軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タリス男爵と私と禁止薬物

翌日、皇帝の言葉通りエリックがフィルベルン公爵家にやってきた。

あの場では責められていたから顔を見る余裕もなかっただろうが、改めて対面すればエリックだと気付かれる可能性もあるのに、大胆なことをするものである。

けれど、私の心配を余所に前髪で目が隠れてメガネをかけていたこともあってかフィルベルン公爵は気付く気配すらない。

彼はエリックに簡単な挨拶を済ませると、私に屋敷を案内した後はドレスでも買ってこいと外出するようにと言って仕事場に行ってしまった。

屋敷にいて私に対する態度などを見られるのが不都合だと思っているのかもしれない。

けれど、今日一日を無難に終えたところでしばらくは続くのに、本当に目先のことしか考えない人だ。

私としても外出できるのは助かるから別にいいのだが。

二十年前とは地図も多少なり変わっているだろうし、前回家具やドレスを買いに行っただけなので隅々まで見ていない。

観光ついでにエリックに案内してもらおう。

残された私はエリックに視線を向ける。

「本来なら休暇のはずでしたのに、ありがとうございます」

「いえ、皇帝陛下からの命でしたし、個人的に思うところもありましたので問題ありません。ところで、外出せよとのことですがどこか行きたい場所などありますか?」

「そうですね。特に何かを買いたいということではないのですが、観光……というか皇都の名所を見てみたいのですが」

「そんなことで良いのですか?」

「あまり外に出ることもありませんので、ゆっくりと皇都を見て回りたいのです」

「アリアドネ嬢が良ければそれで構いませんが……」

「ではよろしくお願い致しますね」

ニッコリと笑ってエリックと二人で馬車に乗り、皇都観光に出発した。

馬車内では皇都を流れる川の名前や自然公園のこと、美味しいケーキのお店などの情報まで細かく彼は教えてくれる。

たまにあそこでサボっているんですよ、なんてこちらを笑わせるようなことも言ってくれて緊張をほぐそうとしてくれているように思えた。

なんとも和やかな空気が馬車内に流れているが、ふとエリックの纏う空気が変わったのに気が付いた。

「ところで、アリアドネ嬢はいつもどのように過ごしているのですか?」

「主に書斎で読書ですね。あとは庭に出たりしておりますが、大半は部屋にいることが多いと思います」

「……四大名家のひとつですよね?」

令嬢に対する扱いではないというエリックの気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

ここで不満を言うのは得策ではないので苦笑しながら口を開いた。

「見て学べということなのでしょう。不便はしておりませんので大丈夫です」

普通に礼儀作法や教養などは身についているから問題も無い。

だが、エリックが側にいるとなると何もしない時間だけになるのは申し訳ないし、話題にも困る。

何か良い方法はないものだろうか。

「ですが、一日を部屋で過ごすのもつまらないでしょう? 何かしてみたいことなどありませんか?」

「してみたいことですか?」

してみたいことならある。

絶対に言えないが、フィルベルン公爵の執務室に入って家捜ししたい。

これは寝静まった頃に侵入すればできることだし、その内やろうと思ってはいる。

だって確実に何かやましいものをフィルベルン公爵は隠していそうなのだもの。

という思考はさておき、他にしてみたいことは様々な人と交流を持つことだろうか。

味方を増やしたいということもあるし、色々な情報を得るのに一人では限界があるからだ。

「沢山の方と知り合いになって交友関係を広げたい、と思っておりますね」

「友達が欲しいということでしょうか?」

「……そういうことになりますね」

つい忘れてしまうが、私は十二歳のアリアドネだった。

子供らしさも忘れてはいけない。

気を緩めないようにしないと、と考えていると一瞬、歩道で人が倒れている姿が目に入った気がする。

すぐに通り過ぎたから見間違いかもしれないが、確かめたい。

「馬車を止めて下さい」

エリックがすぐに馬車を止めてくれて、私は外に出る。

馬車の後方に目をやると、やはり見間違いではなかったようでシスター服を着た初老の女性が倒れていた。

周囲には孤児と思しき服装の子供が居て心配そうにシスターに声をかけている。

「どうしたのかしら? 大丈夫?」

私が子供に声をかけると彼らは焦った様子で私にしがみついてきた。

慌ててエリックが子供達を私から遠ざけて話を聞く。

それによると、シスターと思っていた女性は孤児院の院長で彼らは孤児院で育てられている孤児。

買い物に行った帰りに突然院長が倒れたらしい。

元々体が丈夫ではなく最近になって節々が痛むこともあり薬を飲んでいた。常用している薬の効果が切れたのかもしれないとのことだった。

「では、馬車で孤児院まで送りましょう。孤児院に薬はあるのよね?」

「う、うん」

「運ぶのは構いませんが、フィルベルン公爵が何と言うか」

「私が怒られれば済むことですもの。大丈夫です」

エリックに笑顔を見せた後で、院長を馬車に乗せて孤児院へと向かった。

さすがに馬車に子供は乗せられないのでエリックが連れて帰ってきてくれることになった。

(以前の私だったら人が倒れていても無視していたはずなのに、どうして)

自分でもなぜこのような行動をしたのか理解出来ない。

人を殺めてしまった分、それ以上に人を助けたいと感じているからだろうか。

「今はそれよりもシスターの容態ね。随分と悪いみたいだけれど」

息は荒く目の焦点も定まっていない。脈も弱い。口を開けてみると舌が一部紫色になっていた。

まさかと思って下まぶたをめくってみると白い斑点が片側にあった。

(帝国内では禁止されている薬物を常用している人と似た症状だわ。まだ軽度のようだけれど。確か当時から裏でしか流通してなかったはずなのに、どうして院長が?)

何か新しい発見があって解禁でもされたのだろうか。

けれどこの症状が出ているとするならば、あの皇帝が許可を出すとは思えないし、裏家業でもない平民が使用できているのもおかしい。

(そういえば痛みがでてきたとかで薬を服用していたと言っていたわね。あの薬物、ラディソスは副作用が酷いけれど感覚が麻痺して痛みを忘れさせてくれるし気分が高揚するからって怪我人の他、よろしくないパーティーで使われることもあった……)

まさか痛みを忘れるために使用したのだろうか?

禁止されているにも関わらず院長が?

どういうことなのだと疑問に思っている間に馬車は孤児院に到着した。

孤児院にいた他の大人達によって、院長は自室へと運ばれていく。

私も付いていって院長の部屋に入り、他の人に薬を持ってきて欲しいと頼んだ。

薬は部屋にあったのですぐに私に渡される。

紙に包まれていたそれを開いて中の粉の匂いを嗅いでみる。

(ラディソスの匂いが微かにする……。目にもくるし使われているのは間違いなさそう。でも他のものと混ぜられている? だから軽度の症状で済んだのかしら)

他に入っているものは舐めれば分かるだろうが、毒に耐性があった生前とは違って今舐めたら面倒なことになる。

ひとまずラディソスが使われていたことは確定したので、使用を止めてもらわなければ。

そうこうしている内に子供達を連れ帰って来てくれたエリックが部屋に入ってくる。

「院長の様子はどうですか?」

「良くはないですね。ところでラディソスは今も禁止されているのですよね?」

「ラディソス!? あんな危険な物が許可されるわけがないですよ。実物を見たことも一度もありません。ですが、どうしてその名前を?」

「この粉薬に入っていました」

そう言って私は手に持っていた粉薬をエリックに見せた。

だが、彼はそれを見てもピンときていないようで首を傾げている。

毒や薬の知識がなければ判別は難しいか。

「アリアドネ嬢はどうしてラディソスが入っていると分かったのですか?」

「……本、で……読んだもので」

禁止されているものだったから、つい熱くなってしまった。

まあ、優秀な人間だから本で読んだだけで分かると思ってくれるだろう。クロードがそうだったし仲が良いからそういう人も存在すると思うに違いない。

チラリとエリックを見ると彼はポツリと「リーンフェルト侯爵だけじゃないんだ……」と呟いた。

誤魔化しは一応成功したようだ。

「ですが、ラディソスが使われているとなると大問題です」

「でしょうね。流通しているとなると密輸した人間がいるということですもの」

一瞬だけその密輸した犯人をフィルベルン公爵に押しつけようかと思ったが白を黒にしてはいけない。

「誰か院長がこの薬を誰から貰ったかご存知ですか?」

「あの」

そう言って、別の若いシスターが手を上げた。

彼女によると孤児院は子供達にかかるお金が第一のため、薬を買うお金も無かったようだ。

いつもの医者や薬屋からも買えず、最近皇都に来たという見慣れぬ医者から格安でこの薬を手に入れたらしい。

薬を飲むと院長の症状も軽くなり、いつも通りに動けるようになっていたのでその医者に感謝していたと。

けれど、薬が効く時間が徐々に減っていてついに今日、まだ服用して少ししか経っていないにも関わらず倒れたとのことだ。

「こちらの薬にはよろしくないものが混入しておりました。ですので、今後は使用しないで下さい。元々体が弱いとのことなのでチネシスの根の絞り汁を飲むと良いかもしれません。薬みたいに即効性はありませんが続ければ効果があるので。それに関節痛にも効きますしね」

「チネシスの根、ですか? あんなどこにでも生えているものが効くと?」

「信じられないのであればそれでも構いません。ですが、この薬を飲み続ければいずれ死に至ります。これは痛みを麻痺させて気分を高揚させる効果しかありませんから、体調が良くなったと勘違いしているだけなのです」

「ええ!?」

良くなっているはずなのに死という言葉を聞いたら混乱もするだろう。

幸いラディソスは依存性がないし、服用を止めれば体から抜けていくはずだ。

「ひとまず服用は止めて下さい。こちらの薬の成分をリーンフェルト侯爵に頼んで調べてもらいます。それで結果が出ればそちらも納得されるでしょう」

「勝手に約束していいんですか?」

「ラディソスなのですから、リーンフェルト侯爵は動かざるを得ないはずです。専門家はあの方しか居ないのですから」

なるほど、とエリックは呟いた。

「薬を売りに来てももう買わないで下さい。その際、よくない成分が入っていることは絶対に言わないようにお願いします。民間療法を試してみるとでも言って追い返していただきたいのです」

「ですが……」

若いシスターはまだ納得していないようだ。

名前も知らぬ貴族よりも、良くないものとはいえ一時的にも効果があった薬を持ってきた医者を信じたい気持ちは分かる。

「院長の口を開けて舌を見て下さい。一部が紫色になっていますよね? それに右の下まぶたをめくったら白い斑点がいくつかあると思います。服用を止めればそれらも消えてなくなります。まずはそれを確認してから私の話が信用に値するか判断してもらって構いません」

ここまで言ったところでようやく若いシスターは戸惑いながらも頷いてくれた。

後はチネシスの根の絞り汁をどれくらい飲めばいいのかなど作り方を教えて私とエリックは孤児院を後にした。

勿論、あの薬はクロードに渡す必要があるのでひとつだけ貰って。

屋敷に戻って夕食を済ませた後、私は一人自室に戻っていた。

エリックはクロードに薬を渡すために今は屋敷を離れているため、私は一人で悶々と考え込んでしまっていた。

(二十年前ならヘリング侯爵が裏で手を回していたでしょうけれど、今はいない)

いないけれど、処刑されたとも死んだとも聞いていないから上手く逃げたのかもしれない。

それならば帝国内の協力者を通じてラディソスを流通させることは不可能ではないだろう。

でもこれはただの憶測であって証拠もない。

見知らぬ医者が薬を持ってきたというから裏のルートがあるのだろう。

個人的に調べれば犯人が分かるだろうが、エリックが側にいるのに個人行動は出来ない。

ならばそれ以外で私ができることをするしかない。

とはいってもできることなんて限られているけれど。

などと考えていると、バルコニーのある窓からコツンという何かが当たったような音が聞こえてきた。

不思議に思ってカーテンを引くと、バルコニーの縁に座って部屋を見ているエドガーがいた。

そうか。彼に依頼すればいいのではないかと閃いた。

窓を開けてバルコニーに出るとエドガーは神妙な顔をして私を見ている。

「いきなりどうしたのかしら? 私に何か用?」

「まずは感謝の言葉を言わせてくれ。ありがとう」

「何のこと? 私、感謝されるようなことをした覚えはないのだけれど」

「孤児院の院長を助けてくれただろう。あの院長は俺の命の恩人でね。十代の頃にバカをして道端で怪我だらけで倒れているところを孤児院で治療して助けてくれた。こんなごろつきに対してね」

なるほど。そういうことか。

情報ギルドの伝手を使って院長のことを知って私に会いに来たということ。

感謝される理由は分かったが、まだ私は院長を助けたわけではない。

「正確に言えば私は院長を助けたわけではないわ。ただ、薬の使用を止めただけよ」

「それでも十分さ。ラディソスの危険性は知識として知っているからね」

「さすが情報ギルド……と言いたいところだけれど、院長の様子に気が付かなかったの?」

「新しい薬が合ったんだなとしか思っていなかったよ。俺の落ち度だね。舌のことや下まぶたのことまで知らなかったから気付きもしなかった。それに裏の人間が表の人間に不用意に近づくこともできなかったってのもあるかな」

「まあ、禁止されているものだから使用している人がどうなるかなんて実際に見たこともないでしょうしね」

「その通り。でも君は気付いた。普通は知らない体に表れる異変までも」

子供が知っているのはおかしいし、異変だって実物を見たことがないのだからそれでラディソスだと判断するのはもっとおかしい。

本で読んだから、で納得は……しないだろう。

エドガーは感謝しているものの、私が何者なのか訝しんでいる。

「詮索したいのかしら?」

「まさか。これは情報ギルドの長の悪い癖が出ただけさ。気になるのは確かだが、命の恩人を救ってくれた人に仇なすことはしないよ。それに俺としては君に力を貸したいとも思っているんだから」

「それはつまり情報ギルドを好きに使っても良いということ?」

「平たく言えばそうなるかな。ああ、それとこれは返すよ」

そう言ってエドガーは金貨三枚を私の手に乗せた。

金にがめつい情報ギルドの長がお金を返すなど、院長は彼にとってとても大きな存在のようだ。

意図しないところで私は彼の信頼を勝ち得たらしい。

「いらないわ。これは私の依頼を受けた報酬でしょう? そこはなあなあにしてはいけないわ。貴族の言いなりになるしかなくなるわよ」

「だから君は信用できるんだよねぇ」

「それはどうも……! お金は返すわ。私は味方が欲しいけれど部下は欲しくないのよ」

エドガーは手を出そうともしないので服の胸ポケットに無理やり金貨を戻した。

苦笑しているが嫌悪感はなさそうである。

「けれど、いつでも利用できる情報ギルドがあるというのは非常に助かるわ。正規料金をお支払いするから対等に仕事を請け負ってちょうだい」

「君がそういうなら、そうしようかな」

「……自分の意思はないの?」

「君に力を貸したいというのは俺の意思だと思うけど?」

ああ言えばこう言う男だ。

だが、エドガーの助けが得られるのはありがたい。

早速考えていたことを実行するために依頼をしようじゃないか。

「ありがたく受け取るわ。ところでいくつか依頼があるのだけれど」

「なんなりと」

「では……」

その依頼はこれから私がやることに必要なもの。

全て伝え終えるとエドガーは口元に笑みを浮かべて「任せて」と言ってくれた。

さて、では屋敷で私ができることをしようではないか。

とはいえ、フィルベルン公爵の執務室に忍び込んで家捜しするだけだけれど。