軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88 カドレア城 9

突然現れた東星に驚き、棒立ちになった私に向かって、彼女は爪が伸びた指先を突き付けてきた。

「ダメよ、魔法使いちゃん。結局のところ、わたくしの一番大事な人はあなたなのだから。あなたに逃げられるわけにはいかないのよ☆」

場違いなほどの甘ったるい声音に、そんな状況ではないはずだという違和感からくる気持ち悪さが胸元を這い上がる。

けれど、次の瞬間、私と東星とを遮るかのように、誰かが間に割って入った。

目の前で長い藤色の髪が跳ね、すらりとした肢体が東星から私を覆い隠すかのように眼前に立ちはだかる。

「ジョシュア師団長!」

思わず名前を呼ぶと、師団長は背中を見せたままの態勢で片手を上げた。

「サフィアに東星のお相手を頼まれたというのに、早々にお 暇(いとま) されるとは、私の接待能力に問題があるようだな」

師団長は自戒するような声音で呟くと、胸の前で両手を組んだ。

「さて、接待能力向上のためにも、全力を尽くすとしようか」

そう言うと、ジョシュア師団長は地面へ向かって両手を伸ばした。

「魔術陣顕現!」

―――その瞬間、地面から光が溢れた。

師団長の声に呼応して、世界の門が開く。

ジョシュア師団長は世界とつながり、その足元に藤色の魔術陣が出現し始める。

さすがは王国の陸上魔術師団長だけあって、現れた陣は見たこともないほど複雑なものだった。

数字と文字が複雑に絡み合いながら円陣を描き、陣の内側を隙間なくびっちりと埋め尽くしていく。

そして、魔術陣の展開とともに、魔力がその場に満ち始めた。

―――それは、魔力が低いがため、魔力感知が上手くない私ですら間違いようもないほど圧倒的な力だった。

そのことを理解した瞬間、目の覚めるような思いを味わう。

そうだ、ジョシュア師団長は魔術師団長なのだ。

公爵家という最上位の家柄出身という理由ではなく、最上の魔術を行使できるがために選ばれた、王国一の魔術師なのだ。

これほどの魔術陣を展開できるジョシュア師団長は、一体どれ程のことが出来るのだろう。

そう思って見つめていると、師団長は両手を顔の前で重ね合わせ、普段よりも一段低い声で発声した。

「風魔術 <威の1> 霰風巻(あられしまき) !」

その瞬間、小さな氷粒混じりの突風が、東星へ向かって勢いよく吹き付けた。

「風壁!!」

けれど、突風が届く前に、東星から風の壁を張られてしまう。

師団長によって生み出された突風は勢いよく東星に向かっていったのだけれど、どがん、どがんと派手な音を立てて、風の壁に防がれていた。

けれど、音の中に幾つも幾つも、ざく、ざく、とした小さな音が混じり、風の壁にへこみが出来始める。

それを見た東星が、不愉快そうに眉を寄せた。

「風と 霰(あられ) と、……一つの攻撃の中に強弱の異なるものを組み合わせるなんて、厄介な術だこと。こんなことをされたら、攻撃力の強い方に防御力を合わせなければいけないじゃない! 魔力の無駄遣いだわ★」

「私としては少しでも長くあなたを接待することが責務だからな。わずかでも怠ると、元部下から叱責されるのだ。どうだ、魔術師団の頂点に立ったとしても、元部下からの突き上げに怯えるなんて、可哀そうなものだろう。同情して、もう少し私に付き合ってもらえないか?」

「うふふ、お断り☆よ☆」

東星はそう言うと、片手を頭上にかざした。

「風・刃・風!!」

瞬間、カドレアの頭上3メートルほどの高さから師団長へ向かって一直線に幾つもの風の刀が飛んでいく。

「くっ!」

それを見た瞬間、師団長は継続していた攻撃を解除した。

代わりに、両手を前に突き出すと、防御の魔術を展開する。

「風魔術 <威の5> 絶飍壁(ぜっくへき) !」

ざん、ざん、と派手な音とともに、東星の風の刃は全て、師団長が作り出した壁に塞がれていた。

どちらも一歩も譲らない伯仲した戦いに息を詰め、逃げ出すタイミングを計っていると、突然、後ろから肩を掴まれた。

戦いに集中していて、近付かれたことに気付かなかったため、驚いて振り返る。

すると、視線の先にラカーシュが立っていた。

「え、ラ、ラカーシュ様?」

状況を把握できず、何事かしらと目を見開くと、ラカーシュは真剣な表情で口を開いた。

「サフィア殿が苦しんでいる。そして、恐らく、君しか助けられない」

「え?」

想定外のことを告げられ、理解出来ずに聞き返した私の腕を掴むと、ラカーシュは先ほど駆けてきた行路を戻り始めた。

どくどくと高鳴り出した心臓の鼓動を煩く感じながら、ラカーシュに誘導されるまま、彼が破壊した柱の元まで歩み寄る。

すると、それらの柱に寄り掛かるようにして立っている青紫の髪の男性が目に入った。

弱々しく柱にもたれかかる姿が、私の知っている人物の姿とは結び付かないけれど、でも、あの青紫の髪は……

「お兄様?」

私の呼びかけに顔を上げた青紫の髪の男性は、―――青ざめ、ぐったりとした様子で、私を見つめてきたその人は、―――間違いなく、サフィアお兄様だった。