軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三九話 天文十二年三月下旬『考えるな、感じろ』佐々成経SIDE

「はっ! はっ!」

佐々成経は愛馬の腹を蹴りつつ、津島上街道をひた走っていた。

鎌倉時代から萱津宿と津島を結ぶ道として発達してきた由緒正しき街道である。

その後ろには五〇騎ほどの騎馬武者が続く。

成経の部下である『馬廻先手衆』である。

馬術も弓術も白兵戦も、なんでもござれの下河原織田家の最精鋭部隊だ。

領内から腕に覚えのある者を特に選りすぐり、士分と俸禄を与え、実に月の半分を訓練に費やしている為、その練度は桁外れに高い。

ちなみにもう半分はつやの護衛や、清州城の 警邏(けいら) である。

そして今回、彼らがつやから賜った任務は、

『津島に急行し、上陸しようとしている敵がいたら阻止しなさい』

である。

すでに敵の先発隊が出撃している可能性は十分にあり得る。

現在の兵力的に、万が一にも橋頭堡を築かれるわけにはいかない。

まさに一刻を争う事態であり、だからこそ、全員が住居を清州城下に構え不測の事態にも即応でき、かつ機動力も高い馬廻先手衆にはぴったりの任務と言えた。

「成経、急ぐのはわかるが、いくらなんでも飛ばしすぎだ。馬が潰れるぞ」

隣から叱責が飛んでくる。

そこにいたのは、父成宗によく似た老齢の偉丈夫だ。

名を佐々宗長、成宗の年の離れた弟で、つまり成経にとっては叔父にあたる人物である。

「いざ戦いになった時、馬が潰れていては意味がなかろう」

「へいへい、わーってるよ」

「なんじゃ、その返事は!? ほんとにわかっておるのか!?」

「だからわーってるって」

「まったくお前と来たらいつもいつも人の話を……」

そして父同様、この叔父も口うるさく、成経は心から辟易していた。

まさに目の上のたん瘤というやつである。

鬱陶しい事この上ない。

(ったく、なんで姫さんはこんな奴を馬廻先手衆の軍目付にしたんだよ)

思わず内心で愚痴ってしまう。

まあ、実際のところ、すでにつやには訊いていて、

『暴走しがちなあんたの御目付役にはうってつけの人物でしょ』

と笑って返された。

めちゃくちゃ不服である。

とは言え、今回に限れば言っていることはもっともである。

急ぐあまり馬が潰れては元も子もない。

深呼吸するとともに手綱を引き、馬足を遅めたその時だった。

「っ!?」

ぞわっと背筋に特大の悪寒が疾り、ぶるっと身体を震わせる。

「な、なんだ!?」

思わずキョロキョロと周囲を見回す。

だが、周囲にはのどかな田園風景が広がるばかりで、敵らしき存在は全く見当たらない。

「どうした、成経」

「いや、別になんでも……」

ねえ、と言いかけて、成経はハッとなる。

本当に、そうか?

思わず自問自答する。

(くそっ! どっちだ!?)

これが成経の嗅覚がかぎ分けた危機なのか、ただの勘違いなのか、判断が付かない。

最近、この手の勘が外れに外れているだけに、自信が持てないのだ。

もう一度、先程より注意深く周囲を観察してみる。

だが、やはり違和感はない。

街道には自分たち以外には往来する者はいない。

田んぼには農夫がいるだけ。

道の脇に生えた木々も入念に一本一本確認するが、人が隠れている様子はない。

うん、やはりただの勘違いとしか考えられない。

そう思いかけたところで、

『下手の考え休むに似たり』

『言葉で考えてる時点でもうそれは勘じゃないのよ』

『あんたみたいな感覚派は、何かを判断する時、考えなくていいのよ。感じなさい!』

不意に脳裏に、先程つやに言われた言葉が次々よぎっていく。

(俺は今、ごちゃごちゃ色々考えていたな)

瞬時に答えを出そうとしていなかった。

つまり今、時間をかけて考えて出した答えは、勘で導き出したものではないのだ。

『どういう時に勘が外れるのか、勘が働かないのか、そっちを突き詰めるべき』

そんな事も、つやは言っていた気がする。

その時、自分はどう答えた?

(そうだ、感情的になってる時と、功を焦った時だ)

今はそのどちらでもない。

ならば今は、先程のぞわっとした感じを信じるべきということになる。

「おい、さっきからどうした、成経!? いきなり馬を止めて」

「叔父貴、ちっと黙っててくれ」

「なっ!? それが心配する叔父に対して言う言葉か!?」

「うるせえ! 今はそれどころじゃねえんだ!」

「む、むぅぅ」

成経の剣幕に、宗長もただ事ではないと感じたのだろう。

いかにもしぶしぶといった様子ではあるが、押し黙る。

よし、これで集中できる。

「考えるな、感じろ、か」

そう言われたところで、考えないというのがそもそも難しい。

自分が考えない時とはどういう時だろうか?

(鍛錬で刀を振っている時や、弓矢を射っている時だな)

すぐに思い至り、成経は腰に 佩(は) いた太刀を抜き放ち構える。

目を閉じ、ただ太刀に意識を集中する。

「ふううううう」

息を吐くとともに、波立っていた心の湖面がたちまち凪いでいく。

今ならいける!

そんな確信の下、成経はカッと目を見開き――

ぞわっ!

再び背筋に怖気が疾るのを感じる。

明鏡止水の境地に至っていたからか、今度は先程よりもはっきりと、その方向まで感じ取ることができた。

「こっちだ!」

叫ぶや、成経は馬を回頭させ、走り出す。

「お、おい、成経、いきなりどこへ行く!?」

「敵んところだよ! こっちだ! こっちに敵がいる!」

「なにぃっ!? 真か、なぜわかった!?」

「勘だよ!」

具体的に何がどうしてそう感じるのかはわからない。

言葉にはとてもできない。

ただ、 わかる(・・・) のだ。

この方角に嫌な気配がある、と。

頭ではなく、自分の五感がそれをはっきりと感じ取っているのだ。

だから叫ぶ。

「馬廻先手衆! 今はとにかく俺についてこいっ!」