作品タイトル不明
勝ち取る
式典は、いつの間にか終盤に差し掛かっていた。
音楽は変わらない。
笑みも、杯も、最初と同じように行き交っている。
だが、空気だけが違う。
誰もが一度は挨拶を終え、
今は「改めて話す価値のある相手」を探す時間に入っていた。
エルフリーデは、それを肌で感じていた。
先ほどまでとは、視線の質が違う。
遠巻きに様子を窺う目。
誰かと話していても、意識だけはこちらに残している気配。
(……見られている)
だが、不快ではなかった。
むしろ――
評価が終わった後の視線だった。
「流れ、変わったね」
ルーカスが、小さく言う。
声は低く、他人には届かない。
「はい」
エルフリーデも、短く応じる。
二人は、広間の端に近い位置に立っていた。
主役の円の中ではない。
だが、完全に外でもない。
――ちょうどいい位置。
そこへ、自然な間合いで人が近づいてくる。
連邦の中堅国の使節団だった。
先ほどまでは、形式的な祝意だけで終わった相手。
代表の男が、軽く杯を掲げる。
「先ほどは、失礼しました」
声は柔らかい。
だが、今度は逃げ腰ではない。
「少し、お時間をいただいても?」
エルフリーデは、視線をルーカスに向けない。
自分の判断で、頷く。
「どうぞ」
それだけで、相手の態度がはっきり変わった。
「実は――」
言葉を選ぶ様子はある。
だが、もう探りではない。
「今後の通商会合について、調整局のお考えを伺えればと」
正式な依頼ではない。
だが、前向きな接触だ。
ルーカスが、自然に一歩引く。
前に出ない。
だが、背後にいることは明確に示す位置。
エルフリーデは、落ち着いて答える。
「個別案件については、正式な場での協議になります」
拒絶ではない。
「ただ」
一呼吸置く。
「互いの事情を理解した上での準備段階としてなら、
情報交換は可能です」
相手の男が、わずかに目を見開いた。
「……それは、ありがたい」
杯を置き、深く一礼する。
「後日、改めてご連絡を」
それだけで、十分だった。
去っていく背中は、軽い。
「一つ、形になったね」
ルーカスが、低く言う。
「はい」
淡々と答える。
だが、これで終わりではない。
次に声をかけてきたのは、
別の連邦国の官僚だった。
その次は、
中立圏の商業都市の代表。
どれも、雲漢やヴァルディスの件を直接口にはしない。
だが――
態度が変わっている。
話し方が丁寧になり、
距離が詰まり、
判断を急がせるような言葉が消えている。
(……噂は、もう回っている)
しかも、歪められた形ではない。
雲漢が認めた。
ヴァルディスが引いた。
アルディアが縋って失敗した。
その全てが、
一つの結論に収束している。
――この人物は、使えるかどうかでは測れない。
だからこそ、
「どう関わるか」を考える対象になる。
「完全に、立場を取ったね」
ルーカスが、わずかに息を吐く。
「はい」
エルフリーデは、周囲を一度だけ見渡す。
もう、視線を避ける人間はいない。
敵意も、軽視もない。
あるのは、計算と敬意だけだ。
「後は?」
彼女が、短く尋ねる。
「後は、何もしない」
即答だった。
「今夜は、これ以上動かない方がいい」
「分かりました」
二人は、それ以上前へ出ない。
中央へも行かない。
だが、退きもしない。
この場における最適解だった。
やがて、音楽が一区切りを迎える。
主催側の挨拶が始まり、
祝辞と感謝が、形式通りに読み上げられる。
拍手。
杯が掲げられる。
その中で、エルフリーデは確信していた。
この式典で得たものは、
同盟でも、約束でもない。
――信用だ。
しかも、
誰かに与えられたものではなく、
自分で立って得た信用。
「……君らしい決着だった」
ルーカスが、ぽつりと言う。
誇らしさも、慢心もない。
事実確認の声。
エルフリーデは、少しだけ考えてから答えた。
「はい」
短く。
「ですが、これで終わりではありません」
ルーカスの口元が、わずかに緩む。
「だろうね」
二人は、静かに杯を掲げた。
祝賀ではない。
ただ、次に進むための確認だった。