作品タイトル不明
19(カイル)
ソフィア王女が助けを呼ぶまでは出て行けないとわかっていたが、
イライザ嬢に蹴り倒されてたのを見て頭に血が上った。
ただでさえ折れてしまいそうなほど細い王女のふとももを、
体格のいいイライザ嬢が力いっぱい蹴り上げていた。
これが任務だとなんとか耐えようとしたが、もう我慢できなかった。
女官長に踏みつけられそうになって、出て行こうとした時だった。
「…監視人さん、助けて……。」
小さなか細い声だったけれど、俺の耳にはまっすぐに届いた。
もう我慢しなくていい。ソフィア王女を助けてもいい。
ほっとしたのを通り越して、歓喜するほどの気持ちだった。
痛みのせいか気を失いかけてぐったりしているソフィア王女のもとへと急ぐ。
抱き上げた後、知らない奴に抱き上げられて不安がるかもしれないと思い、
「姫…もう、大丈夫ですよ。」と声をかけた。
俺のことはわからないだろうけど、もう大丈夫だと安心してほしかった。
「…たすけて…くれた。」
もう意識もないソフィア王女がかすかにつぶやいて、口のはしが緩んだように見えた。
良かった、助けが入ったことを理解して安心してくれた。
これまで監視してきてわかったけれど、ソフィア王女は恐ろしく賢い。
まだ七歳だというのに、自分の行動が周りにどのように影響するか考えて動いている。
これほど賢いからこそ、今までつぶされずに生きてこられたのか。
それでも抱き上げたソフィア王女は予想以上に軽くて。
発熱し始めている身体を包み込むように抱き上げ、レンキン医師のところへ急いだ。
レンキン医師の診断結果はふとももの骨にひびが入り、
長年の栄養失調も重なって、かなり危険な状態だった。
「カイル、普段から姫様に治癒魔術をかけてたな?」
「……はい。」
勝手なことをして怒られるかと思ったが、逆に褒められた。
「助かったよ。それが無かったらもっとひどいことになっていただろう。
何度も治癒魔術をかけていたのなら、カイルがかけるのが一番効果的だろう。
骨にひびが入っている。完全に戻りはしないだろうがつけてくれ。」
「わかりました。」
怒られなかったことをほっとしながらも、
俺がソフィア王女に治癒魔術をかけ続けていたせいで、
レンキン医師の邪魔をしたことに気が付いた。
治癒魔術は人によって異なる。
俺の影響下にいる間は他の治癒を受けることができない。
…最後まで面倒見れば許してもらえるかな。
そう願いながら治癒を始めた。
なるべく痛くないように、ぐっすり眠っているうちに回復するように。
寝息が楽になったのを確認して、監視の仕事に戻った。
ソフィア王女が回復して歩けるようになったからと、
俺たちが会わせてもらえたのは二週間以上過ぎてからだった。
「もう一人の護衛騎士さんは…いつも私にお返事してくれていた監視人さんね?」
すぐ近くで対面したソフィア王女は、やっぱり細くて小さかった。
痛々しさが近くで見るとより鮮明になる。
だけど、落ちくぼんだ奥にある瞳は青く澄んで、きらきらしていた。
俺に会えてうれしいって気持ちを隠しもしない目だった。
そんな風に好意を向けられることには慣れていなくて、どうしていいかわからなくなる。
「カイル・アーレンスです。
返事…というか、あれくらいしかできなかったですが…。」
そうだ。俺はたいしたことはしていない。
小さな王女が一人で立ち向かっていくのを、ただ黙って見ていただけだった。
「カイルはアーレンス家の出身?辺境伯だよね?
辺境伯の人はあまり他家に出ないと聞いていたけれど、
辺境伯領地に帰らなくてもいいの?」
クリスの公爵家だけじゃなく、俺の辺境伯家までもわかるとは。
ソフィア王女が女王になれば…陛下の望んだ平和な国が続いてくれるかもしれない。
その時、俺は王女のそばにいさせてもらえるのだろうか。
本当の俺を知っても、変わらずきらきらした目で見てくれるだろうか。
「俺は辺境伯の三男です。上二人は領地に残っています。
それに父が再婚して、俺の下に四男と長女もいます。
…なんというか、領地に帰っても居場所がないんですよ。」
「…カイル、一人だったの?」
「はい。」
どうして居場所がないんだって聞くだろうか。
忌み嫌われる理由を知って、それでも微笑んでくれるだろうか。
ソフィア王女から笑顔が消えたらどうしようか。
…言わないほうが良かったかもしれない、そう思った。
「カイル…ずっと領地に帰らないで私のそばに居てくれる?」
「ずっとですか?」
「うん。ずっと。そうしたら私さみしくない。」
衝撃だった。
ソフィア王女がさみしかったのなんて、監視していて十分にわかっている。
だけど、そうさせていた公爵たちは捕まえられた。
これからは陛下や使用人に愛されて、幸せになっていくんだろうと思っていた。
俺がいたらさみしくない?
本当に?ソフィア王女を俺が支えてあげられるというのか?
じっと俺を見る王女に、答えなんて考える必要なかった。
「わかりました。…姫様、俺をずっとそばに置いてください。」
俺のすべてをソフィア王女に。
王女の隣に立つことを許されたことがただうれしかった。