作品タイトル不明
第71話 メフィス
浜辺の砂利を一度払って、ユキの転移陣で塔最上階のリビングに戻る。
窓の向こうでは、海が嘘みたいに穏やかに月光を返していた。
リビングに足を踏み入れると、メフィスが部屋の隅で胃のあたりを押さえたまま、こちらに振り向いた。
「お前、待ってる間ずっとそうしてたのか?」
「ええ、まぁ……揺れがすごかったので……。」
「改めてだけど、彼が今日のもう一人の新顔。メフィス、契約の悪魔だ。」
シルクハットを胸に当ててお辞儀する所作だけは、本当に綺麗である。
「メフィスと申します。あぁ、皆様ちょっと想像以上の方々で、その、なんだか酔ってきました。」
「おいおい。」
シノが目を細めてにこっと笑った。猛禽のような笑みである。
「ねぇメフィスくん、悪魔って言うとさ、こう、魂とか取られちゃうのかな。」
「ひえっ。」
メフィスが肩を跳ねさせた。
「い、いえ。私はここに来る際、既に対価を頂いております。この世界で契約を集めることができるその機会を。」
「それだけでいいのか?」
「ええ。それに契約書を交わさない限りは私の魔術は発動しませんので、ご不安であればそうしていただければ……。」
「OK、覚えとこ。」
「あぁ、胃が……。」
ハヤテがにこにこと首を傾けた。
「面白い人っすね~。」
その後、それぞれ自己紹介を済ませた。
お茶の準備をしながら、俺は窓際のソファに腰を下ろした。
「そういや、お前にはまだうちの方針も話してなかったな。」
「えぇ、お聞かせ下さい。」
俺は、左手でカップを置いてから、要点を並べた。
「知っての通りここはダンジョン。ダンジョンは普通攻略者を誘き寄せ、殺す事で成り立っている。」
「ええ、そこは私の知るダンジョンと同じですね。」
「だが、うちは攻略者を殺さない。滞在させて利用料の対価でまわす運営方針だ。だから入口から温泉街、森、火山、海、塔、まで全部、攻略者向けに開いてある。」
「なるほど。実に私好みのやり方です。」
運営方針、対価の話をした途端、メフィスの雰囲気が変わった気がした。
シノがにこっと笑って、片手をひらりと振った。
「色々と特殊なところだけどさ、そのぶん面白いよ、ここ。」
「……は、はい、頑張らせていただきます……。」
その後、塔の現状や、ひかりが配信担当としてうちに加わっている話も、メフィスにざっと共有しておく。
今は塔の整備で各層の管理者が手一杯、そのあたりまで聞き終えると、メフィスは背筋を一度ピンと伸ばしてみせた。
「ええ、ええ、把握いたしました。それで私はなにをすれば?」
「ああ、それなんだが。食堂と工房、ハコは出来たけどまともに回せる奴がいないんだ。コムギはパン専門だしな。召喚で補おうと思ったけど適性が別だったから、なんとかしたくて。」
「来訪者からの要望増えてるしねぇ。装備のメンテは特に。」
シノがスマホを軽く揺らして見せる。
「次の召喚まで待っててもいいんだが、それまでハコが遊んでるのはもったいない。だから――」
「市井から人を雇おうかと思ってる。」
「人間をってことっすか?」
ハヤテが翼を一度ぱさりと開いて、目を丸くした。
「ああ。料理人と鍛冶師、それぞれ頭を1人ずつと、その手足となる何人か。」
「ご主人様、それは少々危険ではございませんか。」
「分かってる。だから――」
俺は視線をメフィスに向けた。
「なるほど、私の出番というわけですね。」
「応募してきた連中に敵対禁止と守秘義務を課したい。あと、採用した奴には、ちゃんと仕事してもらうための業務契約も要る。出来るか?」
「勿論出来ます、私の本領と言ってもいいでしょう。」
やはりコイツ、契約の話になるとオドオドした気配がさっぱり消える。変なやつだな。
「あと、できれば公平な契約にしたいんだ。雇われる側にもちゃんと権利と逃げ道がある形で。イメージは大事だ。」
「――承知しました。」
「面接段階の守秘義務契約と、採用後の職務契約は、分けるべきです。前者は『得た情報を外部で開示しない』のみに限定し、対象期間は不採用通知から3年が妥当でしょう。」
「ほう。」
「雇用主側――マスター側の義務として、業務に必要な環境提供、報酬の遅滞なき支払い、安全配慮義務。雇用者側の義務として、誠実な労務提供、機密保持、ダンジョン運営方針の遵守。」
「――と、こんなところでしょうか?」
メフィスの指がシルクハットの縁を撫でる。さっきまでとはまるで違う、迷いのない様子だった。
「違反時の措置は段階的にすべきです。1回目は警告と再交渉。2回目で生気の減衰。3回目に至って初めて履行強制へ至る呪いを。最初から最大出力をかけるのは、こちらの度量を疑われます。」
シノが、感心したように「ほー」と声を漏らした。
「メフィス、お前良いな。」
「恐縮です。」
「『あぁ、胃が』はどこ行ったんだお前。」
「えっ、あ。あぁ、思い出したらまた痛む気がしてきました……。」
「ふふ。」
ユキが珍しく口元を緩めた。
リンドヴルムも面白そうに鼻を鳴らした。
「ふむ、悪魔と言うても、なかなかどうしてな。まともなところもあるではないか。」
「お、おそれいります……。」
そこまで決まれば、あとは早い。
シノがスマホを開いて、ダンジョンボードの公式アカウントから募集スレッドの下書きを叩き始めた。
「裏山ダンジョン、料理人と鍛冶師を募集しますっと。」
そこからシノとメフィスで細かい内容はすぐに決まったようだ。
「ひかりちゃんにお願いしてそっちでも告知してもらう?」
「おーそうだな。次の配信と一緒に頼もう。」
翌日の午後、俺はひかりと配信機材の買い出しに出ていた。
「お待たせしました、遥さん!」
「いや、ちょうど来たとこだよ。」
機材店は商店街の外れにあった。攻略者向けの装備を扱う店の隣に、最近できた配信機材専門のフロアが新設されていて、ガラス越しにドローンが何機も浮いているのが見える。
「こちらがお勧めの最新機種となっております。」
「へえ、どんな機能が付いてるんだ?」
「自動追従型で、配信者を中心に距離・角度を維持して撮影します。そのまま配信に載せることも可能で、最近攻略者さんの間で大人気ですよ。」
「結構早く動いても大丈夫?」
「はい、過去にSランクの攻略者の方が試した時は、ちょっとブレた事実はございますが。」
「おー。割とこれで良さそうだな、ひかり?」
「はい!えっと、お値段は……っと!?」
「おお、可愛くない値段……。」
なんと、お値段50万円。まぁ、これだけの高機能だと当たり前か。高速機動で撮影までできて丈夫なPCと思えば激安なくらいだ。
店員さんはニコニコと不動である。
「こ、これは諦めましょう、もうちょっとお手頃なので……。」
「待て待て、これにしよう。良いものを使った方がいい。」
「それはそうですが……。」
「必要経費だよ、気にすんな。」
帰り道、商店街のベンチで、ひかりが受け取った機材ケースを膝に抱えたまま俺の方を見上げる。
「配信、いつにします?」
「うーん、オープンの前日はどうだ?丁度土曜だし。予定合うか?」
「全然大丈夫です!」
「あと、もう1個頼みたいことあってさ。」
「なんですか?」
「裏山で料理人と鍛冶師を募集することにした。中々ハマる眷属が呼べなくてな。配信の方でも告知してくれるか?原稿の方はシノが用意してくれるって。」
「ダンジョンに人を雇うんですか?って今更ですね!分かりました!」
夜。
塔最上階の自室でスマホを開くと、応募フォームには既にアクセス通知がちらほら届いていた。
「面接か、会社員ぶりだな。」
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貯金残高:5,925,000円 / ダンジョン蓄積魔力:342
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)/ メフィス(契約の悪魔)/ リヴァイアサン(祖鯨)
【ダンジョン構成】
入口 → 温泉街エリア(補給/工房/宿泊/食堂/湯治)→ 森エリア / 火山・大空洞エリア / 海洋エリア&バベルの塔 → 居住エリア(塔最上階)→ コアの小部屋
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