軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二話 天文十二年四月上旬『明日は我が身』

天文一二年四月。

尾張・三河で起きた 大戦(おおいくさ) も一段落し、わたしとしてはしばらくのんびりしたいところではあったのだが、そうは問屋が卸さないようである。

「はああああああああ。こんないっぱい領地もらっても、ねぇ」

春の昼下がり、わたし――織田つやは 脇息(きょうそく) に身体を預けて、途方に暮れたように嘆息していた。

問題にしているのは先の市江川の戦いの褒美でもらった新領地、市江島と 鯏浦(うぐいうら) 島である。

荷之上城に残っていた帳簿を確認するに、ざっと知行は三七六〇貫。

石高に直せば七五二〇石。

二一世紀日本の貨幣価値に直せば、毎年ざっと四億五〇〇〇万円!

四公六民、諸経費を抜いても、まず一億円以上は収入が跳ね上がる計算だ。

金はあって困るものではないんだけど……

「全部 輪中(わじゅう) なんだよなぁ」

やれやれと顔をしかめる。

二一世紀の学校教育でも習うけど、輪中というのは、川と川に挟まれ、堤防に囲まれた地である。

当然、洪水とか水害が多く、統治が面倒くさい土地なのだ。

しかも先の戦いでわたしがぶちかました 嚢沙(のうしゃ) の計により、被害が出ている農地も多いと、すでに報告が上がってきている。

敵地ならばともかく、わたしの土地で、わたしがやったことだ。

さすがに農民たちに補償をしないといけない。

当然、わたしへの悪感情もあるだろうし、それのケアも必要だろう。

まったく面倒臭い限りであった。

「嬉しい悲鳴ではありますが、確かに問題は山積みですなぁ」

目の前に座る白髪の老人――じぃこと佐々成宗が苦笑いする。

すでに還暦(六〇歳)を過ぎた老齢だが、まだ全然かくしゃくとしている。老いてますます盛んとはまさに彼の事を言うのだろう。

とは言えそんな経験豊かな彼にしても、我が下河原織田家が抱える難題には、頭を悩ませているようだった。

差し当って当面の問題と言えば――

「誰に任せればいいと思う?」

ここに尽きた。

清須城代であるわたしは、ここ清須城から基本的に離れられない。

なので実際の領内統治はじぃに丸投げしていたんだけど、市江島は既存の領地から少し離れたところにある。

尾張の端も端、一向衆との境目の土地でもあり、防衛上の要衝ともなる。

じぃとは別の者に任せるべきであり、順当に考えれば家臣の中で最も功績を上げている者が妥当と言えるのだけど……

「うちの出世頭って……」

「ええ、よりにもよってうちの馬鹿息子でございます」

「はははっ」

眉間にしわをよせ、痛恨極まりない顔で言うじぃに、わたしは乾いた笑みをこぼすしかない。

馬鹿息子ことじぃの次男坊、 佐々成経(さっさなりつね) は、昨年の清須の戦い、そして先の市江川の戦いで抜群の戦功を挙げた、実に頼りになる男ではあるのだが……

「奴に任せたが最後、数年で領地の経営は傾き、一揆が起きかねませぬな」

じぃがきっぱりと言い切る。

さすが父親、よくわかってるなぁ。

実際、わたしも同様の評価である。

武芸一辺倒、頭を使うことには向いてない、単細胞の戦馬鹿なのよね、成経って。

「まあ、仮に 彼奴(きゃつ) が適任であったとしても、任せるつもりはありませんがな」

「そうなの?」

じぃの言葉に、わたしはキョトンと目を向ける。

なんだかんだ子煩悩なひとなので、適任ならむしろ大出世じゃ! と大喜びしそうなものだと思っていたんだけど?

「かつて三河には、 松平清康(まつだいらきよやす) という男がおりましてのぅ」

ふいっと庭に視線を向けつつ、じぃは何かを懐かしむように言う。

「え、ええ、一応、聞き知ってはいるけど……」

いきなりなんでその名が? とわたしは眉をひそめる。

松平清康は、現松平宗家当主、広忠の父であり、後の天下の覇者徳川家康の祖父に当たる人物である。

成経と関係があるようには思えないんだけど?

「数え一三歳で当主に就任、そしてたった六年で、群雄並び立っていた三河を統一してしまった、恐るべき大将でした」

「改めて聞くと、ほんととんでもない経歴ね……」

思わずわたしは頬を引き攣らせる。

数え一三歳って、満では一二歳、つまり小学生六年生である!

そんな子どもがたった六年で、つまり十代の内に群雄割拠の混乱状態にあった三河を統一?

はっきり言って化け物というしかない。

「その後も、その勢いはとどまるところを知らず、この尾張にも攻め込んできて、瞬く間に岩崎城と品野城を落とし、守山城も陥落寸前でございましたが……」

「ええ、すんでのところで家臣だった 阿部正豊(あべまさとよ) に勘違いで殺されて、事なきを得……」

そこまで言いかけたところで、ゾッと背筋に寒いものが疾り口をつむぐ。

阿部正豊の父、 阿部定吉(あべさだよし) は、自らが汚名を被ることもいとわず、主君広忠を守り続けた硬骨の忠義の士である。

にもかかわらず当時、信秀兄さまと内通して謀反を企んでいるという噂が松平家中に流れ、阿部正豊は父が殺されたと思い込み凶行に及んだとされる。

実際は今も定吉は存命しているというのに、だ。

あまりにも奇妙極まりない出来事だが、この事件で最も得した存在と言えば――

「まさか……信秀兄さまが……?」

「そこまでは……。事の真偽についてはそれがしは知り得る立場にございませなんだゆえ」

じぃはしれっとすっとぼけたものだが、その目は至って真剣そのものである。

可能性は高い、と見ているのだろう。

状況証拠的には、確かに信秀兄さまが一番怪しいもんなぁ。

那古野城奪取の一件といい、そういう謀略が滅法得意なひとでもあるし。

「ただ一つ言えることは、此度の戦で『織田の鳳雛』の名声は、ますます高まったということです。当時の清康さえ上回るほどに」

「っ!」

思わずわたしは、ごくりと唾を飲み込む。

背筋の寒気は、さらに増していた。

「隣国が強大になることを望む者はおりますまい。指を 咥(くわ) えて見ているだけということも」

「……なるほど。確かに成経以外がよさそう」

戦慄とともに、わたしは乾いた笑みをこぼす。

実際、史実では、信長だって林秀貞殿に暗殺されかかってるし、信長自身、弟の信行を謀殺している。

戦国時代の尾張には、他にもそういう謀略がいくつも渦巻いていた。

何があるかわかったものじゃない。

前世も前々世も、殺されて終わったしなぁ。

さすがに今生こそは、しっかり畳の上で寿命で死にたい。

勘働きが鋭く、危機察知能力の高い成経には、ちょっと申し訳ないけどそばにいてもらったほうが安心というものだった。

「賢明なご判断かと」

「いえ、ありがとう。自分の認識の甘さにおかげで気付けたもの」

それこそ前世や前々世があるからか、いまいちわたしは自分を過小評価しがちなところがある。

でも、二一世紀の知識を持つわたしは、間違いなくこの世界では規格外の存在なのだ。

そしてそれは、近隣諸国に知れ渡りつつある。

その事は重々自覚をしておくべきなのだろう。

今後の我が身の安全の為にも。