軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話 天文十二年五月中旬『四天王の一角』

「大漁、大漁♪」

新加入の家臣たちのリストを確認しながら、わたしはにまにまほくそ笑む。

前回の家臣募集時にはまだ女なんかに仕えられるか、という面もあったのかもしれない。

だが市江川の戦いが鮮烈だったのか、今回の募集にはかなりの人が集まってくれた。

有難い限りである。

実に一ヶ月に渡り、選考に選考を重ね、今回の登用はなかなか粒揃いだったように思う。

「中でも市川大介、林弥七郎、浅野長勝、この三人は拾い物ね」

マイナーと言えば極めてマイナーで、二一世紀においては知名度皆無な武士たちであるのだが、いずれも信長公記に弓の達人として名を記された者たちである。

「はっ、三人とも実に優れた弓の使い手でした」

歯に衣着せぬ牛一でさえ、手放しで称賛するほどに。

物語的には刀や槍での白兵戦が見栄えがよいが、当時のイメージでは武士とは弓で戦う者というものだったりする。

実際、今川義元や徳川家康は、刀でも槍でもなく、「海道一の弓取り」なんて呼ばれてるしね。

先の市江川の戦いでも、敵将服部友貞を討ち取ったのは成経の矢だし、一向宗の侵攻を水際で食い止める際にも、牛一率いる母衣衆や成経率いる馬廻先手衆など、弓馬の扱いに長けた連中が大いに活躍してくれたのは記憶に新しい。

今は一応の小康状態とは言え、一向宗や松平家との間には遺恨がくすぶっている。

戦なんてしたくはないけれど、万が一に備え戦力は増強しておくに越したことはないのだ。

「ただ、杉原定利という者を姫様が採用を強く推したのは少々、意外でした。正直、見るべきものがない愚鈍な人物という評価でしたので」

「あはは、辛辣ね」

少し引き攣り気味に、わたしは苦笑する。

牛一がうちに来てはや二年近くになるが、歯に衣着せぬ物言いは健在である。

「彼を採るぐらいならば、他に採るべき人材はいくらでもいたと思いますゆえ」

「癪だが、今回に限れば俺も同意見っすかね」

つまらなげに舌打ちしつつ、そう肩をすくめたのは成経である。

珍しい。

水と油、犬猿の仲のこの二人が意見一致するなんて、そうそうないのに。

「正直、あいつからは何も感じなかったんで」

成経らしい言い草である。

勘働きのいい彼にも、選考には同席してもらっていたのだ。

歴史的には無名でも、いい人材を掘り出してくれるかもってね。

本人はすごく面倒臭がっていたけど。

とりあえず、杉原定利君は彼や牛一のお眼鏡にはかなわなかったらしい。

実はじぃの評価も芳しくはなかった。

まあ、それも仕方ないか。

「彼を採ったのは、彼自身が欲しかったわけではなく、全く別の理由からよ」

なので。

本人は全然著名でもなんでもないし、何かを為したわけでも全然ないんだよなぁ。

実力も相応ということなのだろう。

もう少し頭はいいのかなって思ってはいたが、想定の範囲内である。

「別の理由、ですか? 特に人脈があるとかそういう感じでもありませんでしたが」

牛一がいぶかしげに眉をひそめる。

わたしの言う理由にまったく見当がつかないらしい。

「まだ内緒。でも、この布石が後々、我が下河原織田家に幸運を運んでくる、かもね」

わたしはピッと人差し指を口元に当て、悪戯っぽく笑ってはぐらかす。

まあ、まだ生まれてもいないしね。

実はわたしが目を付けているのは杉原定利本人ではなく、その 娘(・) だったりする。

その娘の名は、ねね。

後の北政所、いわゆる秀吉の正妻となる女性である。

とても豪胆で賢明な女性であったとされ、秀吉が戦地に赴いている間は留守を預かり長浜城代として政務をきっちり担当し、また加藤清正に福島正則、石田三成などなど、後の豊臣政権で重鎮となる人物を養育するなど人材育成能力も極めて高い。

秀吉の戦国一の立身出世の裏に、彼女の多大なる内助の功があったのはもはや疑いようがない。

将来、浮気性の秀吉の下に嫁がせるかどうかはともかく、今から唾だけはつけておきたい女傑であった。

ちなみに、領内の中村で右手が六本指の子どもがいることも、すでに下柘植衆によって確認済みである。

現在、数えで七歳。

今から将来が楽しみだった。

「姫様、ご歓談中のところ、失礼致します」

そこにパタパタと足音とともに、背後から女中のあきの声がした。

清須に移って居館も新築してけっこう広くなったので、新たに雇った娘である。

尾張国丹羽郡小折を治める土豪、生駒家宗の娘で、年は数えで一六歳。

生駒家宗の娘というと、信長の一番の側室、生駒吉野が思い浮かぶけど、年も近い気がするけど、まあ、名前が吉乃でも類でもないし、問題ないよね。

生駒氏は馬借――いわゆる運送業を生業としている商業的性格の強い土豪で、商品開発に力を入れてる我が下河原織田家としては、是非とも繋がりを強化しておきたい家でもあり、渡りに船と採用した次第である。

「来客? だれ?」

振り返りざま、わたしは問う。

あきはこれがもうびっくりするぐらいの美人で、礼儀作法もしっかりしているので、来客の応対を主に任せている。

彼女が来たということは、つまりそういうことなのだ。

「柴田勝家殿が参っておられます。至急、姫様にご確認がしたいことがある、と」

「勝家殿が? ……すぐお通しして」

最近は『織田の鳳雛』が広まって、来客の応対は午前中だけ、人数も一〇人までと基本的にはしているのだけれど、彼は例外である。

ほんの少しだけ返事に間があったのは、先日ちょっと大泣きした姿を見せていただけに、ちょっとだけ会うのが気まずかったのだ。

でも至急の案件となると、そうも言ってられなかった。

「突然の来訪、申し訳ございませぬ」

大きく腰を曲げて鴨居をくぐって現れたのは、身の丈六尺(一八二センチ)にも届こうかと言う巨漢である。

なんかまた身長伸びてない、このひと?

もしかしなくても、このままいったら史実(一八五センチ)よりも大きくなりそう。

家臣たちの親睦の為、うちの屋敷では頻繁に食事会を開いているのだが、そこで栄養たっぷりの食事を食べているからだろうか? たんぱく質も豊富だしなぁ。

「勝家殿を相手に閉ざす門など、この屋敷にはございませんから、お気になさらず」

世辞ではなく、これは本心である。

柴田勝家殿は、まだ弱冠数えで一七歳ながら、第一次安城の戦い、清州の戦い、そして市江川の戦いとで並々ならぬ戦功を挙げ、今や「鬼柴田」や「今張飛」といった二つ名で知られる猛将である。

先日の論功行賞では信秀兄さまより一〇〇〇貫の加増とともに、亡き信光兄さまに代わり、家中随一の勇将の証である皆朱の槍を持つ栄誉も賜ったほどだ。

だが決して武勇だけの人でもなく、この清須城の二番家老として政務の面でもその有能さを遺憾なく発揮してくれている。

そして、個人的にも色々、本当に色々世話になっているひとでもある。

そんな人が至急とまで言っているのだ。

会わない道理がなかった。

「寝所はともかく、この奥広間ぐらいまでなら今後は断りなく入ってこられても全然かまいませんよ?」

「ははっ、さすがにそういうわけには参りませぬ」

苦笑しつつ勝家殿はどかっとその場に腰を下ろし、畳に拳を突いて一礼する。

ほんと全然かまわないのになぁ。

相変わらず律儀で生真面目なひとである。

だが、そういうところが好ましいと感じていることも事実だった。

「で、至急の要件とは?」

わたしは早速、本題に入る。

普段ならともかく、急いでいるっぽいのに他愛無い話しても、相手にとって不快なだけだろうし、ね。

「はっ、実は歓楽街のほうで、無銭で散々遊び倒しながら、踏み倒して逃げようとした輩がいまして……」

「そりゃまた命知らずな奴もいたもんね」

二一世紀の日本に比べて、戦国時代は全てが荒っぽい。

普通に殺されてもおかしくない案件である。

「ええ、ですが、これがなかなか腕が立ちまして。追手を切り抜け、一度はまんまと逃げられたほどです」

「へえええええ! そりゃ凄い!」

わたしは思わず目を瞠り、感嘆の声を上げる。

歓楽街はあまり品性のよろしくない者も集まりやすい。

ゆえに街の各所に詰所を用意し、腕の立つ者たちを揃えて警備体制には万全を期していたのだ。

それをくぐり抜けて逃げ切った?

あまり犯罪者を褒めたくはないのだけれど、ガチ目に凄くない、それ。

「でも一度は、ってことはなんとか捕まえたのよね?」

「ええ、ちょうど下柘植木猿が当番だったおかげで、こっそり尾行し寝床を突き止められました。後は五〇人からで包囲し、捕縛した次第です」

「なるほど」

わたしは納得したように頷く。

下柘植木猿は、わたしが雇った伊賀の忍である。

棟梁である小猿の息子で、後世に記された『萬川集海』で十一人の忍術名人の一人として紹介されている達人だ。

さすがの謎の凄腕無銭飲食者も、彼を撒くことは出来なかったらしい。

「無事捕まえられたのは 重畳(ちょうじょう) だけど、それでわたしに至急の用事って?」

「その者の処置です」

「処置? 別に 法度(はっと) 通りでいいんでは?」

きょとんとわたしは目を瞬かせる。

鞭打ち刑のあと、しばらくは守山で褐炭堀りあたりかな。

これまでもそうしてきたはずで、わたしにおうかがいを立てるほどのことでもないような?

「ええ、普段ならそうするのですが、その者、滝川一益と名乗っておりまして」

「っ!?」

ぎょっとわたしは目を見開く。

え!? ちょっと待って、その名前って……

「以前、つや姫様より、見かけたら一報を入れてくれと言う一覧の中に、確かにその名があったので……」

「ええ、その中でも最優先の人物、です」

ごくりと生唾を飲み込みつつ、わたしは興奮を隠せぬ声で言う。

滝川一益の名は、戦国好きならば知らぬ者はそうそういないだろう。

戦場の駆け引き、空気を読むのが抜群に上手く『進むも退くも滝川』と称される戦上手であり、特に伊勢国攻略や甲州征伐で抜群の功を挙げたとされる。

信長の勢力拡大に大きく貢献し、秀吉や勝家殿のように方面軍司令官も任され、後に織田四天王の一角にも顕彰されている名将中の名将だった。