軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119 王立学院の劣等生

クローディアが茫然とモートンを見下ろしていると、その場にユージィンとルーシーが駆け付けてきた。

ユージィンは白目を剥いて倒れているモートンをたっぷり二十秒間凝視したのち、クローディアに対し「ええと、これは?」と困惑もあらわに問いかけた。

「三階にいた男性はモートン先生だったんです。たった今、失神魔法で気絶させたところです」

「そうだったのか……。しかし、なぜハロルド・モートンがここに」

「さあ、私にもなにがなんだか」

「なんだかずいぶんやつれてらっしゃいますね……。それに、なぜ逃げようとなさったんでしょう」

ルーシーも怪訝そうにつぶやいた。

三人そろって首を傾げていると、続いてライナスとエリザベスに拘束された状態でラフロイ侯爵も到着した。

侯爵はモートンを一瞥するなり、観念した様子でユージィンに深々と頭を下げた。

「申し訳ございません。魔術師団長の立場をわきまえず、これまでずっとモートン君を匿っておりました。息子のことが頭にあったために、どうしても彼を見放すことができなかったのです。いかようにも処分をお受けいたします。ですが、どうか、彼の命ばかりは助けてやっていただけないでしょうか」

「いや、ちょっと待ってくれ。命を助けるとはどういうことだ? ハロルド・モートンは誰かから命を狙われているのか?」

「え、ユージィン殿下はモートン君を捕縛しにいらしたのではないのですか?」

「捕縛、なぜ?」

「ですから――」

その後、侯爵邸のサロンに腰を落ち着けてから、ラフロイ侯爵が語った事情とは、以下のとおりである。

今から三週間ばかり前のこと。ラフロイ侯爵は路地裏で行き倒れているハロルド・モートンを発見した。その身なりは浮浪者同然だったうえ、心身ともに衰弱している様子だったので、とりあえず保護して連れ帰ることにしたという。

ラフロイ侯爵は「かつて宮廷魔術師候補としてモートン君に期待していたこともあり、放っておけなかったのです」と付け加えた。

モートンは酷く怯えて震えているかと思えば、ユージィンへの呪詛をまき散らし、かと思えばリリアナの薄情さを嘆くといった具合に、ほとんど正気を失いかけているようで、なかなか意思の疎通は難しかったが、宥めすかしてなんとか事情を聞き出したところによれば、「自分はユージィンの手の者に追われており、見つかったら処刑される」「王太子となったユージィンが地下神殿の一件を改めて問題視し、関係者を処分する方針を決定した」「演習責任者でありながら、本部を放り出していたモートンにはことさらに厳しい処分が下される」「国王は王宮舞踏会の一件で力を失っており、もうモートンを庇う余裕はない」「リリアナも当事者の一人であるため、巻き込まれないようモートンとは距離をおくつもりらしい」とのことだった。

「正直、ユージィン殿下がそこまでなさるのかという違和感はあったのですが、モートン君の様子はとても嘘をついているようには見えなくて。それに彼の憔悴しきった様子に、息子のことが頭にちらついて、どうしても突き放せなかったのです」

「ご子息のことが?」

「はい……。失礼ですが、ユージィン殿下は私の息子についてどこまでご存じですか?」

「父がアンジェラ様とご子息の関係について言いがかりをつけて、ご子息を追い詰めたと聞いている。母はそれでご子息は亡くなったのではないかと推測していた。……父がしたことは本当に申し訳なかった。息子として謝罪する」

ユージィンはそう言ってラフロイ侯爵に頭を下げた。

「頭を上げて下さい。私には陛下のなさったことを責める資格などありません。……エドガーを殺したのは、私なのです」

ラフロイ侯爵ははっきりとそう言い切った。

そして驚きで言葉を失っているクローディアたちに対し、沈痛な表情で言葉を続けた。

「エドガーが亡くなる前日、あの子から相談を受けました。王太子殿下からアンジェラ嬢と親しくしていることで叱責を受け、王宮に足を踏み入れるのを禁じられた、どうしていいか分からない、と。それで私は……激昂してエドガーを怒鳴りつけたのです。既に側妃になることが決まっている令嬢と個人的に親しく交流するなんて、脇が甘いにもほどがある。そんな下らないことで王宮への出入りを禁じられるのは前代未聞だ、お前は我が家の恥さらしだ、私と先祖の顔に泥を塗ったんだ、と」

それはいかにも冷酷に感じられる言葉だが、生真面目なラフロイ侯爵にとっては、身内が女性問題に巻き込まれること自体に忌避感があったのかもしれない。

「半日ほどして、さすがに言い過ぎたと反省し、エドガーが魔獣狩りから帰ってくるのを待ちました。『なんとか処分を撤回していただけるよう王太子殿下を説得するから、お前はしばらく謹慎しているように』と伝えるつもりでした。しかしエドガーはいつまで経っても闇の森から帰ってこず……探しに行って、そこで……変わり果てた姿で」

侯爵はそこで苦しげに言葉を切った。

「……すまない、辛い話をさせたな」

「いいえ……私はずっと誰かに打ち明けたかったのです」

ラフロイ侯爵は気を取り直したように言葉を続けた。

「モートン君から話を聞いたとき、正直言って半信半疑でした。なにか誤解があるのではと考えて、ユージィン殿下にそれとなく確認しようとしたのですが、殿下はエイルズワース祭の準備でお忙しいようだったので、終わってからにしようと思い直しました。ところがその後、私が体調を崩してしまい、今日までそのままになっていたのです」

「その状況で、私がいきなり訪問して、三階の男について尋ねたわけか」

「はい。私は『モートン君の言っていたことは本当だったのか!』と思ってしまい、つい取り乱してしまいました」

「そうか、驚かせてすまなかった。実は我々の方にも少し事情があって――」

ユージィンが弁解しかけたとき、クローディアたちの背後からうめき声が聞こえた。

振り向くと、モートンがちょうど目覚めたところらしく、長椅子の上に起き上がって、呆然と辺りを見回している。

「目が覚めたんですね、モートン先生」

クローディアが声をかけると、モートンは小さく悲鳴を上げて、長椅子の上で後ずさった。そして椅子から転げ落ち、痛みに悶えるように縮こまってしまった。

「落ち着いてくれ。私は別に貴方に危害を加えるつもりはない」

「あの、落ち着いてください。私たち、先生になにもしません」

「殿下が先生を処刑するとか、でたらめです。一体誰に吹き込まれたんですか?」

ユージィンやルーシーが宥めても、ライナスが訂正しても、モートンは縮こまったまま、怯えたようにふるふると首を振るばかり。

「だから、私たちはなにもしないって言ってるじゃないの!」

エリザベスが思わず声を荒げると、モートンは「ひぃ」と悲鳴を漏らして頭を抱えた。

「おい、やめろよ。怖がってるじゃないか」

「だって……なんなのよこの状態。いくら命を狙われてると思ってたからって、怯え過ぎじゃないの? 前はあんなに偉そうにしてたくせに、なんでこんな子兎みたいになってるのよ!」

「なにか、他にも心が折れるような出来事があったのでしょうか」

ルーシーが心配そうにつぶやいた。

「モートン君、大丈夫だ、大丈夫だから」

ラフロイ侯爵がモートンの上から毛布をかぶせ、ぽんぽんと背中を叩くと、彼はようやく少し落ち着いたようだった。

「もしかして、私の失神魔法が原因でしょうか。普通にやったら結界で防がれてしまうので、ついやり過ぎてしまったのかもしれません」

「いや、前からこんなものだよ。まあ、今日は君たちが来たことでいつもより少し混乱しているのかも知れんが、少し休めば落ち着くだろう。そうしたら改めてユージィン殿下の件を伝えよう」

ラフロイ侯爵はそう言ったのち、ふと笑みを漏らして「……しかし相変わらず君の魔力量は大したものだな。彼の結界はかなり優秀だったはずだが、あっさり貫通させるとは」と言葉を続けた。

「モートン先生の結界って、優秀だったんですか……」

記憶を取り戻してから初めて受けた魔法実践の授業でも、彼の作った結界をあっさり貫通させていることから、クローディアにとってはあまりぴんとこない話である。

――せめて的に焦げ目くらいは作ってくださいね。

――思い切りやっても構いませんこと?

――ええもちろん、思い切りやってください、ラングレー嬢。

自信満々にクローディアを見下し、嘲笑していたハロルド・モートンの姿を思い出す。あのときのモートンは、クローディアに彼の結界を貫通し、校舎壁を破壊するほどの魔力があるなんて、まるで思ってもみなかったのだろう。

(まあ、それは別にモートン先生に限った話じゃなくて、あの場にいた誰もがそうだったんだろうけど)

魔法実践においても、自分はずっと劣等生だったのだから――そこまで考えて、クローディアは思わず息をのんだ。

これまでずっとなにか大切なことを見落としているような、奇妙な不安が付きまとっていた、その原因にようやく思い至ったからである。

「……そういえば、ただの劣等生だったんだわ、私」

クローディアは茫然と呟いた。

そう、まさにあのときまで、ハロルド・モートンは周囲から一目置かれるエリート教師である一方、クローディア・ラングレーはただの劣等生だった。

それまでの魔法実践の授業では、リリアナが魔法で活躍し、アレクサンダーがそれを賞賛すると、すかさずクローディアが張り合おうとした挙句、無様に失敗して「落ち」を付けるのが定番になっていたほどだ。だからこそ、モートンは今回もその流れだと考えて、クローディアを冷笑していたわけである。

当時のモートンは、いやあの場にいた誰もが、クローディアにモートンの結界を貫通し、校舎壁を破壊するほどの魔力があるなんて、まるで思ってもみなかったに違いない。それが当然なのだ、本来ならば。

しかし――それでは少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の世界において、クローディア・ラングレーを邪神の依代に選んだその人物は、クローディアの莫大な魔力量を、一体どこから知ったのか。

(まさか……)

――お前の魔力量が人並み外れて多いことは入学審査で知らされていたが、まさかそこまでとはなぁ。

父の言葉が、クローディアの脳裏によみがえる。

「……エニスモア学院長ですか?」

クローディアの言葉に、モートンがびくりと反応した。

「エニスモア学院長が、ユージィン殿下がモートン先生の命を狙ってるって言ったんですか?」

「……なぜ、それを」

震える声で、そうつぶやくのが聞き取れた。