軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 大型アップデート

朝、居住エリアのリビングでぼんやりしていた。

休養2日目。ユキの治癒魔法で魔力経路の損傷はだいぶ引いてきたらしいが、まだ思い切り動き回れるような感じじゃない。身体の奥でぴりぴりと神経が細く痺れる感覚もある。大人しくしていろ、というのが全員の総意だった。

「ご主人様、お加減は?」

「だいぶ楽だ。ありがとな。」

「いえ。」

湯気が湯飲みから上がっている。ハヤテがキッチンで何かを探しているのか、戸棚を開ける小さな音が断続的に続いていた。最近、ハヤテの料理への関心が止まらない。

「ご主人、今日は何作ろうか迷うっす〜。」

「急がなくていいぞ。朝飯はまだ消化中だ。」

「了解っす!じゃ、デザート考えとくっす!」

翼をぱたぱたさせて、ハヤテは冷蔵庫の中を覗き込み始めた。

シノはソファの反対側で、情報端末のリモコンをいじっていた。壁面モニタに数字の羅列が流れ、彼女の琥珀色の瞳がそれを目で追っている。

「始めるのは、ひかりちゃんが来てからかな?」

「ああ、そろそろ着くって、さっき連絡が来てた。」

リンドヴルムは大型高背椅子で本を読んでいた。膝の上では猫又が丸まって寝息を立てている。紫の尻尾が床のカーペットの上でゆっくりと左右に流れて、その度に猫又の耳がぴくりと反応していた。

しばらくして、ひかりから到着の連絡があった。

「お迎えに上がりますね。」

「おう、頼む。」

ユキが立ち上がって、転移陣のある一角へ向かう。5分もしないうちに、ユキと並んでひかりが戻ってきた。

「お、お邪魔します、遥さん!」

ひかりは少し緊張した顔でリビングに入ってきた。一昨日ここに来たばかりだというのに、今日はまた違った硬さがある。

「いらっしゃい、適当に座ってくれ。」

「は、はい。」

ひかりがソファの端に腰を下ろした。背筋がまっすぐ伸びている。

「今日、呼ばれた理由って、その……。」

「ああ、実はダンジョンの大型アップデートをしようと思ってな。それより、ひなたくんは元気か?」

「はい、やんちゃすぎて、困っちゃうくらいです。」

「それは何よりだ。よかったな。」

「はい!本当にありがとうございました!……それでその、大型アップデートってなんですか……?」

「あぁ、中身はこれからみんなで決めようと思ってたんだ。」

シノが片方の獣耳をぴくりと動かした。壁面モニタから視線が外れた。

「大型って響き、いいねえ。」

「一気にやろうと思ってな。で、ひかりに来てもらったのは、ダンジョン運営に参画してもらうって話もしただろ。今日から一緒に考えてほしいんだ。」

「……は、はい!お役に立てるか分かりませんけど、頑張ります!」

ひかりが握り拳を作って、ぐっと顔を上げた。

ユキが俺の隣で、小さく頷いた。

「では、始めましょうか。」

「まず、何を作るか洗い出そう。思いつくまま言ってくれ。」

一番に口を開いたのは、シノだった。

「うちからは、工房を推しとくよ。」

「工房?」

ハヤテが首を傾げた。シノが手元の情報端末をぽんと叩いた。

「最近、コンシェルさんが食堂で聞いてきた話なんだけどね。装備のメンテ目当てに、街の武器屋まで片道3時間かけてる攻略者の子がいるらしいの。うちで完結できたら嬉しいって話、食堂のカウンターでよく出てる。ダンジョンボードの書き込みでも、似たような声が先月だけで48件。需要ははっきりあるわ。」

「……あー、なるほどっす。」

ハヤテが納得した顔で頷いた。

「……確かに、それは欲しいな。」

俺は左手で湯飲みを置いた。

「俺も丁度、装備のメンテ入れたかった。うちで出来たら便利だな。」

「だよね。ひかりちゃんの装備周りも、うちでやった方が早いし。」

「よし、工房は確定だな。」

リンドヴルムが本から顔を上げた。

「ふむ。湯浴みの場があってもよかろう。」

「湯浴み?」

「湯治、と言うらしいの。この世界にも似たものがあると、本に書いてあったのじゃ。」

リンドヴルムが膝の猫又を撫でながら、読んでいたサバンナの図鑑を横のテーブルに置いた。

「竜族の巣では、湧き水を浴びる習慣があった。傷を癒し、疲れを抜く。湯はの、戦に出る者にとって、甘露より有難い。」

「温泉か……確かに、候補に挙がってた話だな。」

シノが情報端末を軽く指で叩いた。

「運営はね、コンシェルさんに任せていいと思う。」

「コンシェルさん、宿泊で手一杯じゃないか?数を増やす感じか?」

「それがね。宿泊を回してみて分かったんだけど、ダンジョン内の施設って自己修復がけっこう効いてて、日常メンテほぼ要らないのよ。壁の傷も、寝具のほつれも、一晩放っとくと勝手に直ってる。だから、十分捌けてるわね。」

「それは……ありがたい話だな。」

ひかりが目を丸くした。

「え、ダンジョン、自分で直っちゃうんですか……?」

横のハヤテが「ひかりさん、ダンジョン、思ってる以上にチートっすよ」と小声で囁いている。

シノがふふと笑って、引き継いだ。

「で、うちからはもう1個。階層式エリア。」

「階層式?」

「今のうちのダンジョン、訓練には最適なのよ。モンスターが湧くし、眷属の手でコントロールできる。でも攻略者目線で、問題がひとつ。」

「……稼げない、か。」

俺は左手で湯飲みを置いた。

森も火山も、モンスターを倒して得られるのは経験だけだ。攻略者は鍛錬はできても、対価の面では他のダンジョンに稼ぎに行く必要がある。

「そう。うちで強くなれても、稼ぎには直結しない。片手落ちなのよね。」

「……素材を落とす魔物を置くと、実戦エリアになるよな。戦闘がヌルいと片手落ちだから、結局、死ぬ。」

シノが目を細めた。

「で、ここで――共鳴石。知ってる?」

「共鳴石?」

「ダンジョンのカタログにあったアイテムね。攻略者が握ると、魂だけ身体から離れて、指定エリア内を探索できる。身体は共鳴石の傍に残したまま。魂がアバターになって戦う。」

「……死んだら?」

「魂が消える前に、石が引き戻す。身体に戻って肉体は無傷。」

ひかりが目を丸くした。

「えっ、そ、そんなアイテム……!」

「あるのよ。ただし、攻略者1人あたり1日1回まで。」

「それ、どう仕組みなんすか?」

ハヤテが首を傾げた。

「単純よ、魂の方が負担が大きくて耐えられないから、そもそも発動しないわ。」

「素材は?」

「魂の状態で得た素材や経験は、肉体に戻った時点で実物として現物化する。これが重要。攻略者にとっては、"本気で戦えて、死なない、稼げる"、三拍子揃ったエリアになる。」

「そんな便利な石、なんで他のダンジョンで話題になってないんですか……?」

ひかりが素朴な顔で聞いた。シノがふふ、と小さく笑った。

「そこなんだよね、ひかりちゃん。共鳴石、本来は――物凄く使い勝手の悪いアイテムなのよ。」

「えっ?」

「共鳴石は、ダンジョンコアが"魂の帰還を保証する"って宣言してるエリアでしか機能しない。ダンジョン側が指定しないと、石自体が反応しないの。」

「……普通のダンジョンは、攻略者を敵視してるからか。」

俺は湯飲みを置いた。

「そ。普通のダンジョンマスターからすれば、わざわざ侵入してきた攻略者を"無傷で返す"仕組みなんて、配置するメリットがゼロ。だからこの石、カタログには載ってるけど、実運用されてる例、見当たらなかったわ。」

リンドヴルムが紫の瞳で天井を仰いだ。

「ふむ。共存方針のダンジョンでなければ、ただの置物か。面白いの。」

「逆に言えば、うちみたいな運営方針のダンジョンでしか活きない。うちの方針と、完全にハマる。」

「……いいな、それ。」

攻略者が稼げる場を作る。これは跳ねる、そんな予感がした。

「その階層式エリアの立地の話だけどさ。」

俺はリビングの天井を見上げた。

「塔にしよう。高さ方向に階層を積む。で、立地は――海の沖合。」

「海?」

ユキが首を傾げた。

「海洋エリアも作る。海岸があって、その沖合に塔が屹立してる絵だ。そういう構造にしたい。」

「うわ、いいっすね!」

ハヤテが翼をぱたぱたさせた。

「塔の最上階は、何があるんですか?」

ひかりが素朴な顔で聞いた。俺は一拍置いて、答えた。

「居住エリアだ。」

「……え?」

「居住エリアを、塔の最上階に移す。ダンジョン上、俺たちの住処が"塔の頂上"って位置になる。塔の階層難度は、事実上、誰も辿り着けないレベルに設定する。」

リンドヴルムが紫の瞳を少し細めた。

「……悪くないの。竜族の巣も、高き場所にあった。頂上とは、至らぬ者が仰ぎ見る場所じゃ。」

ひかりが膝にノートを広げて、必死に書き取っていた。付箋がびっしり貼ってある。どこから出した。

「工房、湯治、海洋、塔……4つですね。」

ノートを見つめていたひかりが、ふと顔を上げた。

「あの、なんか……既にある物資補給と食堂と宿泊に、これ足したら、もう、街みたいじゃないですか?」

「……おお。」

言われてみれば、そうだ。商業区画、宿、飯屋、湯、工房――そして、森、火山、海、塔。街があって、郊外が広がって、沖に塔が立っている景色。

シノが、片方の獣耳をぴんと立てた。

「ひかりちゃん、それ良いとこ突いたね。」

「え、えっ、そ、そうですか?」

「街は温泉街テーマで統一しちゃおうか。物資補給・宿泊・食堂・湯治・工房、ここを街並みとして揃える。森・火山・海洋は街の外の自然環境。塔はその先。」

「それ、めっちゃいいっす!」

ハヤテが身を乗り出した。シノが片目を閉じて笑う。

「じゃ、ざっくり見せるね。」

シノが両手をすっと広げた。琥珀色の光が指先から伸びて、リビングの中央に、1メートル四方ほどの立体が浮かび上がった。ミニチュアだった。中央に瓦葺きの商店・木造の宿・工房の煙突・湯気の立つ建屋が並ぶ温泉街。石畳の通りに暖色の灯が点々と灯っている。街の外に目をやれば、森の木々、火山の煙、青く揺れる海原。そして海の沖合に、灰色の巨大な塔が一本、空を貫くように屹立していた。

「うわぁ……!」

ひかりが目を丸くして、立体投影に顔を近づけた。

「これ、これ全部、ダンジョンの中に……!」

「まだイメージだけどね。街を抜けると森、その奥に火山、反対側に海岸が広がって、海の先に塔って感じかな。」

ハヤテが、幻覚の端っこに指を突っ込んだ。すっと指がすり抜ける。

「ここ、海岸のとこ!どうやって塔まで行くんすか?船っすか?」

「いや、船は無しだ。」

「えっ?」

「物理的な移動手段は提供しない。まぁ、コアまでの経路を完全に断つことはルール上無理だから、滅茶苦茶泳げば着けるけどな。基本的に、塔には共鳴石で浜辺から飛んでもらうようにしよう。」

シノが片目を閉じて笑った。

「あー、なるほどね。まあ、泳いできちゃうおバカさんは、もうしょうがないよね。」

「そうだな。で、肉体の置き場も要るから、浜辺に共鳴用の簡易施設を置く。攻略者はそこで共鳴石を受け取って、魂を塔に送り込む。肉体は施設で横たわったまま。死んだ時も魂がそこに戻る。」

「受付業務は施設に一本化だね。共鳴石の配布、注意事項の告知、全部コンシェルさんで回せると思うわ。」

「助かる。」

シノが指を振ると、浜辺に小さな木造の建屋と屋根付きの簡素なベンチが現れた。海と塔の間には、ただ広い海原だけが青く揺れている。

リンドヴルムが椅子の背にもたれて、紫の瞳で塔を眺めた。

「塔の中はどうする?」

「うーん、そうだな。多様な実戦を想定できるように、層ごとに環境を変えるのはどうだ?」

シノが指先を動かすと、塔の中身が切り出し模型のように見える形に変わった。各階層が区切られている。

「お、いい感じ。」

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貯金残高:36,350,000円 / ダンジョン蓄積魔力:1,275

スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2 / 【魔力操作】Lv.2 / 【マナバースト】Lv.3

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)

【ダンジョン構成】

入口 → 物資補給エリア → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神「コンシェルさん」&猫又)→ 食堂エリア(管理:コムギ)→ 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋

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