軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リーンフェルト侯爵家にて

テーブルには一触即発状態のテオドールとセレネ、そして私を見てニコニコと笑顔を見せているクロード。

私は、なぜこのような修羅場みたいな場所にいなければいけないんだと遠くを見つめていた。

事の始まりはリーンフェルト侯爵家に招待されて屋敷に到着した辺りに遡る。

私とセレネは執事に案内されて応接間のような場所に通された。

用意されていたお菓子や紅茶を頂きながらテオドールが来るのを待っていたら、義父であるクロードが先に現れた。

彼は挨拶をすると私達の正面に座り、というか私の正面に座り親切にこのお菓子は隣国から取り寄せたもので~とか紅茶はリングム領の茶葉で~など聞いてもいないのに説明を始めたのである。

この対応は何なのか不思議に思っているとおもむろに彼は口を開いた。

「アリアドネ嬢の好物をご用意しました。お口に合えばよろしいのですが……」

「お姉様はフィルベルン公爵家の領地で取れた紅茶しか飲んだことがなかったと思いますが……。それに隣国のお菓子も出るには出ますが、このお菓子は初めて見たものですよ? どちらの情報なのでしょう?」

クロードが何を言っているのか分からず頭にハテナを浮かべているセレネであったが、私は分かった。

これはアリアドネ・フィルベルンの好物ではなく、アリアドネ・ベルネットの好物だということに。

(あれだけ私だと分かる証拠があるのだからいずれ気付くとは思っていたけれど、どうして私の好物をクロードが知っているのかしら? そんな話を生前は一度もしていないわよ)

話した覚えのない自分の情報を知っていることに多少不気味さはあったが、歓迎されているのは正直言ってありがたい。

持ってきた証拠類も渡しやすくなるし、私がアリアドネ・ベルネットだという説明の手間も省ける。

とは思うものの、予想以上のクロードの態度に『この子、このような性格だったかしら?』と柄にもなく動揺してしまう。

「個人的に調べた情報です。何が好きで何が嫌いか、良く観察していましたからね。なのでこのラインナップには自信があります……!」

「お姉様、帰りましょう」

「言葉のあやよ。リーンフェルト侯爵は言葉選びを間違えただけなのだから、変質者を見るような目で侯爵を見るのはやめなさい」

「まだ幼いアリアドネ嬢を見ると出会った頃を思い出しますね。でも口調も態度も雰囲気もあの頃のままで懐かしくもあります」

「帰りましょう……!」

「大丈夫。大丈夫だから落ち着いてセレネ……。リーンフェルト侯爵も誤解を招くような言葉は控えて下さい。いくら私がリーンフェルト侯爵の姉君と雰囲気が似ているからと言って同一視するような言動は周りに誤解を与えてしまいますよ」

他に人がいる前で言うなという意味も込めて言うと、クロードは満足げに笑って見せた。

セレネもクロードの姉のことを言っているのかと納得してくれたようで、彼に向ける警戒強めの視線を緩めてくれた。

「これは失礼しました。フィルベルン公爵家のご令嬢が屋敷にいらっしゃるのでつい浮かれてしまったようです。それとアリアドネ嬢」

「何でしょうか」

「テオドールの話を聞いてくれてありがとうございました。改めて彼と面と向かって話したことで色々な問題があったことに気付かされました」

「……それはリーンフェルト侯爵を誤解していた点でしょうか? それとも家庭教師の件で?」

「どちらもです。私は子育てなどしたことがないので、テオドールにどう接すればいいのか分からず、自分が姉の姿を見て育ったのもあって背中を見せて育てればいいと思っていたところがありました。ですが、それは人それぞれであってテオドールに合ったものではなかったことを教えて頂きました。家庭教師もすぐに解雇して新たに信頼できる人間に頼みましたし……」

二人の間で話し合いがもたれて、結果として良い方向になったのならこちらとしても嬉しい。

テオドールは変わりたいと言っていたから、少しでも役に立てたのなら良かったと思う。

「私の至らない点を教えてくれて感謝します。やはり姉上は……」

「あの! テオドール様はお忙しいのでしょうか?」

(姉上とか言うんじゃないわよ! 言われたらフォローなんて出来ないじゃないの! )

慌てて私はまだ姿を見せないテオドールの話題を振って話を逸らした。

クロードも「ああ、そういえば」と言って切り替えてくれたお蔭で何とか危機を脱する。

「アリアドネ嬢に送る花を選ぶのに時間がかかっているのかもしれませんね。すぐに呼びましょう」

「ええ。お願いします」

慌てさせてはいけないし、ゆっくりで良いと言おうと思ったが、このままではクロードが失言する恐怖に怯えなければいけない。

それならテオドールには申し訳ないが早く来てもらった方が助かる。

今の私の救世主は君なのだ。

「お待たせしてすみません……!」

ほどなくして、息を切らせたテオドールが色んな種類の花を持って部屋に入ってきた。

色鮮やかな花達を見て私はかなり真剣に選んでくれたのだなと微笑ましくなる。

「あの、これをアリアに……」

「お待ちになってテオドール様」

花を私に渡そうとしたテオドールに目を鋭くさせたセレネが割り込んだ。

どうかしたのかと不思議に思った私は、取りあえず彼女が何を言おうとしているのか待ってみる。

「今、なんと仰いました?」

「これを」

「その後です」

「アリアに」

「それです! どうしてお姉様を愛称でお呼びになるんですか!」

まさかの嫉妬だった。

テオドールのことは諦めたとは言ってもやはり好きな気持ちがあって当然だ。

愛称で呼ぶなんて嫌なのだろう。

そう思っても仕方がないな、と思っていると、さらにセレネが続ける。

「私ですら愛称で呼んだことがないのに! ズルイです! 羨ましいです! 抜け駆けです!」

一気に私は脱力した。

嫉妬って、私にじゃなくテオドールに対してか……。

そもそもセレネは何を言っているのか。張り合ってどうする……。

「それは……僕と友達になってくれるって言うから……。だから愛称で呼び合おうって」

「ではテオドール様のこともお姉様は愛称でお呼びになっているのですか?」

どうなんですか!? とセレネの視線が私に向く。

救世主を呼んだつもりが燃料を投下してしまったらしい。

ここは誤魔化さずに正直に言うのが正解だろうと私は口を開いた。

「ええ。テオ様と呼ばせて頂いているわ」

「距離が縮まって嬉しいけれど、お姉様を愛称で呼んでいるのは悔しいわ……」

「……だったら、セレネも私のことを愛称で呼べばいいじゃないの」

「お姉様を……?」

その発想はなかったとでも言いたげにセレネは口をポカンと開けている。

しかし頭で正しく処理できたようで、すぐに首を振ってしまう。

「それだとテオドール様の特別感が薄れます! お姉様を愛称でお呼びするのはテオドール様だけでなくては……!」

「特別も何もないでしょう。これから仲良くなる方だっていると思うし、愛称で呼び合う仲になる方も中にはいるでしょう」

「テオドール様以外は却下です。私の目が黒いうちは認めません」

いえ、私の許可は???

そもそも愛称で呼ぶなんてどうのこうのと言っていたのはセレネなのに、乙女心はよく分からない。

人の価値観というものは不思議なものである。

ということで、冒頭の修羅場のような空気になった理由というのがこれである。

クロードに証拠を渡すのと正体を明かすのが本来私がしたかったことだったのに、予想外に時間を食ってしまった。

正直、もう帰って休みたいがそういうわけにもいかない。

きちんと仕事をしなくては、と思い私はクロードに目を向けた。

「リーンフェルト侯爵と二人で少しお話ししたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「……ええ。構いませんよ」

「ありがとうございます。来てすぐに席を外して申し訳ありませんが、テオ様にセレネの相手をお願いして大丈夫でしょうか?」

「はい。……あの目が怖いですけれど、アリアの話をして待っています」

「できれば世間話でお願いしたいところなのですけれど……」

いや、ケンカにならなければ何でもいいか。

隣にいたセレネには小声で「何でもかんでもお話ししてはダメだからね」と言うと「任せて!」という頼もしい返事が返ってきた。

安心できないのは何故だろうか。

「では、行きましょうか。こちらです」

「行ってくるわね」

二人に挨拶をして私とクロードは部屋を後にした。