軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話 化け物

Urban(アーバン) のリーダーである立川が 水刃鼬(すいじんいたち) と鈴鹿の戦いを見た感想は、どちらが化け物かわからない、というものだった。

立川にとって今日は最悪な一日だった。Urbanのメンバーのレベル的に、3区の上位種である 狂乱蛇擬(きょうらんへびもどき) 、 幕下蛙(まくしたがえる) 、 岩石土竜(がんせきもぐら) あたりと戦わなければレベルが上がらない。

しかし、この日はたまたま上位種だけが一匹でいることは無く、上位種同士で群れていたり上位種は一匹でも合計5匹以上だったりと、手ごろな群れがいなかった。

少数でまとまっている手頃なモンスターが見つけられず、1層3区を歩き回るところからダメだった。途中で 球月蛇(たまつきへび) 1匹だろうが序ノ口蛙1匹だろうが、妥協して戦っておけばよかった。そうすればあんな3区の奥深くまで行くことはなかったんだ。

たまたま5匹のモンスターの群れに勝てた。あの戦闘で自分たちの成長を実感できたし、俺たちならParksを追い抜けると思った。就活も迫っていたから、ここらで実績を積んでおきたい思いもあった。

俺たちは浮かれていたのだ。

そのせいで、気づけばモンスターたちに囲まれていた。いつもならモンスターとの戦いの間に他のモンスターが加わるような連戦になることはなかった。だが、今日は数の多いモンスターと戦っていたから一回の戦闘に時間がかかり、どんどんどんどんモンスターが増えてきたのだ。

そのせいでダサいことに俺たちは逃げ出した。生きるためには逃げるしかなかったんだ。

だから恥を忍んで Parks(パークス) の連中に助けを求めた。あいつらが優秀なのはわかっていたし、夏休みの間に俺たちよりも成長していたあいつらは、あれだけのモンスターの群れを相手でも渡り合っていた。

だが、水刃鼬はダメだ。あれは人が勝てるモンスターじゃない。

一目見た時には、もう心が折れていた。水刃鼬がこちらに関心が向かないよう、呼吸すら止めてじっとしていることしかできなかった。

水刃鼬の放つプレッシャーを目の当たりにすれば、あれほど強敵だった狂乱蛇擬がちっぽけな存在に思える。そして、そのちっぽけな存在にすら手間取る自分が、どれほど取るに足らない存在なのかということも、理解させられた。

だが、そんな水刃鼬と戦う馬鹿たちがいた。それは去年卒業した 禍火(かか) 累々(るいるい) のリーダーである 陸前(りくぜん) 歌凛(かりん) の妹のパーティ、zooだった。

立川もクラスメイトから話は聞いていた。姉の歌凛よりも強いのではと噂されていたが、まだ1年のレベルで何言ってんだと耳を貸さなかった。

しかし、その噂は本当だったのかもしれない。4人しかいないパーティにもかかわらず、水刃鼬と渡り合っていた。動くことすら満足にできそうもない圧を放つ水刃鼬とだ。

それに合わせ、Parksのリーダーである 陵南(りょうなん) もここが踏ん張りどころだと叫びながら、モンスターとの戦闘を再開した。

正直今すぐ逃げたいところだが、周囲をモンスターに囲まれてるためそれも難しい。それに俺にもプライドがあった。陵南に乗せられるのは癪だが、どっちみち動かなければ死んでしまう。

既にリオとレイナは泣き出して役に立たないため、町田と 福生(ふっさ) でリオとレイナを囲み、必死に戦った。

四方八方からモンスターの叫び声や陵南達の怒号が聞こえるため、立川は気づくのに遅れた。

その 女(・) が現れたことに。

初めはzooのパーティメンバーかと思った。あんな奴八王子探索者高校の3年にはいないため、考えられるならzooしかいなかった。

だが、それは違った。

zooは強い。それは認めよう。水刃鼬と曲がりなりにも戦えていたのだから認めざるをえない。あの化け物相手に即死せず生きていたのだから、天才なのだろう。

けれど、あの黒髪の 女(・) は違った。

身の毛がよだつような恐ろしい笑みを浮かべた瞬間、立川の視界から消えた。

「はっ?」

直後に響き渡る剣戟。音のする方へ向けば、すでに姿はいない。

この混沌とした戦場を、水刃鼬と共に縦横無尽に駆け回っていた。

「あははははははは!! どうしたどうしたッ!? そんなんじゃすぐに死んじまうぞ!? ほら頑張れ頑張れ!!」

姿は見えないが、黒髪の女の笑い声だけは聞こえてきた。その声音に狂乱蛇擬に感じたような狂気の気配が宿っている。いや、それよりも濃い、こびりついて精神が汚染されていくような深い深い狂気を感じた。

水刃鼬の前で何もできずじっとすることしかできなかった俺たちは、凡人だろう。

水刃鼬と少しでも渡り合ったzooは、天才だ。

だが、水刃鼬とたった一人で戦い、あまつさえ優勢に戦っているあいつは、化け物だ。

他のモンスターたちでさえ立川たちに襲い掛かるのを止めて、あの黒髪の女に襲い掛かかるために群がっていった。

だが……

「ほらほら隠れてないで出て来いよッ!! 剣術スキル上げるの手伝えよゴラァ!!」

黒髪の女が通るたびに、モンスターたちが煙へと変わってゆく。

種砲栗鼠や序ノ口蛙は一撃で煙に代わり、あれだけ厄介だった狂乱蛇擬や幕下蛙も黒髪の女に殴られたのか無様に転がり、殴られた箇所が変形して起き上がるのすらままならない状態だった。岩石に覆われた強固な鎧をまとう岩石土竜ですら、殴られた箇所がクレーターのように陥没し、とても戦線復帰できるような状態ではなかった。

「……なんなんだよ、あれ」

町田か 福生(ふっさ) か、はたまた自分の口からか。絞り出すように出た言葉は、目の前の光景を理解することを放棄した者の言葉であった。

Parks(パークス) のリーダーである 陵南(りょうなん) が 水刃鼬(すいじんいたち) と鈴鹿の戦いを見た感想は、人間はここまで化け物に近づけるのか、というものだった。

モンスタートレインによって崩壊しかかっていた戦線がzooの参入で持ち直した時、陵南は勝てる確信を得られた。

zooは噂に聞いていた以上の実力で、一人一人が3区の上位種たちを相手にできるほど優れていた。タンク役の女性がこちらのモンスターたちの攻撃を受け持ってくれたことで、攻撃に集中することができ、徐々にモンスターを減らすことができた。

それでもまだまだ数は多いが、このままいけば勝てる。そう思えるほどzooの加勢は大きかった。

同じタンク役として、眼を見張るものがあるな。あれだけの大盾を軽々しく扱えるステータスの高さ、四方から迫るモンスターの攻撃を的確に防ぐ視野の広さ、そして、挑発スキルによる防御範囲の広さ。これが1年なんてな。どっちみち、俺たちじゃここまでは行けなかったかもしれないな。

Parksは2区で負った大怪我のせいで、トップ探索者になることを諦め堅実な探索者を目指すことにシフトチェンジした。だが、目の前の女性の練度を見てしまうと、もともと持ち合わせている才能の差を突きつけられる気分になってしまう。

「お前ら声出てないぞッ!! へばるな!! ここで決めきるぞっ!!」

「「「オウッ!!!」」」

陵南は仲間たちに発破をかける。極度の緊張とストレスで仲間たちも疲労がピークに達しているだろうが、休むにはまだ早い。

から元気だろうと、無いよりはましだ。探索者は心が折れた者から死んでいくものだ。

2区での挫折を経験したからこそ、Parksは強い心を手に入れていた。だが、その心も折れてしまうほどの絶望が、モンスタートレインに加わった。

「っ!? まずい、すいません!!」

そう言うと、盾持ちの女性が迫っていたモンスターを盾で弾くと、仲間のもとへ去っていった。突如穴が開いてしまったが、そこは陵南と 富士森(ふじもり) が埋めることで対処する。

「どうしたんだ!?」

「知らん! だが、ここまで面倒見てもらったんだ! 後は俺たちで―――」

富士森の言葉に返事をする陵南だが、そこから先の言葉が続かなかった。

胃を握りしめられるような強烈なプレッシャー。zooのメンバーの声がする方を見れば、その正体が判明する。

水刃鼬(すいじんいたち) 。1層3区で最も強いモンスターがそこにいた。

誰も声を出せずにいた。ライオンの檻に入れられた一般人のように、できるだけ静かにして関心を惹かないように、震えそうになる身体を必死に押さえつけた。

だが、そんな恐怖の象徴のような水刃鼬に、zooは固まるどころか戦い始めた。

驚愕だった。

あれに立ち向かえるのかと。

自分たちも1区では 親分狐(どんぎつね) を倒し、2区でもエリアボスである 新緑大狼(しんりょくたいろう) に挑む予定であった。他のクラスメイト達よりも、エリアボスに対して一家言あるとさえ思っていた。

だが、違った。親分狐と目の前の水刃鼬は、とてもではないが同じエリアボスとは思えない存在だ。纏う死のオーラも、強烈なプレッシャーも、3区にいていい存在とはとても思えないモンスターだ。

そんなエリアボスと渡り合っているzooは、なんと強く眩しい存在なのだろうか。

しかし、戦えるのと勝てるのは違う。

水刃鼬との戦いを見れば、zooは攻撃を弾き、いなし、避けてばかりで防戦一方だ。攻撃する隙が無いほど水刃鼬の手数は多く、その上水魔法まで使ってくるのだから手に負えない。

けれどzooは諦めていない。

何かあるのか? これを切り抜ける策が。

だが、zooが水刃鼬を倒せるビジョンが浮かばない。であるならば、取れる選択は逃げることのみ。逃げるだけならば、何かがハマればできるかもしれない。

なら、俺たちはその時間を稼ぐか。

zooは逃げるのではという結論に達した陵南は、怒る訳でもなくその手助けをするために動く。理由は簡単だ。zooが戦い続けようが逃げようが、水刃鼬に勝てないのならParksの命は無い。この場で逃げ切れる可能性があるのはzooしかいない。ならば、後輩が生き残れる道を支えるのが 先達(せんだつ) としての務めだろう。

「ここが踏ん張りどころだッ!! 男見せろよお前ら!!」

「「「応ッ!!」」」

皆まで言わずとも、仲間たちは自分たちが生きて帰れないことを理解していた。それでも、後輩であるzooを生きて帰らせることが自分たちのやるべきことだと受け入れた。

全員が全員、 不退転(ふたいてん) の覚悟を決めた。できる限りモンスターのタゲを引き受け、zooが逃げるときの退路を作る。

自分だって生き残りたい。生きて地上に戻りたい。泣き出しそうな程に不安で押し潰されそうになるが、だからこそ無理やり声を出して目の前のモンスターを斬りつけた。

そして、事態は急変する。

モンスターの攻撃を防ぎつつもzooの様子を 窺(うかが) っていた陵南は、水刃鼬を麻痺にさせた瞬間を見ていた。策を練りエリアボスを麻痺にしたことに対する純粋な賞賛と、ここからが自分の命の使いどころだと改めて覚悟を決めた。

陵南の想像通り、麻痺状態の水刃鼬を放置しzooは後退を始めた。だからこそ、陵南達Parksはzooと水刃鼬との間に位置取りを行った。盾になるために。

そこで、自分たちが如何に水刃鼬の俊敏性を甘く見ていたのだと思い知った。モンスターと探索者が入り混じる混沌とした戦場を、まるで水のように間を縫って陵南達を素通りする水刃鼬。

陵南達の覚悟は、何も事態を好転させず空振りに終わった。その事実を突きつけられるように、盾持ちの女性も吹き飛ばされ麻痺にはめた女性も斬りつけられた。

終わった。自分たちの無力さの結果がこれ。モンスターに囲まれた陵南ができることは、水刃鼬をただただ茫然と見つめることだけ。

その残酷な現実から決して目を逸らすことができず、水刃鼬がzooのメンバーに止めを刺すところを見ていた時、その黒髪の 女性(・・) は唐突に現れた。

先ほどまではいなかった存在。だが、まるで瞬間移動したかのように、いつの間にかそこに立っていた。

彫刻よりも美しく整った容姿は、ステータスの高さを窺わせた。1層1区の舎弟狐が落とす『舎弟の 嗜(たしな) み』と思われる魔鉄製のパイプには、魔力が均一に流されている。そこから魔力操作のスキルレベルの高さと、保有する魔力の高さが感じられた。

黒髪の女性の獰猛な笑みを見た時、水刃鼬を初めて見た時よりも恐怖した。黒髪の女性が動いた瞬間、思わず身構えてしまったほど恐ろしい存在だった。

陵南ですら目で追うことが難しい速度で、水刃鼬と戦っている。あれほど厄介だったモンスターたちは、歯牙にもかけられることはなく煙へと姿を変えてゆく。

「逃げてばっかじゃお仲間いなくなっちまうぞ!! なぁ!?」

信じられないことに水刃鼬が追いかけるのではなく、黒髪の女性が水刃鼬を追いかけまわしていた。遠距離攻撃が無いためか、進路上にいた球月蛇をまるでサッカーボールのように水刃鼬目掛け蹴り飛ばしている。

めちゃくちゃだ。訳が分からない。脳みそが理解することを放棄するような存在だった。

zooの戦いを見て、陵南は憧れた。モンスタートレインに襲われているというのに、こんな風に成れたらと、成れていたらと思わず想像してしまった。それだけ彼女たちは強く、今の陵南にとっては眩しい存在だった。

だが、黒髪の女性は違う。根本的な部分が自分とは違うと理解できた。いや、一緒であることを本能が拒んだと言っても良い。

「おい、大丈夫か陵南」

富士森に声をかけられ、自分が震えていたことを自覚した。手に持っていた剣は力を入れて握りすぎたせいか、手を広げることもままならなかった。

まるで恐慌状態。狂乱蛇擬が何匹も押し寄せたモンスタートレインでも恐慌状態にならなかったと言うのに、黒髪の女性の狂気を受けて発症しかかっていたようだ。

気が付けば周りにいたモンスターはいなくなっていた。あの化け物が楽し気な声を上げながら暴れまわるたびに、一つ一つ煙へと姿を変えていた。

その様子を、未だ震える手がばれないように隠しながら、陵南は仲間たちと見ていた。