軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13話 不穏な気配

長沼(ながぬま) が繰り出した上段からの攻撃が深々と 幕下蛙(まくしたがえる) を切り裂き、幕下蛙は大きな煙となって Parks(パークス) へ吸い込まれていった。

「ふぅ、疲れたぁ」

「気ぃ抜くの早いぞ 戸吹(とぶき) 。周囲の確認すぐする」

「あ、ごめんごめん」

富士森(ふじもり) に注意された戸吹が、辺りをきょろきょろ見回す。ダンジョン内では長く戦闘を続けていると他のモンスターを引き寄せ連戦になることも少なくない。レベルが上がってそう時間を掛けなくても倒せるようにはなったが、今回戦った 狂乱蛇擬(きょうらんへびもどき) や幕下蛙は体力も耐久性も高く、戦闘時間が長引くモンスターだ。

目の前の敵を倒して安心したところに、地面の草に擬態した狂乱蛇擬が強襲をかけてくるなんてことがあれば笑えない。

「残敵無し。ちょっと休憩するか」

リーダーである 陵南(りょうなん) が声をかけ。ようやく緊張を緩める。休憩と言ってもここはまだダンジョン内のため、完全に緩めることは無い。

「くっそぉ、やっぱ出てないかぁ。お前らはどうだった? 『 付出(つけだし) の証』出た?」

小宮(こみや) が収納を確認しながら、悔し気にみんなに確認をとった。『 付出(つけだし) の証』は幕下蛙から稀にドロップする装飾品で、体力と防御力が上がるブレスレットだ。Parksではリーダーである陵南が一度ドロップして以来、誰もドロップしていない。

「俺なんもなし」

「俺も魔石だけ」

「あ、僕血清出た」

富士森と長沼は戦果ゼロ。戸吹は狂乱蛇擬のドロップ品である『擬態の血清』がドロップしたようだ。

「僕は『幕下蛙の骨』だ。陵南は?」

「俺も魔石だけだ。狙ってたんだけどな」

「もう一度お前がドロップしたら戦争だ戦争」

結果は魔石を除けば二つのアイテムがドロップしたようだ。魔石以外ドロップしないこともままあるため、そう悪い結果ではない。ドロップする魔石は極小魔石で安いが、レベルが40近い1層3区のモンスターからは多くの場合ドロップするため、塵も積もれば山となる。高校生の小銭稼ぎにはちょうどいい。

「もういい時間だし、あと一回くらいか?」

「そうだな。帰りながら探索していくか」

「幕下蛙来てくれ! あのブレスレット俺にもください!」

小宮は幕下蛙のブレスレットのデザインが気に入っているようで、是が非でも欲しい様子だ。それを知っているメンバーは、今日は少し遅くなっても最後に幕下蛙と戦ってから帰るかと思いを一つにした。

「さ、じゃあ小宮のために幕下蛙探しに行くか」

「おお! 頼むみんな!」

「あはは! 次で最後だからね」

「ああ! もちろんそれで……ん? ちょっと待って。何か聞こえなかったか?」

小宮が最後に幕下蛙への挑戦権を勝ち取ったとき、何かが聞こえたようだ。

「たしかになんか聞こえるかも。誰かが戦ってるとか?」

上柚木も聞こえたのか、小宮に同意する。ダンジョンでの異変は即座に対応しなければ取り返しがつかないことに繋がる。

「3区のこの辺りを探索しているパーティは他にいなかったはずだけどな」

「ルート変えた奴がいたのか? 何にせよ、音は向こうで聞こえるし、見るだけ見ておくか」

「だな。危なそうなら助けてやるか」

1層3区は基本探索者高校の生徒しか探索を行っていないエリアだ。鈴鹿の様に稀に在野の探索者がいることもあるが、基本は探索者高校の生徒のみ。戦っているのは勝手知ったるクラスメイトだろうと、見に行くことにした。

3区の地形はうねった丘陵地帯のため、丘の上は見晴らしがいいが、それ以外では見通しが悪くなる。音がする方は土手くらいの高さの反対側からするため、6人は小走りでそちらへ向かった。

徐々に聞こえてくる音はただ戦闘しているにしては大きい音だった。

嫌な予感がする。みなが思った。ここで引き返すべきなのではないかと。

だが、足は止まらない。最初は小走りだった足は、むしろ徐々に速度が上がってゆく。丘の上に着くころには、ほとんど全力疾走していた。

「おい……なんだよこれ」

誰の声だったかはわからない。自分かもしれないしそうでないかもしれない。だが、言いたいことは誰もが同じだった。

丘の反対側では、一組のパーティがモンスターに襲われていた。

戦っているのではない。襲われているのだ。モンスターの数は10を超えている。とても一つのパーティで対応できる数ではない。

「連戦……いや、モンスタートレインか?」

陵南がその言葉を口にした。以前陵南達は2区の緑黄狼の群れが合流し、モンスタートレインになりかけたことがあった。

あの時は緑黄狼の足の速さから逃げられないと判断し、モンスタートレインになることを防ぐ意味でも腹を括って立ち向かった。その結果大怪我を負うことになったが、大事に至りはしなかった。

だが、目の前のパーティは違う。明らかに逃げている。陣形を保って引いているわけでもない。ただただ、ステータスで強化された敏捷に任せ逃げ回っていた。

今はまだ10匹を超える程度しかモンスターもいない。だが、あれではすぐにその何倍ものモンスターが集まってくるだろう。

「おい、あいつら立川じゃねぇか?」

「ほんとだ。町田もいるよ。間違いない」

逃げまどっている探索者は、八王子探索者高校の生徒で Urban(アーバン) というパーティであった。UrbanはParksには劣るものの実力のあるパーティの一つだ。

「どうする? 助けるか、あれ」

富士森が陵南に問う。いつもは即断する陵南だが、すぐに答えは返ってこない。

表情は険しい。当たり前だ。まだ10数匹とはいえ、それだけの数のモンスターと戦ったことは無い。6人は1層3区のレベル上限であるレベル40まで成長したとはいえ、3区のモンスターが格下という訳ではない。助けるとなればリスクが大きすぎる。

今はまだ10匹を超える程度だが、戦えば周囲のモンスターも加わりその数も増えるかもしれない。

今ならまだ引き返すことができる。だが、それをすればUrbanを見捨てるということ。もっと言えば、同じ学校に通うクラスメイトを見殺しにするということだ。

助けるならば自分の仲間が死ぬかもしれず、見捨てればクラスメイトが死ぬ。

今、陵南はその選択を迫られていた。

「どっちにしても時間ないぞ。決めるのはお前の役割だ」

富士森が再度陵南に問いかける。Parksのリーダーである陵南に。

「ちょ、ちょっと富士森。陵南だけじゃなくてみんなで話し合おうよ」

「いや、ダメだ。これはパーティリーダーが決めることだ。いい意見があれば言うべきだが、決断は陵南がするべきだ」

上柚木が手を差し伸べようとするが、富士森が遮る。富士森はParksのサブリーダーでもある。陵南に何かあれば、次に判断することになるのは自分自身だ。

だからこそ、リーダーとしてどうすればよいのか日々考えているし、陵南とも話し合ってここまで来た。

冷たいように聞こえるが、富士森の言葉は正しい。ダンジョンは1秒後には死んでしまうかもしれない危険が溢れた場所だ。何かあるたびにパーティみんなで話し合いはできない。時間があるならばいいが、今回の様に急を要する場合は無理だ。

そして、そんな選択を迫られることは、探索者を続けるならばこれから先何度も訪れる。これは陵南がリーダーとして成長するために必要なことだった。

「おいおい、富士森きつくねぇか?」

「いや、富士森の言う通りだ。俺が決める。もう答えを出す。ちょっと待ってくれ」

長沼が 窘(たしな) めようとするが、陵南本人がそれを下げさせる。富士森が嫌な役をあえて買って出てくれているのだ。他のメンバーもそれはわかっている。だが、わかっていても声に出してしまう。皆冷静ではないのだ。

(どうする。俺はどちらを選択するべきだ?)

陵南が頭をフル回転させる。これほど頭を使ったのは、緑黄狼と激闘したあの日以来かもしれない。

立川たちUrbanのメンバーは、あまり素行が良くない。自分たちよりも優秀なParksにぶつかってくることも度々あった。

だが、それでも同じクラスメイトだ。死んでほしいと思ったことは一度たりともない。

(立川たちを助けたいか……いや、そうじゃない。これはそんな話じゃないな)

目の前の探索者がUrbanだろうが見ず知らずの探索者だろうが、そこに違いは無い。目の前の救えるかもしれない命を、自分の仲間の命を担保に助けるかどうかという話だ。

2区での探索でParksは一度全滅しかけた。たまたま通りかかった三級探索者のパーティに回復魔法を使える探索者がいたから生き残れたに過ぎない。

自分の判断一つで、仲間が死ぬかもしれなかったのだ。あの時の恐怖と後悔は今でも夢に見る。

仲間が緑黄狼に喰われているのに無力で何もできなかった不甲斐なさ。仲間が腕の中でどんどん冷たくなっていくあの恐ろしい感覚。病院のベッドで眼が覚めた時の憔悴しきった両親の顔。

忘れたことは一度としてない。そして今、自分はあの時と同じ立場に立っていた。

助けるという選択は、あの時の繰り返しになるかもしれない。あの時緑黄狼ではなく小鬼と戦っていたら、自分たちはまだ一級探索者を目指せていたかもしれない。順調に探索して、2区のエリアボスである 新緑大狼(しんりょくたいろう) だって倒せていたかもしれない。 禍火(かか) 累々(るいるい) の後を追えていたかもしれない。

(俺が……俺の判断でこいつらの将来を奪ったんだ)

それが、陵南を今でも苦しめていた。才能のある仲間たちの将来を潰してしまった。英雄になれる機会を奪ってしまった。あの時に戻れたらとどれほど後悔したことか。

だが、それでも陵南は決断する。自分の心に従って。

「すまないお前ら。俺はUrbanを助ける。お前らの命、もう一度俺に預けてくれ」

確かにParksは英雄になることを諦めた。強力なエリアボスを倒したり、6層7層の未開拓地を探索したり、希少なアイテムをゲットして称賛を一身に浴びるような探索者になる夢は辞めた。堅実で実直な探索をしていこうと決めた。

だが、探索者を辞めた訳ではない。

たった一回の危機。それに怯え逃げるのならば、今ここに立っていない。これから先も探索者をやっていくのならば、この程度の危機乗り越えられなくて何になれるというのか。

「ああ、当然だ。決めるのはリーダーであるお前の仕事。その決断を遂行するのが、メンバーである俺たちの仕事だ」

「カッコいいこと言っちゃって。だけど富士森の言葉に賛成だね」

「そうだな。ちょっくら助けに行きますか」

陵南の判断に、否やを言う者は誰一人としていない。あの2区での出来事から陵南がどれほど苦悩してリーダーを続けてきたのか、痛いほどメンバーは理解している。だからこそ、陵南が決めたのであれば自分たちはこの判断で良かったと陵南が思える様に、全力を尽くすだけであった。

「さ、助けるならさっさと行くとしようぜ。このままじゃ助ける前に死んじまう」

「ああ、そうだな。……立川ァァアアア!! こっちだッ!! こっちに来いッ!!!!」

陵南が吠える。その声が聞こえたのか、Urbanの進路がParksへと変わった。

「 球月蛇(たまつきへび) が3、 種砲栗鼠(しゅほうりす) が6、序ノ口蛙が3、幕下蛙が2の総数14だ」

「狂乱蛇擬がいないのが幸いだな。迎撃戦だ。半月の形で迎え撃つ」

狂乱蛇擬は防御をこじ開けるように突撃してくるため、かなり厄介なモンスターだ。狂乱蛇擬一匹だけなら封殺できるが、今回の様な多数のモンスターに混じって狂乱蛇擬がいると、それだけで陣形が崩壊する恐れがあった。

助けると決めた陵南だが、モンスターの群れに3匹以上狂乱蛇擬がいたら諦めていただろう。それだけあの生物として理解できないモンスターは厄介なのだ。

丘を下りながら、モンスターが来る前に急いで陣形を整えてゆく。先頭には大きなカイトシールドを持つ陵南と富士森が横に並び、その斜め後ろにラウンドシールドを持つ身軽な小宮と長沼が構える。前方の隙間と背後を守るのは、中央で槍を構える戸吹と上柚木だ。

「深入りするなよ! 防御に徹しろ。少しずつでいいから削っていくぞッ!」

陵南が最後に指示を飛ばすと同時に、立川たちUrbanがParksの隙間を転がるように後ろへ下がっていった。次に来るのはモンスターたちの衝突。先に来たのは転がってきた球月蛇だった。

「ぐぅッ!! 次幕下蛙来るぞッ!! 気張れよ富士森!!」

「ああッ!!!」

レベルの低い球月蛇の衝突を体勢を崩さず弾くことに成功したが、すぐに次のモンスターがやってくる。迫りくるは幕下蛙。レベル33と38の2体の幕下蛙が、スピードを殺さずに突撃してきた。

「「ぐぅぉぉおおおおおおお!!!!」」

幕下蛙のぶちかましに、レベルで勝る陵南と富士森も後ろへ大きく吹き飛ばされる。だが、盾を手放すどころか、体勢も崩していない。あまりの衝撃に後ろへ飛ばされたが、破られることはなかった。

モンスターの隙間を縫うように種砲栗鼠が種を飛ばしてくるが、後ろから戸吹と上柚木が巧みな槍さばきで種を叩き落としていく。高校に入ってから初めて手にした槍だが、日々の鍛錬と槍術のスキルによって高速で迫る種も捌くことができた。

「オラァア!!」

横から迫りかかってきた序ノ口蛙に、小宮と長沼が逆に斬りかかる。序ノ口蛙は3区で最も弱いモンスターで、襲ってきている3匹の序ノ口蛙もレベルは20前後しかない。

陣形に穴を空けないよう深入りはしないが、早々に削りきって数を減らしたいところだ。

なんとかモンスターたちの衝撃を受けきったParksだが、余裕があるわけではない。今はまだ拮抗しているが、他のモンスターが集まってくれば簡単に拮抗は破られる。依然不利なのは探索者側だった。

「Urbanッ!! 動ける奴は加勢しろッ!! 手が足りないッ!!」

陵南が叫ぶが、Urbanのメンバーは錯乱しているようで頭を抱えて蹲ったまま動かない。Urbanが加勢すればこちらが優勢になる。あれだけ全力で走っていたのだから、怪我で動けないことは無いはずだ。

何度か陵南をはじめParksのメンバーが声をかけるが、Urbanは蹲るだけで動きもしない。

「富士森ッ!!」

「任せろ!」

埒が明かないと判断した陵南は、幕下蛙の攻撃に合わせシールドバッシュをして隙を作ると、持ち場を富士森に任せ後ろで倒れているUrbanのもとへ向かった。

「おいッ! 聞いてんのかッ!? 動けるなら加勢しろッ!!」

近くにいた立川の胸倉を掴み持ち上げるが、目の焦点が合わず何かに怯えるようにただ震えていた。

(なんだ? 錯乱……いや 恐慌(・・) か?)

狂乱蛇擬は恐慌という状態異常を付与してくることがある。レベル差があったり心が弱っている時に狂乱蛇擬と戦うと発症することがあるが、Parksのメンバーで発症した者はいない。狂乱蛇擬の異常さに恐怖したり嫌悪することがあるが、“恐慌”を発症するほどではなかった。

「っち、世話が焼ける」

陵南は立川の頬を思いっきりビンタし、今も戦っているParksのメンバーに顔を向けさせた。

「見ろッ!! モンスターは俺たちが止めている!! もう大丈夫だッ!! とっとと目を覚ませッ!!」

「…………り、陵南か?」

正気を取り戻したのか、立川の顔に生気が戻ってくる。

「何があったかは後で聞く。とっとと仲間叩き起こして加勢しろ」

Urbanは立川に任せ、陵南は戻ろうとする。だが、立川は戻ろうとする陵南を引き留めるように掴んだ。

「だ、ダメだ! あいつが、あいつらが来る!!」

「なんだよ。あいつらって何のことだ? ……ん? そういえばお前ら6人パーティだろ? 一人どうした?」

陵南が見まわしても、転がっているのは立川含め5人しかいない。UrbanはParks同様6人構成のパーティだったはずだ。

(人数が足りない、置いてきたのか? いや、それよりも何か引っかかる。なんだ?)

何かに怯える立川を見下ろす。

(こいつは何に怯えている?……いや、待て。なんで“恐慌”にかかってるんだ!?)

陵南は即座に周囲を見回す。だが、どこにも恐慌をまき散らす狂乱蛇擬はいない。

「おいッ!! 狂乱蛇擬はどうした!? 倒したのか!!」

「来たッ! もう終わりだ! 逃げられないッ!!」

立川の虚ろな目線の先を見れば、土煙が上がっているのが見えた。まだ遠い。遠く離れた場所だ。だが、それだけ距離があってもそれが何かは理解できた。

「嘘だろ……」

土煙を上げこちらに向かってきていたのは、狂乱蛇擬の群れであった。