軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これまでとこれからと

王城の暮らしに慣れてきた頃、ようやくフィルベルン公爵家の準備が整ったということで迎えが来ることとなった。

「お世話になりました」

「身内の世話をするのは当たり前のことだ。いつでも王城にも遊びにきなさい。……では、エリック後は任せたぞ」

「はい。アリアドネとセレネ、責任を持って育てていきます」

「そなたらは今までと同じ公爵令嬢ではあるが、立場や状況から色々と言われることもあるかもしれん。だが姉妹で手を取り合って乗り越えて行って欲しい」

皇帝の言葉に私とセレネは「はい」と力強く返事をした。

皇帝夫妻に挨拶をしてエリックに連れられ馬車に乗り、フィルベルン公爵の屋敷へと向かう。

道中、エリックから部屋の場所が移動になったこと。使用人の大半を解雇して新たに雇い直したこと。不必要な物は処分したことを聞かされる。

心なしか彼の顔がゲッソリとしていたので、アリアドネの父の後始末が殊の外大変だったのだろう。

「そろそろ到着ね。…………外観はさほど変わってはいないのね」

「一週間でそう変わらないよ。でも、建てたいものや植えたい物があれば遠慮無く言って」

「今のところないけれど、思いつくことがあれば言うわ。それよりエリックお兄様は私達の養育者だけど、立場は兄になるのかしら?」

「一応そうかな。さすがに父親は年が近すぎるからね」

一週間しか経っていないとはいえ、セレネはもう両親や兄とのことを切り替えられたらしい。

あまりの聞き分けの良さに我慢している部分もあるのではないかと心配になる。

「私、お姉様が一番好きだけれどエリックお兄様も好きだから、これからの生活が楽しみなの。新生活にワクワクしているのよ」

「順応性が高いというか、好奇心が強いというか。でも、ご両親のことを気にしていないようで安心したかな」

「二度と会えなくなるわけではないもの。お父様のしたことを考えたら寛大な処置だし、これを機にご自分のことを振り返って過ちに気付いてくれたらいいなと思っているわ」

セレネは多分、無理だろうけど、と小声で付け足していた。

随分と現実的な子になったものだ。

「後はもう本人次第だよ。さあ、到着したから降りる準備をして」

エリックの言葉の後で馬車の扉が開き、彼に続いて私達も馬車を降りる。

玄関前には使用人が並んでおり、私達を温かく出迎えてくれた。

(男女ともに割と年齢層が高めなのね)

見たところ中年、初老の男女が多く、若い人はそれほど多くない。

そして、年齢が上の人達は懐かしそうにエリックに視線を向けていた。

どことなく見たことがあるような気がした私は、もしかして彼らは……と思い、彼に尋ねようと口を開く。

「エリック様。もしかして、この方々は二十年前に屋敷に勤めていた方々ではありませんか?」

「よく分かったね。その通りだよ。叔父上が解雇した人達でね、今回俺が当主になるってことで戻って来てもらったんだ。ちなみに若い人達は彼らの息子や娘だよ」

「やはりそうでしたか……」

ならば、解雇した男の娘である私達はあまり歓迎されないかもしれない。

あからさまでなければ前よりはマシか、でもセレネは傷つくかも、と思っていると恰幅の良い年配の女性が一歩前に出て来た。

「アリアドネ様とセレネ様ですね。エリック坊ちゃまからお話しは伺っております。私は侍女長のマーサと申します。エリック坊ちゃまと同様にお嬢様方に心からお仕えさせていただきます」

優しそうな笑みを浮かべるマーサの目は慈愛に満ちていた。

本当に私達を歓迎してくれているのが分かる。

すると、マーサの隣にいた若い女性二人が同じように一歩前に出て来た。

「こちらは私の娘達です。右がミアでアリアドネ様の専属侍女となります。左がリサでセレネ様の専属侍女です。他にも数名おりますが、まずはお部屋にご案内致します」

ミアとリサが深々と頭を下げ、私達は各々の部屋へと案内される。

背後では使用人達がバタバタと移動している音が聞こえてきた。

忙しいのかな? と思っている内に新しく用意された部屋に到着する。

「こちらがアリアドネ様のお部屋でございます。旦那様の指示で調合部屋を併設しております」

「素敵だわ」

日当たりが良く、家具も最新のもので上品な色合いで統一されている。

以前の部屋より断然広く、調合部屋まであるなんて最高だ。

「こちらの方が好みというご要望があれば、すぐに対応致します」

「その必要はないわ。エリック様と貴女達が私のために用意してくれた部屋だもの。今のままで十分素敵よ」

部屋を見回してみるが、本当に配色から何から何に至るまでセンスが良い。

さすが元々フィルベルン公爵家に仕えていた人達だ。

レベルの高さに感心していると、ふとミアが黙っていることに気が付いた。

「どうかしたの?」

「……いえ。旦那様から軽く事情は伺っておりますが、本当に謙虚で控えめな方なのだと思いまして。そのような方が今までこのお屋敷でどのようなお気持ちで過ごされていたのかと思うと……」

これはアリアドネの両親に対する憤り。

彼女の体に入った私が感じた気持ちと同じようなことだろう。

歓迎されないかもと思っていた自分が恥ずかしい。

ミアを始めとする使用人達は私達を被害者であるという立場で見ているのかもしれない。

実際そうなのだが。エリックが説明してくれたお蔭とも言える。

彼の優しさに感謝しなくては。

「今までは今まで。大事なのはこれからだわ。それに今日は驚くことばかり。まさか私に専属侍女がつくなんて思ってもいなかったもの」

「はい!? 以前は専属侍女がいらっしゃらなかったのですか?」

「ええ。最低限の世話だけで後は自分でやっていたわね。それで困ってはいなかったから良かったのだけれど」

「良くありません!」

声を荒げたミアは小声で「四大名家のご息女よ? 皇位継承権を持つ方よ? ありえない」などブツブツ言っている。

……その気持ちは分かる。

「あ、申し訳ございません。思わず自分の心の声が出てしまいました……」

「人間だもの、構わないわ」

淡々と仕事をこなす人よりも、こういった人間味ある人の方が接していても楽しいからむしろその方が良い。

相性が良さそうな人を付けてくれて助かる。

「それよりも、他の部屋を見て回りたいのだけれど案内を頼めるかしら?」

「はい。ですが、もうすぐアリアドネ様とセレネ様の歓迎会を含めた食事会がございますので、全てのお部屋は案内できませんが」

「そのような大それたことはしなくてもいいのに……。エリック様はお優しいんだから」

「お嬢様方の顔見せの意味合いもあるので必要なことでございます」

「確かに玄関では全員と顔を合わせたわけではないものね。では、食事の時間まででいいから案内してもらえるかしら?」

「畏まりました」

そうして短い時間ではあったが、以前と変わった屋敷内を少しだけ案内してもらった。

食事の時間が近づいてきたため一旦部屋へと戻り、食事用のドレスに着替えさせられる。

ただ食べるだけなのにこんなにめかし込む必要があるのかと疑問に思ったが、普通の公爵家ではこれが当たり前のことなのかも? と思い黙ってされるままになった。

まるで本日の主役のようなドレスとヘアセット、ついでにアクセサリー。

食事のためにここまでするのか?

「……さすがにやり過ぎではないかしら?」

「これでも足りないと思いますが」

「家での食事よね???」

「今日は特別ですから。お綺麗な姿を旦那様とセレネ様に見ていただきましょう」

「はあ……」

ミアがなぜここまで気合いを入れるのか見当もつかないが、どうせ見せるのは身内だけだ。

まあ、初日だしいいかと切り替えて私は食堂へと向かう。

食堂に着いて扉が開けられ中に入ると『お誕生日おめでとう!』という大きな紙が天井からぶら下がっていたのが目に入った。

食堂に居た全員が私を見て笑顔で拍手している。

後ろにいたミアを見ると、彼女は満足げに微笑んでいた。

(今日がアリアドネの十三才の誕生日だったなんて!)

日記では誕生日の記述を読んだ記憶があるが、日付までは確認していなかった。

だからここまで着飾ってくれたのか……。

しかも、エリックとセレネだけだと思ったらクロードとテオドールもいるではないか。

全く予想もできないサプライズに心底驚いた。

「あ、ありがとうございます……。まさかリーンフェルト侯爵とテオ様までいらっしゃるとは思いませんでした」

「驚きました?」

「ええ。とてもすごく非常に」

「アリアドネ嬢を驚かせることができたのなら、内緒にしていた甲斐がありますね」

憎らしいあの笑顔。

顎を掴んで揺さぶってやりたい。

……いや、落ち着こう。アリアドネにとって誕生日を祝ってもらえるのは初めてのことだ。

彼女はきっと嬉しいと思うに違いない。

「このようなお祝いの場を設けて下さったことに感謝致します」

「堅苦しいのは無しだよ、アリアドネ。俺が君の誕生日を祝いたかったんだから」

そう言ってエリックは小さめの箱を私に差し出してきた。

「これは?」

「誕生日プレゼントだよ。食事の後の方がいいかと思ったんだけど、他の人も早く渡したいみたいだから先にと思ってね」

「ありがとうございます……。ここで開けても?」

「もちろん」

お言葉に甘えて私は渡された箱の包装を解いていく。

開けると中には私の目の色よりも濃いサファイアのネックレスが入っていた。

小ぶりで金の装飾がされており、どちらかというと普段使い用といったところだろうか。

社交界に出るのはまだ先なので、すぐに使えそうなアクセサリーがあるのは嬉しい。

「可愛らしいデザインで何にでも合いそうですね。こういったアクセサリーは持っていないので大事に使わせていただきますね」

「気に入ってもらえて嬉しいよ」

ニコニコとエリックと笑い合っていると、我慢出来なかったのかセレネが興奮したように前に出て来た。

「お姉様! 次は私のプレゼントです!」

使用人にプレゼントを運んでもらっているが、ちょっと待って欲しい。

数が多くないか?

視認できるだけで十個はあるように思うのだが。

「セレネ、無駄遣いは」

「これは今までの分よ! だから無駄遣いじゃないわ。エリックお兄様から許可はもらっているのだからね」

「エリック様……」

「セレネの気持ちだよ。受け取ってあげて」

気持ちと言われたらそれ以上何も言えないではないか。

苦笑しながらセレネからプレゼントを受け取り、開けて開けて! とねだる彼女に負けて全て開封していく。

中はリボンやレターセットであったり、ガラス細工にバレッタなど、これも普段使いできそうな実用的なものだった。

私のことを考えて選んでくれたのだと思うとありがたい気持ちになる。

「では次は私かな」

差し出された大きめの箱に私は目を剥いた。

まさかクロードまで?

生前から含めてプレゼントを貰ったことなど一度も無かったと思うのに。

律儀というかなんというか。

ぎこちなく彼から箱を受け取って中を開けると、そこには『最新! これで全てが分かる毒草、薬草図鑑』と書かれた分厚い本が入っていた。

…………これが一番嬉しいかもしれない。

じっくりと本を見て、ふと著者を見るとそこには『クロード・アクィラ・リーンフェルト』という文字が書かれていた。

自著を贈るな。自慢げな顔をするな。

喜んだ気持ちを返して欲しい。

「俺が一番姉上のことを知っていますからね……!」

小声で囁くんじゃない。その通りだから余計に腹が立つ。

「参考書として活用させていただきます。ミア、部屋に運んでおいてちょうだい」

「畏まりました」

目に付かない場所に置いたところで、気になって結局読むのは自分で一番よく分かっている。

思った通りの反応をする自分が憎い、と額に手を当てていると最後にテオドールが緊張しながら私の前にやってきた。

「誕生日おめでとう。こうしてアリアと会えて友達になれたことが本当に嬉しいよ」

「ありがとうございます。私も仲の良い友人ができてこうして誕生日を祝っていただけることが夢のようです」

「でも僕は……アリアと……友達、以上の関係になりたいなって思ってるんだ」

「え?」

「だからこれを受け取って?」

テオドールは手に持っていた小さな箱から指輪を取り出すと私の左手の薬指にそれをはめた。

ん? 指輪?

「義父上からアリアは人から贈られたアクセサリーは大事に使うって聞いて……それで指輪にしたんだ。いつも身につけていて欲しいなって」

「ク、リーンフェルト侯爵が……」

だから人の行動を予想するな。そんなに分かりやすい動きをしていたのか生前の私は。

あとクロードはガッツポーズをするな。セレネは頬を染めるな。エリックは微笑ましいものを見るような目で私を見るな。

左手の薬指にはめた時点で、というかその前に言葉から察していたけれども。

それにしても、私って人から恋愛感情を持たれるような人間だったのか。

人の好意よりも悪意の方が馴染みがあるから、こういった場合どう対応して良いのか。

別にテオドールのことは嫌いではないし、可愛いとも思う。

けれど、これが恋愛感情かと言われると違うような気もする。

私のそんな態度に気付いたのか、テオドールが困ったように笑いながら口を開いた。

「いきなり言われても混乱するよね。でも僕のアリアに対する気持ちは本当だよ。それを知っていて欲しかったんだ。今すぐどうこうとかの話じゃなくて、少しでも僕を意識してもらえたらいいなって思って」

「いいぞテオドール」

「大事な話のときにはやし立てないで下さいリーンフェルト侯爵」

「だから、アリアに相応しい男になるから。そのときに僕を男としてちゃんと見て欲しいんだ」

「もう婚約させてしまいましょう」

「まだ時期が早いよ。代替わりして間もないのに他の貴族が反発しちゃう」

「外野の声が大きいのだけれど……!」

どうして大人の二人が口を挟むのか。

大事な話を中断させられてテオドールだって良い気分はしないだろうに。

そう思っていたのに、彼は外野の声など聞こえていないようでずっと私だけを見つめている。

「僕だけを見てくれるように頑張るから。よそ見したら、相手の粗探しして冷める情報手に入れるし」

「テオ様?」

「君を傷つける人がいたら、妹君と連携してアリアを守るよ」

「任せてお姉様! あと私はセレネよ、テオドール様」

「そこのタッグは不安しかないのだけれど」

雰囲気変わったなとは思っていたけれど、テオドールはどうにも違う方向に行ってないだろうか。

どことなくクロードと似た空気を感じるのは気のせい?

……いや、別の人間なのだからそのような訳がない。

気のせいだ。そう気のせい。きっと気のせい。

「いや~。荒削りだけど私の手腕を叩き込んだだけありますね。さすがテオドール」

純真無垢な少年に何してるんだクロード。

周りにバレないようにクロードを睨みつけていると、不意にエリックが口を開いた。

「まあ。いきなりで驚いただろうが、アリアドネにとってこの屋敷での生活が良い記憶から始められそうで俺としては良かったと思うよ。嫌な記憶の方が多い場所だろうからね。これからは公爵令嬢として、アリアドネ・ルプス・フィルベルンとして誰かに引け目を感じることなく自由に誇りを持って生きて欲しい」

「…………はい」

気持ちのこもった優しい言葉だ。私のことをこれでもかと考えてくれている。

アリアドネはこの結果に満足しているだろうか。

本心を知る機会などないから分からないけれど、良かったと思っていてくれたらいいな。

貴女から頂いた体で私はこれからも生きていくけれど、決して貴女への敬意は忘れない。

ここから、アリアドネ・ルプス・フィルベルンとしての私の生活が始まるのだ。