作品タイトル不明
第56話 剣の限界
鬼哭砦に通い始めて5日目。
3層と4層は3日目までに攻略ルートを掴んだ。甲冑型の連携パターンにも慣れて、もう手こずることはない。魔石の袋が重くなるペースも順調に上がっている。
問題は5層だった。
階段を降りた先は、吹き抜けの大広間だった。天井が3階分ほどの高さまで抜けていて、壁面に石造りの回廊がぐるりと巡っている。崩れかけた柱が林立し、床には瓦礫と砕けた石材が散らばっていた。空気が乾いていて、埃っぽい。ここまで降りてくると、壁の隙間から差し込む光もほとんどない。
広間に踏み込んだ途端、上から矢が降ってきた。
身体強化で横に飛ぶ。矢が石畳に突き刺さって、火花が散る。鉄の鏃だ。
「上か……!」
見上げると、2階の回廊に弓持ちの甲冑型が3体並んでいる。兜の奥の紫の光が、こちらを見下ろしていた。次の矢をつがえる動作が、妙に手慣れている。
柱の陰に身を寄せた。石の欠片が頭上から降ってくる。3体が射角をずらしながら撃ってくるので、柱1本では死角が足りない。
走った。柱から柱へ、矢の合間を縫って回廊への階段を探す。壁際に狭い石段を見つけて駆け上がった。途中、肩を矢が掠める。
「っ……。」
鎧の下、腕の外側が熱い。血は少し出たが、動くのに支障はない。
回廊に上がって弓持ちに切りかかる。1体目を袈裟に斬り捨て、間髪入れず2体目に踏み込む。3体目が距離を取って矢をつがえた。狭い回廊では横に避ける余地がほとんどない。身体を低くして突進し、矢が頭上を通過する間に間合いを詰めて斬り伏せた。
倒せた。だが、ここまで来るのに40秒近くかかっている。4層までなら10秒で片がつく相手だ。階段を探して駆け上がる時間、被弾しながらの移動。たかが3体にポーションまで使った。
さらに奥に進む。
広間を抜けた先は、天井の低い通路が入り組む区画だった。壁の石材が黒ずんでいて、足元に水が薄く溜まっている。ブーツの底が水を踏むたびに、ぺちゃ、と音が響いた。
角を曲がった先に、格子があった。鉄の棒が等間隔に並んだ壁の向こう側に、杖を持った甲冑型が2体いる。杖の先端に紫色の光が灯って、格子の隙間から魔法弾が飛んできた。
剣で弾く。手首から肘にかけて衝撃が走った。弾けるが、連射されると右腕が痺れてくる。2発目、3発目。
「……しつこい。」
弾くたびに柄を握る指が滑る。
格子の向こう側に回り込む通路があるはずだ。壁沿いに走って迂回路を探す。背中を魔法弾が掠めた。革鎧の焦げる匂いがした。
迂回路は長かった。通路を2つ曲がり、階段を1つ降りて、また上がり、ようやく格子の裏側に出る。術師型2体を斬って、息をついた。ここまで3分近い。
さらに奥。今度は広めの部屋に出た。中央に崩れた石の柱が横倒しになっていて、その向こう側に甲冑型が6体。うち2体が弓、2体が杖、2体が近接。弓と杖が石柱を盾にして後方から撃ち、近接2体が前に出てこちらの接近を阻む構成だ。
近接2体を斬り伏せるのは難しくない。が、その間も後ろから矢と魔法弾が飛んでくる。背中に矢が1本刺さった。
「ぐ……っ!」
浅いが、痛い。近接を片付けて石柱に飛び込み、遮蔽を取りながら弓持ちに向かう。弓持ちを潰したところで術師が距離を取って逃げた。
「逃げんな……!」
部屋の隅まで追いかけて、ようやく斬る。
6体。背中の矢をへし折って抜き、ポーションを飲んだ。傷口が熱を持ちながら塞がっていく。鎧の内側が汗と血で気持ち悪い。
5層に入ってから、同じことの繰り返しだった。高い場所から撃ってくる弓持ち。壁の向こうから魔法を飛ばしてくる術師。見えているのに、剣が届かない。
魔法があれば――格子の向こうの術師に、こっちから撃ち返せる。高所の弓持ちを、下から叩き落とせる。石柱の裏に隠れた敵を、回り込まずに吹き飛ばせる。一瞬で済む場面に何分もかけている。
5層の残りを力押しで突破して、砦を出た。
砦を出ると、夕方の空気が肌に冷たかった。汗が一気に引いていく。バス停までの10分が、妙に長く感じた。
換金所で魔石を売った。68,000円。深い階層まで行った分、額は上がっている。が、5層で費やした時間を考えると効率はよくない。
剣だけじゃ、この先きついのを実感した。
今日はユキがまだ戻っていなかったので、ダンジョンの中の転移陣を使用した。部屋に戻って風呂に入り、リビングのソファに沈んだ。足と腰が重い。5層の迂回路を走り回った疲労が全身にきている。肩の擦過傷はポーションで塞がったが、背中の打撲がまだ鈍く痛む。
冷蔵庫から麦茶を出して飲んだ。冷たいのが喉を通る感覚がやたら心地いい。グラスを持ったまま、ソファの背もたれに頭を預ける。天井の木目が滲んで見える。このまま寝落ちしそうだ。
スマホを開いた。リビングにはいないシノからメッセージが来ていた。
『ダンジョンボード、面白いことになってるよ』
スクリーンショットが2枚。掲示板のスレッドだ。
1枚目。「蒼霧樹海にヤバいエルフのソロがいるんだが」。
『歩きながら木で殴ってた。手も触れてないのに木が勝手に動くんだが。』
『3層の霧獣の群れ一瞬で全滅。ノーダメ。俺たちの苦労は何なの。』
『教会で見たけど、あれEランクカードだったぞ。バグだろ……。』
『4層の蟲型のボスすら30秒持たなかったらしい。目撃者が放心してた。』
ユキだ。
2枚目。「魔獣峡でEランクが素手で大蛇ぶん回してた件」。
『峡谷のボスの黒蛇を口こじ開けて魔石引き抜いてた。素手で。素手でだぞ。』
『人間じゃねえだろあれ。』
『Bランク推奨パーティー前提をソロ蹂躙。意味が分からん。』
『受付の兄ちゃんが止めてたらしいけどガン無視して入っていったってよ。』
リンドヴルムだな。
そこで、シノがリビングに来て、俺が半ば寝そべっているソファの隣に腰かける。
「見た?」
「見た。あいつら目立ちすぎだろ……。」
「だよねー。まあ、2人に控えめにやってとは言えないし。」
「今回はしょうがないよな。こそこそやってる場合でもないし。」
ソファに深く沈んだ。
「……正直さ、もう隠し続けるのも限界あるよな。」
「ダンジョンのこと?」
「うん。ユキとリンドヴルムが攻略者登録した時点で、裏山ダンジョンと繋げて考える奴は出てくる。今はまだ確証がないから騒ぎになってないだけで。」
「そうだね……どうする?」
「ひかりの弟の件が片付いたら――ダンジョンのこと、もっと表に出していこうと思ってる。隠すんじゃなくて、こっちから発信していく方向はどうだろう。」
シノが黙った。少し間がある。
「防衛力はついてきた。簡単には抜かれない。だったら、隠れてるよりは堂々とやった方がいい。」
「大きく出たね、君。」
「前からぼんやり考えてた。今回の件で、それがはっきりした。」
「……うん。うちもそう思うよ。隠してるうちは、ダンジョンの価値を全部は活かしきれないしね。宿泊も食堂も、本来ならもっと大きくしていいはずだもの。」
「ああ。遠征組がもっと来れるようにしたいし、そのためにはこっちから間口を広げないと。」
「ちゃんと考えてるじゃない。」
少し間があった。
「ただ、それは本当にあの子の件が終わってからにしよう。今は1か月のリミットに集中しないと。」
「そうだな。」
「……。あのね。うち、ちょっと君のこと見くびってたかも。」
「うん?いきなりだな。何でそう思ったんだ?」
「あの子、ひかりちゃんだっけ。冷たいけど、弟さんを救うためにエリクサーを用意するのは、合理的じゃないと思う。だけどね。」
シノが一息つく。
「君は全く迷わなかったよね?うち、ここに協力する気はあったけど、まだどこかで君のこと、信じ切れていなかった。人間って利己的な生き物だから。」
「今までも十分助けてくれてるけどな。」
「そういうとこだよ。……だから、もっと期待しててもいいよ。」
シノが大きな尻尾でべしべしと膝を叩いてくる。ひかりとの一件が、シノとの距離を縮めてくれている。これは何としても結果を出さないとな。
話題が途切れた。風呂上がりの体が冷えてきて、ソファのブランケットを引っ張り出す。
「……もう1つ、聞いていいか。」
「なに?」
「魔法って、俺でも使えるようになるか。」
「急だね。どうしたの。」
「鬼哭砦の5層、遠距離から撃ってくる敵が増えてきた。剣じゃ届かない場所にいる奴を毎回迂回して潰してたら時間がかかりすぎる。魔法が使えたら一瞬で片がつく場面ばっかりなんだ。」
「ふうん。」
シノが少し考え込む。
「君の天賦は【召喚】でしょ?眷属のステータスが主に還元される特性があるって言ってたよね――ユキちゃんやうちの魔力が、君にも流れ込んでるはずなの。それだけの素養があって魔法が使えないなんて、普通ありえないよ。」
「じゃあ、やれば使えるってことか。」
「素養がないはずがない、って話ね。使い方を知らないだけで、魔力自体はもう体の中にあるはず。」
「覚醒させるにはどうすればいいんだろう。」
「うーん、うちに聞かれても難しいね。幻覚しか使えないから、攻撃魔法の覚え方は正直分かんないの。ユキちゃんに聞くのが一番だけど。」
「ユキは今、蒼霧樹海で忙しいからな……。」
「だよねー。まあ、稼ぎが一段落したら時間できるでしょ。それまでに、自分の体の中にある魔力を意識してみたらどう? 使い方は分からなくても、あること自体は感じ取れるはずだから。」
「意識するって、具体的にはどうすればいいんだ。」
「んー……身体強化のスキルって、体の中に熱い回路が通る感覚があるんでしょ? 原理的には、それとは別の、もう1つの流れを探すのがいいんじゃない?」
「もう1つの流れ……。」
「スキルの魔力回路とは違う何か。感じ取れたら、それが取っかかりになると思う。」
「分かった。やってみる。」
「期待してるよー。君が魔法使えるようになったら、うちが一番安心するかも。」
「なんでだよ。」
「だって、うちは戦えないでしょ。君が強くなってくれた方が心強いじゃない?」
軽い声で言って、シノが笑った。
ソファに仰向けになり、天井のシミを見ながら右手を持ち上げてみる。
身体強化とは別の流れ。
手を開いたり閉じたりしてみる。身体強化の感覚はもう体に馴染んでいる。内側を巡る熱い回路。意識しなくても常時流れているもの。でも、それとは違うもう1つの何か。
……分からん。
まあいい。明日も砦だ。ユキが戻ってきたら、ちゃんと教わろう。
それまでは、剣で稼ぐだけだ。
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貯金残高:4,050,000円 / ダンジョン蓄積魔力:520
スキル:【剣術】Lv.5 / 【身体強化】Lv.5 / 【戦闘機動】Lv.3 / 【危機感知】Lv.3 / 【状態異常耐性】Lv.2
眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)/ リンドヴルム(祖竜)/ シノ(九尾)/ 猫又(下位妖獣)/ コムギ(土精)
【ダンジョン構成】
入口 → 物資補給エリア → 宿泊エリア(1泊5,000円/管理:シノの式神「コンシェルさん」&猫又)→ 食堂エリア(管理:コムギ)→ 森エリア(初級者向け/管理:ユキ&ハヤテ)→ 火山・大空洞エリア(中・上級者向け/管理:リンドヴルム)→ 居住エリア → コアの小部屋
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