軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

77 唯一の人物

「えええ? まさか、そんな……そんなはずがありませんわ!」

混乱するクローディアに、ユージィンが「何故そんなはずないんだ?」と怪訝そうに問いかける。

「え、いえ、だって……その、エヴァンズ様は試験前にルーシー様のところに来て、ノートを貸して欲しい、それが駄目なら勉強を教えて欲しいって泣きついて来たんです。そのとき今回は本気でまずいというようなことを言っていたので、てっきり落第ぎりぎりだと思っていたのですが」

「ルーシーさんの同情を買うために大袈裟に言ったのね、卑怯な男だわ」

エリザベスが軽蔑したように吐き捨てる。

「まあクローディア嬢の気持ちは分かるよ。俺もなんとなくもっと下の方かと思ってたし。今回の結果見て、あれ、意外とできるんだって驚いた」

クローディアとしては違う、そうではない、と叫びたい気持ちでいっぱいだったが、彼らに対して示せる根拠はなにもない。クローディアだって転生前の知識がなければ、「言動が馬鹿っぽいわりに意外と勉強はできるのね」と納得していたことだろう。

その後はカフェの名物であるチョコレートケーキを頂いたのち、皆で目抜き通りの店のいくつかに立ち寄ったあと、その日の外出は幕を閉じた。

(……やっぱりどう考えても不正よね)

帰宅したクローディアは、自室でお茶を飲みながら、フィリップ・エヴァンズの異常な好成績についてそう結論付けた。

フィリップ・エヴァンズの成績が悪いことは公式だ。彼が最終学年に進級する際、落第すれすれだったことは作中で明らかになっている。ルーシーの助けによる平常点があった上でそうなのだから、試験結果は推して知るべし。それが二十一位だなんていくらなんでも不自然すぎるし、なんらかの不正行為があったとしか考えられない。

果たして自分はこの事態を見過ごして良いのだろうか。

クローディアは少し考えをめぐらせたのち、「とりあえずは静観して良い」との結論に達した。

なんといってもフィリップ・エヴァンズはやりすぎた。本来ならぎりぎり落第を回避できる程度の点数にとどめておくべきだったのに、なにを血迷ったか、あの高得点をたたき出してしまった。

日ごろの成績を知らない友人たちは驚きつつも納得していたようだが、知っている人間ならすぐに違和感を覚えるだろう。例えばモートン以外の教師たちは、「平常点が壊滅的」なうえ、クローディアのように授業で積極的に回答しているわけでもないフィリップ・エヴァンズが、今回だけ異様に点数が伸びていることについて、なんらかの不正を疑うはずだ。

そしてもう一人――。

(一番期待できるのは、やっぱりあの人よね)

クローディアは一人うなずいた。

教師たちが不正を暴こうとしても、またぞろ学院長に妨害される可能性があるが、「彼」が動いてくれれば、全ては一気に解決する。学院長、さらにはその背後にいる国王の思惑すら無関係にフィリップ・エヴァンズの処遇を決定できる唯一の人物――他でもないフィリップの父親である現騎士団長エヴァンズ侯爵その人だ。

彼が原作通りの実直な人物ならば、こんな卑劣な真似をけして許さないはずである。

エヴァンズ侯爵が動いてくれることを期待して、フィリップ・エヴァンズの不正についてはとりあえず静観しても良いだろう。

(私が対処すべき問題はむしろ、ルーシー様と辺境伯の方よね)

カンニングが明らかになれば、フィリップはまず間違いなく廃嫡されて、ルーシーとの婚約もエヴァンズ家有責で解消されるはずである。

しかしルーシーが自由の身になったとしても、辺境伯とは互いに名前も告げずに別れてしまった以上、もはや連絡を取り合う術がない。

せっかくの良縁が、こんな下らないことですれ違ったまま終わってしまうのはいかにも惜しい。彼の正体を知っているクローディアとしては、なんとかして再び縁を繋ぎたいところだが、「正体を知っている理由」を明かすことが出来ないというのが、いささか厄介な点である。

なるべく自然な形であの二人を再会させる方法は――などと考えていたところ、侍女のアガサが封筒を載せた盆を持って現れた。

「お嬢様、レナード侯爵家からお手紙が届いております」

「私に手紙? なにかしら」

「持参した従僕は、招待状と申しておりました」

開いてみると、果たしてそれは晩餐会の招待状だった。

同封された手紙には、約束通り今度の晩餐会でユージィン殿下を支持することを表明する予定だが、出席者の一人がやむを得ない事情で欠席することになったので、代わりにクローディアに出席してもらえないか、諮問会議のメンバーであるタルボット侯爵も出席予定なので、クローディアにとっても有意義な時間になると思う、といった内容がつづられている。

「……耳が早いわね、本当に」

クローディアは思わず苦笑した。

出席できるだけで大変な名誉とされるレナード侯爵家の晩餐会に、そう簡単に欠席者が出るとは考えられない。これはおそらく口実だ。察するに、劇場にいた観客の中にレナード夫人の知り合いがいて、今日の出来事を彼女に知らせたのだろう。レナード夫人は晩餐会の座興として、事の顛末をクローディアの口から語らせたいに違いない。

「これを持ってきた従僕は?」

「下で待たせておりますが」

「それじゃ、すぐに返事を書くから、もう少し待つように言ってちょうだい」

クローディアは「大変魅力的なお申し出なので、喜んで出席させていただきます」という内容をしたためてから、少し迷ったのち、「実は確かな情報筋から、今、王都にトラヴィニオン辺境伯がいらしていると耳にしました」「もし可能でしたら、辺境伯様もご招待していただけたら大変ありがたく存じます」という内容を付け加えたものに封をしてアガサに手渡した。

レナード夫人ともなれば、トラヴィニオン辺境伯家ともそれなりの付き合いがあるはずだし、普段王都にいない高位貴族がこちらに来ていると知れば、招待すること自体に否やのあろうはずもない。またイアン・トラヴィニオンにしてみても、王都で顔の利くレナード夫人との付き合いは辺境伯家にとって有益なので、応じてくれる可能性が高い。

イアンの顔を知らないはずのクローディアが「彼を劇場で見かけた」と言うわけにもいかず、なにやら胡散臭い言い方になってしまったが、その辺りは「なにかいい感じ」に解釈してくれるだろう、たぶん。

一仕事終えた気分で、クローディアは大きく伸びをした。

果たして。翌日、クローディアは登校するなりルーシーに腕を取られて空き教室へと連れ込まれた。

「すみませんクローディア様、ご報告したいことがあるのですが……その、他家の内情にも関わることなので、あまり人に聞かれない方が良いものですから」

「それは構いませんけど、一体何があったんですの?」

クローディアがさも不思議そうに問いかけると、案の定、「実は昨日、エヴァンズ侯爵が我が家においでになったんです」との返事。

「まあ、エヴァンズ侯爵が?」

「はい。エヴァンズ侯爵がおっしゃるには、フィリップ様の試験結果があまりに不自然だったのと、成績を報告してきたときの態度が挙動不審だったので、なにか疚しいところはないか問い詰めたんだそうです。そうしたら……フィリップ様は試験で不正をしたことを認めたということでした」

「まあ、そうでしたの。それで、エヴァンズ侯爵はどうなさったんですの?」

「はい、それでエヴァンズ侯爵はフィリップ様を廃嫡して、王立学院にも退学届けを出してきたと……それで、私とフィリップ様の婚約も解消することになりました」

ルーシーはフィリップとの婚約が解消された喜びと、彼の不幸を喜ぶ後ろめたさがない混ぜになった、複雑な表情を浮かべてそう告げた。