作品タイトル不明
153(カイル)
手をつないで呼吸を合わせていたら、手の力がぬけた。
寝たのかと思って顔をのぞきこんだら、幼い時と同じように少しだけ唇を開けたまま寝ている。
「眠れないのか?」
ソフィアの奥から声がして、思わず笑ってしまった。
「お前も寝てないじゃないか。」
いつものように三人一緒に寝台に横になっているが、
いつも先に寝るのはソフィアだ。
その後、俺が先かクリスが先かは気にしていない。
俺もクリスもソフィアが寝ることしか考えていないからだ。
「明日はついに婚姻式だろう。
姫さんはともかく、カイルは眠れないんじゃないかと思ってな。」
「…なんでだよ。」
「悩み事があるのなら、聞いてやってもいいんだぞ。」
相変わらずの言い方だが、クリス以外に聞かせる相手もいない。
…しかたなく、今思っていることをぽつりぽつりと話し出す。
「俺はソフィアを幸せにしたい。」
「知ってる。」
「ソフィアはこの国を守ることが幸せだって言うだろう?」
「そうだな。姫さんは自分のことでわがままをいうことはない。」
「だからこそ、悩むんだ。」
暗闇の中、ソフィアの向こうから帰ってくる声は、多分わかっている。
「…姫さんはわがままを言わないな。
おそらく、どうすることが自分の幸せなのかわかっていない。」
「ああ。クリスは覚えているか?
ソフィアが初めて言ったわがまま。」
「ああ。じゃがいものポタージュをもう少し食べたいって言ったんだ。
おそるおそる、言ってもいいのかなって顔していた。」
まだ九歳にもなっていなかった。
そのころはまだ一緒に食事をしていなくて、ソフィアと食事をするのは陛下くらいだった。
忙しい陛下と食事を共にするのは多くても月に三度ほどで、
それ以外はソフィアは一人で食事をしていた。
決して食事を残すことのないソフィアの我慢に気が付いたのはクリスだった。
陛下と食事をする時だけ食事が進んでいる気がする、
もしかしたら一人で食事をしたくないのではないかと。
護衛騎士である俺たちが一緒に食事をしていいのか迷ったが、
栄養失調でやせっぽっちだったソフィアの食事量を増やすことは重要課題だった。
だからこそ、クリスの提案に陛下はすぐに許可を出した。
俺かクリスか、どちらかが必ず食事を共にすると。
俺とクリスはまだ本来は護衛騎士として認められる時期ではなかった。
そのため教育を受けなくてはいけないことが多く、
二人が一緒にソフィアのそばにいられる時間は少なかった。
陛下の指示により、三食、俺とクリスのどちらかは一緒に食事をすることになって、
そのことを告げたらソフィアはへにゃりと笑った。
初めて焼き菓子を食べた時と同じ笑顔だった。
心の底からうれしくて笑ったような顔だった。
それから俺とクリスのどちらかはソフィアと一緒に食事をしている。
それまでとは違い、食べたいものをお代わりするようになったソフィアに、
周りは心から喜んだ。
「あのね…このスープ。明日からもうちょっと食べたい…な。」
そんな風に言いだしてくれた時、その場で料理長がお代わりを持ってきた。
それを見て、へにゃりと笑ったソフィアに、その場にいた皆が心から喜んだ。
やっと、やっと好きなものがわかった、もっと食べてもらえる、と。
ガリガリにやせ細っていて食事量が増えないソフィアに、
新しくついた料理長は心を痛めていた。
どうしたら少しでも食べる量を増やしてもらえるのだろうか。
好きなものなら食べてもらえるのだろうか、と。
今でも料理長はソフィアの食事量を気にしながら新作を考え続けている。
少しでも食べて欲しい、喜んで欲しいと。
「俺は…ソフィアが幸せになってほしいんだ。
もう泣かないで欲しい、笑っていて欲しい。」
「何を言ってるんだ。お前がそうするつもりなんだろう?」
「わかっている。だからこそ、悩むんだ。
どうしたら、ずっと笑っていてくれるんだろうかと。
ソフィアは、この国を、この国の命全部を背負いこむ気でいるんだ。
…そんな重圧を当たり前だと思っているのに、どうしたら…
ソフィア個人の幸せを受け入れて欲しいと言えるのか。」
「あぁ、そういうことか。それは難しいだろうな。」
俺はずっとあのソフィアの笑顔を守りたかった。
本人がわかっていない、意識していない笑顔。
へにゃりと顔がくずれてしまう笑顔が何よりも見たかった。
あれは王女としてではなく、ソフィア個人の笑顔だと思うから。
だけど、ソフィアがリリアだということがわかり、
この後女王になることもわかっている。
ずっと尊敬していたリリアが、ソフィアだった。
そして、このあと、ユーギニスを背負うつもりでいることもわかっている。
俺なんかよりもずっと優秀で、努力家で、王族としての意識を持っていて、
誰よりも命の大事さを理解している。
この国の平和を守るためなら、きっとまた自分を犠牲にする気なんだと思う。
だけど、俺はソフィアに笑っていて欲しい。
誰よりもソフィアという女の子に笑っていて欲しいと願う。
女王だから、王女だから、魔女だからじゃない。
あんなにも健気で素直でこころから愛しいと思うから、笑っていて欲しい。
「俺は…あの笑顔を女王になった後も守りたいんだ。…出来るだろうか?」