軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話 超越者

特級探索者。それはレベル200を超えた者に贈られる、探索者最強の称号である。レベル150の壁を越えた一級探索者すら探索者の上澄みと言われる中、その先に進める者は極わずか。二回の存在進化は生物としての格を確実に押し上げ、特級探索者を見た誰もがその強さを認めることだろう。

だが、ここで疑問も湧く。レベル200を超えたら特級というが、レベル200の先に進む者は何と言われるんだろうかと。50、150で存在進化の強化が行われるならば、250でも強化が行われるはずである。そんな者とレベル200の者が同列のランクというのはどうなんだろうかと。

その答えが目の前の人物だった。

雨道(うどう) 創雪(そうせつ) 。猛虎伏草の創始者にして、初代剣神。不屈の藤原と共にダンジョンブレイクを収める為に世界各国を巡り都市を奪還した 立役者(たてやくしゃ) 。そして、日本で初めてレベル250へと至った探索者である。

特級というランクしかないために、特級に甘んじている化け物。超越者と呼ばれる特級の先へと足を踏み入れた、修羅の世界の住人だ。

突き刺すようなプレッシャーが辺りを支配する。まるで真冬の早朝のように、凍てつくほどの寒さの中に 静謐(せいひつ) さが感じられる。溢れ出る存在感が、否応なしに周囲を威圧していた。

そんな人物が、コツッコツッと鈴鹿とテーブルを挟んだ向かい側へと歩いてゆく。猛虎伏草を始め、千年一剣のメンバーも全員起立し、雨道へ頭を下げていた。鈴鹿も敬意を表し、席を立つ。猛虎伏草を立ち上げた人物とはいえ、今回の件には関係なさそうなのでちゃんとした対応をする。

「やぁ狂鬼君。初めまして、雨道だ。動画は見させてもらったよ。素晴らしい強さだね」

「定禅寺です。ありがとうございます。雨道さんもさすがの強さですね。驚きました」

雨道はダンジョン 黎明(れいめい) 期から活動しているため、年齢は70歳を超えているはずだ。この中でダントツで歳をとっている。しかし、雨道が発するオーラは誰よりもあった。

特級探索者のその先に足を踏み入れた者だ。容姿の良さは言わずもがなだろう。年齢を積み重ねた美しさを兼ね備えながら、本当に70以上なのかとツッコミを入れたくなるほど若々しい。背筋はのびており、淡く青みがかった白髪はかきあげられ後ろでまとめられている。パリッとしたシャツにカーディガンを羽織っているだけで、彼女の上品さが 醸(かも) し出されている。

美魔女。まさにその言葉がぴったりの女性である。

「すまないね。随分迷惑をかけたそうじゃないか」

「ええ、本当に。許されるならちゃんとケジメを付けてほしいくらいには」

「まったく。弱い者たちは虚構の力を求めて困ったもんだ。お前さんもそうは思わないか?」

やれやれと首を振る雨道。年齢を重ねた余裕のある仕草からか、いちいち様になる。

「こいつらはひどく弱いだろう。いつまで経っても成長しない。停滞を甘んじて受け入れる。そのくせ自分たちは強いと自負があるから 質(たち) が悪い」

散々な言われようだが、猛虎伏草も千年一剣も誰一人反論しない。超越者からそう言われたら誰も言い返せないのかもしれない。

「狂鬼君はどう思った? ここにいるのは関西の探索者の中でもトップに立つ者たちだ。こいつらの強さを、狂鬼君はどう感じた?」

水色に光る綺麗な眼を鈴鹿に向けながら、雨道が問う。

「う~ん。強いけど、怖くはないかなぁ」

「アッハッハ! 怖くないか! 言い得て妙だ!」

雨道は鈴鹿の返答を気に入ったのか、楽し気に笑っている。

「この坊やの方がお前たちよりもずっと探索者を分かっているじゃないか。久しぶりに顔を出せばこんなことになっていて、なんて体たらくなんだか。狂鬼君はどこの出身かな?」

「東京です。といっても端っこの八王子ですが」

「東京か。 八駒(やごま) の坊主は東北だし、何が違うのかねぇ」

不撓不屈の天童八駒は山形が出身地だ。その後仙台ダンジョンへ行き、才能を 見初(みそ) められ不撓不屈が勧誘した経緯がある。

ちなみにだが、雨道は日本で初めて剣神のスキルが発現したため、初代剣神と呼ばれている。その後に天童が剣神のスキルを発現したため、二代目剣神などと雨道と分けて呼ばれることもある。初代、二代目と来ると世襲制の様にも感じるが、両者の間に繋がりは無い。剣神とはスキルであるため、発現するかどうかは探索者次第である。たまたま、日本で剣神が立て続けに発現しただけだ。

もちろん、天童が剣神を発現したからといって、雨道の剣神のスキルが消失したわけではない。両者ともに剣神を保有している。

「せっかく関西の地で強さこそ至高であると教えてきたというのに、育ったのがこのレベルとは。私は指導者の素質は無かったね」

うん。それは感じる。溢れ出る毒親感。ギルドの創設者が現代表含めて弱い弱いと連呼しているのだ。地獄のような空気である。まぁ、フォローする気はないんだけど。

「雨道さんはそんなことありません! 自分らが―――」

「恥の上塗りはしないでおくれよ、天満。神のスキルは手に入れたか? レベル10の 頂(いただき) となったスキルはあるか? 無いならばそれが事実だろうに」

誰も答えることは無い。この場にいる特級12名は、全員該当のスキルを所持していないことが判明した。

「強さこそ至高っていうのは、探索者優遇の話ですか?」

「はぁ……。狂鬼君はずいぶん痛いところを突いてくるねぇ」

眉をハの字にして、雨道は渋面をつくる。

「私はただ探索者ならば強さを求めるべきだと説いただけさ。貪欲に、死に物狂いで、全てを投げうってでも先に進むべきだと。だから 大久野(おおくの) がヤクザの真似事をしていたからそれも利用した。当時は探索者に対する差別が強く、世間の理解もなかったからね。そういった探索者の邪魔立てをする輩を黙らせるために、蜥蜴を利用した。全ては探索者がダンジョンの先へ進むことだけを考えられるように」

そこまで言って雨道は大きなため息を吐いた。続く言葉を察してか、猛虎伏草も千年一剣も顔を赤く染めている。羞恥ゆえか悔しさゆえか。

「それが、どうだい? 私が隠居して放置していたら、気づけばこんなダサい組織になっていたんだよ。あまりのひどさに何も口出せず引きこもってしまったほどだ」

崇高な理念というものは、時と共に風化してゆく。雨道が掲げた『探索者よ強くあれ』。その志は、次第に探索者の都合が良いものへと捻じ曲げられてゆく。

レベル250の壁。それに挑むに足る強さに 至(いた) れぬばかりに、自分を強くすることではないことに心血を注ぎだす探索者たち。それを見た時の雨道の呆れと落胆は 如何(いか) ほどだったことか。

雨道が生きた時代では探索者への理解が乏しく、大久野のように存在進化の影響によっては差別の対象とされていた。何もしていない探索者たちがいわれのない罪を着せられ、一方的に虐げられることすらあった時代。それを取りなすために東では不撓不屈の藤原が制度を整え探索者の理解向上に努めた。そして、西では雨道が蜥蜴という名の武力を用いて有象無象を黙らせた。

そんな些事に時間を割くつもりは無い。邪魔するならば斬り捨てる。私は先に進むのだから。雨道の要求はとてもシンプルであり、探索者たちをひたすらダンジョンに放り込み続けた。探索者ならば強くなって見せろと。

だが、雨道が引退し一人修練に明け暮れていたころ、後を任された者たちは 愚物(ぐぶつ) であった。蜥蜴という使い勝手の良い力を手に入れた子供。探索の邪魔をする者でもない、ただ自分の邪魔をする者を排除するためにその力を振るう。

気付けば探索者は強くあるべきだという意味の強さこそ至高という内容が、強さこそ偉いという陳腐なものに置き換わっている始末。レベル100程度を超えた烏合の衆が、自分たちは偉いのだと 宣(のたま) っているのだ。あまりの 愚(おろ) かさに笑いすらこみ上げない。

そして古巣の猛虎伏草に行けば、笑顔でこんな 戯言(ざれごと) を報告してくるのだ。

『東の連中を潰す計画が 粛々(しゅくしゅく) と進められています! 実現すれば、西が天下を取ることができます!!』

そう報告を受けた時、雨道が見切りを付けたのは言うまでもない。探索者ともあろう者が、どれだけダンジョンの先へ進めているのかではなく、ダンジョン外の権力を求めておままごとをしているのだ。哀れな連中である。

「なんでそんなアホみたいな状態になってるのに放置したんですか?」

「 酷(こく) なこと言わんでおくれよ。私は探索者だよ? なんで馬鹿の教育までせにゃならんのだ」

そんな時間があれば剣を振る。それが雨道という人物である。

「まぁ、わからないでもないですけど。あれ? でも東西の確執って雨道さんと藤原さんが原因って聞いたような」

「始まりはね。だからこそ、私は西へ来たんだ」

「何があったんです?」

鈴鹿の素朴な質問に、周囲の緊張が高まる。

西において藤原の話はタブーとされていた。超越者たる雨道の気分を害する話をあえてする者などいない。しかし、結局はそれはいらない 忖度(そんたく) である。そうやって、勝手に考え、配慮し、本人に確認もせずに進み続けた結果が、西の今の状況と言えた。

西が東を潰してでも求めたもの。それは雨道のパーティメンバーである。レベル250を超え、その先を共に歩く者。それを西は求めた。

いずれ西でも生まれるだろう。そう期待していたが、西の地で神のスキルを発現する者も、レベル10のスキルに至る者も現れない。それなのに、天童という剣神の所有者は東の地で現れた。もちろん雨道と協力してくれないかと、猛虎伏草は出向いて誠心誠意の依頼をしている。しかし、天童はそれを拒んだ。そこから東西の仲が最悪となる。

一向に現れぬ強者。しかし雨道は歳をとり続ける。存在進化の影響で寿命が延びる説もあったが、確証はない。それに若々しい見た目をしているが歳は取っていることは感じられる。これでは、いずれ強者が現れたとしても、雨道が帯同できなくなるかもしれない。それに焦りを感じた西の人間は、次こそ現れた強者を取り逃さないために東を潰す選択を取る。

束の間の西の支配でも良い。全ては雨道をレベル250のその先に進めさせるために。その後に西が潰されようとも構わないと、彼らは視野 狭窄(きょうさく) の如き 浅慮(せんりょ) な考えで突き進んだ。強者こそ至高という考えが強者こそ偉いと変わったものの、元々は東といがみ合いながらも強い探索者を排出しようと尽力していたはずなのに。

驚くべきは西のこの考えは全て雨道への 忖度(そんたく) であるという点だ。雨道がパーティメンバーを連れて来いと命令したことなど、ただの一度もない。探索者は強い者に惹かれる。猛虎伏草も、千年一剣も、押しなべて雨道を崇拝している。まるで鈴鹿の視聴者のように、探索者は強き者に惹かれてしまう。彼らのヒーローを先に押し進めたいというエゴのために、彼らは勝手に動いていた。

雨道という輝きを先に進ませる。そのために日本がどうなろうと構わない。最強へと至る探索者をこの目で見るために、彼らは愚行へと手を出したのだ。厄介オタクの究極版、最低最悪な推し活である。ある意味、雨道も被害者と言えるのかもしれない。

そんな雨道が、藤原との確執について告げる。

「簡単さ。私は探索者だった。で、あいつは 為政者(いせいしゃ) だった。それだけだよ」

「うん? すみません。もう少しかみ砕いて教えてください」

「若い頃の話だから恥ずかしぃね。そうだね。狂鬼君、ご飯でもどうだい。酒でも飲みながら話そうか」

「まだお酒飲めないけど、それでもいいなら」

素面(しらふ) で話したくないことってあるよね。昔の失敗談とか特に。

遅めのお昼でお好み焼きを食べてきたのだが、ガッツリしたものでもなければ食べれるくらいにはお腹も落ち着いている。どこに連れてってくれるのか。まさか西成みたいにひどいご飯屋さんということもあるまい。

「何がいいかな。食べたいのはあるかい?」

「う~ん……あ! 蟹!! か〇道楽!!」

「蟹か。いいね、私も久しぶりだ。誰か手配をお願い」

「あの道頓堀にあるところがいいです。あそこで食べてみたい人生だったので」

何度か観光で訪れて大きな蟹が動くお店の前を通ったことがあったが、ついぞ食べたことは無かった。昨日も結局灰ヶ峰たちのせいで蟹を食べ損ねたし、念願叶ってようやく美味しい蟹が食べれそうだ。

雨道が席を立ったので、ルンルン気分で鈴鹿も席を立ち帰ろうとする。しかし、それを灰ヶ峰が止めた。

「狂鬼、まだ何も終わっていない。飯に行くのはいいが、今回のケジメは付けておくべきだ」

「ん? ああ、確かに」

危ないところだった。ここに来た目的を忘れて帰るところだった。

あまりに雨道のインパクトが強く、話の内容も魅力的だったので忘れていた。ここには今回の件の落とし前を付けに来たんだった。

「う~ん。3億とアイテム3つだっけ。これって妥当?」

「過剰だな。殺人未遂であって、お前は実質的な被害を被っていない。火消しのためにリスクを侵したくらいだ。この提示は猛虎伏草側の誠意と取れる」

鈴鹿は自死を要求されたが、実際に死んでいる訳でも家族を傷つけられたわけでもない。もちろんそれは鈴鹿が尽力したからに他ならないが、被害度で言えば顔出し配信したくらいか。

「ふーん。槍はいらないなぁ」

「他の装飾品や武器に変えることも検討できますが」

「あ、じゃあ食品とかない?」

「食品なら4層や5層の1~3区で入手できる物ならいくつかあります」

「じゃあ槍とそれ交換して。それで終わりでいいや」

すでに鈴鹿の中で猛虎伏草のことがどうでもよくなってしまった。雨道と話せる機会があるなら、そっちの方が有意義そうだと興味がそれてしまった。レベル250を超えた 女傑(じょけつ) と、レベル200を超えたら西だ東だとくだらないお遊戯に興じる探索者 擬(もど) き。後者に興味を持てと言う方が無理があるだろう。

「話は終わったかい? じゃあ行こうか狂鬼君。食品はあとで持ってきなさい」

「あ、じゃあ、この二つは貰っちゃうね。君たちも探索者なら探索者らしくダンジョン探索してたら? 西だ東だとか正直痛々しいよ。そういうのは中学生までに卒業しなね」

鈴鹿が思っていたことを猛虎伏草たちに告げ、テーブルに置かれた一式防具のリングと首飾りを収納にしまう。灰ヶ峰が妥当以上だと判断したなら、悪いものではないのだろう。特級の数も減らせないって言うし、落としどころとしては良かったのかもしれない。

「3億だって3億。凄いね。あとでメイドにもあげるね」

「ありがとうございます」

「灰ヶ峰はダメだぞ。お前は加害者だからな」

「貰う気もない」

楽し気に会話しながら、鈴鹿たちは応接室を後にする。後に残されたのは、プライドというプライドを粉々にされた、探索者の上澄みであるはずの者たちであった。