作品タイトル不明
授業の合間のひととき
「アリア」
次の授業に向かうため廊下を歩いていたところ不意に声をかけられて振り返ると、首を傾げているテオドールが私を見ていた。
制服に何かついているのだろうか?
「教室外で声をかけてくるなんて珍しいですね。何かあったのでしょうか?」
「いや、何かあったのはアリアでしょ? 妹君はどうしたの?」
「……意地でもセレネの名前をお呼びにならないつもりですか」
「僕のライバルだからね」
「ですから何故張り合うのですか……。変な方向で息が合うこともありますのに」
相性は悪くないはずなのに。
私のことで張り合っても仕方ないでしょうに……と思っていると、テオドールは「それはそれ、これはこれ」と言い切った。
「そんなことよりも、どうして妹君と一緒にいないの? 一人でいたら他の令嬢達から何か言われるんじゃない?」
「セレネは今、興味深い話をされたとのことで他の令嬢方に呼ばれているのです。正直、スパイの真似事をさせてしまっているので罪悪感があるのですけれど」
情報を集めてくるわ! と意気揚々と目を輝かせて飛び出してしまったのだ。
あの行動力は逞しいと思うが、心配にもなる。
ここまで言うとテオドールは内容を理解したのか「なるほど」と呟いた。
「僕も皇太子殿下からそれとなく聞いているよ。あまりに酷いようなら殿下が出るとは仰っているけれど」
「エリック兄様には報告は済んでおりますし、あまり大事にしたら逆恨みされてしまいますもの。お気持ちは有り難いのですけれどね」
「報告して現状が変わった?」
「上位、中位貴族は変わらず遠巻きにしておりますね。最近、ボナー男爵家のカティアさんと親しくしているので、その関係で下位貴族の方とお話しする機会は増えました」
「ふぅん」
素っ気ない返事のテオドールだが、何かを企むような表情を浮かべている。
変なことを考えていなければいいけれど。
「アリアは自分の力で人脈を広げているんだね。そのカティア嬢もきっと良い人なんだろうね」
「大人しくて遠慮がちなところはありますが、素直で優しい方ですね。それと、カティアさんの幼馴染みの方とか気の合う方を紹介して頂けるので私の力ではないのですけれど」
「そんなことはないと思うけどね。アリアの誠実さと公平さが為し得たことでしょう? もっと自信を持っていいと思うよ」
「ふふ。ありがとうございます。それよりもテオ様はどうなのですか? 一年早いですから皆が年上でしょう?」
問われたテオドールはうーん、と考え込んでいる。
教室でも特定の誰かと親しく話している様子を見たことがなかったのでどうなのかと気になったのだ。
「野次馬根性のバカが多いからあしらうのが面倒だなってところかな。ほら、僕には婚約者がいないからどの家門の令嬢を選ぶのか気になっているみたいでさ。本当に下品だよね」
コロコロと楽しそうに笑っているが、大分口が悪い。
それだけ他人にアレコレ言われているのだろう。四大名家の跡継ぎというのも大変そうだ。
「義父上からはアリア一択って口うるさく言われているから、それ以外の令嬢は僕も考えていないし、でも今それを言ったらアリアの足を引っ張るしさ。本当にアレス卿の発言に大迷惑しているんだよね」
「突っ込みどころが多すぎる……」
クロードの奴……息子になにを吹き込んでいるのだか……。
聞いたところで、どうせ奴は早口で捲し立てるだろうからあまり知りたいとも思わないが。
「義父上は本当にアリアを気に入っているみたいでね。毎日、義父上から手紙が届いて僕が不自由していないかとかアリアが喧嘩を売っていないかとか喧嘩を買っていないかとか一人でコソコソ動いていないか書いてあるんだよね。本当に心配性だよ」
全っ然信用されていない……!!!
それで私を気に入っているとなるテオドールの思考回路もどうなんだ。
親子揃ってちょっとズレていないか?
「この間なんて学院に来て応接間で二時間も学院の生徒名簿とか見て家門をメモして○×△とか書いていたんだよ。忙しいはずなのに何しているんだろうね」
確実に私やテオドールの害になる家門をチェックしている……。
親馬鹿もいいところだ。
けれど、今の私達は大人の庇護下にいるのだから文句を言うのも違うし難しいところである。
良く言えば親心というものだろうから、クロードの気持ちも無下にできない。
「それだけテオ様や私達を心配して下さっているのでしょうね。少々やり過ぎだとは思いますけれど」
多少柔らかい表現に変えたものの、今の私は冷めた表情を浮かべていることだろう。
「それが義父上の愛なんだろうね。僕は当然だと思うけれど、家族ではないアリアのことを気にかけるんだから、相当気に入っているんだと思うよ」
「ありがたいことですね」
私の想像以上にクロードが私を姉として好いてくれているのは分かっていても中々慣れないものだ。
生前、私のしていたことが全て無駄で意味がなかったことに最初は虚無感を覚えてしまったけれど。
ベルネット伯爵家の人間にしてはまともだと思っていたけれど、やはりどこかネジが外れていたようだ。
もちろん、私もなので偉そうに言えないが。
「……リーンフェルト侯爵のことは取りあえず置いておいて。ご友人や授業内容などはどうなのですか?」
これ以上深掘りしたくなかったので話を変えると、テオドールは柔らかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「皇太子殿下のご友人の方々のお蔭で親しくしている方は増えたかな。授業も家庭教師から教わっていたことが大半だったし余裕だよ。古代語がややこしいけれど、なんとかなるかなってところ」
「テオ様は努力家で勉強熱心ですものね」
「それもあるけど、アリアに心配かけたくないし自分のせいで一年早く入学したからって負い目にも感じて欲しくないからね。いつまでも可愛いままじゃ嫌だし」
素直に自分の気持ちを言ってしまうところがすでに可愛いと思う。
少しふてくされたような表情に、ほとんど無意識だったが手が伸びてしまいテオドールの頭を撫でてしまった。
無言で撫でていると彼は見る見るうちに顔を真っ赤にさせて恥じらうように両手で顔を覆ってしまう。
そんな彼の反応を見た私は我に返って手を引いた。
さすがにこの年齢では恥ずかしいし嫌だろう。無意識であったとはいえ礼儀を欠いた行為だ。
「申し訳ありません。つい手が伸びてしまいました」
「……いや、うん。………………もうっ!」
顔を真っ赤にさせたまま、テオドールは私から顔を逸らして片手で目を覆っている。
やはり嫌だったのか。申し訳ないことをしてしまった。
「礼儀に欠ける行為でしたね。テオ様の自尊心を傷つけてしまいました」
「そうじゃないからこうなってるんだけどね……」
「嫌ではありませんの?」
「嫌じゃないから困ってるんだよ……! 恥ずかしいけど嬉しいの。でも可愛いと思われるのも嫌なの。けど、その立場をみすみすと逃したくない複雑な気持ち……」
よく分からないが、テオドールは己の中で葛藤しているようだ。
結局、私は余計なことをしてしまったのかもしれない。
「僕の純情な気持ちがアリアにもてあそばれた」
「ひ、人聞きの悪いことを言わないで下さい……!」
こんなところを人に聞かれでもしたらどうするんだ。
慌てて周囲を伺うと渡り廊下の柱の陰からこちらを物凄い形相で睨みつけているセレネを発見してしまった。
……セレネで良かったと安心するところか、悪かったと動揺するところか微妙なところだ。
私に見つかった彼女はゆっくりとした足取りでこちらに歩いてくると、下を向いたままボソボソと何かを話している。
「ど、どうしたのセレネ?」
「……撫でた……頭……お姉様……テオドール様の……」
「片言になるなんてどれだけ衝撃を受けたのよ……」
「羨ましい?」
なんてことを言うんだとテオドールを見ると、彼は可愛らしく首を傾げてセレネを見おろしている。
恐る恐るセレネに視線を向けると彼女は鋭い眼差しでテオドールを睨みつけ、大きく口を開けた。
「◎△$♪×¥●&%#?!」
テオドールを指さしながらセレネは声にならない叫び声を上げる。
表情はおおよそ貴族令嬢のする顔ではない。
頭を撫でただけでなんでこのような修羅場に発展するのだ。
素直に反応するのがセレネなのだから、テオドールも煽るんじゃない。
その後、私の願いが届かずテオドールはセレネを煽るし、セレネはテオドールに食ってかかるし、私はセレネを宥めてテオドールを注意するしで散々だった。
やっと終わった後、私はもう二度と頭を撫でるものかと心に強く誓った。