軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115 君と踊れば良かったな

リーンハルト邸を訪問した翌日。学院でアレクサンダーの姿を確認し、クローディアはほっと胸をなでおろした。とりあえず闇落ちは免れたようでなによりだ。

これにて一件落着とばかりに、その後はアレクサンダーの存在自体を綺麗に失念していたのだが、何の因果か、ダンスの授業でペアを組むことになってしまった。クローディアが彼と組みたがって散々騒いでいたころは、ただの一度もなかったというのに、なんとも皮肉な話である。

そして実際に踊ってみた感想はといえば、なんというか、普通だった。まあこんなものかと思いつつ、淡々とステップを踏んでいると、ふいにアレクサンダーが「君はダンスが上手いんだな」と妙に照れ臭そうにクローディアに告げた。

「ええ、割と得意な方ですわ」

「そうか……。そういえば、婚約中は一度も踊っていなかったな」

「そうですわね」

「一度くらい、君と踊ればよかったな」

「いいえ、結果的には踊らなくて幸いでしたわ。ユージィン様は私の初めての舞踏会でパートナーを務めることができたのが嬉しいとおっしゃって、とても喜んで下さいましたので」

「そうか……」

少し、間が空いた。

「すまなかった、クローディア」

「私のことはどうか家名でお呼びください」

「すまなかった、ラングレー嬢」

「謝罪を受け入れますわ、リーンハルト様」

クローディアはそう言って微笑んだ。

婚約期間中、毎回のようにエスコートの約束を反故にされた件について思うところがないではないが、本人が素直に反省しているのなら、はねつけるべきではないだろう。

「リーンハルト様はエヴァンズ様とは最近連絡を取っていますか?」

「フィリップと? いや、退学以来取っていないが」

「ルーシー様からうかがったんですけど、あの方は男爵領でとても楽しくやっているそうで、領民たちから慕われて、素敵な女性との結婚話も持ち上がっているそうですの」

「そうか、フィリップが……」

「ええ、リーンハルト様も今は色々と辛いこともあるでしょうけど、どうか自棄にならずに前向きに頑張って下さいませ。それから昨日もお伝えしましたが、もし誰かから変なペンダントを贈られたら、くれぐれも触らずに、私かユージィン様にお伝えくださいませ」

「ああ、分かった。約束する」

アレクサンダーがそう答えたところで曲は終わり、その後ダンス教師からあれこれと講評を聞かされたのち、ダンスの授業は終了した。

そして放課後になり、クローディアは久しぶりに魔術塔へと赴いた。ペンダントの警備についてラフロイ侯爵に確認したかったからである。

ところが到着した魔術塔にラフロイ侯爵は不在だった。聞けば体調を崩して昨日から仕事を休んでいるという。

「団長はこの時期になると毎年体調を崩すんですよ。年だからっていうのもあるけど、息子さんの命日が近いから、やっぱり色々あるんじゃないですかね」

顔見知りの宮廷魔術師は気の毒そうな表情で言った。

「ラフロイ団長のご子息って、確か闇の森で魔獣にやられたんでしたわね」

「ええ。遺体を発見したのは団長ですけど、酷い状態だったらしいですよ。葬儀のときには棺の蓋を閉めたままだったから、俺は直接見てないんですけどね。葬儀の間中、団長はずっと無言で俯いていらしたのを覚えています」

王妃からは「闇の森で魔獣にやられたと聞いているわ」とだけ聞いていたが、思っていたより凄惨な事件だったらしい。肖像画にあった繊細な美貌の青年を思い出し、クローディアはなんだか居たたまれないような気持になった。

「亡くなった当時、ご子息は一人で魔獣狩りをなさっていたんですか?」

「だと思います。魔獣狩りは通常複数人で組んでやるものですが、彼は優秀だったので、単独で闇の森に入ることもあったんです。それで……たまたま敵わない相手に出くわしたんでしょうね。それ以来、どんな手練れでも二名以上が一緒に行うことを徹底するようになりました」

宮廷魔術師はしんみりした調子で言ってから、気を取り直したように、「魔獣狩りと言えば、ラングレー様は凄いですよね、まだ学生の身なのに、すでに魔術師団でトップクラスの腕前ですよ」と話を切り替えた。

彼の話によれば、クローディアが夏季休暇の間、「狩って狩って狩りまくりますわ!」と奮闘したことに刺激を受けて、現役魔術師団の面々も今まで以上に積極的に魔獣狩りを行っているらしい。おかげで王都周辺は魔獣が少なくなってきたので、昨今はかなり遠くまで遠征に行っているんだとか。

「それじゃ、万が一邪神が復活したとしても、それに伴う魔獣の大量発生と集団暴走はかなり抑えられるかも知れませんわね」

クローディアがというと、魔術師は「まあ、そうですね。ただ復活なんてあり得ないと思いますけどね」と苦笑した。

「ラングレー様は王家の秘密についてはもうご存じなんですよね?」

「ええ、王妃様からうかがいましたわ」

「それじゃ警備についても聞いているかもしれませんけど、聖剣の間は二十四時間体制で宮廷魔術師と近衛騎士の精鋭が守っているんです。あれを盗み出せる人間がいるとはちょっと考えられませんよ」

「ですがその……嫌な話をしますけど、内部の者が手引きする可能性だって絶対ないとは言い切れないんじゃないかと」

「いや、大丈夫ですよ。近衛騎士やあのエリアの使用人はあえて魔力量の少ない者が担当するようにしていますから、ペンダントには触れることすらできません。もちろん宮廷魔術師なら触れますが、その代わり、あそこに派遣される宮廷魔術師は誓約のアーティファクトを使って裏切るつもりがないことを定期的に証明しています。その審査はラフロイ侯爵が直々に行っていますから、内部の人間が裏切ることはあり得ないんです」

魔術師は笑みを浮かべて言い切った。

帰宅したクローディアは、紅茶を飲みながら探偵から届けられた報告書に目を通した。父の友人たちや取引先、親族関連、そのいずれもこれといって不審な行動はなし。高位貴族や宮廷魔術師についても同様だ。ラフロイ侯爵が昨日から外出してないというのも、聞いていた情報と一致する。

一通り目を通してから、クローディアはほうとため息をついた。

ヴェロニカ王妃からペンダントを見せられ、王家の秘密について教えられたのが今から三日前のこと。その日の内にエヴァンズ騎士団長に頼んで王宮の警備を強化してもらい、帰宅してからは邪神復活を企む黒幕候補――父に信頼されているであろう人々をリストアップして、探偵に調査を依頼した。

その翌日にはブラッドレー家の昼食会に出席し、仲間たちにも黒幕及び依り代候補探しについての協力を要請。

その翌日の王立学院でアレクサンダーが部屋に引きこもっているという情報を得て、その日の内にユージィンと共にリーンハルト邸を訪問してアレクサンダーと接触し、事態の改善を行った。

その翌日、即ち今日は学院内でアレクサンダーの様子を確認。放課後は魔術塔に立ち寄ってペンダントの警備体制について確認した。

そして明日は再びブラッドレー邸に集まって皆と情報交換を行うことになっている。

(一応やれることはやってるつもりなんだけど……)

それなのに、なにか大切なことを見落としているような、奇妙な不安が付きまとうのは何故だろう。

クローディアはもやもやとしたものを抱えたまま一日分のノルマを終えて、その晩は早々に就寝した。

事態が大きく動いたのは、その翌日のことだった。