軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二二話 天文十二年七月上旬『煎り酒』

「へええ、こんな感じだったんだ」

手に入れたもう一つの領地、鯏浦の海岸沿いを成経の愛馬で散策しつつ、わたしは感嘆の吐息を漏らす。

まあ、どうということはないふっつーの砂浜ではあるんだけど、前々世の頃は海になんて来る機会はなかったし、二一世紀のこの辺は住宅が立ち並ぶ住宅街である。

隔世の感を覚えるのも致し方なしというものだろう。

「ふわぁぁっ、しっかし見渡す限りなんもねえっすねぇ。こんな所に何の用っす?」

後ろで騎手をしている成経があくび混じりに訊いてくる。

荷之上の辺りは職人街や遠く見える長島など彼にとって刺激はいっぱいだったからねぇ。

それに比べると、退屈に感じるのも無理はないかもしれない。

「ああ、それはね……んっ!」

かすかに漂ってきた匂いに、わたしはぐりんっと首を思いっきり捻る。

そこには、漁師や 海女(あま) と思しき男たちが焚火を囲んで集まっていた。

これはもしかしなくても……

「ねえ」

「「「「「っ!?」」」」」

わたしが声をかけると、漁民たちが一斉にギョッとした顔になる。

まあ、いきなり武士の一団を従えた姫君に声をかけられたら、普通はそうなるよね。

それは申し訳ないのだけど、

「ご相伴に預からせてくれない? もちろん、タダとは言わないから」

焚火でぐつぐつする鍋を指さし、わたしは言う。

鍋の中にはぶつ切りされた魚がゴロゴロし、魚の出汁と味噌がブレンドされた美味しそうな匂いが漂ってくる。

焚火の周りにはアジかな? 串焼きが無数に刺されており、平たい石の上には貝がずらっと並べられている。

ううううっ、見ているだけでよだれが出そう!

わたしって海鮮にはめちゃくちゃ目がないのよね。

「な、なななっ!?」

「そ、その身なり、そのお年、も、もしや鳳雛様!?」

「最近はそう呼ばれることもあるみたいね」

「「「「「っ!? ははあっ!!」」」」」

その場にいた漁民たちが、一斉にその場に平伏する。

うーん、あんまり恐縮されるのは好きではないのだけれど、最近、巷で出回ってる噂を考えるとこういう扱いも仕方ないか。

「 面(おもて) をあげて。それ、わたしたちにもちょっと分けてほしいだけだから。ちゃんと銭も支払うし」

「そ、そんな!? 鳳雛様から銭をとるなど滅相もない。た、ただで差し上げます」

漁民たちの代表と思しき男が、ちょっと引き攣った愛想笑いを浮かべつつ言う。

ここでそれを言葉通りに受け取っていては、為政者失格である。

「それはダメ。牛一」

「はっ」

わたしが振り返ると、牛一が心得たように皮袋を取り出し、差し出してくる。

今回のメンバーの財布係は彼である。

まあ、妥当な人選であろう。

成経や一益に預けたら、その日のうちに賭場に駆り出しかねないしね。

「一貫文、彼に渡してあげて」

「いっ、一貫文!?」

わたしの言葉に驚きの声をあげたのは牛一ではなく、先程の漁民の代表である。

まあ、二一世紀の貨幣価値に直すと一二万円だからね。

こんな賄い料理にそんなに!? となるのはわからないでもない。

でも為政者にとって民からの評判が大事なことは二一世紀も戦国時代も変わらない。

うちらのなけなしの食糧を収奪していった、なんて噂が流れてもことだし、太っ腹なところを見せておいたほうが無難だろう。

「さ、さ、さすがに頂きすぎかと……」

「なら今あるもので追加で色々作ってくれる? 家臣たちにも食べさせてあげたいし」

「へ、へい! おい、お前ら!」

「お、おう!」「わ、わかった」

漁民たちが慌てたように動き出し、即席海鮮バーベキュー大会が始まった。

家臣一同、馬を降り、早速焚火の周りに群がっていく。

わたしは姫なので、少し離れた砂場にゴザを敷いて、一応は行儀よく座って待っていると、

「ほ、鳳雛様、料理が出来上がるまで、よ、よろしければこちらをお召し上がりください」

健康的に焼けた肌が印象的な海女さんが、スッと皿を差し出してくる。

えっ!? これってまさか……

「刺身!? えっと、鯛かしら?」

「は、はい! 今日、ちょうど獲れたので、ぜひ鳳雛様に、と。縁起物でございますし、お納めいただければ」

「ありがとう! 有難くいただくわ」

思わずわたしは満面の笑みとなる。

二一世紀ではもはや刺身はいつでも食べられる品ではあるが、冷蔵技術が未発達な戦国時代では、まだまだ漁港の近くぐらいでしか食べられない幻の逸品なのだ。

熱田でなら食べられるらしいんだけど、あの時はバタバタして結局食べ損ねたのよね。

二年越しの悲願がついに!

「は、はい! ではこちらに漬けてお召し上がりください」

言って、海女さんが小さな茶碗も差し出してくる。

中にはわずかにオレンジがかった透明な液体が入っている。

色合いからして出汁かしら? 正直、うち自慢の牛印の醤油で食べたいところだったけれど、まあ、勧められたからには一度は試すのが礼儀というものだろう。

とりあえず出汁? に刺身をくぐらせて、あ~んと口の中に放り込む。

「~~っ!!」

さすが獲れたて!

弾力があってぷりっぷり!

生臭さもまったくない。鯛の上品な淡い味が口の中に広がる。

しかも、この漬け汁がまたいいのだ。

最初に少しつんとした酸味の後にほのかに出汁が香る。

醤油より味が薄く、だからこそ鯛の上品な甘みをしっかり感じ取れる。

これ、めっちゃいいじゃん!

……けど、目新しさよりはむしろ懐かしさを覚えるのよね。

これってもしかしなくても……

「煎り酒、よね。へえ、こんなに合うのね」

思わず感嘆の声が漏れる。

煎り酒――

昆布を日本酒に漬け、しっかりと出汁をとってから梅干しを加えて煮詰め、最後に鰹節を加えてちょっと煮立てた汁を濾しとった調味料である。

室町時代ぐらいから万能調味料として使われて、わたしも前々世ではよく食していた。

しかし醤油の普及とともに江戸時代中期には廃れてしまったと言う話だったのだが……

「もう一つ、頂くわね」

確認したいことがあり、わたしは再び鯛の刺身を煎り酒に漬けて、口の中に放り込む。

うん、やっぱり凄い美味い!

好みは人それぞれなんだろうけど、正直わたし的には白身の淡い味の刺身には醤油より合うかも。

素材の味がよりはっきり堪能できるのよね。

「は~~、ホント美味しい~♪」

一枚、一枚、噛み締めるように食べていく。

いやもうほんと口の中が幸せすぎる。

我が人生に一片の悔いなし! ってのはさすがに言いすぎか。

でも、戦国時代に舞い戻ってから二年近く、一度も刺身を食べていなかったのだ。

そりゃそれぐらい感極まるというものだった。

「お待たせしました」

そしてちょうど刺身を平らげたあたりで、あら汁とアジの塩焼きが運ばれてくる。

う~ん、こちらも美味しそう!

まずは味噌汁を一口。

「うん、美味しい!」

いろんな魚の出汁が出て、いつものゆきの味噌汁も大好きだが、こっちはこっちでめちゃくちゃうまい。

ついでわたしはお目当てだったアジの塩焼きをほぐして、口の中に放り込む。

「う~ん、これまたデリシャス!」

身が引き締まっていて、旨味も強い。

さすが獲れたて!

「で、でりしゃす!?」

ああ、しまった。

つい口走ってしまったけど、戦国時代にはない言葉だった。

「いえ、なんでもありません」

「そ、そうですか。その、お、お味は大丈夫でしょうか? こんな塩振って焼いただけの粗雑な料理、果たして姫様のお口に合うかどうか……」

「なに言ってんの。それがいいのよ!」

これだけ鮮度が高いのなら、下手な味付けはもはや邪魔!

むしろ塩だけだからこそ、素材の良さを純粋に楽しめるのだ。

「むしろわたし、その塩を目当てでここに来たんだから」

「? 塩がご入用で? それでしたらこんな田舎より熱田や津島でお買いになればよろしいのでは?」

「買いたいんじゃない。作りたいの」

「へ? 作る!? 鳳雛様がですか!?」

漁民が驚く。

どうやらわたしが手ずから作るとでも思ったらしい。

まあ、この時代の塩って、何度も何度も海水を汲んでは砂浜に撒き汲んでは撒き、太陽熱と風で乾燥させ、その砂をまた海水に溶かし、塩分濃度の高くした『かん水』にして、それを何日も煮詰める、という過酷な重労働だ。

こんな十にも満たぬ子どもに出来ることではない。

だが、わたしは頷く。

「うん、かん水ぐらいまではひとりでに作られるようにしようかなって」

「ええっ!? ひとりでにですか!? いくら鳳雛様でもそんなことは……」

「それができるのよね」

ニッとわたしは口の端を吊り上げる。

塩は命の源である。

二一世紀の日本だと簡単に手に入りすぎるし、むしろ塩分過多による健康被害のほうがクローズアップされててピンとこないかもしれないが、人は塩を取らねば生命活動を維持できない。

絶対に必要なもので、そう大量に作れるものではなく、かつ腐ることもない。

つまり極めて重要な戦略物資であり、だからこそかの武田信玄は、とにかくしゃにむに海を求め続けたのである。

それを大量にほとんど自動で作れるようにすれば……これまたボロ儲け間違いなしだった。

「だから後でいいんだけど、ちょっとこの辺の土地を案内してくれないかしら」

どういう土地がわたしの考えている塩作りに適しているかは頭に入っているけれど、実際の今の地形がどうなっているのかわたしは知らない。

この辺はやはり実際にその土地に住んでる人間に聞くのが一番だ。

こうしてわたしは最高の獲れたて海鮮料理と土地の案内人をゲットしたのである。

いやぁ、特に煎り酒はほんと発見だったわ。

醤油に駆逐されたからって侮っていたけど、まさかこんなに鯛の刺身と合うなんて!!

あの淡さは、赤身はいまいちな気がするけど、ヒラメみたいな白身やイカ、貝なんかでも試してみたいかも。

絶対美味しいぞ!

というわけで実に幸せな一日でございました。

ご馳走様!