軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 天文十二年五月下旬『戦の申し子』

「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」

荒々しい鬨の声が、辺り一帯から立ち昇る。

数千という兵士たちが大地を鳴動させる。

遠く剣戟の音とともに、かすかに血の臭いを風が運んでくる。

「殺さずにおいてやった恩を忘れて、朝倉の犬に成り下がるとは、土岐氏嫡流も落ちたものよ」

金鶏山の山頂にそびえる大桑城を睨み、そう毒づいたのは斎藤道三である。

一介の商人から身を興し、権謀術数の限りを尽くし、ついには主君にして守護であった土岐頼芸を追放し、美濃国(岐阜県)をほぼ手中に収め、『美濃の蝮』とも恐れられる梟雄だ。

一方、大桑城に立て籠もるのは、 土岐頼充(ときよりみつ) 。代々美濃守護を務める土岐氏嫡流の男子である。

そして道三にとっては、お互い父の代から美濃の覇権を巡って相争った因縁の敵でもあった。

一応、主筋の嫡男という事もあり、殺さず美濃からの追放にとどめたのだが、それがあだとなった。

越前(福井県)の朝倉氏や近江国(滋賀県)の六角氏の支援を受け、故国を取り返さんと幾度となく侵攻してくる。

まったく鬱陶しい限りであった。

が、

「ふん、家柄しか取柄のない阿呆の分際で、儂に敵うとでも思うたか」

所詮は道三の敵ではなかった。

南の織田家と同盟を結べたことも大きい。

織田家が敵に回り、北と南から攻められては厳しい戦いを強いられたであろうが、朝倉家だけならなんとでもなる。

実際、道三は次々と土岐家側に付いた城を落とし、今やもう残るは敵の本拠地であるここ大桑城のみである。

ここさえ落とせば、二〇年以上にも渡った因縁にも、ようやく蹴りがつくのだ。

そしてすでに二の丸、三の丸は制圧し、後は本丸のみ。

落城はもはや時間の問題と言えた。

「残心」

幼くも覇気のある声が、端的に冷や水を浴びせてくる。

残心――すなわち勝ちがほぼ決まっても心を残しておけ。

油断せず、完全に危険が排除されたと確信できるまで気を抜くな、という兵法の基本的な心得である。

「ははっ、これは一本取られたのぅ」

「ふん、嘘をつけ。どうせまた俺を試していただけであろう?」

少年がつまらなげに鼻を鳴らして吐き捨てる。

年は一〇歳、戦場にいるにはあまりに似つかわしくない年齢である。

また一国の支配者に対し、極めて無礼で生意気であり、これまた異質極まりない。

だが、

「かかかっ、相変わらず聡いな、吉法師殿は」

道三は気にした風もなく、むしろニヤリとほくそ笑む。

人の上に立たんとする者には、これぐらいの傲岸不遜さが必要だからだ。

「そういう義父殿は相変わらず 狸(たぬき) だな」

「くくっ、誉め言葉と受け取っておこう」

「ああ、褒めている。で、その海千山千の狸に聞きたい」

そう言いつつも、吉法師の眼は道三ではなく、戦場となる金鶏山を瞬きすら惜しむように睨み据えている。

吉法師たっての願いで連れてきたのだが、わずかも見逃すまいという気迫と集中力をひしひしと感じる。

察するに、いま 巷(ちまた) で話題の『織田の鳳雛』への嫉妬と対抗心か。

若いと言えば若いが、向上心につながっているのだ。いい傾向だった。

「ふむ、何かのぅ?」

興味深げに眉を上げ、道三は問い返す。

この才気煥発な少年が何を問うて来るのか、素直に好奇心が湧いたのだ。

「この戦で義父殿の出す指示は、俺ならこうするというものばかりだった」

「ほうっ!」

道三は思わず瞠目する。

道三は自らの事を結構な戦上手であると自負している。

事実、美濃奪取において、これまで大小様々な戦を経験し、さすがに負けなしとまではいかないがだいたいの戦では勝利をつかんできた。

吉法師はこれが初めての戦である。

そんな右も左もわからぬはずの状態で、自分と同じ手を見出し続けられる。

本当だというならば、恐るべき才の持ち主だと言わざるを得ない。

実に頼もしい婿殿だと思ったが、吉法師の本領はこれからだった。

「だが一つだけ解せぬのは、義父殿が指示を出すのが、俺がここだと思った時より、遅いのだ。あれにはどういう意図がある?」

「っ!? 遅い……じゃと!?」

震える声で、道三は思わず問い返す。

いくつもの仮面を使い分け、本心を隠す彼であるが、これはまったくの素である。

「ああ、具体的には、だいたい息を百回吐くほど、だな」

「…………」

これには絶句し、道三もただただ息を呑むことしか出来なかった。

戦において指示の的確さと迅速さは、戦の勝敗を左右する極めて重要な要素である。

そこで自分を上回っている!?

戦場に出ることすら初めての、わずか一〇歳の子どもが!?

あり得なかった、あり得ていいはずがなかった。

「義父殿?」

しかし、この吉法師のキョトンとした様子から見るに、おそらく嘘ではない。

さすがに彼も自分が歴戦の戦巧者である義父に将としてすでに勝っているなど、露ほども思っていないのだろう。

何かきっと自分のあずかり知らぬ深い思慮があるに違いない。

そう信じ、問うてきているのだ。

「ふっ、ふふふ……」

背筋にかつてない戦慄を覚えながら、道三はもう笑うことしか出来なかった。

まさに戦の申し子というしかない。

今でこれなら、いったいどれほどの傑物に育つのか?

(こやつは本当に、この戦国の世を終わらせるべく、天より派遣された者かもしれん……)

確かに今はまだ、織田の鳳雛のほうが巷を賑わせてはいるのだろう。

だが、この男も負けてはいない。

必ずや彼女に匹敵する存在としてその名を日ノ本全土に轟かせる。

そういう期待と確信の笑みだった。