軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三四話 天文十一年三月上旬『清州の戦いその伍』柴田勝家side

「牛印だ! あれは味方である、絶対に攻撃するな!」

朝もやの中、前方に現れた軍勢を確認し、柴田勝家は鋭い声を飛ばす。

ざっと見るところ、だいたい五〇人強といったところか。

その中に一人、戦場にはあまりに不似合いな赤い一二単衣を着た少女の姿をとらえる。

「無事だったか」

ひそかに胸を撫で下ろす。

戦場であれば、女子どもであろうと、肉親であろうと、敵であるなら容赦なく叩き斬る。

ためらえば、味方を危機に陥らせるだけ。

そう覚悟を決めている勝家ではあるが、そうは言ってもやはり、女子どもが悲惨な目に遭うのは心が痛むものだ。

見知った者であるならなおさらである。

とりあえず見たところ怪我もないようでなによりであった。

「っ!」

思わず勝家は目をみはる。

軍がすれ違う瞬間、つやがこちらを見てにっこりと微笑み、片目を閉じてみせたのだ。

自分は一際身体がでかい。

その上、軍の先頭に立っている。だから自分に気づいたことそのものに違和感はない。

ただ、戦いの真っ只中、それもがっちがちに緊張するはずの初陣だというのに、茶目っ気たっぷりにそんなことをやってのける。

「男でもそうそういないぞ、ここまで肝の据わった者は!」

自分に怯まず気さくに声をかけてきたり、「鬼」を見ても態度を変えなかったり、ただの女子ではないと思っていたが、これはさすがに規格外である。

まるで歴戦の将のごとき落ち着き方であり、余裕ではないか!

「これは男として負けてられんな」

そう口にしてから、勝家は思わず苦笑いを浮かべる。

事前に聞いていたつやの策を思い出したのだ。

そんな思考では、まさしく彼女の術中に陥るのだろう、と。

それこそ――

「ふっ、まんまと引っ張り出されてきたか」

今まさにつやの軍に釣り出されて、前方に現れた信友勢のように。

「まあ、多少同情はするがな」

つやの大音声の罵倒は、勝家のいた場所にもこれでもかと響いてきていた。

女にあそこまで罵倒されたら、男として、一軍の将として、出撃しなければ面子が立たない。配下の信を失う。

そして逃げる敵を喜び勇んで追撃したら、何倍もの兵が包囲の陣形を敷いて待ち構えているのだ。

男の矜持につけ込んで罠にハメる。なんとも嫌らしい策だ。

もっとも、これは最高の褒め言葉とも言える。

命を賭けた戦いに、卑怯もへったくれもない。

相手の嫌がる事をするのが、戦術の基本中の基本にして奥義なのだ。

何をしても勝てばいいのである。

「さて、俺も自分の仕事をするとするか」

言いつつ、勝家は愛馬にまたがる。

柴田党は、先の安祥合戦の働きを評価され、此度の戦では有難くも信秀軍の先鋒を賜っていた。

先鋒は軍の先頭に陣取り、矢の雨をかいくぐって敵へと近づいていくという最も危険な任務であるが、だからこそ家中でも勇猛と評された者だけが任される誉れでもある。

本来であれば、父であり現柴田家当主の勝義が指揮するところであるが、現在病床の身であり勝家が代理で指揮を任されていた。

若輩だからとて、下手な戦をして柴田家の名を落とすことだけは避けねばならない。

勝家はすうううっと大きく息を吸い込み、

「刻は来た! 敵は織田信友! 守護代の身でありながら、主君であらせられる尾張守護斯波義統様を弑した大罪人である!」

敵の「悪行」を喧伝する。

大義名分は、戦において極めて大事である。

人は正義の側に立ちたがる。

人は自らに正義があると思えば、奮い立つ。

人は正義に酔えば、簡単に無情で冷酷な虐殺者になれる。

「信友は信秀様の妹君おつや様の策にハマり、我らが三方から囲む場所へとまんまと誘い出された! 見ろ! 待ち構えていた我らの姿に敵兵たちは慌てふためいておるわ!」

勝家はビシッと槍の穂先を敵勢へと向ける。

まだ距離はあるが、強い動揺の気配がありありと伝わってくる。

これだけ露骨なら、兵たちも勝家の言葉に嘘がないことがわかったはずだ。

「正義も勝機も我らにあり! さあ、槍を構えろ!」

叫び、勝家は振り返り、自らの家来たちの顔を眺める。

皆、気合の乗った眼をしていた。

士気は上々である。

戦の兵の大半を占めるのは農民だ。

戦いの専門家ではない。

だからこそ、危険な敵陣に突っ込ませるというのは、なかなかに難しい。

死ぬのはごめんと怖気竦む彼らを、こいつについていけばなんとかなるかもしれない、手柄を挙げられるかもしれないと乗せなくてはならない。

それが先陣に求められる務めであった。

これならいける! そんな確信に勝家はニッと口の端を吊り上げ、再び大きく息を吸い込む。

「これより逆賊信友を討つ! かかれーっ!!」

「「「「「おおおおおおおっ!!」」」」」

勝家は槍を突き上げ馬を駆りながら号令を下すと、柴田党二〇名が勇ましい鬨の声とともに付き従う。

さらにその後ろには、前田党、内藤党、青山党と続く。

あっという間に敵との距離が縮まる。

この距離なら、敵兵たち一人一人の顔がよくわかる。

皆一様に恐怖に顔が歪み、完全に浮足立っていた。

「うおおおおおおおっ!!」

咆哮とともに槍をブンブンと派手に振り回しながら敵勢へと突っ込む。

「ひっ!」

「きたっ!」

「どけ! 俺は逃げる!」

今の信友勢に、勝家の気迫と勢いに抗するだけの士気はもはやなかった。

まだ槍を交えてもいないというのに、すっかり恐慌状態に陥り、逃げ惑い始める。

「せいっ!」

気合の声とともに、勝家は手に持っていた槍を一閃する。

馬の突進力と自らの剛力で、三人ほどまとめて無理やり胴体を真っ二つにする。

弱者を殺すのは趣味ではないが、戦は敵の心を折ることこそが肝である。

実際、戦において死者の数は両軍合わせても一割に満たないのが常だ。

要は敵兵を怖気づかせて退かせたほうが勝ちなのである。

だからこそ、圧倒的な力でねじ伏せる。

そうやって、こいつには勝てない! 勝てるわけがない! と強烈に印象付け、敵に逃げるしかないよう仕向けるのだ。

「さあ、俺の槍の錆になりたいやつはどいつだぁっ!」

その為なら、勝家はいくらでも「鬼」になる。

一切の容赦をせず人を斬り続け、強烈に恐怖を植え付ける。

それが最善ではなくとも、戦を下手に長引かせず、犠牲者を減らせると信じて。