軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15話 風雷帝箆鹿

夢中になって 焔熊羆(えんゆうひ) を殴っていたら、いつの間にか倒していた。巨躯が弾け煙へと変わり鈴鹿に吸い込まれる頃には、辺りを 轟々(ごうごう) と燃やしていた炎も消化されていた。

「ん~~、あっという間だったな~」

伸びをしながら身体をほぐし、感想をもらす。

「なんかめっちゃ強くなってるな。 猿猴(えんこう) にボコられてたのが懐かしいよ」

初めは倒すのに2ヶ月もかかった5区のエリアボスであるが、レベル・ステータス・スキルが成長したことにより一方的な戦いへと移り変わっていた。

毒魔法では 焔熊羆(えんゆうひ) の耐性すら超える毒を生成でき、気配遮断は 焔熊羆(えんゆうひ) に気取られることもなく、体術は 焔熊羆(えんゆうひ) の肉厚な身体を的確に壊し、見えざる手は 焔熊羆(えんゆうひ) を翻弄し手数を倍以上にしてくれる。

スキルをフル活用して挑んだ結果、 焔熊羆(えんゆうひ) は特に手間取ることもなく倒すことができた。本当に呆気なく、気づけば煙になっていた。

「うん。強くなってるのは自覚できた。けどやっぱこれだとダメだな。スキルが強化される余地がないよ」

炎の障壁で近寄れなくても毒で攻めれ、毒を追い払われても詰めて攻撃できる。一つのスキルに絞って攻撃していれば、問題を解決するためにスキルの成長を促せるだろうが、全てのスキルを使えてしまうと不利な場面は他のスキルで代用できてしまうため、その困難を乗り越えようという意識が働かない。

普通の探索者であればさらにパーティ間で助け合うため、より成長が難しいだろう。一つのスキルを成長させることはできるかもしれないが、多くのスキルをレベル上げするのは至難と言える。

「少なくとも、持ってるスキルがレベル10になるまでは頑張ってみようかな」

レベル6の壁を超えるだけでも凄いとされているスキルにおいて、鈴鹿はさらなる高みを目指すことを決めた。

「ん? 宝箱ある!!」

煙が吸い込まれてすぐステータスを見ていたため、気づくのに遅れた。モンスターを倒して出現する宝箱からは、そのモンスター由来のアイテムを入手することができる。

「開けるのは 焔熊羆(えんゆうひ) からドロップしたアイテム確認してからにしよ」

宝箱のアイテムが何か判別するために、 焔熊羆(えんゆうひ) のドロップ品を確認する。

「あ、また一式防具出た! さてさて、どんなデザインかな」

焔熊羆(えんゆうひ) の防具もブレスレットのタイプであった。 鞣(なめ) した革製のブレスレットを装備し、防具を換装する。

「今度は西洋甲冑か! うん、これも不採用!!」

燃え盛る朱色をベースとした防具は、ゲームのキャラに出てくるようなデザインをしている。防具としてはカッコよく見た目もいいのだが、この防具を付けて人前に立つ自信は無い。動きやすさの観点からも、ラフな防具の 猿猴(えんこう) の装備の方が良い。ここまでラフな防具はなかなかお目にかかれないかもしれないため、 猿猴(えんこう) の防具は大事にしていきたい。

「次は素材か。今回は武器無しなのは残念だな。ま、装備できないけど」

素材系は使い道がなく、売却も検討していないためスルーされる。

「お! また収納袋じゃん!」

続いて取り出したのは、大きなボストンバッグ。 山鯨(やまくじら) に続き、 焔熊羆(えんゆうひ) からも収納袋がドロップしたようだ。収納袋はかなり便利なアイテムであり、これほどの大きさであればとんでもない高値で売れるため、いくつあっても困らない。

「これだけあれば毎回キャンプファイヤーできそうだな。上の層に進むなら、収納袋はあるだけ助かるしラッキー!」

今は1階層のため荷物も少なくて済むが、これから2層、3層と進むのであれば荷物も増えてゆく。3つも大容量の収納袋があれば、この先困ることは無いだろう。

「あとは小魔石と、宝珠か。今回は何のスキルが得られるかなあ」

宝珠を手に取り魔力を流して新たなスキルを得る。

その瞬間、身体の底から力が湧きだすのを感じた。明確な変化。劇的な強化。

何のスキルだ? 何が起きた? 疑問を解決するため、鈴鹿はステータスを開きスキルの一覧を見た。

能力:剣術(5)、体術(9)、身体操作(8)、身体強化(10)、魔力操作(8)、見切り(8)、金剛、怪力、強奪、聖神の信条、毒魔法(8)、見えざる手(6)、思考加速(6)、魔力感知(7)、気配察知(7)、気配遮断(9)、状態異常耐性(8)、精神耐性(7)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ

「なんだ? 新しいスキルなんて……嘘だろ、身体強化のレベル10になってる」

迅夜虎豹(じんや こひょう) の宝珠で気配遮断が9になったように、 焔熊羆(えんゆうひ) の宝珠は身体強化の能力だったのだろう。

それはいい。だが、初めてレベル10に至ったスキルが、宝珠による結果というのが鈴鹿に動揺を与えた。せっかくなら自分の力でレベル10に上げたかったという思いと、レベル10のスキルを手に入れた喜びがせめぎ合い、半笑いのようなあいまいな表情となってしまった。

「え~、あーう~ん……喜ぶこと。うん。喜ぶことだよな!」

葛藤の末、鈴鹿はこの結果を受け入れた。強くなったことには変わりない。レベル9の壁をこんな簡単に超えてよいのかという思いもあるが、ダンジョンが良いと言っているのなら良いのだろう。

「それにしても、レベル10凄いな。全然違う」

身体に漲る力強さの質が違っていた。その変わりように、鈴鹿の笑みは深まる。

「これなら、他のスキルもレベル10にしたらどれだけ変わるんだろ。楽しみだ」

あと二つ。いや三つくらいはレベル10のスキルを増やしたいところだ。スキル上げに便利なエリアボスを探し出す前に、もう一つやることが残っている。

「宝箱は何が出るかなぁ~」

残っていた宝箱を開けると、煙が鈴鹿へと吸い込まれてゆく。収納を見てみれば、新たなアイテムが格納されていた。

「え、嘘。まじ? また収納袋? しかもこれ、 焔熊羆(えんゆうひ) と同じじゃね?」

得られたアイテムは収納袋。それも取り出してみると大きなボストンバッグ。見間違いかと思い収納袋を全て取り出すも、ボストンバッグは二つあった。

「倒したモンスター由来のアイテムにしても、まさか収納袋被るとは……。喜べばいいのかなんというか……」

下手に武器が出ても鈴鹿は装備できないため、使い道の多い収納袋は喜ぶべきだろう。ただ、宝珠から得られたスキルは身体強化だし、それも記念すべき初めてのレベル10に強制的に押し上げられるし、宝箱から出たアイテムはダブったアイテム。

この結果はサクッと倒してしまったせいだろうか。鈴鹿としては上手く喜べない何とも言えない結果となった。

「……うん、次いこ次」

そうして、焼け焦げた大地を後に、最後のエリアボスを探しに向かった。

行き掛けの駄賃として、鈴鹿を認識できないモンスターたちを毒魔法で倒しながら進んでゆく。途中休憩も取りながら進んでゆけば、最後のエリアボスを見つけることができた。

風雷帝箆鹿(ふうらいてい へらじか) :レベル120

立派な角を 拵(こしら) えた巨大な 箆鹿(へらじか) は、鈴鹿を 睥睨(へいげい) するように見下ろす。右側に三つ、左側に二つのある眼が不規則に動きながらも、鈴鹿を品定めするように見据えている。顎から首にかけて長い毛に覆われ、立派な髭やたてがみの様でもあった。背中にはいくつもの白い角が生えそろい、その不規則な様は骨が這い出たようにも見え、不気味に映る。毛の薄い手足には右半身と左半身に非対称な紋様が刻まれていた。

「最後は鹿か。これは期待できるな! 俺鹿肉好きなんだよね」

鈴鹿が獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべたとき、 箆鹿(へらじか) に魔力の揺らぎを感じた。

魔法が来る。気づいたときには、鈴鹿は直感に従い放たれたであろう魔法に対応する。

「『絶界』」

鈴鹿の周囲に世界を隔てる障壁が展開された。直後、展開された壁に魔法が直撃し、霧散する。魔法の正体は不可視の風の刃であった。様子見の攻撃だったのだろうが、直撃すれば重傷を負わされる程度には威力が込められていた。しかし、そんな魔法も鈴鹿の障壁には傷一つ付けることは叶わない。

「うはっ。こりゃひどい。魔力の消費でかすぎだろ」

鈴鹿の周囲を覆う結界は、聖魔法による結界である。ただし、展開されているのはただの聖魔法ではない。何度存在進化したかもわからない超越者が扱っていた聖魔法だ。その効果は絶大であり、比例するように魔力の消費も多い。

鈴鹿は一般的な探索者と比べて、ステータスは十分高い。レベル50までの一般的な探索者の1レベル当たりのステータス上昇量は、平均5と言われている。一方鈴鹿はソロ探索というリスクをとっているためか、平均で9を超えていた。そのため、同じレベル帯の探索者と比べて倍近いステータスの差が生まれている。

ただし、それは一般的な探索者と比較した場合。聖神ルノアは、それこそ鈴鹿と同じ道を辿っているはずだ。つまり、鈴鹿がこのまま成長し続けた先が、聖神ルノアのステータスなのだ。それも存在進化を何度も 経(へ) た先の。

そんな超越者が使用していた魔法が、存在進化を一度も経ていない鈴鹿が十全に使いこなせるかというと難しい。『聖神の信条』のおかげで魔法を発動するだけなら問題ないのだが、それに伴う魔力消費が尋常ではない。ステータスも足りなければ、魔力操作のスキルレベルも8では不十分なのだろう。

鈴鹿が強いのは高レベルのスキルが数多く揃っている点だ。ステータスだけで見れば、聖神ルノアからすればレベル相応という評価であろう。

先ほど鈴鹿が発動した絶界は、ルノアが研鑽を重ねた末に生み出した魔法だ。幾重にも重ね掛けされた結界に、鈴鹿では理解できない創意工夫によって効果が相乗効果を生み出した、まさに世界を 隔(へだ) てる結界である。そんな複雑な魔法を簡単に行使できるのが『聖神の信条』のスキル効果であり、それだけ複雑な魔法が魔力消費が激しくない訳がない。聖神ルノアからすれば大したことない魔力消費かもしれないが、鈴鹿からしたら無視できない量だ。

今まで鈴鹿は魔力という魔力はあまり使ってこなかった。肉体言語がメインの鈴鹿にとって、魔力は身体強化に使用することがほとんどだ。身体強化も魔力は消費するのだが、高レベルの魔力操作によって損失は少なく、体内で完結する身体強化は魔法ほど魔力を必要としない。

毒魔法による毒手も使っているが使用範囲は極わずかな両手だけのため、魔力の消費はたかが知れている。大規模な魔法など、それこそ 焔熊羆(えんゆうひ) との戦闘で使った液体の毒魔法が初めてではないだろうか。その時も魔力の消費は気になったが、ただの毒魔法であればそこまで消費は大きくない。

聖魔法でも消費の少ない防御用の結界は存在する。絶界は幾重にも魔法を重ねた複合魔法だからこそ、魔力消費が激しいのだ。

「凄いな。魔法一つとっても発想が全く違う。勉強になるわ」

聖魔法にとって、結界は基礎的な魔法だ。それでも、極めた者が使う結界魔法は全く別の魔法にまで昇華されている。かくいう鈴鹿が行使する 夜天(やてん) の毒手も、その領域に片足を踏み入れた魔法でもある。強い願望を結実するためにスキルが応える。理論的であれ感覚的であれ、どちらも向いている方向は同じである。お互いが受ける刺激は強烈なものであり、今ここにいない聖神ルノアのおかげで、鈴鹿の魔法への理解は急速に進んでゆく。

「他にも聖魔法使えるけど、全部火力高すぎるな。これとか発動して殴ればワンパンできるんじゃね?」

鈴鹿は一瞬だけ聖魔法を発動する。 聖光衣(せいこうき) と呼ばれるその技は、能力を上昇させる 加護(バフ) を与える魔法だ。うっすらと輝く法衣をまとったような姿は、神々しくもある。その派手な見た目に負けず、能力も凄まじい。こちらも絶界同様に複数のバフが練り込まれた魔法のためか、能力の上昇値がえげつない。一瞬だけの使用であっても、全能感に溢れ出るドーパミンが噴き出し酔いしれそうになった。下手な薬物よりも依存性が高そうな強力なバフである。

当然魔力の消費は激しいのだが、それ以上の恩恵を受けられる。聖光衣を発動して夜天の毒手で全力で殴れば、目の前の 箆鹿(へらじか) を一撃で煙に変える自信があるほどに。

他にも、相手の能力を下げるデバフもある。聖光衣と同程度のデバフができるのならば、考えただけで恐ろしい。恐らく聖神ルノアが戦っていたレベルのモンスターであれば、デバフが十全に機能することは少なく、レジストされていたことだろう。だが、1層5区程度のエリアボスではレジストもできず、その辺のモンスターと変わらないほど能力を下げることが可能なはずだ。

聖魔法は防御に特化した魔法である。回復、守護、浄化、加護。それらがメインのサポート寄りの魔法ではあるが、攻撃魔法も存在した。それが浄化である。

浄化は空間の浄化を行うことができる魔法だ。空間の浄化とは何を指すのかいまいちわかりにくいが、聖神ルノアが行使する浄化はたとえマグマの中だろうが極寒の雪山だろうが、人が快適に過ごせる空間に作り替える超魔法に変質している。

聖神ルノアは、浄化を快適な空間を作り出すものとしか使っていなかった。しかし、本来浄化とは死霊系やアンデッドに対して有効な攻撃魔法である。さらにそこから定義を拡大することで、カルマ値に比例して威力が変化する攻撃魔法に変化させることができた。

カルマ値とはその対象者が悪に傾倒するものか正に傾倒する者かで値を変化するもので、簡単に言えば聖者であったルノアは正に、犯罪者などは悪に傾倒する値である。そして、人に 仇(あだ) なすモンスターは悪とすることで、モンスター相手に浄化を使って攻撃することができるのだ。

聖神ルノアは、彼の信仰する教義によって行使することは無かったが、方法については当然理解しており、それについても片手間ではあるがある程度の理論も構築していた。恐らくその浄化を使えば、エリアボスである 箆鹿(へらじか) であろうともかなりのダメージを与えることができるだろう。

1層5区最後のエリアボス戦は聖魔法を主体に戦うつもりであった。けれど、先ほどの 箆鹿(へらじか) から放たれた魔法、それに絶界を行使したときに感じた己の魔力不足を受け、鈴鹿は方針を変えた。

「あの魔法、小手先じゃないだろ。最後の最後で魔法特化のエリアボスとは、ダンジョンは俺をとことん成長させたいらしい」

鈴鹿に初撃を防がれた 箆鹿(へらじか) は、警戒するように鈴鹿を見据える。

「いいね、練習だ。慣れないことは、慣れるまでやればいいんだよ」

そう言うと、 猿猴(えんこう) の防具を戻し、もともと着ていたユニ〇ロの普段着へと着替える。それは 迅夜虎豹(じんや こひょう) 戦で行ったことの再現であり、つまり 箆鹿(へらじか) の攻撃をしこたま受ける恐れがあるということを意味している。

「聖魔法は絶界だけ。あとは見えざる手でお前を倒してやる。幸い時間はたっぷり残ってるからな。付き合ってもらうぞ 鹿肉(モミジ) ちゃん」

強力な聖魔法を発動して倒しても面白くないし、成長もできない。絶界を発動したことで、鈴鹿の魔力不足と魔法への知識不足を思い知らされた。魔力不足は魔力操作のスキルを上げて補い、魔法への知識不足は絶界を使いこなすことで練習とする。

鈴鹿が浮かべた狂気的な笑みに 怖気(おぞけ) が走ったのか恐怖したのか、はたまた嘗めるなと怒りを覚えたのか、 箆鹿(へらじか) は応えるように魔法を放つ。

先ほどと同じ不可視の風の刃。しかし先ほどと異なるのは内包された魔力と量。あえて見やすいように空間が歪むようなサイズの刃もあれば、視認できないほど薄く研ぎ澄まされた刃もある。

それに対し鈴鹿は絶界を使用するが、絶界も先ほどの物とは異なる。1回目は鈴鹿を覆う様に絶界が展開された。しかし、今回は魔法のサイズに合わせた多種多様なサイズの絶界が展開されている。絶界は使用魔力が大きいため、今の鈴鹿には無駄に広く展開する余裕はない。迫りくる魔法に対し適切なサイズの絶界を調整するには、いかに魔力感知で迫りくる不可視の刃のサイズを見極められるかがポイントである。

結果、風の刃に対して過剰なサイズの絶界もあれば、全然サイズが足らずに威力を減衰するだけで終えるものもあるし、鈴鹿が感知できず絶界すら展開されず素通りする風の刃もあった。それらは容赦なく鈴鹿を襲い、身体強化すら行っていない身体を深々と切り裂いてゆく。

普通であれば即死もありえる重傷を負うが、その傷はみるみる回復してゆく。ボロボロになった服や血痕が残っていなければ、攻撃を受けたことが嘘だったかのように綺麗に治っている。だが、攻撃を受けたのは現実であり、身を切り刻まれる痛みは確かに存在した。

その痛みに鈴鹿はより一層笑みを深める。痛みが鈴鹿にとってのリスクである。痛みを感じるということは成長できる機会であり、まだまだ強くなれるということだからだ。

鈴鹿もやられてばかりではない。見えざる手を展開し、思考加速をフル活用して4つの腕を自在に振るう。しかし、風の刃で2本破壊され、振り回される角に1本破壊され、残る1本も攻撃を加えるがダメージを与えた手ごたえがない。

見えざる手のレベルはまだ6であり、鈴鹿の攻撃力を十全に使いこなすことができない。 箆鹿(へらじか) を倒すのであれば、見えざる手も成長しなければいけなかった。

上げるべきスキルは数多い。今の時刻は土曜のお昼過ぎ。帰る時刻まではまだ1日以上残っている。1日で倒しきれないかもしれないが、それでもやれるところまではやってやる。

鈴鹿は そそられる(・・・・・) エリアボスを目の前に、狂気に顔を染めるのであった。

深夜2時。1層5区では暴風が吹き荒れ、雷鳴が 轟(とどろ) いでいた。

風雷帝箆鹿(ふうらいてい へらじか) という名前の通り、 箆鹿(へらじか) は風魔法に加え雷魔法もその権能に含まれていた。風魔法は薄く薄く圧縮された刃が抵抗も許さず鈴鹿の身を切り裂き、雷魔法は発動から着弾までの速度が桁違いに早く、魔力感知が察知したときには攻撃が終わっていたなんてこともざらにあった。

そんな魔法に特化した 箆鹿(へらじか) に対し、鈴鹿は現在3度目の休憩をとっていた。

絶界がまだうまく使えていない鈴鹿は、無駄も多く魔力の消費も大きい。その結果、魔力がガス欠になることが頻発した。その度に気配遮断を使用して雲隠れし、簡単な軽食をとってリクライニング機能の付いている椅子に深く腰掛け仮眠をとるようにしていた。

無理に続けることもできなくもないが、きちんと休んだ方が魔力の回復が早い。そのため、1時間だけと決めて休息をとっている。

箆鹿(へらじか) の前で姿を消して悠長に休むのはこれで3度目だ。そのためか、 箆鹿(へらじか) は姿を消した鈴鹿を絶対見つけ出して殺すと怒り狂ったように無差別に魔法を連発しているが、鈴鹿は全然違うところにいるため涼し気にコーヒーを沸かして飲み干すと、1時間の睡眠をとるのであった。

陽が昇り真上を通り過ぎやや傾きだした頃、鈴鹿と 箆鹿(へらじか) の攻防は激しさを増していた。

「ほらほらほら!! もっと工夫しないと!! もう通用しないぞ 鹿肉(モミジ) ちゃん!!」

風を圧縮した砲弾のような魔法は絶界で防がれ、死角から 迸(ほとば) る 紫電(しでん) は拳大程のわずかな絶壁が完璧に弾く。

丸一日以上を通し、否が応でも絶界の扱いに慣れた。まだまだ聖神ルノアの足元にも及ばないのだろうが、及第点はもらえるくらいには成長している。 箆鹿(へらじか) からダメージを受けない自信の表れか、ボロボロになってしまったユニ〇ロの服から 猿猴(えんこう) の防具へと着替えていた。

僅かな魔力の揺らぎ、魔力のパスを見極め、絶界を展開してゆく。降り注ぐ紫電の雨も、襲い来る暴風の嵐も、鈴鹿の薄皮一つ傷つけることはできない。 箆鹿(へらじか) がどれほどの威力を込めようとも、絶界にさえ当たれば貫通することはできはしない。聖神ルノアが 編(あ) み出した絶界が、たかだか1層5区のエリアボス程度で覆せるわけがなかった。

絶界を使う合間に、鈴鹿は見えざる手で 箆鹿(へらじか) を攻撃してゆく。見えざる手も最初は攻撃力が低く 箆鹿(へらじか) にダメージを入れられずヤキモキしたものだが、試行錯誤することでスキルレベルが上がりダメージを入れられるようになった。

見えざる手はかなりいやらしいスキルで、ノーリスクでどんな場所も攻撃できるポテンシャルがある。顔を殴りボディを殴り、 箆鹿(へらじか) が動こうとしたら足を掴んで動きを阻害し、角を掴んで押さえつけ、4つの腕を組み合わせて威力を上げて背骨を砕くように振り下ろす。

箆鹿(へらじか) は攻撃しようにも全て絶界で防がれ、自身の周囲には見えない手が360度所構わず殴りつけてくる。

こんなことを繰り返していたら、絶界のもう一つの使い方まで鈴鹿は見つけていた。 箆鹿(へらじか) が迫りくる見えざる手を鬱陶し気に振り払い距離を開けようと踏み出した。その様子を見ていた鈴鹿は、 箆鹿(へらじか) の進む方向に絶界を出現させる。突如現れた絶界に 箆鹿(へらじか) は衝突し、ピクリとも絶界を動かすことができずにいる。見えざる手はそんな止まっている獲物を逃すはずもなく、上下左右から顔を殴りつけてゆく。

そう、絶界を進路上に置くことで、カウンターによる攻撃が可能になったのだ。

聖神ルノアは基本的に攻撃に関することが頭から抜け落ちており、こんな使い方は発想すらしていなかった。聖神ルノアは仲間を護り支援することを是としていたため、絶界は仲間を護ることにのみ使われていた。一方鈴鹿には護る味方は一人もいない。そして、鈴鹿の脳みそは相手を倒すためにどう攻撃すればよいかしか考えていない。故に、聖神ルノアでは思いつかなかった絶界の攻撃への転用も簡単に閃いた。

これにより、鈴鹿は 箆鹿(へらじか) の行動範囲を局所的なものにし、見えざる手によって着実にダメージを積み重ねることができていた。

「アッハッハッハ!! ウザいだろう!? 鬱陶しいだろう!? しょうがねぇよなぁ! 戦いってのはそういうもんだからなぁ!!」

「―――――ッッッッ!!」

箆鹿(へらじか) は声にならない声を上げると、自分の周囲に魔法を発動し見えざる手を遠ざけた。まるで 焔熊羆(えんゆうひ) の炎の鎧の様に、 箆鹿(へらじか) は風雷の鎧を纏い加速する。行く先を絶界が待ち受けるが、風雷の鎧が絶界の存在を感知し風魔法によるアシストを受け、物理的にありえない軌道を描きながら鈴鹿へと迫りくる。

巨大な 箆鹿(へらじか) の突進は、 山鯨(やまくじら) のような迫力があった。あれだけの重量を支える 蹄(ひづめ) が振り下ろされれば、例え探索者であろうとも圧死は 免(まぬが) れないだろう。

絶界による障壁と見えざる手の暴威にさらされながらも、 箆鹿(へらじか) は攻撃の有効射程圏に鈴鹿を収めた。蹄に暴虐の風と無慈悲の 雷(いかづち) を纏わせ鈴鹿を圧殺せんと振り下ろされる。眼前に迫る蹄。その威力は、絶界と衝突した衝撃波が物語っていた。まるで 山鯨(やまくじら) と鈴鹿の 夜天(やてん) の毒手が衝突した時のような衝撃が辺りを駆け抜ける。

しかし、鈴鹿へは一切のダメージが通らない。どれだけの威力が内包されていようとも、絶界は全ての攻撃を 隔(へだ) て防ぐ。

「大人しく今日の晩飯になれ、 鹿肉(モミジ) 野郎」

即座に二撃目を放つ 箆鹿(へらじか) だが、絶界が振り上げようとする脚の動きを阻害するように展開され攻撃にすら移させない。代わりに至近距離で神速の雷撃を放つが、魔力感知で攻撃の軌道すら読める鈴鹿は容易に絶界で防ぐ。

今度はこちらの番だと見えざる手が 箆鹿(へらじか) の周囲に展開される。 箆鹿(へらじか) は回避しようと後ろへ避けようとするが、そんな都合よく動けるはずがない。絶界が出現し 箆鹿(へらじか) をその場に押さえつける。

攻撃を受けたとき、その衝撃を受け流せるかどうかでダメージは大きく変わるものだ。ただ顔を殴られるのと、壁に頭をつけた状態で顔を殴られた時では、圧倒的に後者の方がダメージは大きい。

それを絶界で再現する。

見えざる手が殴る方向に絶界を出現させ、絶界と見えざる手で挟み込むように殴りつける。背を殴る時には腹に絶界を、頬を殴るならば反対の頬に絶界を、鼻っ柱を殴るならば後頭部に絶界を展開する。

見えざる手一つ一つは威力が低いかもしれないが、絶界を扱うことで足りない威力を底上げする。壊れない壁が好きな場所に好きなように出現できる絶界というスキルを、ただ防御だけに使うなんてもったいない。絶界は間接的にでも攻撃へ転用できる力を秘めているのだ。

魔法を封じられ移動も封じられ、見えざる手でもダメージを与えられる。結果、 箆鹿(へらじか) は苦し気に周囲へ暴風と紫電をまき散らしながら、ほどなくして煙へと姿を変えた。

Tips: 風雷帝箆鹿(ふうらいてい へらじか) の攻略方法

その名の通り、風魔法と雷魔法を 司(つかさど) るエリアボスである。

1層4区に出現する風蜂、 嵐切蜂仙(らんぎり ほうせん) 、5区に出現する 風風山嵐(ふうふう やまあらし) 、 響雷貉(きょうらい むじな) 、 冠角鹿(かんむり かどしか) 、 風鹿(ふうろく) 、 雷鹿(らいろく) から得られる風・雷に対するアイテム、防具を揃えて挑むべきエリアボスである。対象が多いためアイテムが集まりやすく、対策が取りやすい。

風雷帝箆鹿(ふうらいてい へらじか) は殺傷能力の高い風魔法や、気絶、スタン状態に陥りやすい雷魔法を多用するため、装備の有無で生存率が大幅に変わってくる。ギルドに各種耐性装備がある場合、欠けている装備は必ず補って挑むこと。

逃げ回りながら遠距離で魔法を多用することが多いが、角による突撃、蹄での踏み潰し、風と雷による鎧など、近距離でも油断すると大打撃を受けるため注意が必要。

攻略方法としては、 風雷帝箆鹿(ふうらいてい へらじか) は逃げ回るものの、魔法の射程の影響かある程度の範囲内でのみ動き回る。そのため、パーティメンバーを散開させ、囲い込むように追い詰めてゆくのが効果的である。特に挑発持ちがいれば、突進を誘発させて受け止めることで接近することが可能になる。

また、魔法に対する矜持 故(ゆえ) か、魔法を使われると必ず魔法で相殺を狙ってくる。これを利用し、魔法持ちは積極的に魔法を使うことで味方への攻撃頻度が大幅に減り、討伐が容易になる。