軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8話 ヨキの決意

鈴鹿が友愛の 菌糸(きんし) というよくわからないエリアボスを倒した後、ヨキは鈴鹿に連れられダンジョンを歩いていた。

「ヨキは3層5区は初めてだからね~。どうする? せっかく綺麗なエリアだし、散策してみる?」

そんな鈴鹿のありがたい提案を、ヨキは丁寧に断った。鈴鹿とのんびり美しい3層5区を探索するのは非常に魅力的だが、ヨキは未だ3人の中で探索が最も進んでいない。ただでさえ探索者としての月日も短いため、早く二人に追いつきたいのだ。常に最後尾を走っているという焦燥感から抜け出したいと言った方が、正確かもしれない。

「じゃあ、早速エリアボスと戦ってみるか! 今日は俺も近くにいるから、安心して好きなように戦うといいよ」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

そうして鈴鹿に連れていかれた先に待っていたのは、 練鱗淵(れんりんふち) の 番(ばん) という大きな騎士のようなエリアボスであった。

「こいつは武器を使うエリアボスで、滅茶苦茶強いからきっとヨキにとってもいい相手になるよ!」

笑顔でそう言った鈴鹿の言う通り、淵の番からは強者の風格が漂っていた。『淵の番の前に立ちふさがる二匹のモンスターを順番に倒すんだよ』、そう鈴鹿に言われた通り倒すと、満を持して淵の番がやってくる。淵の番のその立ち姿に、先ほど戦ってた鈴鹿の姿が重なった。

友愛の菌糸によって支配下に置かれた無数のモンスターに囲まれようとも、まるで宙を舞う桜の花びらのようにモンスターたちの攻撃は鈴鹿に当たらず、逆に鈴鹿が繰り出す 羅刹(らせつ) の杖の一撃は簡単にモンスターを黒い煙に変えてゆく。圧倒的な光景。まさにワンサイドゲームだった。常に全身全霊で挑み、それでもエリアボスの攻撃を喰らって死にかけながら相手を倒すヨキとは、天と地の差がある戦い方。

憧れの鈴鹿がそんな戦い方をするのだ。ヨキの目に素晴らしく映ったのは言うまでもないだろう。そして、そんな鈴鹿を彷彿とさせるエリアボスが今目の前にいる。このエリアボスを魔法とかスキルを使わないで倒す。そうすればヨキも少しは技術が身に付くかもしれない。ヨキが2層を探索している間、鈴鹿と灰ヶ峰がそんな特訓をしていたことをヨキは知っている。だからこそ、ヨキも同じように戦えば鈴鹿に少しは近づけるかもしれない。そう思うのは当然だろう。

だからこそ、ヨキは鈴鹿が後ろで見ているというのに、何度も何度も淵の番に殺されても魔法を使わなかった。無数に生みだせる斬撃だって使わない。 戦斧(せんぷ) だけで淵の番を倒す。鈴鹿や灰ヶ峰と同じ技量を手に入れるために、ヨキは何度も死にながら淵の番へと向かっていった。

結局、その日だけでは淵の番を倒すことはできなかった。そして残念なことに、一日戦い続けたというのに淵の番を倒すビジョンすら全く浮かばなかった。もちろん、ヨキが得意とする斬撃を使えれば、淵の番だって倒せるだろう。戦斧という一撃にかける武器の弱点である、大振りの隙を補完するためのヨキの斬撃。ヨキは今までそれをする前提で戦ってきたため、隙を晒さない戦斧の戦い方など全くの素人だ。大振りをすれば淵の番に簡単に避けられ、隙だらけの格好をさらしてしまい殺される。逆に小振りにすれば淵の番に連撃を繰り出され、いいように翻弄されて気が付けば殺されている。

まるで手品の様であった。ヨキを手玉に取るなど簡単だと言わんばかりに、ヨキがあの手この手で工夫しようとも正面から突き破られてしまう。ヨキが小細工を仕掛ければ仕掛けるほど、そうじゃないだろと言わんばかりに苛烈に攻撃を仕掛けてくる淵の番。

殺されては蘇生され挑み、また殺されては蘇生され挑む。今までのように鈴鹿が2層5区と3層5区を行ったり来たりするわけではなく、すぐ近くにいることで死ぬ間隔が圧倒的に狭まった。それはつまり、淵の番に挑める回数が、 辰砂大鬼(しんしゃのおおおに) の時と比べて何倍にも増えたということである。それでも、ヨキは淵の番を倒すどころか技量が向上したような手応えすら得ることができなかった。

今日のように、淵の番にゾンビアタックをし続けることが鈴鹿に近づくことができる道なのだろうか。考えてもヨキはわからない。どうするべきか、その日の晩御飯を食べた後もヨキは悩んでいた。

その様子を、灰ヶ峰が見ていた。灰ヶ峰はヨキが異常な強さであることを理解している。鈴鹿や灰ヶ峰よりも、ヨキは圧倒的に探索者として歪な存在だった。鈴鹿の持つ訳の分からないアイテムによって強制的に創られた探索者、それがヨキなのだ。それは 大久野(おおくの) が求めていたものであり、蜥蜴が研究していた分野の究極形ともいえる。

ヨキに元々素質があったのか。はたまた鈴鹿の持つアイテムにより何らかの能力の付加がされたのか。それは灰ヶ峰にはわからないが、少なくともヨキの発想は探索者のものではなく、鈴鹿に近しい突飛な思考をしていると灰ヶ峰は判断していた。探索者としての真っ当な道を歩んでいないからこその思考回路だと。

だからこそ、灰ヶ峰はヨキに対して口出しを極力しない。ヨキを攫い人体実験をしていたから後ろめたいなど、そんな理由ではない。ヨキはどうあれ、灰ヶ峰はそんなことを気にして相手への言葉を選ぶようなことはしない。灰ヶ峰が口を出さない理由は、灰ヶ峰という常識的な思考を持つ探索者の考えが、ヨキの成長を阻害することを恐れて灰ヶ峰は口を出さないのだ。

ヨキにアドバイスをしない理由は、灰ヶ峰が常識人だからである。しかし、ここにはもう一人、頭のおかしい探索者がいる。鼻歌を歌いながらお茶請けのお菓子を食べている鈴鹿に、灰ヶ峰が声をかける。

「狂鬼。ヨキは今日、淵の番と戦ったと言っていたな」

「うん、そうだよ」

「ヨキの様子を見る限り上手くいっていなさそうだが、どうなんだ?」

「う~ん、どうなんだろ。ヨキは今日、淵の番と戦ってどう思った?」

鈴鹿に話を振られたヨキだったが、しょぼんと尻尾が項垂れている。わかりやすく上手くいっていないのだろう。

「全然ダメでした……」

「まぁ、淵の番強いからね。けどヨキなら倒せると思ったけど、なんで火魔法とか使わなかったの? 斬撃だって、ヨキはいっぱい出せるんじゃなかったっけ?」

「はい。斬撃もたくさん出せるのですが、封印しました。鈴鹿様みたく、私も斬撃を出さずともモンスターを簡単に倒せるように技術を磨くべきではと思ったんです。ただ闇雲に戦斧を振り回すのではなく、振った後のことも考えて相手の攻撃を避けられたり攻撃を当てられるように……ですが、上手くいきませんでした」

ヨキのその発言に、灰ヶ峰はわずかに驚いた。それは灰ヶ峰と同じ意見だったからだ。友愛の菌糸と鈴鹿が戦っている時、灰ヶ峰はヨキと会話をした。その際、淵の番と戦う時は勝つことを意識せず技量を伸ばせとアドバイスを出そうとしたのだ。灰ヶ峰はヨキがモンスターを倒すために振ったたった一回の攻撃で、ヨキの技量の少なさを見抜いていた。戦斧を振り切った後の動きが、次の手へと繋がる動きではなかったからだ。

一度振れば無数に出現するという斬撃で、大振りをした後の隙をカバーする戦い方。それがヨキの戦い方である。つまり、出現する斬撃さえ攻略できれば、後は隙だらけのヨキが残るということだ。灰ヶ峰は今までのヨキの会話と実際に見たあの一度の戦闘でその弱点を把握し、それを改善するために淵の番で経験を積むべきだと考えた。ごり押しで倒すのではなく、灰ヶ峰のようにスキルを縛って技量を伸ばすべきだと。そうすることでヨキはさらに強くなる、そう灰ヶ峰は思ったのだ。

ただ、灰ヶ峰が言わずともヨキは理解していたようだ。それならば、あとは放っておいても大丈夫だろう。技量など、そんな簡単に身に付くものではない。あの鈴鹿ですら、何度も淵の番に殺されているのだから。そう思った時、鈴鹿がヨキに問いかけた。

「それってさ、ヨキがやりたいことなの?」

「やりたいこと……ですか?」

「うん。なんか淵の番と戦ってた時、すごい窮屈そうだったからさ」

窮屈。それはそうなのだろう。大振りを封じ、カウンターを警戒した戦い方となれば、駆け引きが重要になってくる。その戦い方は、確かに窮屈に見えるかもしれない。

「俺はヨキがやりたいようにするのが一番だと思うよ。技術を磨きたいなら磨けばいいと思うしね。けど、ヨキは相手の攻撃を避ける必要ってあるの? 今までって、攻撃の隙は斬撃でカバーしてたんじゃないの?」

「はい。ですが、斬撃が効かなければ私は隙だらけです。それでは今日のようにすぐに死んでしまいます」

「でもさ、それって斬撃が効かなかったらでしょ? 斬撃で相手の動きを封じたり、絶対に一撃で倒せれば必要なくない?」

無茶苦茶な。そう灰ヶ峰は思った。そんなものは言った者勝ちだろう。長所を磨くことも大事だが、どんな場面にも対応できる力もまた探索者ならば求められる。短所を消し、長所を伸ばす。それが探索者のあるべき姿だ。

しかし、そこまで考えて灰ヶ峰は腑に落ちる。『ああ、それが探索者としての常識か』と。そして、そんな普通の常識で生きる灰ヶ峰を置いていくように、ヨキは鈴鹿に流される。

「確かにそうですね。ですが、今日戦った淵の番や鈴鹿様のように、斬撃がそもそも当たらなかったら厳しくないですか?」

「いや、絶対当てればいいじゃん。当たらなかったらどうしようなんて考えてたら当たらないよ。絶対に当てるし、それで倒すって強く思えれば当たるもんだよ」

「確かに……あ、ですが、例えば物理攻撃が効かないなんてモンスターがいたらどうすればいいでしょうか。これだと斬撃が当たっても倒せません」

「物理攻撃が効かない法則なんて、相手が勝手に作った法則でしょ。ヨキはヨキで絶対に一撃で倒す法則作れば倒せるでしょ」

「……確かに! そうかもしれません! いや、そうに決まっています!!」

何が確かになのか。灰ヶ峰には一切わからない。だが、ヨキは何か 天啓(てんけい) が下りたかのようにすっきりした顔をしている。その様子を見て、やはりアドバイスしなくてよかったなと、灰ヶ峰はコーヒーを啜った。

美しい火山湖のほとりで、淵の番は今日も静かに座っていた。その横には二体のモンスター。このモンスターを倒せば、淵の番が前へと出てくる。

「じゃ、俺は別のエリアボス倒すから、ヨキも頑張りなね」

「はい! 必ずや倒してみせます!!」

そう言って去ってゆく鈴鹿を見た後、ヨキは淵の番たちへと振り返った。その顔は悩みなど何もないと言わんばかりに、 晴(は) れ 晴(ば) れとしたものだった。

ヨキはずっと悩んでいた。 辰砂大鬼(しんしゃのおおおに) を倒すのにも苦労したし、その後だってエリアボス相手に死闘ばかり。ようやく鈴鹿たちと同じ3層へと来れたと思えば、鈴鹿との大きすぎる差に愕然とした。どうすればいいか悩みながらも淵の番に挑めば、大した手ごたえもなくただ殺されるだけ。またヨキは二人に置いて行かれるのか、どうすれば二人のように強くなれるのか、そんな焦燥にも似た悩みが付きまとっていた。

しかし、そんな悩みも今では消えている。

とても、とても簡単な話だったのだ。ヨキが扱う武器は戦斧。一撃に全てをかける武器。外したらとか、効かなかったらとか、そんな女々しいことを考える必要などなかったのだ。ただ、力を込めて全力で振る。それが戦斧の戦い方であり、ヨキが戦斧に求める力であったはずだ。

強くなり、いろんなことができるようになったことで、逆に欲が出てしまっていたようだ。あれもしたい、これもしたいと。ヨキはそこまで器用でもないし強くもない。ただ目の前の全てを一刀両断する。それしかできないし、それができればダンジョンでは十分だ。

「さて、私は鈴鹿様にすぐに追いつかなければなりません。なので、いちいち順番なんて待つ気もありません。だから、ぼけっとしているとこれで終わりですよ?」

碧雲(へきうん) の鱗が剣を構える。しかし、ヨキはそんなことなど知らぬとばかりに無視し、戦斧を振り下ろした。それだけで、 碧雲(へきうん) の鱗を斬撃が襲う。そして、後ろに控える 重鎧(じゅうがい) の鱗と淵の番にも斬撃が襲い掛かった。

ヨキが放った斬撃は、 碧雲(へきうん) の鱗も 重鎧(じゅうがい) の鱗も一刀両断にし黒い煙へと姿を変えさせた。淵の番は巨大な盾を使い斬撃を防ぐが、座っていたせいで体勢が悪く軽く後ろへと押し出される。体勢が悪いとはいえ、あの淵の番をぐらつかせるほどの一撃。それだけでヨキの斬撃の威力が知れるというものだ。

ヨキの不意打ちともとれる斬撃。それを完璧に受けきった淵の番は、大きく口が張り裂けた。まるで正解だとでも言わんばかりの歓喜溢れる顔であるが、声にならない声を上げるや、周囲から大量の碧雲の鱗と重鎧の鱗が出現しだす。

これはペナルティである。順番を守らずにいきなり大将首を取ろうとした不届き者に対する罰。だが、ヨキはワラワラと湧いて出てくるモンスターたちに一瞥もしない。

淵の番とヨキの視線が交差する。この時、ヨキは淵の番の思考がはっきりと伝わってきた。

『それでいい。お前が持てる全力、それを見せてみろ』。そう、淵の番は告げている。

それに応えるように、ヨキの身体の奥底が熱く燃え上がるように熱を帯びていた。それはヨキの原動力である怒り。今なお身体の芯にべったりとこびりついて離れない怒りの炎が、ヨキを支配する。

あの攫われた冬の寒い日から。いや、もっともっと前から、ヨキは怒っているのだ。周りの学友が楽しい青春を送っている中バイト漬けだった時も、みんなが楽しそうに長期休暇に映画やボウリングに遊びに行く中お金がなくて何もできなかったときも、飲んだくれでギャンブル好きな父親のもとに自分を置き去りにした母親にも、そんなゴミのような父親にも。そして、灰ヶ峰という人間に対して未だに踏ん切りがつかない弱い自分に、ヨキは怒っている。

いつもいつもいつもいつも。ヨキは叫びだしたい衝動を抑え続けて生きていた。鈴鹿に褒められて嬉しい時だって、パーティでまるで家族のように楽しくご飯を食べている時だって、鈴鹿に連れられ灰ヶ峰がリサーチした行ったことも無い綺麗な場所を観光する時も、ヨキの中にはいつだって化け物のような情動が暴れ続けている。一枚皮膚をめくりあげれば、その中には何とも醜く幼稚で 悍(おぞ) ましい怒りが渦巻き続けているのだ。

『全てヲ壊しテしまいたい怒りに身ガ焼かれテイル、どうしようもナイ人間か』

それはヨキが初めて宝珠を使った時に見た、幻想の世界で言われたセリフであった。

鈴鹿に言われ宝珠を使った時、最後の一つを使用した際にヨキは別の世界の人間だった者と 邂逅(かいこう) した。

気が付けば、ヨキは戦場にいた。夜空を煌々と照らす火災、生き物の焼ける匂い、崩れた瓦礫を彩る鮮烈な血。断末魔が辺りを支配しているようでいて、けれど耳を澄ましても聞こえはしない。嗅いだことのない不快な肉や髪が焼ける匂いが漂っているが、死体はどこにもない。

ただ、この世界で一人、それはいた。目の前の瓦礫の上で、静かにそれは座っている。

人の形をしていて、人ならざる者。命を 継(つ) ぎ 接(は) ぎして生み出されたような、生き物のなりそこない。身体が乗っ取られようとしているのか、顔の三分の二以上が本人とは別の生き物によって浸食されているようだった。無事な右目は濁った紺色の瞳。いったいどれほどの地獄を見て来ればそんな濁り方をするのだろうか。そして、侵された左目は巨大な赤眼に黒い瞳孔をした人ならざる眼。それが左眼だけで二つもあった。破壊の衝動を満たしたいと、その眼はしゃべらずとも叫んでいるようだ。

美しい鎧はボロボロで、剥がれ落ちた下から見える肌は人のものではない。毛で覆われ鱗が守り、それでも時折人のような肌が見える。異形の化け物であるはずなのにどこか気品すら感じられるそれが、静かにヨキを眺めていた。

何だここは。先ほどまで鈴鹿たちと高知の料亭にいたはずだ。そんなありきたりな疑問が湧くが、ヨキは口に出すことができない。それは目の前の異形の化け物が、見た目だけでなく強さの桁も狂った化け物であるからだ。剝き出しの純然たる力が、ヨキに話す事すら禁じていた。

『なんダ。タダノ子供かと思えバ、お前も私ト同類か。全てヲ壊しテしまいたい怒りに身ガ焼かれテイル、どうしようもナイ人間か』

口すら浸食されているからだろうか、奇妙なノイズ交じりの声で異形の化け物がヨキに語り掛けてきた。

『時間モないか。だが、 重畳(ちょうじょう) 。タダノ人ならば、殺シてしまうところデあった』

異形の化け物が瓦礫から立ち上がり、ヨキへと近づいてゆく。一歩踏み出すだけで、地面が侵され世界が 穢(けが) される。

『私ハ 人魔造兵(じんまぞうへい) 。名は忘れてしまっタ。ただ湧き上がる怒りのママニ禁忌ヲ犯し、衝動のままに戦い続ケるガラクタだ』

それが近づくだけで空間が歪み、あまりの圧に普通ならば膝を屈し逃げ惑うのだろう。だが、ヨキはそんなことは思わなかった。むしろ、一歩、その異形に近づいた。

息すらできないほどの強者の圧力を気にすることも無く、ヨキは前へと踏み出す。ヨキの宵闇のように美しい瞳から、何故だか涙が溢れていた。

『ハハは。私のために泣くか』

空気が澱み、世界を汚し、それでもなお異形の化け物はヨキへと近づき、またヨキもそれに近寄った。

『お前の怒りハ私の怒りだ。恥じるな、恐レルナ、怯むな、受ケ入れろ。それがお前であり、何ヨリノ強さである』

とうとう、目の前に立った異形を、ヨキは何も躊躇することなく抱きしめた。恐ろしいまでの力を内包し、世界すら穢す災厄を身に刻み、存在するだけで死を振りまく異形を、ヨキは抱きしめる。異形の身体は、何と細く頼りないことか。

『感謝する。故に私モ返ソウ。お前が破壊ヲ求めれば、私モ手を貸すと誓オウ。堕ちたるガラクタの力であるが、お前の怒リノ糧としろ』

次の瞬間、ヨキは料亭へと戻っていた。まるで白昼夢のような出来事。しかし、異形を抱きしめた死体のような冷たさだけは、手に残り続けていた。

そして、今、ヨキは湧き上がる怒りに身を預ける。鈴鹿によって照らされた道を歩むために。邪魔立てする者を一切合切斬り伏せるために、破壊の力をその身に宿す。

それに呼応するように、存在進化が解放された。足は鉤爪となり、鱗が生え、肌は寒色の黒へと染まり、口元には血染めの牙が顔を覗かせる。美しい青の髪と、キラキラと陽光を反射する角と尻尾が 夜姫(よき) の気品を際立たせていた。

あの異形の化け物のように、夜姫もまた異形へとその身を変える。

振り上げられる戦斧。迫りくるモンスター。淵の番は全ての攻撃を防ぎカウンターを入れるために盾を構えている。

だが、そんなものは関係ない。この斬撃が当たらぬことは無いし、効果が無いなんてこともありえない。この斬撃は必中であり、全てを断ち切る絶対なる一撃。

『断絶』

夜姫に宿った破壊の化身が、その力を夜姫へと授ける。たった一振り、それだけで碧雲の鱗と重鎧の鱗はもちろん、あの淵の番すら両断された。

溢れ出る黒い煙が夜姫へと吸い込まれる。後に残ったのは夜姫と、未だ消えることのない心の奥底にべったりとこびりついた怒りだけ。それでも、それだけならばヨキは覆い隠すことができる。いつも通りに。

存在進化を解除し、満足のいく結果に尻尾をふよふよ横に揺らしながら、鈴鹿のもとへとヨキは向かうのであった。