軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

わがまま姫様の教育係、就任4

「……あなた、だれ?」

怪訝そうな目で睨みつけられる。

入室してすぐ殿下が私の紹介をしてくれたはずなのだが、記憶にございませんってことか。

「!アイリス……」

「大丈夫です、殿下」

嗜めようとした殿下を制止し、姫様に近付いていく。

そしてしゃがんで目線を下げると、キラキラとした紅の瞳と目が合った。

「はじめてご挨拶申し上げます。ブルーム侯爵家の長女、ディアナ・ブルームと申します。姫様のお話し相手にと、第三王子殿下よりお誘いを受けました。仲良くして頂けると嬉しいです」

そして、にっこりと笑う。

王女様相手なのだから、カーテシーをするのが正しいと、私も知っている。

けれどそんな挨拶では、多分一蹴されて終わりだ。

姫様も私の挨拶が意外だったのだろう、まんまるの目を見開いて、驚いているのが分かる。

「……あなた、挨拶の仕方も知らないの?」

「まあ、姫様はもうカーテシーができるのですか?」

「あ、当たり前じゃない!私を誰だと思ってるのよ!」

「そうですよね、失礼致しました。もしよろしければ、私にも見せて頂けますか?姫様のお名前も、姫様のお口からお聞きしたいです」

少しオーバーに表情をつけながら話を続ける。

すると、ずっと顰めっ面だった姫様の表情にも、少しずつ変化が出てきた。

「……リーフェンシュタール王国第一王女、アイリス・フォン・リーフェンシュタールです。どうぞお見知りおきを」

すっと背筋を伸ばし、軽く膝を折り挨拶する姿は、なかなか様になっている。

弱冠六歳でこれだけできるのだ、彼女はただの我儘放題のお姫様ではない気がする。

パチパチと拍手を贈り、大げさなくらいに褒める。

「とっても素敵ですわ!すごくお上手で驚きました。どなたかに教えて頂いたのですか?」

優秀な教師にでも習ったのかしら?

でも今までの教育係は姫様の我儘に我慢できず、次々に辞めていったと聞いているのだけれど?

特に深い意味はなく、なんとなく聞いただけだったのだが、姫様は一瞬ぐっと言葉に詰まった。

おや?なにかあるのかしら?

「……。その、小さい時に、クラウスお兄様がちょっとだけ教えてくれたの。他のことはあんまりよく覚えてないけど、『挨拶は大事だ』って、よく言ってたから……」

姫様は恥ずかしいのか、もごもごと小声になりながらもそう教えてくれた。

意外な答えに、今度は私が目を見開く。

そっか、大好きなお兄ちゃんが口酸っぱく言ってた言葉だから覚えていたのね。

そして殿下も、姫様が小さいうちから挨拶の大切さを伝え、やり方も教えていたのか。

なんだ。

この子、ちゃんと殿下のこと、好きなんじゃん。

「そうなんですね。私も挨拶はとっても大切なことだと思います。それを教えてくれたお兄様も、お兄様の教えをちゃんと覚えていてずっと練習してきた姫様も、とっても素晴らしい方ですね」

温かい気持ちになって、優しく微笑む。

すると、じわっと姫様の目に涙が滲んだ。

「す、素晴らしいなんて……今まで、言われたこと、ない」

そっか、我儘でどうしようもないって思われていたんだもんね。

「まあ、そうなのですか?それなら、これからはたくさん言ってもらえますよ。あんなに素敵なカーテシーができるようになったんですもの、ダンスなどもきっと練習するとお上手になると思います」

「だ、誰も、私になんて教えてくれないわ」

自信のなさを我儘な言動で隠す。

それは、少し前までの 自分(ディアナ) を見ているようで。

「では、私と楽しく踊るところから始めましょう?ダンスじゃなくても良いのですが、練習の前に楽しむことから。楽しくなってきたら、専門の先生に少しずつ教えてもらえば良いと思います。“好きこそものの上手なれ”。好きになったことは、上手になりたいと思うものです」

「……あなたと?」

先程までとは違う頼りなさげな表情に、大丈夫だよと気持ちを込めて。

「ディアナ、と呼んで下さい。仲良くなりたいのですから、名前で呼んで頂かないと」

「ディ、ディアナ」

「はい」

「……よろしく。私のことも、アイリスって、呼んで?」

名前で呼んでほしいと願った小さなお姫様に、私は満面の笑みで「はい、アイリス様」と応えた。

* * *

ディアナを馬車まで見送った後、クラウスはクロイツェル公爵と共に執務室へと戻った。

中に入れば、クラウスの秘書官の男が頭を下げた。

ふたりがソファに腰を下ろすと、クロイツェル公爵はにっこりと笑みを零した。

「陥落いたしましたね」

「ああ、予想以上だ。まさか初対面で、あれだけアイリスの警戒心を解くとは」

先程のディアナとアイリスのやり取りを思い出して、クラウスはふうっと息をついた。

アイリスの傍若無人な振る舞いと外見を見て、“素敵”だと、“素晴らしい”と評したのは、ディアナが初めてだった。

今までの教育係をはじめ、大抵の人間はアイリスの我儘な振る舞いに眉を顰め、そのふくよかな体型を鼻で笑った。

幼いながらに馬鹿にされているのが分かるのだろう、アイリスは五歳になって以降、付けられた教育係を何人も辞めさせていた。

「『挨拶は大事』か……。なにもかも忘れていたと思っていたのに、あの子は私の言葉をちゃんと覚えていたんだな……」

まだ三歳の子に向かって……と、戦争に出向く前、当時のクラウスは周囲の人間に笑われていた。

そんな小さいうちから言い聞かせても仕方がないと。

しかしクラウスはまだなにも知らない小さい時だからこそ、大切なことを教えておくのは必要なことだと思っていた。

ただでさえアイリスは難しい立場にいる。

挨拶とは人の第一印象を決める。

だから、あの子にはまずはそれをしっかり教えておかなければと思ったのだ。

『とっても素晴らしい方ですね』

そうアイリスに微笑むディアナの姿を思い出し、クラウスは自然と口元を綻ばせた。

「やはり、我々の人選は正しかったのだろう」

きっとふたりはすぐに仲良くなれる。

そう信じ切れるほどに、今日のふたりを纏う空気は柔らかかった。

「……姫様は、今からでもまだやり直せますよ」

そこに、公爵の少しだけ後悔の滲む声がかけられた。

「そうだと、良いな」

恐らく公爵の頭の中には、傲慢に成長してしまった息子の姿が浮かんでいるのだろう。

「だが幼くなくても、人は変われると思うぞ?ほら、現にディアナ嬢もそうなのだろう?」

少し前までのディアナの評判を思い出して、公爵は苦笑した。

「確かに、可能性はゼロではありませんな。様々なことを乗り越え、変わろうとした彼女なら、姫様を良き方向に導いてくれるでしょう」

「そうだな。ふふ、ついでに私のことまで褒めてくれるのだから、あのご令嬢はなかなか抜け目がない」

こんな風に女性を思い浮かべて楽しそうに笑うクラウスを初めて見る、そうクロイツェル公爵と横に控えていた秘書官は目を見開いた。

「……陥落したのは、姫様だけではなかったようですな」

「うん?公爵、なにか言ったか?」

「いいえ?これからの姫様が、楽しみですね」

久しぶりに機嫌良くアイリスのことを語るクラウスを、公爵は目を細めて眺めるのだった。