軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終わりと始まり

アラヴェラ帝国を揺るがした今回の事件からしばらく経ち、主要な犯人達の処遇が全て決まった。

主犯であるヘリング侯爵に私の父親であったベルネット元伯爵、オドラン子爵夫人は処刑。

ヘリング侯爵と繋がっていた家門は爵位没収の上で国外追放となった。

オドラン子爵は夫人に利用されていただけだったのが判明したため謹慎処分となったが、責任を感じたのか爵位を返上し皇室の監視下に置かれることを望んだ。

きちんとした裁判も行われた結果、二十二年前の毒殺事件の真相も明かされた。

あの件はアリアドネ・ベルネットが主導していたのではなく、ヘリング侯爵とベルネット元伯爵が主体となって動いていたこと。

毒物はベルネット元伯爵が娘であるアリアドネ・ベルネットから盗んだものを使用していたことが公になった。

悪女だと思われていた女性は利用されただけの被害者だったのだと周知されることになったのである。

これはクロードの功績だろう。随分とあちこちで動いていたようだから。

彼の献身的な行動には頭が下がる。

それだけ姉として慕ってくれていたのだ。一度死んだけれど、弟のそうした思いを知れたことは何物にも代えがたい。

あの頃の私にも損得勘定抜きにして思ってくれている人がいたのだから。

「できれば死ぬ前に気づけたら良かったのに……」

ポツリと呟いた私の言葉に「今、なんて言ったの?」とテオドールが問いかける。

私は笑顔でなんでもないと首を振った。

あの事件が落ち着いて、フィルベルン公爵家から正式にテオドールへ婚約の打診をしたのだ。

そう、私がエリックに婚約させて欲しいと頼んだのである。

今日は、その件に関してテオドールから話があると直々にフィルベルン公爵家に訪ねてきていた。

断るつもりはないだろうとは思うが、何を話すのか読めなくて柄にもなく内心うろたえている。

屋敷の庭で私とテオドールは二人でお茶を飲んでいる真っ最中。

ここは私から切り出した方がいいのか。それとも彼から言ってくるのを待つべきか。

どうでもいい相手なら上手くやれる自信があるが、そうではないから対応が分からない。

何杯目か分からない紅茶を飲んでいると、テオドールがコップをテーブルに置く音が聞こえる。

ついに来たかと身構えていた私に彼は問いかけてきた。

「婚約の件なんだけど……。アリアがフィルベルン公爵に頼んだって聞いたんだけど本当なの?」

「ええ」

「アリアが僕との結婚を望んでいるっていうこと?」

「そうです」

「それは僕と結婚することが両家のためになるから?」

「結婚において一番重要なのはそこではありませんか?」

いまいちテオドールが何を言いたいのか分からなくて首を傾げてしまう。

彼はずっと私に好意を抱いていたから喜んでくれると思っていたのに、今の彼からはそのような感情がないように思える。

一体どうしたというのか。

「そうだね……。アリアは悪くないよ。僕が欲張りだからこういう気持ちになってるだけだから」

「そのようなことはありません。テオ様は謙虚な方ではありませんか」

「ううん。僕はアリアが思っているよりも欲張りだしないものねだりなんだよ」

私の目を見て、テオドールは困ったように微笑んでいる。

どう考えても私の中ではそのイメージはない。クロードに遠慮して本心を言えなかったではないか。

自分よりも他人の感情を優先する優しい人だというのに。

「かっこ悪いところなんてアリアに見せたくないから、黙ってただけなんだよ。本当の僕は小さい人間なんだ」

「本当に小さい人間は他者にその気持ちを打ち明けることはしませんよ」

「アリアがそうじゃないよと言ってくれる人だから甘えてるだけの卑怯者なだけ」

「甘えることの何が悪いのですか? 私は弱音を吐き出してもらえる存在になれたことが嬉しいです。心を許せる相手になれたことは光栄に思います」

「アリアは優しいね……」

「どうしたのですか? 何がそのように引っかかっているのですか?」

すんなりと婚約が受け入れられると思っていたのに、どこに引っかかっているのか。

テオドールの本心が分からなくて私は不安に駆られる。

私の言葉を受けて下を向いていた彼がゆっくりと顔を上げた。

「僕はアリアが家のために僕との婚約を決めたんじゃないかって思ってて……。勿論、アリアと婚約できることは嬉しいし望んでいるよ? でも今は僕の小ささに自己嫌悪してるだけなんだ」

「テオ様の不安を私に教えて下さい。自覚しなければ私も改善できませんわ」

「アリアは何も悪くないよ……! ただ、僕はアリアが好きだから……アリアも僕を好きでいてくれたらなって思っちゃってるだけで」

「え? 私もテオ様が好きですよ?」

「………………へ?」

テオドールはまるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情で私を見ている。

あ、そういえばまだ私はテオドールに自分の気持ちを伝えていなかった。

私の気持ちが分からなくて不安になっていたのか。

「男性を好きになったことがないので自信はありませんが、テオ様を見ていると可愛いなあと思ったり、つい目で追ってしまったり、たまに見せる真剣な表情を見るとなんだか心が温かくなります。それに一緒に居るととても安心するのです。……これは異性に対する好きという気持ちなのだと思ったのですが、普通は違うものなのでしょうか?」

「違わない! それは恋愛感情の好きの方!」

テオドールが席を立ち前のめりになっている。

ここまで言うということは、ちゃんとこれは恋愛感情なのだ。ホッとした。

「ほ、本当に僕のことが好きで婚約をフィルベルン公爵にお願いしたんだ……」

「そうだったのですが、私が先走ってしまったせいでテオ様を不安にさせてしまいましたね。申し訳ありません」

「ううん! 今、こうやって話してもらえたから大丈夫。それよりもいつから僕のことを……その、好き……だったの?」

「自覚したのは新入生歓迎パーティーのときでしょうか。それ以前から好ましいという感情は抱いていましたので明確にいつかは分かりませんが……」

私がそう言うとテオドールは嬉しそうにはにかんでいる。

この純粋な人を何かあったら私が裏であれこれして手助けしていこう。

「ずっと弟みたいに思われてるんだろうと思ってたから、僕を好きになってくれるなんて夢みたい。僕はまだまだ未熟だけど、アリアの隣に立つに相応しい男になるから」

「今でも十分テオ様は素敵です。今回の件だって裏でテオ様が動いてくれたからこそ、助けられた面もありますもの。勘が鋭くてピンポイントに何を調べれば良いのかを判断されてましたしね」

「それは僕がアリアをずっと見てたからだよ。あと義父上のこともだけど。……僕、アリアと義父上の関係性に憧れているから」

「私とリーンフェルト侯爵の、ですか?」

何か疑いを持たれているのかと焦る。

けれどテオドールの表情は変わらずにこやかなままだ。

「アリアの聡明さと博識なところも誰が相手だろうと物怖じしないところも尊敬しているんだ。義父上の自信に満ちた冷静な大人の姿もね。それに心から相手を信頼しているっていう二人の関係性に憧れるんだ」

「ああ、そういう」

「婚約するから終わりじゃなくて、アリアから頼られる存在になれるように……義父上を超えられるように努力は惜しまないよ」

「きっとテオ様ならリーンフェルト侯爵を超えられますよ」

そんなことはない、とテオドールは言いたそうな表情をしているが、嘘ではない。

良くも悪くもクロードは良い子で正攻法しか取れない人間なのだ。

けれどテオドールは場合によって多少の無茶も出来てしまう。

これから様々な経験を積んでいけばクロードを超えることは可能だと私は思っている。

私のように道を外すこともないだろうし。

「アリアに言われると本当に出来そうな気持ちになってくるから不思議」

「その言葉を聞けて嬉しいです。テオ様を隣でお支えしますから、これからよろしくお願い致しますね」

「アリアと一緒ならどんなことだって乗り越えられそうだね。僕もアリアが安心して体を預けてくれるように頑張る。……僕を選んでくれてありがとう」

真剣な眼差しのテオドールに両手を握られ、心が締め付けられるような感覚を覚える。

これも恋の症状のひとつなのだろうか。

けれど不快感はなく、どこか幸福な気持ちを抱いた。

きっとこの人とだったら大丈夫。

(アリアドネも良かったと言ってくれるかしら)

返事なんてないけれど、願わずにいられない。

いつかあちらに行ったときに私が決断した全ての答え合わせができるはず。

私と同じ名前を持つ可愛いあの子に会うのが今から楽しみだ。