作品タイトル不明
58話 スモークサーモン
アネモネが 爆裂魔法(エクスプロージョン) の魔法を使った。
湖の上で爆発が起こり、その衝撃で魚が白い腹を見せて 水面(みなも) に浮かぶ。
それを、ゴムボートに乗ったミャレーとニャメナが、一心不乱に集めている。
魚を数える――大中小合わせて36匹だな。その内の大きな獲物をベルによって持ちさられてしまったから、全部で37匹獲れた事になる。
大漁だな。
全部をそのままアイテムBOXへ入れておけば、いつでも新鮮な魚も食えるのだが、ここでは生で食う習慣が無い。
保存を兼ねて、干物にする事にした。
「それじゃ、やるか~。よし皆も手伝ってくれ」
「ウチ等がやると、毛だらけになるにゃ」
「乾かす前に洗えば大丈夫だよ」
先ずは、頭を落とし腹を割きワタを出して綺麗に洗う――そして、3枚に下ろす。
アネモネにも包丁を渡して手伝わせるが――。
「アネモネ大丈夫か? 休んでてもいいんだぞ?」
「大丈夫だよ」
魔法の影響で疲れてはいるようだが、大丈夫のようだ。
獣人達は自前のナイフを使って魚を解体しているのだが、中々上手い。
プリムラの包丁さばきも中々のものだが、魚を下ろすのは初めてだと言う。
「よし、そしてこの毛抜で骨を抜いてくれ」
俺がシャングリ・ラで買った毛抜きを渡す。ド○ツのゾ○リンゲン製らしい――1個1000円。
元世界でも、同じ物を愛用していたが、合わせ目が広くて使いやすい。
だが、シャングリ・ラを見るともっと高い物もあるようだ。
「ケ、ケンイチ! これは、さぞかし高名な職人の手による作品なのでは?」
「お? さすがプリムラ、解るか」
「ええ、こんなに先の広い面積をピタリと合わせるには、熟練の腕が必要です」
「街の人間も毛抜きを使ったりするのかい?」
「いいえ、こういった物を使うのは、化粧をする王侯貴族に限りますけど」
「まぁ普通の平民じゃ、化粧なんてしている暇がないか……売るなら、どのぐらいになると思う?」
「これほどの品なら――1個銀貨2枚(10万円)~金貨1枚(20万円)でも欲しい方がいらっしゃるのでは……」
「なるほど、その値段なら売ってもいいな」
プリムラが、自分の産毛を抜いて、使い心地を確かめている。
1個1万円ぐらいにすれば、中小商人の奥方や娼婦にも売れるかも。
しかし、元世界の商品をばら撒くのは注意しなければ。貴族に少数売るぐらいで丁度いいと思う。
王侯貴族に売るなら、シャングリ・ラで1個4000円~5000円の高級品の方がいいかもしれないな。
「俺等からすれば、わざわざ毛を抜くなんて信じられないけど」
「にゃ」
「まぁそうだろうな」
それはさておき、皆で毛抜を持って、魚の小骨を抜き始めた。これをしないと川魚は小骨だらけで食えたもんじゃないからな。
後は骨切りをするかだな。
「ふう、魚をこんなに丁寧に捌いたなんて初めてだよ」
「にゃー」
「普段はどうやって食ってるんだ?」
「焼いて丸かじりにゃ~」
実に獣人らしい豪快さだ。
そして3枚に下ろした全部を塩水に3~4時間ほど浸ける。今から漬ければ、寝る頃にはいい塩梅になるだろう。
「それでは、続きは明日って事になりますね」
「そういう事だ」
「ふう、手間暇掛かるぜ~こんなの初めてだよ」
「手間暇掛けないと美味くならないからな」
「旦那の言うことを信じるよ」
「にゃ」
残りの作業は明日ということになった。
------◇◇◇------
――次の日。
朝、パンケーキを作る。小麦粉と卵と砂糖の一番単純な物。
ふくらし粉を使わずに、卵白を泡立てて、ふっくらさせる。
アネモネに料理も仕込まないとな。俺におんぶに抱っこの食生活に完全に慣れてしまうと 拙(まず) い。
「私はケンイチについていくから!」
彼女はそう言うのだが、不慮の事故や病には勝てない。俺がいなくなっても、彼女一人で生きていけるようにしてあげなくては。
簡単なパンケーキだが――先ず、卵と砂糖が簡単には手に入らないんだよなぁ。
そうなれば……小麦粉に塩を入れて練り、焼いてスープと一緒に食べる。
インド料理のナンに近いと思うが、そんな料理がこの世界の定番。
だが、街にはパン種は売っているので、パンを焼いて食べる事は出来る。 勿論(もちろん) 、砂糖は入ってなく塩味のパンだが。
食事が終わったので、昨日の夕方に作った干物作りの続きをする。
シャングリ・ラから、干物を作るためのネットの箱――干しカゴを購入――1個1500円の物を5個。
こういうネットの中に入れて干さないと、蛆だらけになってしまう。
机の上に並べられた青いネットのカゴを、プリムラが興味深そうに見ている。
そんなプリムラを横目に見つつ塩水に浸けた魚の切り身を、干しカゴの中に並べていく。
作業をしているとベルがやって来て、後ろ脚で立ち上がり、俺に切り身をねだるのだが――。
「ベル、これはしょっぱいのだが……」
だが、言葉が通じているのか、いないのか。
彼女が立ち上がると、俺の背より大きい……そのまま押し倒されて、手から切り身を奪われた。
そして、それを咥えたベルは、少し離れた所で食い始めたのだ。塩辛い物は、猫に食わせちゃイカンのだがなぁ。
「えらい手間が掛かるな」
作業しながら、ニャメナのボヤキが聞こえる。
「昨日も言ったが、手間を掛けないと美味くならないからな」
脚立に乗り――家の軒下に干しカゴを吊るしながら、アネモネに提案を一つする。
「昼にパンを焼いてみるか」
「うん!」
パンの作り方も教えてあげないとな。何せ、彼女はそういった教育を両親から全く受けていないようなのだ。
それどころか、食事も満足に与えられていなかったと言う。
まぁ、暮らしが苦しかったせいもあるのだろう。
「いつも、お腹が空いてたから、神様にお願いしてた……」
「兄弟姉妹はいなかったのか?」
「弟と妹がいた。でも、私は本当の子供じゃなかったから……」
彼女は行き倒れの女性から引き取った子供だったらしい。彼女に親の愛情が注がれていないのは、そのせいもあるのだろう。
「弟と妹も、お腹を空かせてたのかい?」
「うん……いつも一緒に森へ行って、木の実とか食べられる物を探してた」
ほぼ、サバイバルだな。
それでも、にっちもさっちもいかなくなって、アネモネだけが口減らしで売られてしまったのだろう。
出会った時はガリガリだったし、あんな状態じゃ力仕事だって無理なはずだ。
「やれやれ」
アネモネの頭を 撫(な) でてやる。この世界は、こんな感じなのが普通なんだろうな。
「でも、アネ嬢。魔法が使えるようになったんだから、もう食うには困らないと思うぜ」
「うん」
「にゃ、あんな凄い魔法が使えるなら、冒険者からも引っ張りだこにゃ」
「冒険なら、ケンイチと一緒にするから」
「おいおい、俺はちょっと危ないのは勘弁だがなぁ」
別に、そんな危ない事をしなくても食うに困らない金はあるし。
「そうですよ。そんな危ない事をしなくても、私が商売をして、ケンイチを食べさせてあげますから」
「それは、それでちょっとなぁ。男として 拙(まず) いんじゃないか?」
「ははは、それじゃヒモだよな」
まぁ、ニャメナの言う通りだな。それも、ちょっと勘弁してもらいたい。
「ケンイチと一緒に冒険に行くの!」
「私と一緒に商売をするのが、平和的でケンイチには合っていますわ」
「「ぐぬぬ……」」
アネモネとプリムラの間に、見えない火花が飛んでいるような。
「あっ、そうか!」
突然、ニャメナが膝を叩いた。
「なんだ? 何かあったのか」
「アネ嬢が凄い魔法が使えるのって、嬢のオカン譲りなんじゃね?」
「それも、そうだな……そう考えるのが妥当だろ。本当の母親に関する物って残っていないのか?」
彼女が黙って首を振る。まぁ、俺と出会った時にも何も持っていなかったからな。
「でも、私の名前は、本当のお母さんが付けてくれたみたい」
だが、彼女の凄い魔法の力を見ると、母親は結構有名な魔導師だったのかもしれないな。
「探せば、親戚やらも見つかるかもしれないが……」
「ううん」
彼女がまた首を振る。全く、そういったものには興味がないようだ。
「旦那――女は、目の前に好きな男がいれば、後は何もいらないんだよ」
「どんだけ歳が離れていると思ってるんだよ。大体プリムラだって親娘ぐらいの歳の差なのに」
「何言ってるんだよ、旦那。愛があれば、歳の差なんて障害にもならないのさ」
獣人からそんな台詞を聞くとは思わなかったな。
「何かさ~旦那を見てると、まだ女が増えそうな気がするんだよね?」
「多分、気のせいだ」
「ウチもいつも言ってるにゃ。ケンイチは人が良すぎるにゃ。そのうち悪い女に引っかかると思うにゃ」
「そんな事言ってもなぁ。知り合いの女が 拐(さら) われたりしたら無視するわけにもいかないだろう」
「ああそうにゃ! あの時に、貴族がケンイチを探していると言って、そのまま街から逃していればウチが独り占め出来たにゃ」
「まぁ、プリムラがいないと、ニャメナとも知り合いにならなかったからな」
「てめぇ、クロ助! 腹の毛は白いのに、腹の中は真っ黒かよ!」
「にゃはは」
ミャレーが言ってるのは本気か冗談か解らん。
でも、プリムラを助ける時に真っ先に加勢してくれたのは彼女だったからな。まぁ、冗談だと思いたい。
皆が俺の顔をじ~っと見ている。
「大丈夫だっての。もう正妻がいるから無理だって断れば良いんだろ?」
「 妾(めかけ) でもいいって言われたらどうするにゃ」
「断って下さい!」
「大丈夫だって、そんな仮定の話で責められてもなぁ」
だが、干しカゴを吊るす作業は終了。後は魚が乾燥するのを待つだけだ。
昼用にパンを焼いてみる事にした。
ホームベーカリーを発電機に繋げて放置すれば、パンが出来上がるのだが、それではアネモネのためにならない。
強力粉に砂糖と塩、そしてパン種(イースト菌)を入れて練り、ボール状にする。
パン種はこの世界の市場にも普通に売っているので、入手に困ることは無いが、何から作っているかは不明だ。
そして、1時間程放置すると、倍の大きさに膨らんでいるのだが、さすがにこの作業は獣人達には手伝わせる事が出来ない。
生地が毛だらけになってしまうからな。
そして、これを焼くわけだが――シャングリ・ラでタ○さんパン焼き器という、ドーナツ型で真ん中が盛り上がった底の深い分厚い鍋を購入。
黒く分厚い鉄製の鍋で、1台7000円と少々高価なのだが、これと似たような鍋がこの世界でもパン焼き器として使われているのだ。
一般家庭でパンを焼いたりするときは、こういったパン焼き器を使う。
コンクリブロックで簡易カマドを作ると、焚き火でパン焼き器を加熱。温まったら、まるく千切った生地を並べていく。
「ふぁ~、こんなの初めて見た」
アネモネが、丸いパン焼き器を覗きこんでいる。
「家でパンを焼いた事はなかったのか?」
「こんな立派な鍋も無かったし……」
彼女の話を聞くと、1日に1食――野菜クズのスイトンみたいのが主食だったみたいだな。
ドーナツ型いっぱいに生地が膨らんだら、蓋をして15分程加熱。そして、ひっくり返して更に10分加熱。
「いい匂い!」
「うひゃ~香ばしいねぇ。匂いだけで美味いって解るぜ」
蓋を取ると、湯気と焼きたてのパンと、イーストの香りが辺りに立ち込める。
「いい感じに焼きあがったんじゃね?」
「にゃー!」
焼きたてパンを千切って皆に分けると、一斉にかぶりついた。
「うめぇ!」
「うみゃー!」
「ほぉぉ!」
「美味しいですわ」
皆がパンの美味さに目を丸くするが――プリムラだけ反応が普通だ。自分の家で焼きたてのパンを食べていたからだろう。
「焼きたてのパンが美味いのは当たり前だけど、旦那のはやっぱり違うぞ?」
「そうにゃ」
「多分、小麦粉自体が違うのですわ」
「さすが、商人の娘だな」
この世界で小麦粉といえば全粒粉。つまり、小麦を全部挽いて粉にしたもの。
元世界のように、用途によって小麦粉を分けたりはしないが、全粒粉なので栄養はある。
米の、白米と玄米みたいな関係だろう。 勿論(もちろん) 、製粉技術の違いもあるだろうが。
「でも、作り方は同じだぞ。市場で小麦粉とパン種を買って、今日と同じように作ればパンが焼けるって事だ」
「うん。パンは私が焼くよ!」
「おおっ! 任せたぞ」
それなら、今日買ったタ○さんパン焼き器を追加で2個購入するか。3つで焼けば5人分ぐらいにはなるだろう。
昼飯も食ったので、畑仕事を少々やる。
トマトが赤くなっているので収穫だ。シャングリ・ラで買った、黒いトマトもある。
完熟トマトは甘くて実に美味い。
「旦那、この赤い実は果実なのかい?」
「一応、野菜って事になっているけど、果実としている所もあるなぁ」
「この黒いのも一緒にゃ?」
「ああ、黒いけど中身は一緒だ」
笊(ざる) に採って、アイテムBOXへ入れる。一つずつ、皆にもおすそ分けだ。
「甘~い!」
「これは果実だにゃ!」
「おおっ! こいつも美味いな」
「美味しいですわ……とても、みずみずしい」
「生で食べても美味いが、スープに入れても美味いぞ」
俺は、アイテムBOXから醤油を出して、トマトに掛けて食う。地元の爺婆は、砂糖を掛けて食ったりするのだが。
後は何を植えようか。キャベツなんか色んな料理に使えそうだな。もやしなんかも欲しいんだが、買ったほうが早いか?
昔、水栽培でスプラウト栽培をした事があったが……。
一応、シャングリ・ラで検索すると、普通のもやしも、スプラウトの栽培キットも売っている。
緑豆スプラウトの栽培キットとか面白そうだな――買ってみるか。
「ポチッとな」
プラ製のボウルと網、緑豆のセットが落ちてくる。
水をひたひたに入れて、豆をばら撒くだけでいい……実に簡単だな。
「それは、なぁに?」
アネモネが、俺が購入した物を不思議そうに見ている。
「豆を発芽させて、野菜として食べるんだよ」
「へぇ~」
「プリムラ、そういう食べ物は、この辺にないのか?」
「ありませんわ」
「俺も聞いたことがないなぁ」
「そうか、後で食わせてやるよ」
だが、彼女達は半信半疑――というか食った事がないので、警戒しているのか。
食わず嫌いが多いなぁ――とは思うのだが、日本人が何でも食い過ぎなのか。
――夕方、日が傾く。
軒下に吊るした干物をチェック。いい感じに乾燥している。こういうのも、魔法を使うとすぐに完成するのかもしれない。
乾燥した切り身をすべて取り入れて、アイテムBOXへ収納。
そして、最後の仕上げをするために、シャングリ・ラから大型の燻蒸鍋を買う――3600円だ。
一緒に燻蒸に使うための桜のチップを購入。
「旦那、何をするんだい?」
「燻蒸だよ」
「へぇ」
外にテーブルを出すと、アイテムBOXからコンロを出して設置。燻蒸鍋に桜のチップを敷き詰めて加熱し始めた。
煙が出てきたら――燻蒸鍋の網の上に、さっきの乾燥させた切り身を並べて蓋をする。
時間は10分~20分ぐらいで良いだろう。
「わぁ、いい香り」
「これは、香木ですね」
アネモネとプリムラが、燻蒸鍋の周りで、立ち昇る煙をクンカクンカしている。
確かに、桜の木は良い匂いがする。元世界で貰った薪の中に、桜の木が入っている事があるのだが、それを思い出した。
「よし! いいかな」
蓋を開けて完成したのは、スモークサーモンだ。元世界で海で育てたニジマスがサーモントラウトだったから、これもサーモンでいいだろう――と思う。
ちょっと味見をしてみる……塩味と、鼻腔に抜けるスモークの香り、そして舌の上に旨味が広がる。
「うん、美味いな」
「旦那、そのまま食うのかい? それって生じゃ……」
「燻蒸してあるから、大丈夫だよ」
「私も食べる!」
とりあえず、俺が食うものなら大丈夫だと学習したのか、アネモネが飛びついた。
「少ししょっぱいけど、美味しい! これ、本当に魚なの?」
「俺が作るの見てただろ?」
俺とアネモネの会話を見ていたニャメナが、勇気を出して食べてみるようだ――パクリと一口して、噛み切ると口を動かしている。
「……」
「どうだ? 口に合わないか?」
一緒に食ったミャレーも黙々とスモークサーモンを食っている。
「旦那! 酒!」
黙っていたニャメナが叫んだ。
「はぁ?」
「酒だよ、酒! こいつは酒の肴にピッタリじゃないか!」
「ああ、そういう……待ってろ。魚じゃワインは合わないからな――日本酒でいいか」
シャングリ・ラを見ると、2Lで1000円の紙パックに入った純米酒が売っている。これでいいか。
日本酒は飲まないからな、どれが良いか解らん。
「ポチッとな」
落ちてきた、純米酒をカップに注いでやる。
「ワインじゃないのか?」
「ワインは魚には合わないと思うからな」
「ふ~ん……うおっ! なんだこれ?」
純米酒を一口飲んだニャメナが、驚きの声を上げた。
「旦那、これって果実酒なのかい?」
「いいや、穀物から作った酒だぞ」
「穀物? これが? 匂いを嗅いでも、果実酒のような……しかし、こりゃ美味いっていうか……」
「どうした?」
「ああ~っ! もう! こんなの俺に食わせて、飲ませてどうしようってんだ! 畜生! もう、俺をどうにでもしやがれってんだ!」
ニャメナが、テーブルから離れると地面に大の字になった。
「「何言ってんだお前」にゃ」
「旦那になら、どんな酷い事をされてもいいからさ」
「なんだそりゃ、どうしてそうなる?」
「ふぎゃ~!」
ミャレーが、ニャメナに飛びかかったのだが、虎柄の毛皮がヒラリと 躱(かわ) した。
2人でギャーギャーと揉め始めた。
「ああ煩い。お前等静かにしろ」
「お嬢! こりゃヤバいよ。どんな女でも旦那の料理を食べたらイチコロだ!」
「そりゃ、大袈裟だろ」
「下手すりゃ、王侯貴族でもヤバいかもしれない」
「そんだけ上流階級なら良い物を食ってるだろ。俺の料理なんかに、なびくとは思えないがな」
「……」
プリムラは黙って、スモークサーモンを味わっているように見えるのだが……。
「旦那は料理だけじゃなくて、賢者並に物知りじゃないか。美味い料理を食いつつ、見知らぬ世界の雰囲気の良い話なんかされたら、王侯貴族のお堅い女でもコロリといくと思うね」
「ゴホッ! ゴホッ!」
プリムラが、むせているので、アイテムBOXに入っていたお茶を飲ます。
「さっきも言ったが、仮定の話で責められてもなぁ。それに王侯貴族なんて興味はないぞ?」
「旦那が興味なくてもさぁ」
「それに、正妻がいるから断るって、さっきの話でも出てただろ」
「相手が王侯貴族なら、手切れ金をお嬢にポーンと渡して……」
プリムラを見れば、泣きそうな顔をして俺の方をじ~っと見ているので、彼女を抱き寄せる。
「はいはい、そんなありもしない事で腹を立てるのは止めなさい」
「…………はい」
「ニャメナも、プリムラを焚きつけるのは止めろっての。もう飯を食わせないぞ」
「うっ! 解ったよ……」
「ケンイチ!」
後ろを振り向くと、アネモネが両手を差し出してくる。抱っこをねだっているのだ。
「はいはい」
アネモネを抱っこしていると、プリムラが下を見ながらブツブツと独り言を言っている。
ありもしない話で落ち込んでいると思ったら、これは商売の事を考えているのだ。
「……この燻製は売れますわ」
「お嬢! ダメダメ! こいつは、俺が全部食うから!」
「そうはさせないにゃ! ウチも食べるにゃ!」
どうやら、スモークサーモンは獣人達に大人気のようだ。
「それではケンイチ、この製法を売ってもいいですか?」
「売る? どこへ売るんだ? こんなのを貴族が買ったりはしないと思うが……」
彼女が黙って、サンタンカの村を指し示す。
「なるほど。サンタンカの村でこいつを作らせて、君が仕入れて街で売るわけか」
「そうですわ」
「さすが商人だな。燻蒸用の香木も森で代用品が見つかるかもな」
上手くいって村の特産物になると解れば村長も乗ってくるかもしれない。
そこら辺の商売は、プリムラに任せてしまおう。
プリムラのチェーン店もそうだが――俺は、売上の何割かを貰えばいいのだ。そうすれば黙って数千万円の金が入ってくる。
残りの切り身を全て燻蒸するために、縦型で高さ60㎝程の燻蒸器を購入――2万円だ。
明日、全部燻蒸してしまおう。
夕飯は、スモークサーモンとトマト、そしてチーズと野菜を使ってサンドイッチを作った。
皆に凄く好評だった。