軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

クロードとアリアドネ

セシリア皇女との面会を終えた私は騎士の案内ですぐにクロードの執務室へと帰ってきた。

部屋に入ると彼は待ちわびていた様子で立ち上がり、私に近づいてくる。

「どうでした?」

「思ったよりも悪そうね。何が原因なのか特定は出来なかったけれど、引っかかる部分はあったわ」

「引っかかる部分ですか?」

「ええ。ハイベルグ王国産の紅茶をよく飲んでいるそうなのだけれど、ハチミツのような匂いがして砂糖を入れなくても甘いのですって。あそこの茶葉は濃いめで苦いでしょう? だから違和感があってね」

「そうなんですか? 姉上はハイベルグ王国の紅茶を飲んだことがあるのですね」

考え込むような表情を浮かべたクロードが私に視線を合わせる。

大半は国内で消費しているが、つてがあれば手に入れられるはずだが……。

まあ、私も招かれて飲んだことがある程度だから、クロードになくても不思議ではない。

「ヘリング侯爵のお屋敷で出されたことがあったのよ。珍しいから覚えていただけ」

途端にクロードの表情が険しくなり、人を射殺せるような鋭い眼差しになる。

私に対してではないというのは経験で分かっている。

彼は今も私が殺された頃から時間が止まっているのかもしれない。

「昔のことは良いのよ。今はセシリア皇女殿下のことでしょう?」

「姉上は恨みや憎しみがないのですか? あの男のせいで姉上は」

「あれは私にも非があった。なのに誰かのせいにして私の罪を軽くするような行いはしたくないだけよ」

私の言葉を受けたクロードが大きなため息を吐いて、片手で目を覆う。

彼からしたら甘いと思われても仕方が無い考えなのは分かっている。

「それよりもセシリア皇女殿下から条件として以前診察した宮廷医ではない人、薬は出さないこと、皇后陛下が同席するという条件で診察を受けてもいいという言葉をもらったわ」

「……あんなに頑なだったのに、どのような魔法を使ったのですか?」

「セシリア皇女殿下は宮廷医と彼が出した薬に不信感があったからそれを取り除いたの。あと、私に学院での様子を尋ねるくらい皇太子殿下を尊敬して大好きなようだから、そこを突かせてもらっただけ」

「なるほど。少し大袈裟に話した、と」

さすがクロード。姉の性格をよく分かっている。

私は心の中で彼に拍手をした。

妹思いの皇太子だから、多少脚色したとしても宮廷医の診察を受けてくれる気になったのだから流してくれるだろう。

「ですが、姉上のお蔭で診察ができるようになりました。ありがとうございます」

「大したことはしてないわ。私が診るより本職の人間が診るのが一番だもの。だからクロードも一度セシリア皇女殿下に会って診て欲しいの。まあ、その許可を取るの忘れちゃったんだけれど」

「なんで忘れるんですか!?」

「ついウッカリ。悪いわね」

「ビックリするほど申し訳なさが感じられない……!」

クロードは目を見開いて私を凝視している。

忘れていたことへの多少の罪悪感はあるが、忘れていたのだから仕方ないではないか。

「……大丈夫よ。宮廷医の診察が終わって体調不良になるとかなければ、セシリア皇女殿下の不信感も薄まるし貴方の診察を受け入れてくれるかもしれないでしょう?」

「待たなくても姉上が診ればいいじゃないですか。俺よりも正確な診断ができるでしょう?」

「世間から見て十四歳の子供の診断結果は合っていたとしても信用に欠けるでしょう……。たとえ陛下とクロードが受け入れたとしてもね。準備も何もしていないのに他の貴族が付け入る隙をわざわざ与えるのは、危険だと思うわ」

私がまだ十四歳の子供だということを思い出したのか、クロードは言葉に詰まった。

言葉の重みが全くなく軽すぎる年齢。子供が一丁前に偉そうなことを言っていると思われるだけで、まともに取り合ってももらえない。

「……軽率な発言でした。社会的地位がある俺が矢面に立った方がいいですね。俺がセシリア皇女殿下を診察できるように調整します」

「頼むわね。……それと、面会前に言っていた薬の件はどうなったのかしら?」

「ああ。それならセシリア皇女殿下に出されたものと同じ薬を持って来てもらいました。診察の許可が下りたことで頭からすっぽ抜けていました」

「貴方だって人のことを言えないでしょうよ……」

「血の繋がった弟ですから、似ているのでしょう。仕方がありませんよね」

文句のひとつでも言ってやりたいが自分のことを棚に上げてまで言うことは出来ず、私は唇を噛んだ。

育った環境は全く違うのに、どうしてこうも思考が似通う部分があるのか不思議である。

ともかく、薬を手に入れてくれたのは良かった。

薬が合わなかった、副作用が出たことも考慮していたけれど、セシリア皇女の話を聞いてその可能性が高くなったから早めに調べたかったのだ。

「もうこの部屋にはあるのでしょう? 出してもらって構わないかしら?」

クロードは「すぐに」と言って席を立って机の上から小さな袋を手に取ると、私がいるテーブルの上に置いた。

再びソファーに座った彼は、小さな袋から紙に包まれたいくつかの薬を取り出す。

テーブルに置かれた内のひとつを私は取ると、包んでいた紙を丁寧に開けた。

「これはセシリア皇女殿下に出されたものと全く同じ物で合っているかしら?」

「ええ。殿下が『飲まない!』と言ってはたき落とした現物になります。俺が責任者を務めている王城の薬室で管理していたので中身はそのままです」

ならば、すり替わっている可能性は低いだろう。

手に取って包みを開けてみる。

乾燥させた薬草を細かく砕いたもので、鼻を近づけて嗅いでみるが特に気になる匂いはしなかった。

「この匂いはアルンの茎ね。発熱が主症状だし、大抵の場合処方される薬だわ。他のは血の巡りを良くする薬と喉の炎症に出される薬かしら。組み合わせとしては当たり前のものでおかしなところはないわね」

「匂いだけで良く分かりましたね。毒だけじゃなくて薬にも詳しいとは」

「薬だって使い方によっては毒になるもの。覚えておいて損はないから勉強したのよ」

尤も、クロードよりも優れていたいという気持ちがあったからだ。

ともかく、この薬で副作用があったという話は今まで聞いたことがない。

「この薬はセシリア皇女殿下が熱を出したときにいつも出されていたのよね?」

「そうです。これまでは薬が効いて回復しておられました」

「今回に限って服用後に体調が悪くなった……」

匂いにおかしなところはないから、薬自体に問題はないだろうが一応味も確かめておこうか。

人差し指を細かく砕かれた薬に触れさせ、付いた薬を少量口に含んだ。

少し味わったあとで持って来ていたハンカチにそのまま吐き出す。

「中身ならすでに調べて問題ないと結果が出ていますが、何か入っていましたか?」

「全く。正常な薬ね。宮廷医が犯人という説は低いのではないかしら」

「それは両陛下も仰っていましたね。一応、残りも確認してもらっていいですか?」

頷いた私はクロードから差し出された残りの薬の匂いと味を確認していく。

けれど、結果は何も変わらず至って普通の処方される薬だと分かっただけであった。

(やはりセシリア皇女の体質によるものなのかしら? それとも)

クロードも同じことを考えていたようで、私と彼は顔を見合わせて首を捻った。

ともかく、不安要素はひとつずつ消していくに限る。

まずは別の医者とクロードに診察してもらった結果を待つしかない。

あと、これは一応聞いておこうと私は口を開く。

「そういえばハイベルグ王国の茶葉は向こうから贈ってきたの?」

「いえ……確かスビア伯爵が親しくしている人にお願いして協力してもらったそうです。それでハイベルグ王国産の茶葉をあちらの国が献上してきました」

「ではハイベルグ王国でブレンドされたものなの?」

「ええ。そう聞いています。セシリア皇女殿下にということだったので飲みやすいように甘くしたと」

「それは貴方が毒見を担当したのよね? 変わった点はあった?」

「いえ、甘みを出すためのものが入っているだけで、おかしな点はなにも」

スビア伯爵が関係していると知った私は眉を顰めた。

彼は私の生前、隠れ貴族派でヘリング侯爵に情報提供を行っていた人の一人。

気弱で臆病、長いものに巻かれる性格だったから、自ら実行に移すような大それたことはしないと思っていたけれど。

ただ単に利用されただけなのだろうか。けれど、ここにきて当時の貴族派の人間が関わっていることが気にかかる。

しかも事前に毒が入っていないことが確認できているのであれば、後から混入させたか、また別の原因があるのか……。

疑惑を確かめたくて私はクロードに質問を投げかける。

「セシリア皇女殿下の症状が出始めたのはいつから?」

「明らかな症状が出始めたのはここ一ヶ月くらいでしょうか。それ以前から徐々に悪化していったという感じでしたが……」

「ハイベルグ王国産の茶葉がセシリア皇女殿下の手に渡ったのはいつ?」

「……三ヶ月ほど前だったと思います」

蓄積されるものであれば、量にもよるが症状が出始めておかしくない。

ただ私が心配しすぎているだけなのかもしれないが、スビア伯爵が関わっていることが気にかかる。

そういえば、クロードはマカレアが入っていることには気づいているのだろうか。

「甘みを出すために使われているのは何だと思う?」

「……マカレアでは? 特に毒性もない無害なものですし、砂糖の代わりに使うこともありますのでおかしくはありませんよね」

今の言葉から、クロードはマカレアとナルキスの抽出液の関係性を知らない。

ただ、あの効果を知っているのは私だけだったはず。クロードが知らないのだから公にはなっていないのだろう。

確か、当時マカレアとナルキスの抽出液の関係を記した書類があったはず。嫌な予感がして私は口を開く。

「私の死後、隠し部屋の物は全て処分したのよね? 内容は確認した?」

「確認しました」

「そこにマカレアの件について書かれた書類はあった?」

「……いいえ、ありませんでした。姉上の研究結果なので、頭に入れておかなければと思って覚えたので確実です」

あのとき父は使用された毒と一緒に書類も抜き取っていたのか……。

それをヘリング侯爵に渡していたとしたら、今回満を持して使おうとなっていてもおかしくはない。

ヘリング侯爵に渡していなくても自分を助けてもらおうと取り引きとして誰かに渡しているかもしれない。

ただの偶然かもしれない。でももう少し情報が欲しい私はクロードに問いかける。

「ところで話は変わるけれど、ネルヴァ子爵は最近なにをしているか分かる? 誰かと会っているとか、何かを搬入するのに協力しているとか、他国との繋がりとか」

「ネルヴァ子爵ですか? そうですね……数年前から西方諸島との取り引きが増えていますね。あとその関係で帝都内の空き家や倉庫を購入しています。ああ、そういえば学院の方に新しく西方諸島から仕入れた茶葉を納入したみたいですね」

「もしかしてラナン地方の茶葉かしら?」

「よくご存じですね。その通りです」

隠れ貴族派としてヘリング侯爵に情報提供をしていたのはもう一人いる。

今言ったネルヴァ子爵だ。両家とも当時から当主は変わっていない。

西方諸島のラナン地方の茶葉はヘリング侯爵が好んでよく飲んでいたものだ。

偶然にしては出来すぎている。

そうであっては欲しくないという思いから、私はクロードに最後の質問を投げかけた。

「ネルヴァ子爵が所持している懐中時計の蓋にくすんだルビーがはめ込まれていない? あとスビア伯爵はペーパーナイフの持ち手に同じくすんだルビーがはめ込まれたものを持ってるのでは?」

「くすんだルビー、ですか? …………ああ、確かにネルヴァ子爵の持っている懐中時計の蓋にはめ込まれていたのを見たことがありますね。スビア伯爵は……申し訳ありません。普段交流がないので確認したことがないです」

「そう……」

スビア伯爵の方は確認できなかったが、ネルヴァ子爵の方は確実に今もヘリング侯爵と連絡を取り合っている。

くすんだルビーは貴族派が当時の皇室をそう蔑称して使っていた言葉。

あのときは貴族派の人間が仲間と分かるようにそれをはめ込んだものを各々が使っていたのである。

それを今も所持しているということは、ヘリング侯爵と未だに繋がりがあるということだ。

で、あれば。

「……今回の件、ヘリング侯爵が関与している可能性が高いと思うわ」

「なぜそう思われるのですか?」

「スビア伯爵とネルヴァ子爵は当時貴族派でヘリング侯爵に情報提供をしていた人物だからよ」

そう口にした途端、クロードはまさか……と目を見開いていた。

皇帝は彼らのことまで把握していなかったのだろうか。

……まあ、あの三人の性格から考えれば仕方ないかもしれない。そもそも主犯と主要人物は逃げているわけだし。

「間に人を介さずにヘリング侯爵と直接連絡を取っていたから、把握していなくて当然かもしれないわね。ヘリング侯爵は疑り深くて慎重な人だったし、あの人達はずる賢い小心者だから証拠なんて何も出なかったのでしょうね」

「……ちょっと待って下さい。本当にあの二人が? 影の薄い人物じゃありませんか」

「だからヘリング侯爵も目をつけたのでしょうね。小心者で臆病だから個人では悪さはしないと思っていたけれど。ヘリング侯爵が関与しているとなれば駒として使われていてもおかしくはないわ」

「特に目立つわけでも中心にいるわけでも権力があるわけでもない二家ですが……。盲点でした」

情報提供程度で実行犯ではないから、皇帝側は見つけられなかったのだろう。

私もヘリング侯爵が再度仕掛けてくるとは思っていなかったから気にもしていなかった。

「スビア伯爵とネルヴァ子爵の動向を調べてみた方がいいと思うわ」

「すぐにやります」

「それからセシリア皇女殿下にはもうあの紅茶を飲ませないで。あと体調が回復し次第、静養目的でフィルベルン公爵邸に移してもらえないかしら?」

「そちらも陛下に進言して早めに実行させていただきます。ですが、大人に影響がでなくて子供に影響がでるくらいの量を入れられるとなると」

クロードの言いたいことはよく分かる。

当時からヘリング侯爵と同じく行方が分かっていない私達の父親。

彼が関わっている可能性も非常に高い。

「それらも踏まえてこちらでももう一度、ヘリング侯爵の逃走経路を調べてみるわ」

「お手数をかけますがよろしくお願いします」

「では、私はエドガーのところに行くからこれで失礼するわね」

クロードに挨拶をして立ち上がると、彼は盛大なため息を吐き出した。

まさか二十年以上も経って再び手を出してくるとは思わなかったのだろう。

私もだけれど。

今回は絶対に未然に防いでみせると決意し、私は執務室から出て行った。