作品タイトル不明
ニッキーとマルコス
「協力していただけますよね? ベルモンド・アレ行政官」
ベルモンドが、ちらりと娘の方に視線を向けた。
「……ここは娘もいる。出来れば、場所を変えたい」
娘の小さな後ろ姿が、廊下の向こうで見えた。
「ええ」
私は頷いた。
「では、私たちの店でお話ししましょうか」
ガブリエル洋品店。
夜の店内に、ニッキーとマルコスが立っていた。
「ニッキー・カートライトです」
「マルコス・ガレアだ」
ベルモンドが、二人を見て息を呑んだ。
「なっ、なんだ、あんたら?」
「この店のオーナーの、カートライト商会の方々です」
「カートライト商会!?」
ベルモンドの顔から、また色が引いた。
「アルビオン共和国の大商社じゃないか!?」
「ええ。本件の処理を、彼らが手伝ってくれるのです」
「!!」
──カトリーヌ夫人の債権を引き継いだ上、カートライト商会との繋がりも?
──この女、何者だ……。
私が左に、真ん中にマルコス、右にニッキーが座った。
「では、早速ですが、まず現状の整理をしましょうか」
ベルモンドが、勇気を振り絞るように口を開いた。
「しゃ、借金は返せない」
必死の笑顔で続けた。
「それに、返すのはいつでもいいと、カトリーヌ夫人も言っていた」
私が口を開きかけた瞬間、ニッキーが手で制した。
私とニッキーが、目で会話した。
──彼らに任せて。
ニッキーの目が、そう言っていた。
その時、マルコスが堂々と言い放った。
「賄賂の強制に当たるな」
「な、なんだと!?」
「行政官という立場を使って、地元の貴族から借金をし、返済するつもりもなかった」
マルコスの声は、平坦だが、刃のように切れた。
「これを王都の刑事法院に訴えたら、あんた——」
マルコスが、おどけて自分の首に指を当て、ちょん、と切る仕草をした。
「縛り首だ」
「ちょっと待ってくれよ。」
ベルモンドが立ち上がった。
「それぐらい、この国の行政官には公正さが求められている」
マルコスが追い討ちをかけた。
「あんた、知らなかったのかい?」
「……!」
──こういう交渉は、初めてね。
私はその様子を、息を詰めて見ていた。
──「ガブリエルさん、今回の交渉は私とマルコスに任せてみませんか?」
ニッキーの声が、頭の中で蘇った。
──「私たちもこれまで、それなりに修羅場を潜ってきました。今回は、私たちのやり方が向いていると思います」
──「……!」
私はあの時、何も言えず、ただ頷いていた。
そして今、その意味が目の前で展開されていた。
ニッキーが、柔らかく入った。
「まあ、夜は長い。ゆっくり話し合おうじゃありませんか」
緊張で固まっているベルモンドを、ニッキーは穏やかに見た。
「ベルモンドさん?」
◇ ◇ ◇
マルコスとニッキーが出会ったのは、四年前のことである。
ニッキーがカートライト商会のベルリア支社の設立を、父である商会長フレッド・カートライトから任された時からの付き合いだった。
ちなみにマルコス・ガレアは、革命直下にあったアルビオン共和国の弁護士であった。当時マルコスが弁護していたのは、革命家から闇組織の幹部まで危険な相手ばかり。その中で命を落とさず十年以上営業していた実績を見込んで、フレッド会長が若きニッキーのために雇い入れたのである。
──そう言えば私、マルコスさんやニッキーさんが、他の人と交渉しているところなんて見た事ないわ。
──二人はどういう交渉をするんだろう……!?
しばらく後。
「分かっただろ? これらの法令と判例から照らし合わせれば、あんたは確実に有罪だ」
マルコスがテーブルの上に、何冊もの本と書類を広げていた。
「この借用書は、その証拠になるんだよ」
「……!」
ベルモンドが、懇願するように身を乗り出した。
「私は賄賂なんて認識は無かった! 本当です! 信じてください」
「我々に言われても困る」
マルコスは冷淡だった。
「真実は、証拠でのみ構成される」
ベルモンドが頭を抱えた。
「ああ、なんでこんなことに。なぜみんな、私をこんな風に追い詰めるんだ」
その言葉に、私は反応した。
「……!」
「みんな!?」
ニッキーも、聞き逃さなかった。
ニッキーが、すっと前に出た。
笑顔だった。
「我々以外に、あなたを追い込んでいる人間がいるのですか?」