作品タイトル不明
253 白百合領再訪問 4
長老の家をお暇しようと外に出たところで、空を見上げた子どもたちががっかりした声を上げた。
「ああ、今日も飛んでいないわ」
「あの大きくてきれいな姿を目にしたら元気が出るから、ルチアーナに聖獣を見せたかったのに」
子どもたちの言葉を聞いて、あら、この村の人々は聖獣が再生したことを知らないのかしら、と首を傾げる。
そうであれば、小さな雛の姿の聖獣を見たとしても、それが聖獣だとは気付かないかもしれないわ。
などと考えていると、王太子が子どもたちに向かってにこやかな笑みを浮かべた。
「君たちから聖獣を取り上げてしまったようで申し訳ないが、最近、聖獣は王宮にいるのだよ」
「えっ!」
「そうなの?」
王太子の告白に、子どもたちはびっくりした様子を見せる。
一方の王太子はにこやかに頷いた。
「聖獣はこれまでずっと聖山にいて、その間、私はちっとも触れ合うことができなかったからね。今後はしばらくの間、聖獣には王宮で暮らしてほしいと思っているんだ」
エルネスト王太子の王子様スマイルは小さな子どもにも効くようで、2人は魅入られたように頬を赤らめた。
「……聖獣は王太子様が一番好きだから、一緒にいたいのね」
「王太子様、時々でいいから、聖山に戻ってくるよう聖獣に言っておいてね」
子どもたちの物分かりのいい態度を見て、偉いわねと思う。
それから、聖獣のことはこの国全体の話だから、おいそれと村の者にだけ話をするわけにはいかないわよね、と聖獣の再生について口を噤んだ王太子の判断に感心した。
「それじゃあね。聖獣にルナル村に遊びに来るように伝えておくわね」
手を振って長老と子どもたちと別れると、私は王太子とラカーシュとともに村の入り口に向かった。
その際、ふと気になって聖山を見上げると、王太子から質問される。
「どうした?」
「いえ、あの、聖獣はここのところずっと、王宮で暮らしているんですよね?」
「ああ、そうだ」
頷く王太子を見て、そうよねと思う。
あんなに小さな雛が聖山で一羽だけで暮らすなんて危険だし、そもそも昼食時の王を見る限り、手元から放したがらないわよね。
でも、そうしたら……。
「ルチアーナ嬢が心配しているのは、聖山に魔物が棲みつくのではないかということか?」
「えっ? あ、ええ、そ、そうです」
どうして分かったのかしら。
王太子の勘の良さに驚きながら、おずおずと頷く。
聖獣が棲み付くまでの聖山は魔物の巣窟だった、と以前王太子が言っていた。
聖獣の存在が魔物を蹴散らしたのだとしたら、聖獣がいなくなったら再び魔物が山に戻ってくるのではないかと心配になったのだ。
「ルチアーナ嬢の心配は当然のことだが、今のところやっかいな魔物が棲み付いている様子はないようだ」
「そうなんですね」
ほっとした声を上げると、王太子は山の麓を指差した。
「現在、聖山の麓をぐるりと囲む形で、魔術師と騎士を配置している」
それはつまり、魔物が聖山から村に下りてこないよう、山の麓を警備しているということだろう。
まあ、さすが王太子だわ。村人たちを守るため、ちゃんと手を打っていたのね。
「さらに、定期的に山の中を巡回させているが、今のところ遭遇するのは弱い魔物ばかりらしい。魔物が全く棲んでいないとは言えないが、村に下りていくほど強い魔物がいる形跡はないとの報告を受けている」
「それはよかったです」
本当に全ての憂いはなくなったのね、と安心したところで、ちょうど村の入り口に止めてある馬車が見えてきた。
けれど、見えたのは馬車だけでなく、大勢の人々が集まっている姿もだったため、何事かしらと足を止める。
すると、私たちに気付いた人々から笑顔で取り囲まれ、口々にお礼を言われた。
「王太子殿下、本日はご訪問いただきありがとうございました」
「フリティラリア公爵子息様も、お忙しいところありがとうございます」
「それから、ルチアーナ様、私たちの村をお救いいただき心から感謝します」
「ルチアーナ様のおかげで、私たちは毎日、楽しく暮らすことができています」
「ええ、変わらず皆でこの村で暮らすことができて嬉しいです」
まあ、一見、村人たちは私たち全員にお礼を言っているようだけれど、よく聞いてみると、村を救ったことについては私にしかお礼を言っていないわね。
これは私たち3人で頑張ったのだと、訂正しなくてはいけないわ。
そう思ったけれど、村人たちは休みなく言葉を発してきたので、とても口を差し挟める状況ではなかった。
王太子とラカーシュが誤解されたままでいることを申し訳なく思ったけれど、2人が何でもないとばかりに私の肩を軽く叩いてきたので、誤解を解くのは2人に任せようとこの場での訂正を諦める。
その後は、次々に発せられる村人たちの感謝の言葉を聞いていたのだけれど、すぐに笑顔でお礼を言われるのは嬉しいことねと、胸が温かくなった。
もしも聖獣を守り切ることができなかったら、私はこれほど嬉しそうな村人たちの顔を見ることはできなかったはずだ。
だから、頑張ってよかったわ。
その時初めて、私は自分の短い髪を誇りに思った。
ああ、髪は短くなってしまったけれど、私は正しいことをしたのだ、と素直に思えたのだ。
偶然だろうけど、村人の一人が私の髪を褒めてくれる。
「ルチアーナ様の短い髪はとっても素敵です!」
「ええ、私もそう思うわ」
私は笑みを浮かべ、心から同意することができた。
そのことがすごく嬉しい。
私は高揚した気持ちのまま、エルネスト王太子とラカーシュを振り返った。
「短い髪を褒められました」
笑顔で報告すると、眩しいものを見たとばかりに目を眇められる。
「……ああ、短い髪の君はとても美しい」
「ルチアーナ嬢自身が光り輝いているようだ」
過分なる褒め言葉を聞いて、私は頬を赤らめた。
「失礼しました。お2方に褒め言葉を要求してしまいましたね」
今のは私が悪いわ。私の髪が短くなったことに罪悪感を持っている2人に、今のような言葉をかけたら、褒め言葉が返ってくるに決まっているじゃないの。
私の言葉を聞いた2人は、なぜか不満そうな表情を浮かべたけれど、すぐに諦めた様子で頭を振る。
そんな2人に手を取られ、私は馬車に乗り込んだ。
それから、笑顔で村人たちに別れを告げると、皆が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。