディアナとの会話の中の言葉を思い出す。

『そういうのって、大小あれどわりと誰にでもあることじゃないですか』

「彼女も、後悔したことがある……?」

死の淵で?

そう一瞬思ったクラウスだが、なんとなく違う気がした。

では、いつ?

口元に手をあて考え込むクラウスに、ルッツはふうっと息をついた。

「そんなに気になるなら、直接本人に聞けば良いじゃないですか」

「……なに?」

「ですから、裏でコソコソ調べなくても、ディアナ嬢本人に聞いてはどうですか?俺も彼女を怪しいとは思いませんし、王女殿下のことを心から想っているのだと確信しています。信頼に足る人物なのですから、構わないと思いますが」

ルッツの提案に、クラウスは目を見開いた。

「直接、ブルーム侯爵令嬢に聞く、か」

その考えはなかったと苦笑いしたクラウスは、ひとつ頷いた。

「そうだな、それもありかもしれない」

顔を上げたその表情は、どこか楽しそうで。

(……俺、変なスイッチ押してしまったかもしれない。すみません、ディアナ嬢)

健闘を祈りますとルッツは心の中でディアナにエールを送り、己の主の生き生きとした姿を見つめるのであった――――。