軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報告書と計画

注文していたドレスと普段着を受け取った日の晩。

ベッドに入りウトウトしていたところ、バルコニーの窓ガラスに何かが当たっている音が聞こえてきた。

(エドガーの使いが来たのかしら? 意外と時間がかかったのね)

一日で終わると言っていたはずだが、何か不測の事態でも起こったのかもしれない。

すぐにベッドから降りて上着を羽織り、カーテンを開けるとバルコニーの手すりに鳩が大人しく止まっていた。

二十年経っても伝書鳩を使っているのだなと関係ないことを思いながら窓を開けて鳩に近寄り、足に付けられている紙を取る。

「ご苦労様」

言葉が通じたのか、鳩は羽をバサバサと動かして飛び立っていく。

さて、内容を確認してみよう。

部屋に戻り、ベッドサイドテーブルに置かれた燭台に火を付けて読み始める。

まずはアリアドネが生まれる前後の公爵夫妻のことについて。

(意外だわ。産後に体調を崩したというのは本当だったようね)

ただし、体調を崩した原因はアリアドネではなかった。

フィルベルン公爵は当時不倫しており、その相手の子爵夫人による嫌がらせが原因。

子爵夫人とアリアドネの母である公爵夫人は幼少時より犬猿の仲だったことも関係していたらしい。

不倫関係はアリアドネを妊娠していた頃から始まっており、お腹の子供を守るためにと公爵夫人は嫌がらせされても我慢していた。

けれど出産後、生まれたのが女の子だったことから嫌がらせは加速し、公爵夫人は精神的な疲労からどんどん衰弱していった。

寝込んでから初めて事の重大さを理解した公爵が不倫相手を捨てて公爵夫人の元に戻り、嫌がらせがなくなったことで彼女も回復し夫婦の仲も改善した、というもの。

その後、なぜか不倫相手だった子爵家の事業が傾き、運悪く領地での災害も重なって没落。夫妻は貧困により病死したことも書かれている。

子爵夫人の実家も自分達が食べていくのに必死だったとのことで援助もできなかったと。

「悪いのはフィルベルン公爵だけじゃないの」

不倫相手の女性も悪いが、止めない公爵はもっと悪い。

公爵夫人に同情する部分もあるが、問題は公爵夫人が不倫相手からの嫌がらせを受けて女児として生まれたアリアドネへの愛情を失った点である。

また、報告書にはなぜか事業が傾いたと書かれているが、フィルベルン公爵がそう仕向けたのではないかとも思った。

プライドの高い人だから不倫相手から世間に公表されることを恐れたのではないか。だから消して無かったことにしようとしたのでは? と。

十年以上前のことだから証拠はないだろうが、そう考えないと事業が傾いた理由が明らかになっていないのはおかしい。

けれど、これで疑問は解消された。

フィルベルン公爵は過去をほじくり返されるかもしれない娘の存在が疎ましい。公爵夫人は当時の悔しい気持ちとアリアドネのせいでという思いから彼女へあの態度を取っていた。

というのは私の勝手な予想ではあるが、そう大きく外れてはいないだろう。

彼女の過失は全く無く、大人の勝手な事情に巻き込まれただけの被害者。

「賢くない人間というのはどうしてこうも愚かなのかしら」

解決する策はいくつもあったはずなのに、ギリギリになるまで対応すらしなかった。

全ての責任をアリアドネに押しつけて家族からはじき出すなんて大人のやることではない。

だが、まずはアリアドネに何の非もないことが知れただけでも良かったと思おう。

「あとは領地と事業の件ね。……業績は年々下がってきて良かったときの半分になっているのね。新しいことはせずにこれまで通りにやっているようだから余所にお客を取られててもおかしくはないわ。領地も事業も人任せで細かい不正をしているようだが公爵は確認もろくにしてないから、まだ気付いてもいない、と」

こちらの件は現時点で私が手を出す必要もなさそうだ。

不正の証拠は探せばあるだろうし、慌てる必要もないだろう。

「この程度だったら、余裕で大丈夫そうね。さあ、エリックの方はどうかしら?」

頼んだことの二つはクリアしたので、最後の依頼であるエリックの現在を読み始める。

彼は母親の実家である伯爵家におり、病弱で屋敷からは出たことがないとなっている。

けれど、現在彼はビルと名前を変えて、伯爵家と親交のあるタリス男爵家の息子として生活しているようだ。

養父から爵位を譲り受けており王城の財政部に所属し、主に北部を担当していると。

恐らくここを調べるのに時間がかかっていたのだろう。

「北部はリーンフェルト侯爵家の領地がある地域ね。違法経営に人身売買、密輸の摘発の指揮を取っていた……この人、思った以上に優秀かもしれないわ」

フィルベルン公爵という地位に相応しい教養と才能を持っている。

当代の公爵と比べると雲泥の差だ。

こういうタイプは敵に回すと厄介だが、味方であれば心強い。なんとか味方に引き入れたい。

「真面目で情に厚いタイプだと嬉しいけれどこれだけだと分からないわね。それにフィルベルン公爵領がある南部地域の担当ではないとなるとフィルベルン公爵家にそこまで執着を持っているわけではないのかしら?」

扇動されやすいタイプであれば楽だが、実績を見るにそういう人でもなさそうだ。

だが、正義感の強いタイプであることは間違いないだろう。

「どちらかというとクロードと似たタイプかもしれないわね」

となると、執着がないわけではなく今は証拠集めか地盤を固めている可能性もあるが、どちらにせよ本人と会ってみなければ分からない。

ここで一人で考え込んで表面だけ見ていても何も始まらないのだから。

「その絶好の機会が近々あることだし、様子を見てみましょうか」

エドガーからもたらされた報告書によると、近々皇帝主催の狩猟大会が開かれるらしい。

そういえばこの時期だったなと記憶が蘇ってくる。

国内の貴族が一堂に会する大きなイベント。

舞踏会や戦勝記念祝賀会と違って子供の参加も認められている。

世間体を何よりも大事にしていそうだから、出席させなければ他の貴族からどんな目で見られるかを考えると私を出席させるはずだ。

「けれど……アリアドネだものねぇ」

平穏無事に終わるとは考えられない。

日記にも親戚の子息令嬢からバカにされていたとも書かれていたので、絡まれると思っておいた方がよさそうだ。

面倒ではあるが、クロードの顔も見ておきたいしエリックにも会ってみたい。

とは思うものの個人行動はそこまでできないとなると、クロード達に声をかけるのも難しいかもしれない。

遠目から確認するくらいしか出来なさそうだが、まあ焦っても仕方がないだろう。

「それにフィルベルン公爵が黙ってみているわけがないわ」

性格がガラリと変わったアリアドネを大人しくさせたいという考えは絶対にあるはずだ。

私が自信がある強気な女であることを見せれば見せるほど、公爵夫妻は過去を思い出して不快になる。

ということを考えると貴族が一堂に会する狩猟大会は私の鼻を折るのに絶好の場と言っていい。

むしろ子息令嬢より公爵に注意をした方がいいかもしれない。

(私も過去の狩猟大会でクロードを狙ったこともあるし、用心するに越したことはないわ)

さすがに娘を殺そうとするほど愚かではないと思いたいが、後先を考えない人間は何をするか分からない。

思考は読みやすいし扇動もしやすいが、公爵は表面を取り繕うために深く考えずに行動に移すようなタイプだろう。

「さて、公爵はどのような策をとってくるかしら?」

狩猟大会が行われる会場は結構な広さだ。

夫人や子供達が寛ぐテントを置く広場があって、手前に小動物のエリア、奥に熊や狼などの動物のエリアがあったはず。

一番手っ取り早いのは奥のエリアに置き去りにする方法ではなかろうか。

飲み物に何か仕込んで眠らせて森の中に放置するのが一番簡単にできる。

もしくは、小動物エリアで狩りに参加しろと言うかもしれない。

むしろ置き去りにされた方が私としては都合がいい。酷い扱いを受けているということを他の貴族に見せつけることができるから。

幸い、狩猟大会が行われる森の地図は頭に入っている。二十年やそこらで大きく変わっているとも思えない。特に目印は変わっていないはずだ。

…………とはいえ、これは私が自分でやるならそうするというだけで本当に公爵がやるかどうかは分からない。

全く別のことかもしれないし、そもそもしないかもしれない。

(杞憂で終わればいいけれど、それでも何があっても良いように備えだけはしておかなければね)

読み終わった報告書に火を付けて暖炉に放り込むと、庭から採取して保存していた草花を机の上に広げて使えそうなものを選んでいく。

「あまり生態系に影響しないものにする必要があるわね」

いくつかの草花を選び、何と混ぜ合わせるか考える。

分量も考えないと即効性を発揮しないから注意が必要だ。

使うことがなければ良いと願いながら、私は手を動かすのだった。