軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37 コンラート 3

私は鼻歌交じりに厨房へ行くと、料理人たちの邪魔はしないので、厨房の一角を使わせてほしいと頼み込んだ。

けれど、私のお願いを聞いた料理人たちからは、あからさまに警戒した顔つきをされてしまう。

不信感を露にしている料理人たちを見て、ああ、そうだったと思い出す。

そうだった、そうだった。

私は高慢ちきな侯爵令嬢で、学園だけではなく侯爵邸でも我儘し放題だったから、皆から敬遠されていたんだったわ。

料理人たちの警戒するような表情を見て、まずはこの関係から改善しないといけないわねと思い至る。

そして、前世の記憶が戻った翌日、自分の部屋で一人、心に誓った言葉を思い出す。

『今までの傲慢な態度を改め、誰にも突っかからず、喧嘩を吹っ掛けず、平和主義に転向しよう』

『計画が上手くいかずに放逐された際、「前からあいつが気に入らなかった」と没落の手助けをされないためにも、敵を作らないようにするのだ』

―――そうでした、そうでした。そう自分に誓ったんでした。

前世で汚職のニュースを見る度に思っていた。

悪いことをした事件には、必ずセットで『汚職した人の知人』が付いてくるんだなと。

そして、その知人とやらは、メディアの前で汚職をした者の日常について語るのだ。

『あの人は、いつかヤルと思っていました。なぜなら、普段から……』

これです! 私の周りにいるのは、この『知人』予備軍だわ。

見える。料理人が、あるいは館で働く侍女たちが、嬉々として近所の人たちに喋る姿が。

『お嬢様は、いつか必ず断罪されると思っていました!』

『あのお嬢様の我儘ぶり、傲慢ぶりといったら、比類する者もないくらいです!!』

い、いやだ。

断罪されるだけならまだしも、その後も面白おかしく噂されるのなんて嫌だ。

よし、今からでも遅くはないはず。

私のイメージを良くするよう、努めるわよ。

そう思った私は、料理人たちに向かって、にっこりと微笑んだ。

けれど、私が笑顔で微笑んだにもかかわらず、料理人たちの誰も笑い返してはくれなかった。

それどころか、油を使いたいと言った途端、あからさまに迷惑そうな表情をされる。

ぐわあ。私は料理人たちの雇用主の一人娘なのに。

だのに、こんなにあからさまに不快そうな表情をされるなんて、ルチアーナはどんだけ酷い態度を取ってきたのかしら。

……いや、覚えているけれど。

ルチアーナは私のことですから、これまでの行動の全てを覚えているけれど。

ええ……したわね。

嫌いな野菜が入っていたからって、その晩のメニューを全部作り直させていたわね。

「今日のメニューの全てに、私の大嫌いな野菜の匂いが染みついているわ! とても食べられたものじゃないから、全て作り直してちょうだい!」

……どう考えても、言いがかりよね。

前菜担当、スープ担当、メイン料理担当、……って、異なる料理人がそれぞれの料理を作るのだから、1皿に入っていた野菜の匂いが、全ての皿にうつるはずなんてないじゃないの。

料理人たちだってそう思っていただろうけど、誰一人言い返せるはずもなく、黙って私の言葉に従っていたのだ。

その頃の私は基本的に一人で食事を取っていたので、止める家族もいなかったし。

当時の料理人たちは口には何一つ出さなかったけれど、表情は今のように反発心を露にしていたはずだ。

けれど、私は気付きもしなかった。

なぜなら、ルチアーナは侯爵邸で働く者たちのことを道具と同じくらいにしか考えておらず、料理人の表情なんて気にも留めていなかったから。

ええ、間違いなく、我儘で自分勝手な令嬢だわね。

そんな私と出来るだけ距離を取りたがる料理人たちの気持ちは、すごくよく分かる。

だって、どんな難癖をつけられるか分かったものじゃないもの。関わらないのが一番よね!

……仕方がない。この現状は、自業自得だわ。

そう考えた私は、少なくともこれ以上の反感を買うことがないようにしようと、控えめに尋ねてみる。

「もしも料理中に怪我をしたら、それは私自身の責任だわ。もちろん、誰のせいにもしないから、少しだけこの場所を使わせてね?」

人間関係の基本は笑顔のはずだと思いながら、精一杯笑顔を作る。

そのまましばらくにこにことして料理人たちを見つめていると、根負けしたのか、料理長が仕方なさそうにつぶやいた。

「…………怪我はしないでくださいよ」

「約束するわ」

私はにこりと微笑むと、厨房の隅に置いてあった木箱の中から、いくつかの野菜を取り出した。

「これ、もらうわね?」

誰からも返事がない。

けれど、視線が集中しているので、料理人たちが私の話を聞いていることは間違いないだろう。

制止がかからないということは、野菜を使うことを了承されているのだと理解して、私はじゃがいも、ニンジン、かぼちゃといった野菜を手に取った。

じゃぶじゃぶと水で洗うと、皮をむき始める。

3歳児のおやつって、補食の意味があったわよね。

つまり、1度にたくさん食べられない幼児が食事の回数を増やし、少しずつ栄養を体に取り込むことが、おやつの大事な役割だったはずだわ。

だから、おやつとは、必ずしも甘いものでなければいけないというわけではないわよね。

コンちゃんの希望からは、外れるかもしれないけれど。

そう思いながら、皮をむいた野菜を薄く切っていく。

取り敢えず、お試しの今日は野菜チップスを作ってみようと思ったのだ。

野菜を薄くスライスして、揚げて、塩をかけるというだけの簡単なやつだ。

料理人たちの視線が集中する中、厨房に長時間いるのも精神が削られるので、時間がかからないものを選んでみた。

材料が野菜だから、コンちゃんの体にもいいんじゃないかしらね。

そう考えながら、さくさくと野菜を切っていると、後ろから声を掛けられた。

「……お、お嬢様は、包丁が使えたのですね! え、どうして、そう上手なんですか!?」

振り返ると、料理長が真後ろに立って、私の手元を覗き込んでいた。

「え、いや、プロの人に褒めてもらうほどでは全くないから。コンラートのおやつを作っているだけだから、簡単なものだし」

「……え、コンラートのおやつを作っているのですか?」

驚いたように料理長は口にしたけれど。

いや、驚くのは私の方だわ。

いくら幼児とは言え、侯爵家のご子息様よ。

それなのに、『コンラート』と呼び捨てするのは、いかがなものでしょう?