軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第28話 Dランク

試験当日の朝、協会の第七支部に着くと、ロビーには俺たち以外にも数組の攻略者が集まっていた。

「結構いるんだな。」

「Dランクの試験日は月に2回ですから、まとめて受ける人が多いらしいですよ。」

ひかりが小声で教えてくれた。周りを見ると、年齢も装備もバラバラだ。ソロの受験者もいれば、3人組っぽいパーティーもいる。緊張した顔をしている若い女性もいれば、ダルそうな様子で腕組みしている中年の男もいた。

受付で手続きを済ませ、戦闘試験の説明を受けた。試験会場は、協会が管理するダンジョン「朽ちた旧坑道」。3層の広間に待機している試験官のもとに辿り着けば合格。制限時間は100分。パーティーでの受験も認められるが、制限時間が60分に短縮されるらしい。モンスターの強度はDランク相当に調整されているとのことだ。

協会のバスで20分ほど揺られ、郊外の山の麓に到着した。

入口は、古い坑道そのものだった。錆びた鉄骨の支柱が左右に立ち、奥に暗い穴がぽっかりと口を開けている。周囲には風化した木材やレールの残骸が転がっていて、翠嶺洞の自然な洞穴とも石廊殿の荘厳な遺跡とも違う、無骨で実用的な雰囲気だ。

「鉱山がダンジョン化したものか。」

「みたいですね。すごい……なんか錆びてる……。」

坑道の中に足を踏み入れる。赤茶けた岩壁に、微かな鉄の匂い。足元には錆びたレールの跡が残っていた。

「退路は入口方向。何かあったらまっすぐ戻ります。」

ひかりがいつも通りの確認。もう身体に染みついているらしい。

1層は比較的広い坑道が続いていた。最初に出くわしたのは、地面から飛び出してきた体長50センチほどのモグラ型モンスター。硬い前脚の爪で突進してくるが、動きは直線的で、見てから十分に対応できる。ひかりと連携して3体ほど処理した。壁際の地面が盛り上がっている箇所が潜伏地点だとひかりが見抜いて、以降は先回りして対処できるようになった。

問題は、1層の後半だった。

坑道の壁に、赤茶色の甲殻を持った体長1メートルほどの甲虫が張り付いている。6本の脚が壁面に食い込んで、触角がゆっくり動いていた。

隣で気配が変わった。

「……っ。」

ひかりが固まっている。双剣を握ったまま、顔が引きつっていた。

「虫、苦手か?」

「にに苦手っていうか……! ただちょっと、カサカサされると……!」

甲虫が壁面を移動した。脚が岩肌を掻く乾いた音が、坑道に響く。ひかりの肩がびくりと跳ねた。ゴーレムには躊躇なく斬りかかれるのに、虫はダメらしい。

「先にやるから、離れてろ。」

甲殻は硬いが、壁から剣で弾き飛ばして裏返せば腹面は柔らかい。一突きで仕留めた。

ひかりが申し訳なさそうに俯いた。

「気にすんな。誰だって苦手なものはある。」

「でも、攻略者としてこんなんじゃ……。」

「俺だって筆記試験は苦手だ。」

「それとこれは全然違いますよ……!」

少し笑ってくれた。

2層に降りると、坑道が狭くなり、天井も低くなった。そして虫が増えた。壁面の甲虫に加え、天井から白っぽい芋虫型のモンスターがぶら下がっている。体長1.5メートル。体表から透明な粘液が滴り落ちて、足元に水溜まりを作っていた。

ひかりの顔から血の気が引いた。

「あれ、天井から落ちてきたりしませんよね……?」

落ちてくると思う。言う前に、芋虫が天井から剥がれた。重力に引かれて、ひかりの方に落下する。

「ぃやぁっ!」

坑道に悲鳴が反響した。ひかりが後退する間に俺が前に出て、一刀で断ち斬る。粘液が飛び散って、剣がぬるついた。

振り返ると、ひかりが壁に背中をつけて目に涙を溜めていた。それでも双剣は握ったまま離していない。

「……だ、大丈夫です。大丈夫、ですから……。」

「大丈夫じゃなくていいから、後ろにいろ。3層まではもうすぐだ。」

「すみません……。」

ひかりが涙を拭いて、小さく頷いた。

その後の虫は全部俺が片付けた。ひかりの担当はモグラ型だ。

3層は広い採掘場跡だった。天井が大きく開けて、壁面にはかつての採掘の痕跡が層をなしている。中央に、折りたたみの椅子に座った試験官がいた。30代半ばの、がっしりした体格の男だ。

「所要時間38分。合格だ。」

あっさりしていた。男が立ち上がって端末を操作する。

「途中、虫で揉めてたな。音が聞こえてた。」

ひかりが真っ赤になった。

「す、すみませんでした……。」

「ダンジョンには色んなモンスターが出る。苦手な相手がいる時にパーティーでどうカバーするか、それも実力のうちだ。」

言うまでもなく、普段もっと深い階層にも潜っているだけあって、実技試験は余裕だった。午後の筆記試験も、ひかりの特訓のおかげで手応え十分だった。結果は即日発表で、2人とも合格。

「26問正解だった。」

「わたしは29問です!」

「先生には敵わないな。」

「えへへ。」

受付でDランクの攻略者証を受け取った。カードの色がグレーからブルーに変わっている。ひかりも同じブルーのカードを、大事そうに両手で持っていた。

「せっかくだし、依頼を1件やってみないか。」

「え、今日ですか?」

「試験も午前で終わったしな。時間あるか?」

「はい、それは大丈夫です!」

ひかりが依頼掲示板からDランクの依頼を選んだ。翠嶺洞3層でのロックリザード大型個体の鱗の採取、報酬45,000円。

「翠嶺洞……大丈夫か?」

ひかりが一瞬だけ目を伏せて、前を向いた。

「大丈夫です。折角Dランクになりましたし、いつまでも避けては居られないので!」

「ひかりは偉いな。尊敬するよ。」

そのまま翠嶺洞に向かったあと、慣れたもので全く苦戦することは無かった。

翠嶺洞の3層で大型個体を見つけ、ひかりが囮で注意を引く間に俺が背中の鱗を削ぎ取った。2枚、きれいに剥がれる。暴れるリザードをそのまま仕留めて、依頼完了だ。

「ひかりも初めて会った時より、強くなったな。もしかして、かなり才能あるんじゃないか?」

本当にそう思う。筋がいいというか、センスというか。

「そ、そんなことないですよ!遥さんに比べたら全然です。嬉しいですけど……。」

「本当だぞ。しかし、素材採取は倒すより難しいな。でも、ただ倒すより技術がいるし、いい練習になりそうだ。」

「はい! こういうのもいいですね。」

帰りの電車は夜になっていた。空いた車内で隣の席に座ったひかりが、ぽつりと言った。

「遥さんって、なんで攻略者になったんですか?」

「あー……。」

「あ、ごめんなさい!言いにくかったら、大丈夫です!」

「いや、大丈夫だよ。会社辞めて、田舎に引っ越したんだけどさ。稼がないと生きていけないけど、会社員には戻りたくなくてな。だから潜り始めたってところだ。」

嘘は言っていない。省略はしているが。

「意外です。もっと志があって始めたのかと。」

「そういう立派なもんじゃないよ。ひかりは?」

ひかりが膝の上で手を組んで、視線を落とす。

「うちは兄弟が多いんです、わたし含めて5人兄弟の、真ん中で。お父さんは私が小さいころに死んじゃって、お母さんがパートを掛け持ちしてて、上の2人はもう働いてるんですけど、下にまだ2人いて。」

声に暗さはなかった。事実を淡々と話している。

「攻略者って、実力があれば年齢関係なく稼げるじゃないですか。15歳から登録できて、学校に通いながらでもできる。それで高1の時に登録したんです。でも最初の1年は全然ダメで、翠嶺洞の1層をうろうろするだけで。やっと2層に行けるようになって、調子に乗って奥に進んだら……。」

あの日のことだ。

「あの時は、もうやめようかと思いました。でも下の弟と妹の顔が浮かんで。やめる選択肢、なかったんですよね。」

ひかりが窓の外を見た。暗い景色に、車内の明かりで自分の顔が映っている。

「だから遥さんに助けてもらった時、本当に嬉しかったんです。やめなくて済んだって。」

「……そうか。」

「今はDランクになって、依頼も受けられるようになって。ちゃんと前に進めてる気がします。もっと強くなって、もっと稼いで、お母さんを楽にさせたいんです。」

ひかりが前を向いて笑う。真っ直ぐさが、夜の車窓を背景に眩しかった。

「これからもよろしくお願いしますね、遥さん!」

「ああ。こちらこそな。」

駅で別れて、バスに乗った。ノートを開いて、今日の収支を書き込む。依頼報酬45,000円の半分(ひかりと分けた)と翠嶺洞で拾った魔石の換金分。Dランクになった初日で、かなりの上積みだ。

ダンジョンに戻ると、居住エリアでユキが待っていた。

「おかえりなさいませ、ご主人様。試験はいかがでしたか。」

「合格した。Dランクだ。」

「おめでとうございます。」

ユキの表情がほんのわずかに緩んだ。テーブルにお茶を置いてくれる。

「今日から依頼も受けられるようになった。収入は確実に増える。拡張の目処が立つまで、もうちょっとだけ待っててくれ。」

「お待ちしています。ご主人様のお好きなようになさってください。信じておりますから。」

――――

貯金残高:1,040,000円 / ダンジョン蓄積魔力:85

スキル:【剣術】Lv.4 / 【身体強化】Lv.3

眷属:ユキ(エルダーエルフ)/ ハヤテ(鷹獣人)

――――