軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22 王座に相応しい者

「ええ、別に構いませんよ、ラングレー嬢」

モートンはくいと銀縁眼鏡を押し上げながら、小馬鹿にしたような口調で言った。

リリアナが魔法実践で活躍し、それをアレクサンダーが賞賛すると、すかさずクローディアが張り合おうとするのは、これまでにもしばしば見られた光景である。そして無様に失敗し、「落ち」を付けるのが毎度のパターンになっていた。

モートンは今回もその流れだと確信しているに違いない。

先ほど火球が作れたのも、ただのまぐれだと思い込んでいるのだろう。

「ありがとうございます、モートン先生」

クローディアが礼を述べて教室中央へと進み出ると、モートンは「せめて的に焦げ目くらいは作ってくださいね」と冷笑的に言い放った。

「思い切りやっても構いませんこと?」

「ええもちろん、思い切りやってください、ラングレー嬢」

「分かりました」

モートンの言葉に、クローディアは莞爾と微笑んだ。

クローディア・ラングレーは魔法実践においても長らく劣等生だった。それは魔力操作の基本すら知らず、ただ力任せに魔法を発動させていたからである。しかし今のクローディアは、もはやかつてのクローディアではない。

「それでは――」

的の前に立ったクローディアは目を閉じて意識を集中すると、体内をめぐる魔力の流れを掌握し、それら全てを右の手のひらへと誘導していった。

そして大きく息を吸い込み力を込めた、次の瞬間、耳をつんざく爆発音が辺りに響き、教室全体が激しく揺れ動いた。

続いて凄まじい光と爆風が辺りを襲う。

それら全てをやり過ごし、一秒、二秒。

五秒数えてから目を開いたクローディアは、眼前に広がる光景に、思わず呆れた声を上げた。

「あらまあ」

クローディアの正面には、ぽっかりと大穴が開いていた。

どうやらモートンの結界はおろか校舎の壁まで貫通してしまったようである。

教室内の誰もが言葉を失っている中で、クローディアはかくんと首をかしげて見せた。

「あらまあ、私、なにかやっちゃいました?」

その言葉を合図に、大講義室は興奮のるつぼと化した。

「え、なに? 今のってなに?」

「なんで穴が空いてんの? 外から攻撃されたの?」

「ラングレー嬢の爆炎が穴をあけたように見えたんだけど、見間違いだよね?」

「俺もそう見えた! 確かにラングレー嬢の爆炎魔法だった!」

「すげぇなラングレー嬢、リリアナ殿下どころじゃないぞ! 化け物かよ」

生徒たちの中には、「アスラン王が邪神を倒した爆炎魔法ってこんな感じだったのかも」などという者もいて、設定上むしろ邪神側であるクローディアは面映ゆい気分にさせられた。

ちなみに少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』において、主人公リリアナとアレクサンダーのコンビが「邪神クローディア」を撃破できたのは、王家に伝わる聖剣やら、他の主要キャラクターたちの力添えやら、もろもろの要因あってのことである。

二人が今まで出会った人々の協力を得て邪神を倒す流れはまさに青春そのもので、漫画的には実に熱い展開なのだが、見方を変えれば邪神クローディアはリリアナが仲間たちと力を合わせなければ勝てない相手ということになる。

主人公であるリリアナの魔力量がずば抜けているのが当然なら、ヤンデレ令嬢クローディアが悠々その上を行くことはまさに必然と言えるだろう。

「皆さん、静かに!」

ほとんどパニック状態に陥っている教室に、モートンの怒鳴り声が響き渡った。

「静かにしなさい! 私語をやめなさい! 減点されたいんですか!」

減点という言葉に、生徒たちはようやく騒ぐのをやめた。

教室内が静まりかえると、モートンは怒りの眼差しをクローディアに向けてきた。

「ラングレー嬢、この惨状を見なさい。これでは授業を続けることもできません。君の失敗は平常点から引いておきます」

「まあ先生、私は悪くありませんわ。私はただ、思い切りやれという先生のご指示に従っただけですわ!」

「黙りなさい! いいから席に戻って反省しなさい!」

「私は悪くありませんわ! 先生の結界が弱すぎたのが原因ですわ! 紙みたいにぺらぺらでしたわ!」

「減点します! 戻りなさい!」

「待ってくださいモートン先生」

割って入ったのはユージィンだった。

「思い切りやれという指示だったのですから、ラングレー嬢の行動に問題はなかったと思います」

大声を出しているわけではないのに、ユージィンの声は良く通り、聞くものが耳を傾けざるを得ない風格がある。

対するモートンはしばらくの間、無言でユージィンを見つめていたが、やがて深々と息をついて、「……分かりました。殿下に免じてラングレー嬢の処分はやめておきましょう」と引き下がった。

いかにも不承不承と言ったていだが、おそらく若干頭が冷えてきて、このまま押し通すのはさすがにまずいと悟ったのだろう。

大ごとになったら、恥をかくのはモートンだ。

「減点はしません。席に戻りなさい、ラングレー嬢」

「はぁい先生」

クローディアは一礼すると、軽やかな足取りで席へと戻った。

席に着くと、ライナスがにやりと笑って「やるじゃないか」と小声で賛辞を送ってよこした。おそらくその科白には、クローディアの爆炎魔法に対する純粋な賞賛の念と、オズワルドやモートンの鼻を明かしたことに対する「良くやった」の二重の意味が含まれているのだろう。

「ふっ、まあざっとこんなものですわ」

クローディアもにやりと笑い返した。

クローディア・ラングレーとライナス・アシュトン。二人の心が通じ合った瞬間である。

「クローディア様、素晴らしいですわ! あんな魔法は初めて見ました」

「大したものだな、ラングレー嬢」

ルーシーとユージィンもそれぞれクローディアを褒め称えた。こちらは純粋な賞賛だろう。

「ふふ、ありがとうございます。ルーシー様。技術面ではまだまだですけど、力技には割と自信がありますの」

クローディアはルーシーに笑顔で礼を述べると、ユージィンの方に向き直り、「ユージィン殿下、庇っていただいてありがとうございました」と頭を下げた。

「当然のことを言ったまでだ。先ほどのモートン先生の対応は明らかに間違っていた。――ただ、君の方も先生の結界が弱すぎるなんてあからさまに指摘するのはどうかと思う。気持ちは分かるが、教師には体面というものがあるからな」

「ええ、今度から気を付けますわ」

クローディアは気を付けるつもりなぞさらさらなかったが、ユージィンの公平さに敬意を表してうなずいた。

授業時間はまだ残っていたが、教室がこの状態では続けられないと言うことで、少し早めに終了となった。

「しかし今日は凄いもん見たな」

「他学年の奴らに言っても信じてもらえるかなぁ」

「あの穴があるんだから信じるだろ」

「どうするんだろうね、あの大穴」

生徒たちは皆軽い興奮に包まれながら和気あいあいと退室していく。

クローディアもルーシーと共に教室から出ようとしたところで、同じく退室しようとしているオズワルド・クレイトンと目が合った。

クローディアが愛想良く笑いかけると、オズワルドはすいと目をそらした。彼の珍しくこわばった表情に、クローディアは胸がすくような心地だった。

もうオズワルド・クレイトンがリリアナの魔力量をアスラン王に結び付けることはないだろうし、その魔力量をもって「最も王座に相応しいのはリリアナである」と匂わせることもないだろう。

仮に魔力量で王座への適性が決まるのだとしたら、最も相応しいのはヤンデレ令嬢クローディア・ラングレーということになってしまうのだから。