軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お茶会に呼ばれました

フィルベルン公爵夫妻の大喧嘩からしばらく経って、私の日常は少しずつ変化していた。

顔を合わせれば口汚い罵り合いが始まり、二人はもうお互いしか見えていない。

つまり私のことなどもう眼中にないのだ。

食事も時間をずらして取るため、ここ最近は私とセレネとエリックだけで食事を取っている状態。

使用人達も夫妻の顔色を窺っているので私にまで目を向けることはなくそこそこ快適な毎日を送っている。

また私の想定していた通りに彼はあの場にいた使用人を解雇してくれて、エドガーの用意してくれた人達が数名屋敷に使用人として雇われた。

おまけにその使用人達に噂話をばらまいてもらい、耳にしたエリックが公爵の執務室に侵入してくれた。

あそこは不明瞭な支出のある帳簿があったから、調べてくれたら一気に事は進展する。

エドガーを味方に付けられたことでこうも上手く行くとは……。まだ私は神様に見放されてはいないようだ。

「いきなり笑い出してどうしたの?」

「え? ああ、ちょっとね」

しまった。隣にセレネがいたことをすっかり忘れていた。

日常が少しずつ変化したと言ったが、セレネの態度も変化している。

両親の目を気にしてかあまり話しかけることはなかったが、それでも私に懐いてきてくれるようになっていた。

家庭教師の授業はちゃんと聞くようになったし、分からないところも積極的に聞くようになり知識も増えた。

新しいことを知るのってこんなに楽しいことなのね! と目を輝かせるセレネはやはりフィルベルン公爵家の娘なだけある。

現在の公爵がアレなだけで、先代の公爵も長男次男も優秀で人格者だったから元はそういう血筋なのだろう。

前向きになって努力する姿を見ていると過去の自分を見ているような懐かしさも感じ、私の気持ちも変化していたのである。

それに、お姉様お姉様とついてくるセレネは普通に可愛い。

普通の姉妹になれたようでなんだかこそばゆいような嬉しいようなよく分からない感情になってもいたけれど。

「もうっ。セレネが隣にいるのに他のことを考えるなんて」

プゥと頬を膨らませて拗ねた様子のセレネを見たら、私の意思とは関係なく心の奥が温かくなるのを感じ嬉しさで気分が高揚してくる。

以前も感じたがこれは本来のアリアドネの感情なのだろう。本当はセレネと普通の姉妹になりたかったのかもしれない。

また、以前であればこういう態度のセレネにゲンナリとしていたが、言葉に棘がなくなった分、素直さが全面に押し出されて愛らしいと私は思う。

私とアリアドネのセレネに対する感情が同じことに良かったと心の底から感じる。

「ごめんなさいね。陛下から招待されるのは初めてだから緊張してしまってね」

「お茶会を主催するのは皇后陛下だから、皇帝陛下はこない……じゃなかった。いらっしゃらないと思うわ。皇后陛下はお優しい方でとても博識なの。お姉様とお話が弾むんじゃないかしら」

「そうなの? だとしたら楽しみね。それと言葉も頑張っているのね」

「まだ慣れないわ。気を抜くとすぐ言葉が戻っちゃうから。ほら今も。でも前のセレネはとっても恥ずかしい子供だったから早く直したいの」

「まだ時間はあるのだから、焦らなくても大丈夫よ」

直そうという意識があるのなら、いずれ立派な公爵令嬢としての振る舞いを会得できる。

知識を得てそれを覚えて活用できるのは誰にでもできることではない。

……ということで、現在私達は馬車に乗って王城に向かっている。

何がどうなったのか分からないが、夫婦喧嘩の後から私に招待状が届くようになったのだ。

それもフィルベルン公爵家が懇意にしている家ではなく、交流のない家から。

もしかしたらアリアドネが差別されていた理由が噂で広まって、彼女自身になんの問題もないと分かり交流を深めた方がいいのではないかと思われたのかもしれない。

こちらとしても、他の貴族を味方にできるのであれば助かるので大歓迎である。

のだが、まずは皇帝からの招待に応じるのが先ということで向かっているわけだ。

「貴女が勉強の楽しさに目覚めてくれて何よりだわ。それよりも、今回の招待によくセレネを連れていくことをお父様が許したものだわ」

「あ、それはセレネがお姉様が粗相をしたら良くないから付いていくって言ったからよ。お姉様が言ってたじゃない? いつも通りにしなさいって。それに、お姉様と二人でお話がしたかったのもあるわ。屋敷じゃ侍女がいてあんまりお話できないし」

「扱い方を心得ているのね……すごいわ」

「でしょう?」

本当にすごい。この短期間でよく人を見ていると思う。

いや、自分がいかに他人から可哀想に見えるか分かっている節があったセレネだ。元から人を観察する力を持っていたのだろう。

正しい方向に力を使うことができて良かったと思う。

「お父様達はセレ……私にバカでいて欲しいと思ってるって分かっちゃったから、その振りをするのが本当に大変。二人がお姉様に文句を言うのを黙って見ているしかできなかったのが苦しかったし……。最近は大人しいけれどね。だから、一緒にお出かけできて本当に嬉しいの」

「私もよ。短い時間だけれど沢山お話ししましょうね」

「うん! ……じゃなかった、はい!」

二人で笑い合っていると馬車は王城に到着し、私達は皇室騎士団の騎士に連れられて庭園にセッティングされているテーブルに案内された。

テーブルには主催の皇后陛下、そして招待されていたクロードとテオドールの姿もあった。

皇帝とクロードは親友だから招待されていてもおかしくはないが、聞かされていなかったから驚いた。

そんなことを考えていることがバレないように私は微笑みながら淑女の礼をする。

慌ててセレネも私の真似をして頭を下げた。

「本日はお招きいただきありがとうございます。フィルベルン公爵家の長女アリアドネと申します」

「次女のセレネです。よろしくお願い致します」

「あらあら……。少し見ない間に随分と大人になられて……。子供の成長は早いものだわ。私が皇后のイレーネよ」

皇后のイレーネは記憶が確かならば帝国に併合された王国の王女だったはず。

ところで皇后が言った大人になられたという言葉だが、これはセレネの態度のことだろうか?

それとも私も含まれているのだろうか。……まあ、両方ということにしておこう。

「リーンフェルト侯爵とご子息がいらっしゃるとは存じ上げず、遅れてしまい申し訳ありません」

「大丈夫よ。前日に無理にお願いしてお二人を招待したのだもの。それに狩猟大会でアリアドネ嬢を保護したのはリーンフェルト侯爵でしたし、これも縁だと思ってね」

「そうだったのですね。改めて、保護してくださりありがとうございました」

「お礼は狩猟大会のときにいただいていますから気にしないで下さい。それにテオドールも貴女のことを心配していたので、今日お会いできて良かったと思います。ですので皇后陛下も気になさらないでください」

「その言葉を聞けて良かったわ」

うふふと笑っている皇后であるが、言い方などからクロードと気心知れた仲なのが伝わってくる。

しかし、クロードがこの場にいるのは偶然なのだろうか。

何か作為的なものを感じる。

自分の知らないところで事が運んでいるような気がしてモヤモヤしているとセレネに袖を引っ張られた。

「どうしたの?」

「皇后陛下が座るよう勧めてくれているわ。そろそろ座らない?」

「あ、そうね。では失礼します」

考え事をして周りが見えなくなるのは私の悪い癖だ。

セレネが教えてくれて助かった。

それにしても、セレネはテオドールがいるというのに大人しい。

前ならグイグイ行っていたというのに。

当のテオドールも彼女がいつもの様子と違うことにどこか戸惑っているように見える。

「テオドール様」

「え!?」

「狩猟大会でお姉様の刺繍入りのハンカチを見ていたでしょう? 今日、持ってきているので、受け取ってもらえますか?」

「セレネ!?」

この子、いつの間に私の部屋からハンカチを持ち出したのか。

確かに狩猟大会のとき、クロードが持っているハンカチの刺繍と似ているから同じようなものを持ちたいと言っていたけれど。

「お姉様に無断で持ち出してごめんなさい。でもとても綺麗な刺繍だと思ったから、欲しい人に渡すのが一番だと思ったの」

気持ちはありがたいが、セレネはそれでいいのだろうか。

あんなにテオドールが好きだと態度で見せていたのに。

「いいの?」

テオドール達に聞こえないように小声でセレネに問いかけた。

「セレネには釣り合わない相手だもの。だからお姉様を応援するって決めたの」

「お、応援?」

「う……じゃない、はい。お姉様もテオドール様のことが好きなのでしょう? お似合いの二人だから」

ちょっと待って欲しい。

なぜそうなったのか理由を説明してほしい。

頭にハテナが浮かんでいる私と違ってセレネはハンカチをテオドールに差し出している。

「いいのですか?」

「はい。とても素敵な刺繍ですから、大事にしてくださいね」

「あ、ありがとうございます」

戸惑いながらもテオドールはハンカチを受け取り、広げて刺繍をマジマジと見ている。

横で見ていたクロードは刺繍を見て眉根をピクリと動かしたのが私から見えた。

さすがに私の刺繍がどのようなものだったか記憶してはいないだろう。

似ている程度に思ったのかもしれない。

だというのに、クロードは断りをいれるとテオドールからハンカチを受け取って刺繍を凝視し出した。

「この刺繍を本当にアリアドネ嬢が?」

「え、ええ。短時間なのであまり凝ってはいませんが」

「いえ、そうではなく……。私の持っているハンカチの刺繍と似ていたもので驚いてしまって」

「リーンフェルト侯爵がお持ちの?」

「ええ。昔、気まぐれに姉が刺繍したハンカチをくれたことがありまして」

…………あっただろうか? 全く記憶にない。

「本当に気まぐれだったんだと思います。後にも先にもそのときだけでしたから。姉から物をもらったのは初めてだったので、嬉しくて今も大事に保管しているんです」

今も保管しているとなると、私はクロードからそこまで嫌われてはいないのだろうか。

どう思っているのか気になった私は、本心を知りたいという好奇心に負けて口を開く。

「お、姉様のことを大事に思っていらっしゃるのですね……」

「ええ。勉強熱心で気高く強く筋の通った美しい人でした。今でも私の憧れです」

大声を出しそうになるのを咄嗟に手で押さえた自分を褒めたい。

憧れ? 憧れと言った? どこを!?

恨まれることはあっても好かれるようなことは何ひとつとしてしていない。

私の見ていた世界とクロードの見ていた世界が違いすぎる。

「折角のお茶会ですから、姉の話はここまでにしておきましょう。今日の主役は私ではありませんので」

「本当はセシリアも出席する予定だったのだけれど、熱が出てしまったの。けれど、個人的にお二人に会いたかったので、こうしてここに案内してもらったのよ」

皇女であるセシリアはまだ六歳の子供だったはず。

小さな体なのに熱だなんて大丈夫だろうか。

「まあ……セシリア殿下のお加減はいかがでしょうか」

「小さな子供によくある突発的な発熱だから大丈夫。けれど今日お会いできて良かったわ。お二人とも皇弟……先代のフィルベルン公爵に似て聡明そうなお顔をしているもの。セシリアとも仲良くしてくれると嬉しいわ」

「お褒めの言葉ありがとうございます。セシリア殿下に次回お目にかかれることを楽しみにしております」

優雅に微笑む皇后。その顔は慈愛に満ちていた。

器の大きな女性だ。

「さて、では大人はそろそろ席を外そうかしら。せっかく王城に来たのだもの。見学していってちょうだい。案内は……」

「私が」

「助かるわ。よろしく頼むわね」

やはり仕事で忙しいのか、皇后はまた、と言って立ち去っていく。

残された私達はクロードの案内で王城を見学することになった。