軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30 フリティラリア公爵の誕生祭 21

私はラカーシュを見つめたまま、そろりと1歩後ろに下がった。

けれど、同じタイミングでラカーシュから1歩詰められる。

……だ、駄目だわこれは! ラカーシュの方が足が長いから、こんなことをやっていたら、どんどんと間合いが詰められてしまうだけだわ!

狼狽える私の前で、ラカーシュは片手を胸に当てると、軽く頭を下げてきた。

「ひっ!」

ラカーシュの漆黒の髪がはらりと額にかかり、絶妙な艶やかさを演出する。

間近で見ると、全てのパーツが整っていて、本当に欠点のない美貌だ。

そんな男性から、これ以上はないというくらいの優雅な仕草でお辞儀をされるなんて、息の仕方すら忘れそうだ。

その時突然、ふとこのシーンはどこかで見たことがあると閃いた。

あ、え、絵本だ! 私、こんなシーンを、子どもの頃に絵本で見ましたよ。

この光景はまるっきり、絵本の中の1シーンだわ。

さすがね、ラカーシュ。絵本の中の王子様とイメージが被るなんて、半端ないわねと感心する私に対し、ラカーシュは落ち着いた声を出してきた。

「ダイアンサス侯爵令嬢、君に最上級の謝意を伝える。私の妹を救ってくれて、ありがとう。惜しむことなく、その能力を使用してくれたことについて心から感謝する」

それから、1度頭を上げると、今度はサフィアお兄様に向き直り、ラカーシュは頭を下げた。

「同じく、サフィア殿にも心から感謝を申し上げる。我がフリティラリア公爵家は、ダイアンサス侯爵家の誠実さに対して、同じ誠実さを返すことを誓おう」

……真面目だわ。

ラカーシュったら、真面目過ぎるわ。今、あっさりと家名に誓ったわよ。

これは結構、重い誓いだったと思うけれどね。

セリアとの約束通り、今後一切、ラカーシュに近寄ることはないだろうから、私には関係ないけれど。

そう思い、黙って成り行きを見つめていた私に再び向き直ると、ラカーシュは正面から私を見つめてきた。

「ダイアンサス……」

「うむ、何だ?」

このタイミングで兄が返事をした。

絶対に呼ばれたのが自分ではないと分かっているくせに、一体何をしたいのだ。

私は心の底から迷惑に感じ、兄を睨みつけてみたけれど、兄の性格を把握していないラカーシュは、兄の行動の意味が分からないようで、ぱちぱちと瞬きをした。

そんなラカーシュを見て、兄はわざとらしい声を上げる。

「やー、妹のことだったか。私もダイアンサスなので、私が呼ばれたのかと思ってしまった」

「それは、……私の言い方が悪かったな」

ラカーシュは兄の演技に騙されているようで、申し訳なさそうな表情をする。

駄目よ、ラカーシュ。お兄様は面白がって、茶々を入れているだけなのだから。

それなのに、そんな無防備な表情を晒していたら、思うがままに操られること、間違いなしですよ。

そう思う私の予想通り、サフィアお兄様は邪気のなさそうな笑顔でラカーシュをそそのかし始めた。

「妹にはルチアーナという名前があるのだが」

「……知っている。が……」

ラカーシュが困ったような表情で言葉を途切れさせる。

やめてちょうだい、お兄様。

ラカーシュには女性を名前呼びすることに、苦々しい思い出があるんですよ。

私はゲームの中、ラカーシュルートのストーリーを反芻する。

まだ彼が幼い頃の話だけど、社交辞令で言葉を交わしたご令嬢の一人が、ラカーシュの所有権を主張してきたことがあった。

『ラカーシュ様は私のことを『ベラ嬢』と呼んでくれたわ! お名前で呼ぶのは、妻か婚約者だって、お父様が言っていたわ。だから、私はラカーシュ様の婚約者ね!』

それはもう、物凄い思い込みだったのだけど、行動力と発言力があるそのご令嬢に、ラカーシュはしばらく悩まされ続けたのだ。

そして、その事件以来、ラカーシュは女性の名前を一切呼ばなくなってしまった。

「お兄様、無理強いはいけませんわ! ラカーシュ様は女性のお名前をお呼びすることに、激しい抵抗があるのです……」

「では、ダイアンサス侯爵令嬢、君をルチアーナ嬢と呼んでも構わないだろうか?」

私の声とラカーシュの声が被さる。

……ええ、声が被さりましたね。

おかげで、おかしな内容に聞こえましたよ。あり得ない内容に。

ラカーシュ、あなたが女性の名前を呼ぶのは、妹以外では唯一、ゲームの主人公だけです。

そこのところを間違ってはいけません。

そして、私は上級貴族の令嬢ですからね。よく聞き取れなかった質問に対して、不用意に肯定することはないのです。

私はにこりと微笑むと、ラカーシュに向かってはっきりと返答した。

「ごめんなさい、ラカーシュ様」

サフィアお兄様に無理強いされる形で私の呼び方を変更しようとしたラカーシュだ。

ほっとしたように頷いて、引き下がるに違いないと思ったのに。

「……なぜだ。君は私が気に入らないのか?」

なぜだか、食いついてきた。