軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98 今までのこと、これからのこと

王宮舞踏会から十日後。クローディアはいつもの仲間をラングレー邸に招いて昼食会を催した。互いの近況報告と情報交換、そして諸々の打ち上げを兼ねたパーティである。

席上の話題は乳母発見に至るあれこれや、舞踏会で起きた一連の出来事、舞踏会のあとに行われた非公式の諮問会議についてなど多岐にわたり、昼食会は大いに盛り上がった。

諮問会議の結果については、クローディアも事前に知らされてはいたものの、やはり直接出席したエリザベスによって語られる臨場感は格別だ。

「学院長ったら『アンジェラ様がリリアナ殿下の即位を望んでいなかったのなら、私があの方を推す理由もありませんし、ユージィン殿下でよろしいんじゃないかしら』ってすました顔で言うんだもの、こっちは唖然としちゃったわ」

葡萄酒の杯を傾けながら、エリザベスは呆れたような口調で言った。

「つまり学院長はあくまで『親友の娘』としてリリアナ殿下を可愛がっていただけで、別に次期女王として殿下を押し上げることにこだわりがあったわけじゃなかったってことですわね」

「そういうことでしょ」

「まあこっちとしては助かったけど、次代の王を選ぶ理由としては不純な話だよな」

リリアナ支持と見られていたエニスモア侯爵が動いたことで、それまでリリアナを推していたリーンハルト公爵もあっさり手のひらを返し、『確かにユージィン殿下の方が国王に相応しいお方なのかもしれませんな』などと言いながらユージィン支持に回ったという。

リーンハルト公爵にしてみれば、そもそもが「次男のアレクサンダーを王配に押し込んで外戚としての利益を得る」という打算ありきのリリアナ支持だったので、それが完全に無理だと分かった時点で態度を切り替えるのも当然と言えば当然か。その徹底した実利主義はある意味貴族らしいと言えなくもない。

そして中立と見なされていたアデライド公爵も「確かに皆さまのおっしゃることも分かります」などと言いつつユージィン支持に回ったのは、おそらく「唯一のユージィン不支持」となることで悪目立ちするのを恐れたがゆえだろう。

各自の思惑はともかくとしても、諮問会議が全会一致でユージィンを推挙したことで、さすがの国王としても考えざるを得なかったようだ。

「それで今朝、父に呼ばれてね、『お前を後継にするから用意しておけ』と伝えられたよ。……凄く不本意そうだったけどね」

ユージィンの言葉に、たちまちその場から歓声と盛大な拍手が沸き起こった。

「おめでとうございます、ユージィン殿下!」

「ユージィン殿下、おめでとうございます!」

「おめでとうございます! 俺はずっとこの日を夢見ておりました!」

「おめでとうございます! 我がブラッドレーはどこまでも殿下と共にありますわ!」

「ありがとう、皆のおかげだ」

照れたように微笑むユージィンは本当に幸せそうで、見ているクローディアも幸せな気持ちに満たされる。他の三人も同様に感じていることだろう。

「ライナス、そういうことだから、君も将来の宰相としての心構えをしておいて欲しい」

「はい。お任せください!」

ライナスが力強く即答する。

ライナスを宰相にする件に関しては、慣例を破ることになるため軋轢も予想されていたものの、クレイトン家が親子二代で自滅したことで、なんの障害もなくなったのは僥倖である。当分は宰相補佐の一人である伯爵が昇格して宰相職を務めることになったそうだが、特に野心などのない実務家肌の人物なので、ときが来たらスムーズにライナスへと引き継がれることだろう。

ユージィンが語るところによれば、正式に発表されるのは毎年秋の初めに行われるエイルズワース祭の席上になるだろうとのことだった。

エイルズワース祭とは勇者アスランが邪神を滅ぼした日を祝うお祭りで、アスランが「ここに新たな国を築く」と宣言した日でもあることから、エイルズワースの建国記念日にも当たっている。エイルズワース王国では最も重要な祭日であり、国外からも大勢の来賓が訪れるため、国王が後継を発表するには無難な日と言えるだろう。

ちなみに少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』にもエイルズワース祭のエピソードはあるが、もちろん後継発表などは行われていない。代わりに来賓として招かれた隣国王太子が文字通りの「ゲストキャラ」として登場し、天真爛漫なリリアナを「おもしれー女だな」と気に入ったり、リリアナと一緒に護衛を撒いてお忍びで祭りを堪能したり、いきなりリリアナにキスしようとしてひっぱたかれたり、帰り際にリリアナにプロポーズしてあっさり振られたりするわけだが、まあそんなことはどうでもいい。

ともあれ原作におけるエイルズワース祭のエピソードは和やかな雰囲気のまま終了し、それからいくつか小さなエピソードを挟んだのちに、邪神クローディア編へと突入するのだ。

――あれはとても強い運命です。今占っても、同じ結果が出るでしょう。

「……クローディア様?」

気が付くと、ルーシーが心配そうに顔を覗き込んでいた。

「もしかしてご気分がお悪いのですか?」

「え、いえ、なんでもありませんわ。ただちょっと感慨にふけっていましたのよ」

クローディアが安心させるように笑って見せると、ルーシーもほっとしたように微笑んだ。

その後、話題は北の離宮に幽閉されていたヴェロニカ王妃のことへ移った。

舞踏会の翌日。ユージィンは祖父母のガーランド公爵夫妻と共に北の離宮へと出発し、十三年ぶりに親子の対面を果たしたという。

ユージィンいわく「まだちょっとお互い慣れなくて、ぎこちない感じだったけど、母はとても元気そうで安心したよ」とのこと。

ユージィンとしてはすぐにも王宮に迎えたい意向だったが、北の離宮で飼われている十五匹の猫の移動や受け入れの準備、温室で育てている薔薇をどうするかなど考えるべきことも多いので、ヴェロニカ王妃が移ってくるのはもう少し先になるだろうとのことだった。

「十五匹って、ずいぶんたくさん飼ってらっしゃるんですのね」

クローディアが言うと、「母が飼ってるのは三匹だけで、残る十二匹は一緒に幽閉されている侍女たちの飼い猫だそうだ」との返事。

ちなみに王妃と同世代の令嬢たちは、なぜか婚約者と破局する者が非常に多く、修道院に行くか、年寄りの後妻になるしかない令嬢たちをヴェロニカ王妃が積極的に侍女として受け入れていたらしい。

「ああ、母に聞きましたけど、それってアンジェラ様が――いえ、なんでもありません」

ライナスがなにか言いかけてから口をつぐんだのは、それがやんごとなきお方の醜聞に関わっているからだろうか。

ともあれそう言う事情もあって、侍女たちは自ら志願して幽閉先について行ったそうである。北の離宮はもともと国王が家族や友人たちと夏を過ごすために建てられたもので、広さだけなら王都の中心部にある王宮と変わらないほどだという。また王妃の境遇に同情した警備の騎士が、規則に反しない程度に色々と融通をきかせていたらしく、流行小説や流行りの菓子なども頻繁に差し入れていたそうである。

気の合う女友達と猫を愛でたり本を読んだりしながら過ごす宮殿暮らし。「なんだか結構楽しそう」と思ってしまうのは部外者の勝手な感想としても、思っていたほど悲惨な幽閉生活ではなかったようでなによりだ。

その後はソフィアがジャックと共に挨拶に来たため、一緒に庭で遊んだのち、その日の昼食会は解散となった。

「それじゃ、クローディア様、新学期にまたお会いしましょう」

「ええ、帰ったら色々とお土産話を聞かせてくださいませ」

クローディアがいうと、ルーシーは「はい」とはにかむように微笑んだ。

ルーシーは残りの夏季休暇を使ってイアン・トラヴィニオンと共に辺境伯領を訪れるそうである。そこで辺境伯の家族に紹介されたり、一緒に街歩きを楽しんだりする予定らしい。

またライナスもアシュトン領に行って、現地の代官や領民たちと交流する予定だそうだ。いずれ宰相になる以上、当主就任後もあまり王都を離れられないので、ライナスが自ら出向かなくても領地運営に支障がないように、今から信頼関係を築いておく心づもりのようである。

エリザベスも当主としてブラッドレー領に赴いて、以前から考えていた領地改革に着手するそうなので、夏の間王都にいるのはクローディアとユージィンのみということになる。

「クローディア嬢はラングレー領に行く予定はないのか?」

ユージィンが問いかける。

「ええ、私は王都に残りますわ。跡取り娘でもありませんし、行っても邪魔になるだけですもの」

クローディアはそう言って肩をすくめてみせた。凶悪な魔獣でも出るなら倒しに行くのも吝かではないが、ラングレー領は大変牧歌的なところで、ごくたまに一角兎が出没しては、鍬の一撃で退治されるのが関の山だ。

「それなら、今度一緒に出掛けないか? その、芝居とか、演奏会とか」

「え? 殿下と二人で、ですか」

「ああ、二人で……迷惑かな」

「いえ、そんなことは全然ありませんわ。楽しみです!」

三日後にある人気ピアニストの演奏会に一緒に行くことを約束してから、ユージィンは帰って行った。

幸せな気分で皆の馬車を見送りながら、クローディアはふと、創立祭で誓ったことを思い出した。

全ての運命を覆して、皆で幸せになって見せる――あの日クローディアはそう誓ったものである。あれから数か月が過ぎて、ルーシーとエリザベスの運命はもはや完全に変わったとみていいだろう。

己をないがしろにする男に嫁がされるはずだったルーシーは、婚約者から大切にされて幸せそうだし、弟に後継の座を奪われて修道院送りになるはずだったエリザベスは、もはや押しも押されもしない立派な公爵家当主である。

しかしユージィンとライナスはどうだろうか。

ユージィンとライナス――邪神騒動に巻き込まれて死亡する運命を持つ二人。

(覆して見せるわ、必ず)

ラングレー邸へと戻りながら、クローディアは改めて決意を固めた。