軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三二話 天文十二年七月中旬『半分』

朝もやが白く立ち込める中、ガチャガチャという重く鈍い音とともに、数十人ほどの鎧武者の集団が現れる。

夜間の、しかも矢作川を渡河しての行軍だ、武士たちの顔には疲労の色が濃い。

そんな彼らを、わたしはにっこりと笑顔で出迎える。

「お待ちしておりました。無事到着なされたようで何よりです」

「城門までわざわざのお出迎え、痛み入ります。貴女様が『織田の鳳雛』おつや様で相違ござらぬか?」

武士集団の中から一人の武士が進み出て、問うてくる。

年の頃は三十半ばほどか、他の武士たちに比べ、上等な鎧を身にまとい、兜の意匠もなかなかに凝ったものである。

彼がこの一団の将と見て間違いないだろう。

「ええ、ご大層な二つ名すぎて、正直荷が勝ちすぎているとは思いますが、そのつやです」

「お初にお目にかかる。申し遅れました。拙者、上和田城主、松平忠倫でござる」

わたしが頷くと、将――忠倫殿が深々と頭を下げる。

「あの方が」「あんなに小さいのか」「可憐だ」といった感じに後ろの一団からもどよめきが起こっていた。

いったいどんな尾ひれはひれついた噂になっていることやら。

まあ、そんなことはどうでもいいか。

「頭をお上げください。この度はわたしの無理な要請を了承し、城を放棄して撤退してくださったこと、心より感謝致します。その決断のおかげで、織田家は窮地に陥らずに済みました」

この言葉はお世辞抜きの本音である。

実際、忠倫殿に抗戦を選ばれていたら、織田家としては非常に面倒な事態に陥っていたのだ。

敵が万全の布陣を敷いているところに、矢作川を渡河して危険な後詰めを行うか、あるいは求心力の低下を承知で窮地の味方を見捨てるか。

忠倫殿が恥を忍んで早々に撤退を決断してくれなければ、間違いなく、そんな最悪の二択を迫られるところだった。

「はははっ、今をときめく織田の鳳雛に、あんな起請文まで付けて懇願されたら、否とは言えませぬよ」

苦笑とともに、忠倫殿が肩をすくめる。

ああ、やっぱり あれ(・・) が決断の決め手になったのか。

「して、起請文にある通り、拙者の身分や領地を、信秀殿に掛け合って頂けるのですな」

「ええ、もちろん」

わたしが強く要請したことだしね。

それぐらいの責任は当然、負うべきだろう。

だが、その程度で、忠倫殿を説得できるはずもない。

本題は――

「そして、それが受け入れられぬ時は、自らの領地の半分を拙者に割譲してくださる、と」

「素戔嗚尊様に誓った通りです」

「それを貴方様の口から直接聞けて安心致しました」

わたしが迷いなく答えると、忠倫殿がホッと安堵の吐息をこぼす。

彼とてわたしが、素戔嗚の巫女を標榜していることは知っているはずだ。

そのわたしが、素戔嗚に起請文で誓った意味は大きい。

守らなければ、わたしのこれまで築いてきた信用や権威が瓦解しかねないからね。

まあ、自らの城と領地を放棄させるのだ。

それぐらいの確固たる保証がないと、やっぱりそんな決断には彼も踏み切れないと思ったのだ。

「しかし、領地を半分とは、随分と思い切ったことをなさいますなぁ」

「緊急を要しましたので」

しれっとわたしは言ったものだが、実際のところは石田三成が名将と名高い島左近を口説き落とす時に使った手のパクリである。

領地の半分を差し出すってのはインパクト特大だろう、と。

「いやいや、つや様は拙者の決断を褒めてくださいましたが、その決断こそなまなかな者にはできることではございませぬぞ」

「別にそれ以上の利があると判断しただけです」

まあ実際、わたしとしては領地なんて半分失っても全然かまわないものなのよね。

わたしの望みはただのんびり平穏に、美味しいものを食べて、温泉に浸かって、日々をみんなと仲良く楽しく暮らしたい、これに尽きる。

それを達成するには、五〇〇〇石(年商六億円)で十分すぎるほど。

それ以上の領地をもらっても、領民への責任やしがらみ、軍役の負担なども増えて、面倒くささがはるかに勝つ。

譲ったところで全然惜しくないものであり、それで織田弾正忠家の安泰が買えるのなら、わたしとしては安い買い物だったにすぎないのだが、

「なるほど! さすが今孔明と謳われる方ですなぁ。その智謀、爪の垢でも分けて欲しいぐらいでござる」

またなんか過大すぎる勘違いをされた気がする。

まあ、領地半分失ってもいいって思考は、そうそう理解もされないと思うから、その辺の訂正は面倒くさいのでスルーするとして。

それよりも――

「いえ、わたしなんかよりも、太原雪斎こそ今孔明かと」

とりあえず雪斎の仕掛けてきた最悪の二択はなんとか回避できたが、まだまだ予断は許さない状況だ。

今後おそらくは、今川勢は矢作川東岸に陣を敷き、上和田城を取り返しに来た信秀兄さまの軍と川を挟んで睨み合いになる可能性が高い。

あっちだって矢作川を越えて織田領を攻め込むってのは、相当のリスクがあるからね。

戦略戦術の定石に従うなら十中八九、そうなるはずなんだけど……相手はあの黒衣の宰相である。

先の織田包囲網と言い、今回の電撃戦と言い、織田勢は後手後手に回されてしまっている。

またぞろこちらの予想を上回る一手を打ってくることも、十分にあり得る。

まったくもって厄介極まりない相手だった。